ショートショート~present
中国からとても可愛いお話を送ってくださいました!/管理人による意訳でよければどうぞ。
時間軸はOD1直後。美幌が舞台です。登場人物は室井さんと青島くん。とても初々しい馴れ初め話です。ピュアで切ない一夜の物語。
室青的王道ラブストーリーをご堪能あれ。全3話(1・










NEW  DAY 1(日本語ver.)
line
1.上編

窓口の、受付担当の若い婦警は北国特有の白い肌をしており、笑うと右側の可愛らしい八重歯が見える。
見た目のように可愛らしい返事をしてくれるわけではないが... ... 全く。

「署長は今、網走署まで出張されていますので、しばらく署にはお戻りになりませんよ」

どうしてこの男が、アポも取らずに駆け込んできたのか訝し気に、その女性は小首を傾げた。

「あなた、本当に東京から来られたんですか」
「あ~~、えーとだからね?」

さっき警察手帳見たじゃんか。
青島は反射的に後頭部を掻いたが、自分が今、毛糸の帽子をかぶっていることを忘れていた。
照れたような笑みを浮かべて婦警に愛想笑いを見せながら、んなの言わなくてもこの恰好見りゃわかるでしょ、と思う。

実際、搭乗を待っている間から少し後悔し始めていた。
愛用のコートは東京の冬にはぴったりだったけど、それでも周りにいる厚手の旅行者たちを見ると
ク ロゼットにある一番の冬用ジャンパーを出してきたほうがよかったんじゃないのこれ、と思う。
女満別空港から目的地までの間で、そのかすかな後悔は現実のものとなった。
これまで経験したことのない北国の冷風が、青島が想像していた寒さを通り越し、四方八方から襲いかかるような強さで威力を発揮していた。
空港ロビーでタクシーを待っていた数分間だけでも、薄いブーツの中に縮こまった二本の足は痺しびれるほど冷たくなっていた。
かぶっていたニット帽を無理やり両耳の下まで引っ張り上げ、青島はようやくこの防寒具を選んだことだけは正解だと思った。

「どうしてもと仰るのでしたら、会議室でお待ちになってください。天気予報では午後からまた雪になるみたいですよ。署長はいつ帰ってくるかわかりませんか ら... 」

会釈をして、その後に続き、建物の内部に向かって歩いていくと、ここは見た目よりもずっと広い場所だと分かる。
古めかしい外装に比べれば小綺麗なほうであり、ツルピカのガラスの嵌まったドアの前を通りかかったとき、青島は自分の鼻先が赤くなっていることにも 気づいた。
婦警が鍵のかかったドアを開け、青島を連れて中に入る。
十人ほどの小さな会議室の一方の壁には、子供たちのタッチしたカラフルな絵がびっしりと貼られていた。

「これって...」

青島の視線に気づいた婦警は、そんな反応を予想していたかのように説明を始めた。

「これは管内の子供たちから寄贈されたものです。
 ここは主に生活安全教室や地域集会で使われていて、普段のキャンペーンでも子どもたちが来ることがあるので、イメージを優しいものにしたいと思って 飾りました」
「へえー、そういうこと」

青島は軽く近づき、それらの拙い作品をしげしげと眺めた。

「こうして見ると、小さい頃から警察官になることに憧れてる子供たちって、結構多いんですね――あれ、これ、室井さんですか」

まるで新大陸を発見したかのように浮き立った様子で一枚の絵を指差しながら尋ねると、青島はもう一度その絵に視線を戻した。
婦警はちょっとびっくりしたように答える。

「ええ、確か先日、男の子が描いていた署長さんで... ... イベントで見かけてカッコいいなと思ったとかで、直接署に来てくれたんですよ。
 でも、青島さんに、それがわかってしまうというのは、ちょっと、その——」

この作者の男の子が今年何歳になるのかはわからない。
画面の中央に立っている「人の形」が室井だというのも、ちょっと無理がありすぎる。
それでも、青島には勿論、この肖像の身元を特定できる決定的な証拠があった。

「ここです」

青島は何本かの線でくっきりと描かれた、人間の形をした眉間の皺を軽く示した。

「それから、この黒い背格好も含めて、ってとこですかね」

それには婦警も思わず「プッ」と吹き出してしまう。

「本当にうちの署長さんとは懇意のようですね」

彼女は軽く頭を下げ、引き下がるような素振りを見せた。

「それでは、ここでお待ちくださいね。あとでコーヒーをお持ちしますから」

青島は彼女に向かって、自分が一番断られにくいと知っている、とっておきのスマイルを覗かせた。

「ありがと」

婦警は頬を紅潮させると、くるりと背を向けて会議室を出ていった。



*****

真下から室井が北海道に行ったと聞いたのは、一週間前だった。
ようやく病院に見舞いに来た真下は、土産の果物籠を開けて蜜柑を剥き、二人で食べながら何気ない会話を交わしていた。

「ああ、そういえばあまりに突然のことだったから、室井さんにお別れの送別品もする暇もなかったんですよね――」

口に蜜柑を詰め込んだままの真下が、いきなりそんなことを言ったのだ。
次の蜜柑に手を出そうとしていた青島は、もう皮を剥き出していて、言葉の違和感に気づくまでに数秒かかった。

「ん?送別品って、え、室井さん、転勤なの... ?」

真下はすぐに「しまった」という顔になり、口の中の果肉を素早く飲み込んだ。

「先輩、こっち、鳥取の名物だそうですよ。洗ってきてあげましょうか」

病室から出て行こうとする真下を、ベッドに座った青島が手を伸ばして引き止める。

「待てよ、それでどこの部署に異動になったんだよ?警備局? 警察庁??... 公安?」

一瞬顔をこわばらせた真下は、すぐまたドアの外へ逃げ出そうとした。

「それは... ... まあ、とにかく、ちょっとした人事異動があったんですよ、それより僕、ちょっとフルーツ洗ってきますんで」
「おいこら、真下... ... おまえ、なんも持ってってないじゃん」

青島は布団をはねのけベッドから降りた。
案の定、数秒後には真下が「へへへ」と乾いた笑いを浮かべながら再び扉に現れ、「梨を忘れるなんて」と言いながら壁に張り付き
ベッドサイドに置かれた果物籠に近づいてきた。

「 ... ... まいったな」

真下がベッドの傍まで来たとき、青島は彼に向かって口を開いた。

「室井さんの転勤は、俺のせい... か」
「... 」

真下の返事を待たず、頭の後ろの髪に手をやり、青島は諦めたように腕を下ろす。

「きっとその可能性しかないんだろうな、
... ど うすんだよ、次どんな顔して会やいいんだよ——」
「 ... ...」

隅に縮こまっていた真下は、しばらく黙って青島の独り言を聞いていたが、やがて重い口を開いた。

「しばらく会えないかもしれませんよ。だからその点は、先輩は安心してていいんじゃないですか」

青島が目を上げる。

「え、なんで... もしかして室井さん、警察とはまったく関係のない部署に異動になったとか?」
「あ、いや、その、待って... ... 」

何秒か間を取り、真下はとうとう我慢できなくなったように青島に向かって、真実を吐き出した。

「だから、室井さんから先輩にその話をするべきだろうって思ったから」
「!」
「だって、北海道へ異動なんて、しかも名前も聞いたことのない小さな警察署だとなると、本当にいつ東京に戻ってこられるかわからないじゃないですか」
「 ... ... ...」

北海道。
無名の警察署。
... ... 室井さん!

青島は呆然と立ち尽くし、全身の血が一瞬にして引いていくのを感じた。
心臓の鼓動だけが鼓膜を打ち、今にも爆発しそうだった。

俺のせいで、室井さんは北海道へ飛ばされたのか。
一階級降格され、名前も聞いたことのない署で署長を命じられて。
... ... 一言も口をきくこともなく、一度も顔を見せなかったあの人は... ... こうして、ここを出て、一人であんなに寒い北の国に行ってしまった... ... 。

隠しもせずに切り出した真下に構っている余裕もなく、青島はベッドの端にへたり込み、その事実を飲み込もうと全身の力を振り絞ったが
どうしても身体の震えを抑えることができなかった。
なぜか泣き出したい衝動が恥ずかし気もなく湧いてきた。

誰のせいというわけでもない、けど、ただ... ... ただ、これじゃ不公平じゃないか。
どうして、俺、どうしてあの瞬間に... ... 油断してしまったのだろう。
あんたのせいじゃない、責任を問われるべきは加害者であるあの母親の方なのにと、残った理性が叫んでいる。
... ... けど
... ... でも

目 頭を濡らした水滴が渦巻いているのに気づき、青島は下唇を噛み、こぼれそうになるのを必死でこらえた。
しかし万物は重力の法則にはかなわない。
人の心は陳腐な規則にはかなわない。
丸い雫がぽたぽたと膝に落ち、グレイのホームパンツにくっきりとした染みを作った。

無線で室井があの命令を叫ぶのを聞いたとき、どんなに嬉しかったか、彼に話したことはないような気がする。
捕らえられたときの緊張も、刺されたときの痛みも消えて、あのときあれほど多くの感情を込めて叫んだ言葉を、青島はゆっくりと思い出した。

室井があの決断を下すにあたって、どのようにしてすべてを青島に託すことを選んだかを思うと、信頼される喜び、理解される充足が心を満たした。
俺が選んだのはいつもあの人だった。
秋のあの落胆するような出来事を経たとしても、こんな大事な時に、自分の目に見えるもの、耳に聞こえるもの、心の最も深いところで付いていくことを選 ぶのは
いつも自分に背中を見せてくれるあの人である。
そして今回、ようやく自分もそれに応えることができた。 のに。

青島の与り知らぬ会議室で、室井は全員に背を向け、青島だけを向いて、「ラスト・リゾート~孤高の戦艦」のように、自分の名を叫んだ。
けど、俺は結局その瞬間そのすべてを台無しにしてしまったんだ。
正確には、俺が、室井さんのすべてをぶち壊した。
当然、室井があの渦中のキャリアに立つためにどれだけの努力をしてきたかは青島こそが知っているし、その悔しさに憤っている姿を目の当たりにしたこともあ る。
「現場に戻りたい」と人知れず嘆いているのを、事件の最中に聞いたこともある.。そして、あの約束... .

けれど、室井にまた背を向けられた。
今度こそ、俺は引き止める資格を失ったんだ。

あのひとが、一度だけ、俺に笑いかけたことがあった。
本店や本部の警官たちの前でなく、たった二人だけの、でも俺たちの仲を確実なものにした、約束を結んだ瞬間があった。
でも、たった、それだけだ。
自分と室井の関係を一番結び付けていた“約束”を、過ちを犯したこの手で、その続きを大きく閉ざしてしまったんだ。

室井さんは何も悪いことをしていない。
室井さんは俺を信じてくれただけなのに。
それなのに、室井さんを北海道に行かせてしまって... ... 。

ぎゅっと拳を握りしめ、泣くというよりも、どうしようもなく嗚咽しているような青島は、墨のように真っ黒な瞳を思い出すだけで、心の底が割れそうな痛みを 感じた。

どうやって。 どうしたら。
俺との約束はまだ残っていますか?俺にはまだ、あなたとこの約束をする、資格がありますか?

俺はこの約束を続けたい。
このまま何も言わずに終わってしまいたくない。
けど、俺、まだあんたの隣に立つ、資格、持っている... ?
——。
——————。


瞼を開けた時、目の前には病院の青白い天井があり、がらんとした病室にはもう誰もいなかった。



*****

なんだか、窓の外で何か物音がしたような気がした。

朦朧とした浅い微睡から目を開けると、青島は自分がいつの間にか眠ってしまっていたことに気がついた。
暖房の効いた室内はじんわりと暖かく、着込んで座っている自分の背中にはうっすらと汗が浮かんでいる。
毛糸の帽子にくるまった髪の毛が湯気をたてていて、頭全体がぼんやりしていた。

帽子を取り、青島が窓辺に移動しようとしたとき、閉じたドアのところでかすかな物音がし、振り返るとすぐに入ってきた室井と視線が合う。
さっき自分を応対してくれていた婦警も後に控えていて、室井に小声で事情を説明をした。

「東京の湾岸署から来たという青島さんです。彼は署長のお知り合いのようですね」

青島を見てから室井を見、彼女は責任を持って確認をする。
室井は彼女に向かって頷いた。

「ああ、ご苦労様」

ドアのほうへ下がり「後でコーヒーでもお持ちします」と付け加えられた言葉に
しかし室井はそれには首を振る。

「しばらくはいいから、安藤君に話して、もし私に用事がある者がいたら、そちらで対応してもらってくれ」

婦警は了承し、ぺこりと頭を下げると、会議室を出て行き、再びドアは閉ざされた。
青島はここにきてようやく室内の薄暗さに気付く。
無意識に腕時計に目を落としたタイミングで、急に明かりが差し、文字盤の針が四時を回ったところが幽かに目に入った。

「うそ... 」
「ここは東京より日没が早い。もうじき真っ暗になる」

室井がスイッチを押した手を引っ込める。
室井は相変らずドアのそばに立ったままで、青島には見慣れない制服を着ていたが、こういう格式張る服装は妙にしっくりときていた。
急に心細くなり、青島はもう一度文字盤に視線を戻す。

「そ、そうですか。やっぱ北国ですかね」

なんか耳が熱くなる。

古い蛍光灯は作動するにつれて徐々に明るくなっていった。
その光と影の変化のなかで、ふたりはしばらく沈黙していたが、やがてランプがロード完了を告げる。

ドスンという音が静寂を破った瞬間、ふたりは同時に口を開いた。

「青島――」「あの、室井さん」

言葉尻が一気に途切れる。
再び訪れた沈黙が狭い会議室を包み、やがて室井がため息と共にもう一度口を開いた。

「 ... どうして来たらすぐに連絡しなかったんだ。いつ着いた」

青島は首を傾げ、無邪気に笑みを浮かべて見せる。

「たぶん、午後だったと思います。うっかり寝ちゃってた」

対して、室井の顔にはまったく笑みは浮かんでいなかった。
それだけでなく、顎を引き、堅い表情を見せている。
青島は笑顔を引っ込めぺこりと頭を下げた。

「 ... すみませんでした」

室井の声が頭上で響いた。

「どうしてここに」

青島は目を上げ、下からそっと室井の顔を覗き込む。

「連絡もせずに駆けつけたのは、室井さんに迷惑をかけるに違いないと思って」

わずか数分の間に、室井は三度目のため息をついた。

「そんなことはない、だが、もう退院できたのか?、真下君にも言ってあるのか?」

室井がそこで一旦言葉を切った。
青島は怪訝そうに眉を上げ、その言葉を聞きとがめる。

「なんで真下?室井さんはずっと真下と連絡を取っていたんですか?」
「――いや」

眉間に皺を寄せた室井はぶっきらぼうに否定したが、青島がそう簡単に納得したわけではないことに気づくと、渋々と説明を始めた。

「 ... 前に、君のことを聞いたことがある」
「そう、ですか」

青島はポケットに両手を突っ込んだ。

「室井さんは一度も病院に来なかったから怒ってるのかと思ってました。労災申請みたいなお見舞い品、俺、楽しみにしてたんだけどな」

できるだけ軽い口調で、敢えてその話題を切り出してみる。
すると室井は言葉を切って、小さく苦笑した。

「本当にそんなものに期待するな」
「ちょっとね、ちょっとだけですよ」

いつもの調子を装って、青島は他愛ない冗談を言った。

本店から来た他の上司を前にして、普段の青島は決してそんな軽々しいことを口にすることはないだろう。
室井を自由に揶揄えることのできる友人として扱いながら、今も二人の間に具体的な距離を置くことができない。
こんなことを言うたびに、ちょっとした試してみたいような気持ちにすらなる。
少しずつ相手の腹を探りながら、少しずつ彼のそばに近づいていく。
それを、これまで一度も遮られたことはない。
強面の外見とは裏腹に、室井には室井なりの優しさがあった。

それに気付くと、青島はまた心臓が締めつけられるような感覚に襲われた。
目の前の男を直視することがほとんどできなくなり、その目を見ているだけでいたたまれなくなる。

ドアの脇に立ったままだった室井が、ふと、青島の方に足を踏み出した。

「そういえば、おまえ、髪... 」

室井はあと一歩というところまで来て、立ち止まった。
低い声がまた溜め息のように届く。

「そんな恰好見たことがなかったから、君が、急に別人のような気がした」
「怪我してから洗うのが大変だったから、看護士さんがこうしたらって、で、短くしてもらったんです。でも、ちょっと短すぎたみたいで。ははは」

髪を切って一番感じたことは、冬は耳が普段よりも冷えやすいということだった。
そして正直なところ、こんな風におでこまで丸見えになる姿を、自分でもまったく受け入れられていない。
そのためにわざわざ今日は毛糸の帽子をかぶって出かけたのだから、少しぐらいはごまかせるかもしれないと思っていたのに
室井が部屋に入る直前、自分で帽子を取ってしまっていた。
これじゃわずかな時間稼ぎすらない。

青島はちょっと恥ずかしそうに手を上げて頭を掻いた。

「こんなに短く切ったの何年ぶりだったろ。室井さんもかっこ悪ぃと思ってんでしょ」

もう一度。
小さく甘え、小さく言葉の隙を伸ばす。 望む相手の方向に向かって。

室井は自分に注がれた視線を、しばらくそのまま見つめ返していたが、やがてゆっくりと視線をそらした。

「いや、よく似合っている」













作:レナさま/翻訳・一部意訳:みんと

back        next                index