ショートショート~present
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キスしたふたりの恋の行方は。










踏 切~数か月後3
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1.
「青島……約束を果たそう」


日が短くなり、朝夕は冷え込むようになった。
海風が強く吹く中、いつものコートをかき寄せた青島は、定時にそそくさと湾岸署を抜け出した。
行き先は六本木。
今日は大事な決戦日である。


室井の想いを強烈に突きつけられ、自分の感情をうっかり自覚してしまった正にその日の夜中、青島が寝ようと寝室の電気を消そうとしたそのとき
まさかの人物から着信があった。
室井だ。
そして、強張った声色で発した最初の一言が、冒頭の言葉である。

何のことかと理解できなかったのは、熱いキスと告白をきっかけに想いを自覚したばかりの相手からいきなり電話をもらって動揺していた
青島のせいではないだろう。
室井の言葉はいつも端的すぎるきらいがある。
そもそも昼に大きな爆弾を落として逃げて行った男の第一声として、このセリフを予測できるはずがない。

「きりたんぽ鍋をごちそうする」

ああ、とようやく合点がいった。
ついでに室井の声が耳元で聞こえるくすぐったさを、携帯を持ち直すことで抑え込んだ青島は、少し緊張しながら応対した。
すぐには誘いに応じない。意趣返し(小悪魔)その二、発動である。

「室井さんは、もっと他に言うべきことがあるんじゃない?」
「……その件についても話がしたい」
「今じゃだめなの? 拙速は巧遅に勝るって、知りません?」
「電話で済むものではないだろ」
「ふーん。仕切り直して、何する気?」
「顔を見て話がしたい」
「昼に湾岸署で見たでしょ。一方的に言って、逃げるが勝ちの戦法でいなくなったの、そっち」
「青島」

室井は、青島のわざとのらりくらりと核心を避ける応答にわかりやすく焦れている。
そして、今この電話口で謝る気はなさそうだ。
まあ、ほいほい謝られても腹が立つから、室井の対応は正解である。
室井も青島のことが好きというくらいだから、青島を観察して推量した性格から、電話では駄目だと判断したのだろう。
そんな冷静な判断もなんだかむかつく。
さっきはあんなに動揺していたのに。
室井はあっという間に冷静になったようだ。青島はまだ声を聞くだけでドギマギしてしまうのに。

「わかりました。慎んでご馳走になります」
「……ありがとう」

青島がやっと提案を受け入れると、室井からほっとした雰囲気の礼が返ってきた。
青島の一挙手一投足に神経を張りつめている室井に、青島はくすぐったい気持ちになった。
しかし、それだけでは絆されてなんかやらない。
あっけらかんと付け加えてやった。

「楽しみにしてますね、室井さんの手作り」
「っ!?」

電話の向こうで息を呑む気配がした。

室井が動揺するのも無理はない。
手作りということは、室井の家に行くと言っているのと同義だ。
昼の出来事があった後に、密室となる敵地をその相手自ら指定されては、驚かないほうがおかしい。

「むろいさーん?」
「……君は何を考えてるんだ」

あまりにも沈黙が続くことに焦れた青島が返事を催促すると、思ったより暗く沈んだ声色が返ってきた。
青島が室井の行動を軽く受け止めていると思ったのかもしれない。
そんな風に傷つけるのは本意ではない。
青島はその意図の一部を提示した。

「だって、金払って奢ってもらうだけじゃ割に合いませんよ。労力を要求します」

リクエストの正当性を軽い口調で主張すると、また沈黙が落ちた。
こちらの真意を計りあぐねているのだろう。
真意が他にあると気づくあたり、やはり政治の世界で生きている男は違う。

青島が一種尊敬のような念を抱いて応えを待っていると、今度は青島が催促する前に、重々しく了解の返事があった。
室井の休日と青島が当直のない日をすり合わせたところ、その約束の日は約1週間後となった。
室井には当日までせいぜい悩んでもらおう。
ちなみにこれで意趣返しその三だ。

(俺だって男だ。室井さんに告白し返してやるんだ)

こうして、恋愛に疎そうな室井に先手を取られてほんのすこーしだけ悔しい青島のリベンジマッチのゴングが鳴り響いたのだった。


****


「どうも。お邪魔しまーす」
「……どうぞ」

教えられた号室にたどり着いてピンポンを鳴らすと、ほどなくして仏頂面をぶら下げた室井が扉を開けた。
休日のため、前髪が下りていて、いつもより若く見える。
いつもより表情が硬いのは、まだ青島の真意が読めないからだろうか。

体を開いた室井に挨拶をして上がり込むと、背後で扉を絞めた室井から覚悟を決めるような短い呼気が聞こえ、奥の部屋へと促された。
先導する室井について進むと、鍋の用意がされたダイニングがあった。
初めて訪れる官舎の室井の部屋は物が少なく、綺麗に片付いている。
室井が青島が来る前に片付けたのもあるだろうが、散らかす物自体がなさそうだ。

「あ、いーにおいっ。これがきりたんぽ鍋ですか?」

行儀悪くコートを脱ぎながらダイニングテーブルに寄って行くと、室井がぎこちなく頷きながら手を差し出してきた。
コートを掛けるから寄越せ、ということだろう。
大人しくコートを脱いで渡し、ついでに楽にさせてもらおうとネクタイを緩めると、室井はぎょっと目を見張り、すぐに逸らした。
その耳が少し赤くなっている。
わざと煽ったつもりはなかったが、こんなに青島を意識している様子を見せる室井は初めてで、少し楽しくなる。
意識しているのは青島だけじゃないのだ。

「座っててくれ。酒を持ってくる」
「はぁい」

コートを掛けた室井は、青島と向かい合うのを避けるようにそそくさと台所に逃げていった。
青島は言われたとおりに席に着き、きりたんぽ鍋をあらためて覗き込んだ。
煮立たない程度に火加減が調整された鍋の中には、鶏肉、キノコ、ゴボウ、緑の葉っぱが並んでいた。
肝心のきりたんぽはというと、おかわり用の野菜や肉が乗った皿とは別に置いてある。

「室井さん、きりたんぽ入れないの?」
「長く煮ると崩れるから、食べる直前に入れるんだ」

台所で棚を開けて物を出しているような音の合間から室井の返事が聞こえた。
ふーん、と言いながら青島はきりたんぽに添えてあった箸を取った。

「じゃあもう入れてもいいですよね」
「そうだな」
「はいはーい。よ……っと」

皿を斜めにして三分の一くらいをどさどさっと入れると、室井が片手にお猪口2つ、もう片手に日本酒の瓶を持って戻ってきた。
先ほどの動揺は収まったのか、いつもどおりの室井だ。
ありがたくお猪口に注いでもらい、正面の席に着いた室井のお猪口にも酒を注いだ。

「じゃーカンパイ!」
「乾杯」

なんだかこの状況がくすぐったくて、青島は殊更陽気に声を上げた。
見れば、杯を合わせた室井はきりたんぽが煮えるのを待ってワクワクしている青島を見て、緊張が解けたように例の微笑を浮かべていた。
うっかりとその笑顔を真面で見てしまった青島は咽せそうになる。
自分の想いを自覚して初めて見たせいか、すごい破壊力だ。

「も、もう食べられます?」
「そうだな、もうよさそうだ」

照れを隠そうと鍋を覗き込んで聞く青島に、室井は手を差し出した。今度は、よそうから器を寄越せ、だ。
どうも、と言いながら深皿を渡すと、室井は全部の具をきれいに盛り付けてくれた。

「この葉っぱって何なんですか?」
「せりだ。これがないときりたんぽ鍋とは言えないな」
「ふうん、七草のせりってこういう葉っぱなんだ」

いただきます、と2人で手を合わせる。
それだけでもなんだか嬉しいし、楽しい。

「んーーんまぃれす」
「食べながら話すな」
「ふぁい」


はふはふときりたんぽにかぶりつく青島を、室井が奇妙な目つきで見ていた。
しかし、青島はそれに気づくことなく室井お手製のきりたんぽ鍋をたらふく食べたのだった。









2.
「ごちそうさまでした! はー……うまかった」
「口に合ったなら良かった」
「合うどころか、冬は毎日これでもいいなーってくらい気に入りました!」

大袈裟な感想に、室井は適当にあしらうようなそぶりを見せながらも、どこか嬉しそうにしている。
とても和やかに食事が済み、最初の緊張ぶりが嘘のようだ。
その雰囲気を惜しみつつ、青島は本題に切り込むことにした。

「じゃあ室井さん、そろそろ話をしましょう」
「……ああ」

室井の表情が一瞬で硬くなり、空気が緊張をはらんだ。

「まずは謝らせてくれ。……悪かった」

頭を下げる室井を、青島は冷ややかに見下ろした。

「その謝罪って、何に関してですか?」
「君の意思を無視したことだ」
「ふうん、それだけ?」

淡々とした青島の問いかけに、室井はぐっと言葉に詰まった。

「……そうだ。悪いが、キス自体については謝りたくない。謝って、許されて、無かったことにされるのは……」

耐えられない、と室井は力無く項垂れた。

「あんな伝え方しかできなかったことは不甲斐なく思っている。君にもさぞ嫌な思いをさせたと思う。それでも、無かったことにはしないでくれないか」

室井の真っ直ぐな言葉と青島を見据える瞳の奥に、青島は室井の苦悩と想いの深さを見た。

「なるほどね。その件については、わかりました。で、室井さんは俺とどうなりたいの? あの日はそのまま帰っちゃいましたけど、伝えただけで満足?」

ここからが正念場だ。
室井がどれだけの覚悟でいるのか。
キャリアからしたら良いところなんて何もないこの恋愛をどうしたいのか、それを確認する。
もし室井がここで手を引くようなら、それまでだ。
青島はもうプライベートでは室井に会わないつもりだ。
告げることもできなかった想いがどうなるかはわからないが、遠くから室井を見守る。
でも、もし室井がそれでも手を伸ばすなら。

室井の回答を緊張して待ち構える青島に、しかし、室井は眉間の皺を深くした。

「……君は、俺にどうしてほしいんだ?」

室井がテーブルの上でぐっと拳を握る。

「そもそも、どうして私の家に来た?」
「だって、来なきゃきりたんぽ鍋食べられないデショ」
「はぐらかすな。わかっているだろう」

室井は唇を引き結び、激情を堪えるように震える手を組んだ。

「君は、欲を持って自分に触れた男の家にのこのこと上がり込んでるんだ。そこにどんな意図があるのかと勘ぐってしまうのは普通だろう」

でも、と吐き捨てる。

「君はいつもと変わらなかったな」

しまった、と青島は唇をかんだ。
照れもあって、努めて何でもないフリをしたのが裏目に出た。
室井の想いを知っている青島と、青島の想いを知らない室井では状況の捉え方が違って当たり前だ。

室井の発するオーラに、冷静に覚悟を問う流れが変わっていくのを肌で感じる。

「お前は、緊張して、期待した俺を馬鹿にしたいのか」
「ちが……っ」
「それとも、もう一回痛い目を見ないとわからないか?」

がたん、と椅子を鳴らして立ち上がった室井は青島の隣に立った。
室井の勢いに腰が引け唖然と見上げる青島を、苦しそうに見下ろす。
その顔に、青島は息を止めた。

「待ってっ」
「自分の部屋にお前がいて舞い上がらないわけがないだろう。この部屋で何度お前を犯す想像をしたか。お前だって、好きな相手に男が何をしたいか、わかるはずだ」

室井の目が青島を視姦するようになぞる。
露悪的な告白と濃厚に烟る雄の色気に、青島の背が粟立った。

「俺は、やり方に問題はあったが、十二分にお前が欲しいと意思表示をした。だから、覚悟があってお前は来たんだと思って」

当然だろう?

「ちょちょちょちょっと待って!」

ぐわりと距離を詰めた室井の口を咄嗟に押さえた。

「室井さん、聞いてっ……っぁ」

必死に呼びかけるも、唇を塞ぐ掌をべろりと舐められ、青島の声が上擦る。
辛うじて手を離さず耐えた青島の頬に、室井の手が伸びる。

「あっぁぅっちょぉ……もう!!」

その手が耳朶やうなじを官能的になぞる。
止まらない猛攻に、青島はキッと眦を吊り上げると、唇を覆っていた両手を室井の後頭部に伸ばした。
そのままぐっと引き寄せると、青島の想定外の反撃に遭った室井は呆気なく体勢を崩した。

ちゅ。

可愛らしいリップ音を立てて、唇が触れ合う。
一瞬で離れた唇を、室井は硬直したまま凝視している。

「どーだっ」

青島は得意げに笑ってみせた。
すると、室井が呪縛が解けたように青島の腰を引き寄せて立ち上がらせ、そのままぎゅうっと抱き締められた。
また動かなくなった室井の背中に手を回し、ぽんぽんと叩く。

「……俺の覚悟、伝わりました?」
「ああ」
「あんたこそ、俺と生きていく覚悟はあんの?」

さっきはそれが聞きたかったんですよ、と室井の肩にぼそぼそと呟くと、室井の腕の力がさらに強くなった。

「もう諦めた」
「えぇ?」
「お前を諦めることを、諦めた。あんな程度の事故で嫉妬しちまうんだから、どんな手を使ってもお前を手に入れることにした」
「んふふ、何それ、ゴーイン」
「今日はお前の覚悟を聞くつもりだったんだ。言わせようとしてたのに、行動で示すなんて反則だ」
「え、あの流れ、わざとだったの?」
「さすがに舌の根が乾かぬうちに無理強いなんかしない。俺だって官僚だ、演技くらいできる。……緊張で手が震えたのは初めてだったが」

腕の力が緩み、青島は室井と顔を合わせた。
青島の好きな、あの優しい微笑。普段より目元が撓んでいる。

「室井さん、嬉しそー」
「ああ」
「室井さん、好きですよ」
「……ああ」

こつんと額どうしがぶつかる。
とろりと甘やかな目が合って、青島の気持ちがちゃんと伝わったことがわかる。
線路沿いの道で室井を傷つけた言葉が、今は室井を喜ばせている。

そのまま室井が顔を傾け、青島の唇を柔らかく啄んだ。
数度繰り返された後、遠慮がちに唇をちろりと舐められる。
求めに応じて青島が素直に口を開くと――

そこからは怒涛の展開だった。

「んぅっえっあのっ室井さん!?」

あっという間に隣接した寝室に連れ込まれ、シャツを剥かれて。
押し倒された青島が慌てていると。

「男の部屋に上がったんだ。覚悟は決まってる、だろ」

欲をまったく隠さず青島に乗り上げてくる室井のフェロモンにやられ。

「〜〜〜くそぉ、反則だ! 持ってけドロボー!!」
「残念だったな。俺は警察官僚だ」


青島は全面降伏したのだった。


****


青島がふと目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
あれ、と瞬いたところで背後から抱かれていることに気づく。
その温もりから全ての記憶が一気に蘇り、悶絶する。

すごかった。

感想はその一言に尽きる。

(室井さん、えろカッコよかった……)

恥じ入りながらも反芻していると、もぞりと背後の室井が動いた。

「青島、起きたか」

背を向けている青島を覗き込むように半身を起こした室井が、体は大丈夫かと尋ねてくる。
 どうにもいたたまれなくて、こくこくと言葉なく頷くと、声が出ないのだと勘違いした室井は眉を顰めた。
青島の頭をくしゃりと撫で、キレイに筋肉のついた上 半身を晒して寝室を出ていく。
ぼんやりと見送り、あっと気づいて確認すると、きれいに拭き清められてはいるものの、青島は全裸だった。
体中に散らばる痕に赤面しながら、布団を巻 く。

室井は水を汲んだコップを手に、すぐに戻ってきた。
起き上がり、静かに差し出された水を飲み干し、青島が小さな声で礼を言いながらコップを返すと、室井はそのままベッド横の棚にコップを置いた。
座っている青島の隣、ベッドの端に腰掛けた室井が青島の髪を優しくつんと引っ張った。

「無理をさせたな」
「いーえ、だいじょぶです。嬉しかったですから」

上目遣いではにかむ青島に、室井は喉奥で唸った。

「これ以上お前に無理させたくはない。誘惑しないでくれ」
「なっ……してないよ!!」

なんかとんでもないこと言ってる。開き直った室井は怖い物なしで、怖い。
何言ってんだよ室井さん、と一頻り怯えると、なんだか可笑しくなってくる。
くつくつと笑う青島に、室井がまた青島の額に額を寄せてくる。

「青島、俺と生きてくれるか」
「これからは良いコンビ、じゃなくて良い伴侶、ってことね」

覗き込んだお互いの瞳には、そっくりな微笑が映っていた。
踏切の音は絶えて聞こえない。







Happy End








●●おまけ●●

「そういえば、なんできりたんぽ鍋?」
「万が一、君と一緒に歩む未来が得られなくても、君との約束は一つも破りたくなかったんだ」
「……(愛が深い)」

ちゅっ。

「そんなとこも好きですよ」

……がばり。

「お前が悪いんだぞ」
「あ……っ!」










作:千夏さま
20220306

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続きを送ってくれましたー!
室井さんのやらかしちゃったリアクション、からの官僚っぷりと、青島くんの気持ちに気付くまでの可愛さが、拙宅にはないリアクションで必見でした。
キスしちゃった室井さんのうろたえぶりも、気持ちに気付いた青島くんの照れっぷりも、赤面しちゃうふたりに悶絶。
らぶらぶなきりたんぽ鍋とか、もう読んでるこっちまで熱いよ!
こういう王道室青はやっぱり萌えがてんこもり。私もこういう自然に微笑んでしまうようなふたりを書きたいです。

贈答品14-4。感謝を込めて
可愛い作品をありがとうございました!