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恋人未満飲み友達な青島くんと室井さんのお話。全4話(1   










踏 切
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からり、と背後で音がした。

「今日はご馳走様でした!」

青島は振り返って居酒屋から出てきた人物を認め、ぺこっと頭を下げた。
礼を言われたのは今日一緒に飲んだ室井だ。
いや、と素っ気なく言う男の表情はあまり変わらない。が、口元が少し緩んだので、俺とお前の間そんなの気にすんな、くらい言ったつもりだろう。

もちろん、これは青島の希望的観測に基づく、個人の見解だが。
とはいえ、室井が美幌から帰ってしばらくして連絡を取り合うようになってからはちょくちょく暇を合わせて連んでいるので、強ち間違いでもあるまい。
ちなみに、「ちょくちょく」とは互いの多忙な警察業の合間なので、通常より長い期間が空いていることを断っておく。
つまり、お互い貴重な余暇を使って時間を共に過ごしているのだ。

「次は俺が奢りますから」
「ああ」

今度は目尻に少し皺が寄ったので、青島の申し出を喜んでいる。
まったく、分かりやすいんだか分かりにくいんだか。

駅に向かって歩き始めた室井の少し後を青島が追う。
今日行った店は隠れ家的な、駅から少し離れたところにあった。一本裏の道には住宅が並ぶような、静かな立地だ。
こういう店を知っているのはさすがキャリア、といったところか。
青島が普段使っている店は女の子ウケがいい店が多いし、湾岸署のメンツと飲みにいくときにはまず候補にも挙がらない、そんな上品な雰囲気だった。

(いや、すみれさんなら知ってるかも?)
小柄で華奢なわりにひどく食いしん坊な同僚を思い浮かべ、青島はくすりと笑った。

「なんだ」

青島の密やかな笑いを聞き漏らさなかったらしい、室井が片眉を上げてこちらをちらりと見遣る。
室井はそういうところがある。
青島は話をするために隣に並ぶと、それに気付いた室井も少し歩調を緩めた。

「いえね、すみれさんに今日行った店の話したら、私も行きたかった!って駄々をこねそうだなって思って」
「恩田くんか」

静かに相槌を打つ室井の眉間に微かに皺が寄った。その様子を見て青島はおや、と首を傾げた。

「室井さん、もしかしてすみれさんのこと苦手?」
「……いや」
「ちょっと言葉と態度はキツイですけど、カワイイとこもあるんですよ」
「……」
「ツンデレっていうんですか?欲しいものを欲しいって言えなくて、こっちがじゃあって引っ込めると慌てちゃうの」
「……彼女が着けてる腕時計は」
「おっ気付いてましたか!アレ、俺があげたヤツ。かっこいーでしょ。室井さんも腕時計好きなんですか?それともミリタリー?」

室井の目の付け所の良さに嬉しくなり、青島は笑顔で室井に身を寄せ、顔を覗き込んだ。
覗き込まれた男は目を見張って足を止め、ぱっと目を逸らし、仕上げ に気まずそうに俯いた。
線路沿いの道は街灯が少なく、その表情は見えない。

「いや、そういうわけじゃないが」

目が合わぬまま、ボソリと応えが返された。
言葉数はもともと少ないほうであるが、それにしても違和感がある。
何に対してかはわからないが、このリアクションは動揺、だろうか。
この話は続けないでおこうと賢明に判断して、青島は辺りを見回した。

「それにしても、この道、暗いですね。痴漢とか出そう」

女の子はこの道、あんまり安心して歩けなそう、人もあんまり歩いてないし、と青島がつらつら言葉を連ねていると、やっと室井が顔を上げた。
今度はなんだか呆れた顔をしている。

「何すか」
「いや、君らしいが、女好きなのか刑事らしいのか、どっちなんだろうと思ってな」
「失敬な、女好きじゃなくてフェミニストって言ってくださいよ」
「嫌いなのか?」
「……好きですけど」
「知ってる」
「でも室井さんも好きですよ」

そうそう、これ。
いつものような気安い応酬に満足して青島は歩き始めたが、室井の足は根が生えたかのように動かない。
あれ、と思って数歩先から室井を振り返ると、真っ直ぐに見返された。

「室井さん?」
「青島」
「……はい?」

強い視線に貫かれたまま改まって名前を呼ばれ、青島はドギマギしながら返事をした。
しかし、室井は何も言わない。
いや、「言わない」というのは語弊がある。言い辛いことがあるのか、口を開けては閉じ、を繰り返している。
青島は首を傾げた。

「室井さん、なんかさっきから変っすよ? 俺、何かしちゃいましたか?」
「違う。いや、違わないが、違うんだ」

今度は即答されたが、支離滅裂だ。さらに訳がわからない。

「すまない、なんでもない」
「でも」
「好きだなんて言われ慣れてないから、答え方がわからなかっただけだ」

それだけだ、とヤケになったような早口で室井は言う。

「そんなバカな。キャリアはモテモテなんじゃないんですか? お見合いは着物美人を選り取り見取り、夜な夜な豪華なパーティーでナイスバディなレディーを エスコート、なんて」
「そういう美人は、左遷されたつまらない男には拘わないもんだ」
「こりゃ失敬」

青島が戯けてひょいと肩をすくめると、室井は目尻に皺を寄せた。口元も少し緩んで、ひどく優しい顔になる。
青島と酒を飲んでいるときは、そこそこよくする顔だ。
台詞を付けるなら、お前はしょうがないな、といったところか。

そういう顔を女の子たちにも見せてあげればもっとモテるだろうに。
でも、 被害者の娘で、声を失っていた雪乃にも冷淡な取り調べをした男が、他の人にこんな顔をしているとは思えない。
ということは、この顔は青島にしか見せていないのだ。
そう思うと、少し優越感がある。

「あ、じゃあ俺と練習しましょうよ」
「練習?」
「ええ、好きだって言って、言われる練習」
「君と?」
「ここに他に誰がいるんすか」

男たるもの、いざってときはビシッと決めなきゃ!と拳を握る青島に、室井はあからさまに動揺した。
目どころか、口までポカンと開いている。暗いからわ かりにくいが、顔も真っ赤だ。
この顔は、さしもの青島も初めて見た。ちょっと面白い。
そうやって一瞬言葉を無くした室井は、次の瞬間眉を吊り上げた。

「こ……ンのほんじなすっ!」
「えー?なんでですか」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「そんなにバカバカ言わないでくださいよ」

理不尽に怒られ、青島は下唇を突き出した。青島を睨むように見る室井とは、でもなぜか目は合わない。
目より下を見ている気がする。
すぐに立ち直った青島は、唇を引っ込めてにんまり笑う。
その顔に室井がたじろいで、やっと目が合う。
それを好機と、青島が高らかに宣言する。

「室井さん、好きですよ」
「なっ」
「尊敬してますし、信頼してます」
「う」
「俺にはあなたしかいない」
「っ」

照れてどんどん言葉を無くしていく様子に楽しくなって、青島は一歩ずつ近寄る。
室井は目を剥いたまま、立ち尽くしている。

「大好きです」

仕上げとばかりに、青島は硬直した男の目の前に立ち、顔を近付けて最上の笑みを放った。
だが、その渾身の笑顔に息を呑んだ室井は、きつく眉を顰め、すいと顔を背けた。

「やめてくれ」

静かな声に、どこか傷ついたような色が滲む。
その色に困惑する青島から距離を取ると、体ごと背けてしまった。
悄然とした背が、普段の玲瓏としたオーラと の落差に青島の胸を軋ませる。
手に提げた鞄もひどく重そうだ。

どこかで踏切が鳴っている。

「すまないが、私にはできない」
「室井さん?」
「君も、あまり安易に好意を口にするな」
「安易なんて」
「君が今軽く口にした好意は、本当に君を好きな子からしたら嘘でしかない。傷つけるだけだ。……そういうこともありうると、覚えておいたほうがいい」

普段朴訥としている室井が愛の示し方について語るのを、失礼なことに青島は呆気に取られて聞いていた。
いや、さっき見た室井のどこか悲しそうな表情に絡め取られて いたのかもしれない。
その様子をどう見たか、何も言えない青島を認めた室井が苦しそうに目を細めて、線路に顔を向けた。
その顔を走り込んできた電車のライトが照らす。

「俺は——」

電車が轟音を立てて通り過ぎ、室井の発した言葉を奪っていった。
でも、青島の耳には何か大切な言葉が残ったような気がして、電車が遠く過ぎ去った後も呆然として立ち竦んでいた。

「帰ろう」

明日も仕事だ、と静かに促す室井にぎこちなく頷き返した青島がその後に続いて歩き出す。

「あの、すみませんでした」
「いい」

おずおずと謝罪した青島に、室井は素っ気なく返した。
少し眉間に皺が寄っているが、不機嫌ではなく、気まずいせいだろう。
しかし、謝り返さないというこ とは、先ほどの諫言はそれだけ真剣に紡いだ言葉だったのだ。
それはつまり——。

青島は考えかけて、ふるりと首を振った。

たぶん。
青島は室井をとても傷つけた。
その理由は、まだ知らないでいたい。知ったらこの居心地の良い時間がなくなってしまう気がした。

踏切の音が青島の中で鳴っている。
それは踏み入るな、の警告の音だ。

「また、誘ってもいいですか?」

それでも、この繋がりを断つのは嫌で。

「ああ」

素っ気なく答えた男は、それでも柔らかく目を細めて青島を見たので、きっと喜んでいる。












作:千夏さま
20220213

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室井さんのこと、顔見て分かっちゃうんだけど、肝心なことは見抜けない青島くんの観察日記。
覚悟を決めたら室井さんは青島くんのことなんて容赦なく奪っていくだけのスキルはあるのに使っていないだけと思う逸品です。
室井さんを揶揄うのが楽しくなってきちゃった青島くんが、不意に訪れる室井さんの気配に敏感に立ち竦むシーンがめっちゃどきどき。
で、ここで引いちゃうのが青島くんの愛ですよね。
今はね、大人な室井さんがまだ遊ばせているのを青島くんは知らない。

贈答品14。感謝を込めて
可愛い作品をありがとうございました!