ショートショート~present
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恋人未満飲み友達な青島くんと室井さんのその後










踏 切~数か月後1
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その日、刑事課は人が出払ってとても静かだった。
久しぶりの書類作業をしている青島は、デスクに頬杖を突いてぼんやりと虚空を眺めていた。

この2か月ほど激務が続いていた。
それが何の拍子にか一段落し、エアポケットのような長閑な時間が流れている。
そこで、青島は溜まりに溜まっていた報告 書と経費の申請書を片付けることにしたのだ。
しかし、肘の下に置いてある報告書は半分も埋まっていない。その脳裏に浮かんでいるのは、室井だ。

線路沿いで室井を傷つけてしまった夜から、すでに数か月経っていた。
その間、室井に会えたのは2度のみだ。
青島が誘った回数は最初の1回。この約束で青島の「次は奢る」宣言は実現された。
対する室井からの誘いは3回。青島の奢りだった回から1か月ほど経って誘われた2回は、ちょうど青島の激務が続いていた期間で断った。
何とか時間を 捻り出して、室井の3回目の誘いに応えられたのが、一昨日のことだ。

再会してすぐはどこか硬い表情をしていた室井は、どことなく疲れやつれた青島の様子を見て何かを納得し、安堵したように小さく息を吐いた。
その後は終始 穏やかに青島を労わってくれた。
おそらく、室井はあの日のやり取りから時間が経ち、青島が気まずさを感じるようになったために室井と会うことを忌避しているのでは、と懸念していた。
しかし、ヘロヘロの青島を見て、電話口の断り文句で使った「忙しくて」が体の良い断り文句だったわけではなかったと判断したのだろう。

もちろん、室井はこんなことを口では言わないので、全部青島が室井のちょっとしたサインから勝手に読み取ったことだ。

疲れてるのに、何で必死に中年男の 機微まで推し量らねばいけないのか。
何やってんだろう、と思いながらも、室井のことが気になって仕方がないのだから始末に負えない。

そう、青島は室井が「気になって仕方がない」のだ。

これっておかしくないか、と思ったのが一昨日、室井と別れて家路についた後だった。
例えば、同じキャリアでも、相手が真下や新城だったら、青島はこんなにも神経を張りつめて表情から心情を読み取ろうなんて思っただろうか。
言い争いになって傷つけてしまったとしても、謝って許してもらえたら、元通りだ。
まあ、真下は雪乃にどれだけ袖にされてもメゲない図太い神経の持ち主だし
新城が傷ついて悲しむところなんて想像もつかないので、この仮定が有効かは分からないが。

そこで、はたと青島は思いついた。
自分が室井の機微に敏感になってしまうのは、室井があまり多弁ではないからではないか?
室井が表情豊かな多弁な性質だったら?
青島は暫し喜怒哀楽をはっきり表して自分の心情を語る室井を想像した。

(~~~っいや、そんな室井さんは室井さんじゃないっ)

青島は突っ伏した。半笑いで。

「さっきから何してんですか?」
「うあはいっ!報告書、書いてました!」

横合いから突然声を掛けられ、青島は驚いてがばりと起き上がった。
弾みでパラパラと領収書と書き損じの報告書がデスクから落ちていく。

「って、なんだ、真下か」
「なんだとはなんですか」
「あーもう、落ちちゃっただろ」
「僕のせいじゃないですよ!」

僕だってねえ、キャリアなんですよ、まったく敬意が足りないんだからと、ぶつくさ言う真下には目もくれず
青島は横着して、椅子から屈んで散らばった書類を拾った。
真下の足元にある数枚には手が微妙に届かない。

「よっ、と」
「何してんの?」
「そこにね、ファイルがあるんですよ」

当の真下は青島のデスクに手を突き、乗り出すように手を伸ばしている。
こちらも手が微妙に届いていない。

「も、ちょっ、と」
「気を付けろよ、足元に」
「わっ」

さて、これは大変不幸な事故であった。

青島が言い終わる前に、足の置き場所をずらした真下の足の下には数枚重なった書類。
上半身を大きく前に伸ばしていた真下は、簡単に足を滑らせた。

片や青島も書類を拾わんがために椅子にきちんと座っていなかった。
大きく体勢を崩した真下に、青島は反射的に手を伸ばして支えようとしたが、椅子のキャスターが無情にも転がり、こちらもバランスを崩した。

そして2人は激突し、折り重なりあって床に倒れ伏した。
ただし、不幸な事故の中核はここから先だ。

「うえーーっぺっぺっ」
「あ、アレやっぱり先輩の唇だったんだ」

仰向けに倒れ込んだ青島の上から真下の呑気な声が聞こえる。お互いの顔はまだ至近距離にある。

「もー、ちょ、どいて」
「あ、すいません」

青島が邪険に言うが、真下は飄々としている。
青島の腰を跨いだまま、上半身を腕で持ち上げた。

これじゃ傍から見たら、まるで青島が真下に押し倒されてるみたいだ。
キスもしちゃったしね。
青島はげんなりした。
よりによって真下とキス。とんだ災難だ。
視線の端に青島を裏切った椅子のキャスターを捉え、もっと踏ん張れよと八つ当たり気味なことを考える。

「男でも唇って柔らかいもんなんですね。あ、先輩の唇が厚いからかな」
「はあ?」
「ね、もっかいしていいですか?」
「……何言ってんの」
「僕と先輩の仲じゃないですか。ね、いいでしょ?」
「どんな仲よ……」

この発言にはげんなりを通り越してげっそりした青島が、のっそりと手を持ち上げて真下の肩を押し上げた、そのとき。


「何をしている」


男の冷ややかな声が人気のない刑事課に変に響き渡った。

真下はその声の主を振り返って確認すると、跳ねるように青島の上から退き、直立不動になった。
つられて立ち上がろうと上半身を起こした青島は、真下が退いて視界が開けた先にいる人物に、息を呑んだ。
室井だった。
眉間の皺は深く、目を吊り上げ、口はきつく引き結ばれている。首の筋を見るに、奥歯もかなりの力で噛み締めている。
未だかつてないほど険しい顔だ。

誰が見てもわかる。室井は激しく気分を害している。
そのあまりの剣幕に驚いてそのまま床に座り続ける青島を睥睨すると、室井は硬直している真下に向き直った。

「勤務中に何をしている」
「はっ、はい、すみません。ちょっと転んじゃって、あの」
「言い訳はいい。今後、職場の風紀を乱すようなことは厳に慎むように」

聞いたのは自分なのにもかかわらず、真下の答えを遮る室井のオーラは氷点下だ。
いつにない厳しい語調に怯えきった真下は、言葉もなくガクガクと頷いている。
室井は次に青島を見下ろした。

「君には頼みたい仕事がある。ついてきなさい」
「……はぁい」

こんな鬼のような形相をした室井についていくのはごめん被りたいところだが、上司の命令とあっては致し方ない。
青島はノロノロと立ち上がって冷然と踵を返した室井の後を追った。
ちらりと振り返ると事の元凶である真下は一人ほぅと胸を撫で下ろしていた。

後で覚えてろよ。


***


勝手知ったる湾岸署内、先を歩く室井は資料室に向かっているようだった。
利用者が少なく、資料の劣化を防ぐために窓がない部屋だ。
つまり、よりによって人目のない密室で、怒髪天をついている上司と一緒に、資料探しをすることになるらしい。

室井は礼儀正しく先に開けた扉を押さえて待っている。
それを見て密かに嘆息すると、青島はお礼に小さく頭を下げ、扉をくぐった。
背後で扉が閉められた。

「室井さん」

仕事に頭を切り替え、必要な資料を聞こうと思って振り向いた瞬間、青島は腕を強く引かれた。
その勢いのまま、何がどうなったか分からぬ間に、今入ってきた扉に押さえつけられる。
青島は思わず両手をホールドアップした。

「さっきのはなんだ」

胸倉を掴まれ、ギラギラとした双眸が青島を射すくめる。
その瞳には怒りはもちろんのこと、何か他の熱も燃え盛っている。
懇願。飢餓。焦燥。……嫉妬。
瞳だけでこの情報量。普段の深々とした黒い瞳の裏にはどれだけの感情が隠されているのだろうか。

「あ、あれはアクシデントですよっ」
「アクシデントでキスしていちゃついてたのか」
「いちゃ……いや、聞いてたならわかるでしょ? 真下の悪ふざけですって」

なんだかとんでもなくらしくないワードが飛び出して瞠目したが、青島は慌てて弁明する。
それでも青島を睨み上げる室井の気迫は全く緩まない。

「……君は悪ふざけで誰にでもキスを許すのか」
「いや、聞いてたでしょ、許してないですよ。……室井さん、どうしたんですか。ただのアクシデントで、偶然キスしちゃったとして。たかが男の唇の一つや二 つ、どってことないでしょ」

そりゃ気持ちいいもんじゃないけどね、と先ほどホールドアップした手で頬を掻きながら、青島は室井からさりげなく目を逸らした。
逸らす寸前、室井の瞳がさらに熾烈な光を帯びた気がした。

あの日の踏切の音が頭でリフレインする。

たぶん、本当はわかっている。
あの夜室井が轟音に隠した言葉も、今こうして扉に青島を縫い付けている理由も。
男の眼が今すべてを曝け出しているから。

わからないのは自分の心のほうだ。
それが青島の言動を曖昧にする。室井に正面から向き合えない。
まだもうちょっとだけ、適当な言葉ではぐらかされてほしい。

密やかに審判を待つ青島に、室井が凶悪な顔で嗤った。

「そうかもしれないな。……青島」

ギリ、と青島の胸倉を掴む手にさらに力が込められる。
ああ、最後通牒のようだ。踏切の音が大きくなる。息が苦しい。

「じゃあ俺が触れても、どうってことないんだろう」

噛み締めた歯の向こうから絞り出すような声が言う。激情を堪えるような、荒んだ声だ。

「俺がお前を諦めようとしているのは、お前を他の男にやるためじゃない」

室井の目が半分伏せられた次の瞬間、青島の唇が塞がれた。
他ならぬ、室井の唇によって。

「んぅっ」

いやいや、これはアクシデントでも偶然でもない。完全に故意だ。
反射的に顔を背けようとすると、室井が片手を青島の後頭部に掛け、動きを阻害した。
そのまま引き寄せられ、かえって密着度が増す。
抗議の意を示すため、青島はホールドアップしていた手を室井の肩に当て、目と口もしっかりと閉ざした。
こんな状況下でも、ちゃんとその意図に気づいた室井がほんの少しだけ唇を離した。

「青島」

激情に掠れた室井の声が熱っぽい。
再び触れ合わされた唇も、ひどく熱かった。
もどかしそうに青島の下唇を甘噛みし、空いた片手で強く腰を引き寄せられる。
青島の足の間に室井の足が差し込まれ、身動きがほとんど取れなくなる。

青島が気づかなかった間も、そして気づかないようにしていた間も、室井はずっとギリギリの想いを抱えていたのかもしれない。

「青島……どうしようもないほど、お前が好きだ」

甘やかな声で言って、直後に小さく緩んだ青島の唇の狭間に舌を差し込んだ。

あぁ、あの日電車に奪われた大切な言葉は、これだ。
室井の熱に浮かされ潤んだ青島の瞳には、いつにもなく男っぽい欲望を滲ませた室井の紅い目元がぼやけて映った。
これが、自分を愛する男の顔。

だらんと腕を下げ、再び目を伏せた青島はのぼせた頭で室井の意外に巧みな愛撫を受け止めた。
抵抗はしない。
いや、できなかった。
もう、仕方がない。
青島は室井が気になって仕方ないのだから。












Fin.


作:千夏さま
20220215

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続きを送ってくれましたー!
無事接触にまで成功した室青いちゃいちゃ・・・でもまって、あれこれ、ちゃんとカップルになってる?いや、なってないw
抵抗しなかったから受け入れられたとは思わなそうなところが室井さんなので、きっとこの後、室井さんは自分のした行為に悶々とするのかと思うと萌える。
青島くん、返事してあげて!

中盤の室井さんの雄の台詞に脳天直撃されました。「俺がお前を諦めようとしているのは、お前を他の男にやるためじゃない」
こういう萌え台詞を絞り出せる脳味噌がほしいです。

贈答品14-2。感謝を込めて
可愛い作品をありがとうございました!