ショートショート~present
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キスしたふたりの恋の行方は。










踏 切~数か月後2
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1.
Side-M
室井は湾岸署の出口に向かって早足で進んでいた。
立ち番の森下が室井の形相を見てぎょっとしたが、意に介することなく署外に飛び出した。

やらかした。
完全に失敗である。

署から尚も早足で遠ざかりながら、室井は低く唸った。
さても、恋心とはこんなに制御の効かないものであったか。
室井は頭の中で、頭を抱えた。


東京テレポート駅で客待ちをしているタクシーに乗り込み、行き先を告げると、室井は深く息を吐いた。
先ほどまで茹るように熱かった頭が冷え、自分の失態を客観的に振り返るようになってきていた。

一生秘めておくつもりだった想いを、言葉と行動で丸ごと吐露してしまった。
失態と同時にしっかりと触れた青島の感触をまざまざと思い出し、悶絶しそうになる。
これが官舎の自分の部屋であったら頭から水のシャワーを浴びて頭を冷やしたいところだ。

うっかり戻りかけた熱を逃がすため、室井が片手で顔を覆い、もう一度腹の底から息を吐くと
タクシー運転手の視線がちらりと室井を訝しんだ。

キャリアと所轄刑事という立場を超え、室井の相棒であると自他共に認められている青島。
彼に触発されたことで、室井は惰性のキャリア人生を脱却し、どんな困難を超えてでも叶えたい、人生の目標とも呼べる夢を抱くことができた。
一方で、彼に対しては美幌異動の原因となる事件で大怪我を負わせてしまった負い目がある。
その前には彼の信頼を疑い、裏切ってしまった。

正の方向にも、負の方向にも、室井の感情は青島に振り回されてきた。

想定外だったのが、その感情の起伏が仕事の範疇に収まりきらなかったことである。
彼の忌まわしき副総監誘拐事件。
その事件で、青島は誘拐犯の母親に腰を刺され、血溜まりに沈んだ。
現場に急行した室井に、青島は痛みと失血に朦朧とした瞳で、それでも深い信頼を滲ませた笑みを小さく浮かべた。
あの衝撃を何と呼べばいいのか。
気づけば、自ら彼を抱え、運転し、病院へ向かっていた。絶対に失いたくなかった。

その後、美幌から戻るまで彼には会わなかった。
入院中の本人に蹴り返すと言われたのを立ち聞いたせいもあるが、室井自身の気持ちの整理がつかなかったというのが
その理由の大部分を占める。
当然だ。男同士、警察組織内での恋愛、キャリアと所轄。
この想いを認めて良い理由など、どこにもなかった。

しかし、美幌赴任中に室井は観念した。
どうにも無理だった。

気づかないようにしようとすればするほど、忘れたいと強く願えば願うほど、青島のさまざまな姿が脳裏に、さらには夢にまで現れる。
彼に触れる夢を見た日、室井は先行き困難な恋心の存在を、とうとう認めた。
ただ、この想いを成就させようとは思わなかった。
室井と青島には果たすべき大切な約束があったからだ。
室井が青島を手に入れようとすることで、その約束までが反故になることが恐ろしかった。
最初から青島を自分のものにすることは諦め、密かに想い続けることにした。

なのに、開き直って好きだと思えば、今度は会いたくなった。

堪らず、東京に戻ってから青島を飲みに誘うと存外嬉しそうな応えがあった。
初めてプライベートで過ごす彼は、室井を会社の上司の枠にはめながらも
湾岸署の仲間に向けるのに近い、気を許した態度でいてくれた。
あまり表情の変わらない室井に気詰まりそうな素振りも見せず、日々の出来事を表情をくるくると変えながら話す青島を見るのは幸せだった。
キャリアへの愚痴を室井にぶつけつつ、「それでも俺はあんたを信じてますから」と笑む青島の前で無表情を保つのは大変だったが
そんな室井を見て青島が嬉しそうに笑うから、室井も嬉しかった。
青島は室井の無表情から感情を読み分けることができる。その意味でも唯一無二だ。

一度知ったら止められない。麻薬のようだ。

室井はそんな青島に甘え、頻繁になりすぎないように、想いが露見しないように、気を付けながら飲みに誘い続けた。
青島も時間を作っては室井に会おうとしてくれた。
室井が閑職にあったのも助け、非定期ではあるが思ったより時間を空けずに会うことができたのは嬉しい誤算だ。
会うだけで満足しているつもりだったし、それ以上の関係を望みはしていなかった。

室井はこのとき、約束さえあれば永遠に青島と繋がっていられると、心から信じていたのだ。

転換点は、線路沿いの道での出来事だ。
好きだと言われ慣れていない、なんて欺瞞だ。
同じことを青島以外の誰に言われたとしても、室井はあんなに動揺することはなかっただろう。
青島だから、動揺して、後にその言葉の軽さに傷ついたのだ。

室井はあの日のやり取りに自分の限界を見た。
電車の轟音に隠して本音を漏らしてしまったのはそのせいだ。
手に入れることを諦めようとしていた一方で、想いはずっと大きく育っていた。
近くに在ることを諦められる段階など、疾うに過ぎていたのかもしれない。

きっと、あの日が青島と室井が至高の約束を交わした相棒であり続けていくために、彼とのプライベートを捨てる、最後のチャンスだった。

それなのに、彼の誘いに甘んじ、室井は現実から目を逸らした。
彼のことは諦めるのだから、せめて交友関係は続けていきたいと、願ってしまった。
そのせいで、その後の青島の挙動に一喜一憂して、疑心暗鬼になった。
自らの首を絞める、室井らしからぬ失策である。

そして今日。室井はさらなる失策を取ってしまった。

限界の手前で、手に入れることは叶わないと指を咥えて飢えを募らせていた室井の目の前で、真下と青島がキスをした。
アクシデントだ。偶然だ。青島も嫌がっている。
そう理性が宥めようとしても、室井の本能が咆哮を上げることは止められなかった。

誰も青島に触れるな。
他のやつに盗られるくらいなら——

——俺が手に入れる。

激昂したまま想いを吐き出し、唇で触れ、舌で探り、腕に囲い込んだ。
青島からしたら、室井の行為は謂われなき糾弾、セクハラ、強制わいせつ罪だ。
しかも、頭に血が上りすぎていたため、正直自分が何を口走ったか、正確には覚えていない。
嫉妬に狂った挙句、夢で見、想像もした欲の対象に触れたせいで、完全に箍がトんだ。ひどい快感だった。

一方で、あの段階で踏みとどまって部屋を出られたのも、青島への想いのせいだ。
室井が青島を大切に想い、慈しむ、その気持ちが、何とか室井を押しとどめた。
そうして、もっと先を望む劣情を、なんてことをしたんだと難詰する理性が打ち負かし、室井は慌てて部屋を出た。

この惨状には、目もあてられない。
青島が室井の想いを受け入れてくれるかどうか以前の問題だ。
げに、恋心とはこんなに制御の効かないものであったか。


(……もう無理、だろうな)

乗車したタクシーの窓から景色を見ると、すべてが灰色掛かって見えた。
室井は自嘲する。
自分の行いにより、自分を無条件で慕う青島を失った。
それが起こることを、何よりも恐れていたのに。

(青島)

最後に自分を責めるように見た眼差しを思い出しながら、目を閉じた。
あの叱責するような瞳は室井に何を伝えようとしていたのだろうか。
その意図が何だったにせよ、今後、青島が今までのような無垢で衒いのない笑顔を室井に向けることはないだろう。

室井は無意識に胸の辺りに手を押し当てていた。
物理的には存在しないはずの心がきりきりと痛む。

タクシー運転手が到着を告げる。

(それでも、俺は)

すっと、強い意志を秘めた目を開いた室井は、精算を済ませ、タクシーを降りた。


本庁に戻った室井は、デスクに着いてから湾岸署に取りに行った資料を持たずに帰ってきたことに気づき、今度こそ本当に頭を抱えた。









2.
Side-A
「今日はこれで失礼する」

いまだ雄弁な瞳の奥に熾火のように感情を燃やしながら、室井が感情を殺した低い声で宣言した。
だが、その場から動かず、青島を睨んでいる。

(そんな睨まれても、あんたが唯一の出口に俺を磔にしたんだろ)

っていうかここに何しに来たんだよ。
青島は口を噤んだまま、室井から距離を取るようにおずおずと扉の前から退いた。
この際、室井が本当に用事があったのだろう資料については言及しないでおこう。
ちょっとした意趣返しくらい許されるはずだ。せいぜい、本庁に戻ってから困ればいいんだ。

室井はちらりと青島を見ると、無言で出て行った。
青島が最後に確認した室井は、眉間に皺を寄せたお馴染みのしかめっ面。でも、青島にはわかる。

(そーとー動揺してる)

あんなに動揺されると、被害者であるはずの青島は動揺しきれない。
唇には室井の熱い唇と吐息の感触が生々しく。耳には欲の滴る甘い声が。抱え込まれた身体には力強い男の執着が残っている。
反芻してうっかり赤面した青島は、なんなんだよもお、と頭をがしがしと掻きながら、刑事課に戻った。


「あーっ青島くん、どこ行ってたのよぉ」

課長が報告書のことで聞きたいことがあるって、青島くんのいる場所なんて何回聞かれても知らないものは知らないわよ、
迷惑かけられたお詫びに青島くんの秘蔵のカップラーメンもらっといてあげる、
なーんてまくしたてる食いしん坊なワイルドキャットに、ようやく日常に帰ってきた気がして
青島は親切な誰かが定位置に戻してくれた椅子にどさりと座り込んだ。

「……青島くん、なんかあった?」
「なんか?もー何が何だかわかんないくらいあったよ!」

青島の異変を察知し、自席から立ち上がって傍に寄ってきたすみれの言葉を聞いて、青島はとうとう爆発した。

「なんなのあの人!意味わかんない!!」
「あらま」

すみれは頭を抱えて喚く青島をきょとんとして眺めている。

「すみれさん」
「何よ」
「すみれさんを見込んで、話聞いてほしーんだけど」
「いいけど、高いわよ?」
「あの行きたがってた店、あそこのランチ奢るから!」
「ランチかぁ。ま、いっか。じゃあ交渉成立ね」

今暇なんでしょ? 署内でいいなら話聞いてあげる、と唆され、青島も席を立った。
そして、2人とも袴田課長が青島を探していたことは都合よく忘れ、連れ立って屋上に向かったのだった。


****


昼時も外れた時間帯で、屋上には誰もいなかった。
防護柵の近くに置かれたベンチに並んで座る。
普段ならすかさずタバコを取り出すところだが、なんとなくそんな気分にならない。
青島はひどく疲れた気持ちで、背もたれにだらしなく背中を預け、足を投げ出した。

「で、どうしたの?」

聞かれ、言葉に詰まった。すみれを意気揚々と連れ出したはいいが。

(これって室井さんの名前出していいの?良い訳ないよね?)

青島は唸った。

室井は本当に大変なことをしてくれた。これでは、相談すら自由にできない。
すみれは海風とビル風が織り成す強風に髪を靡かせながら、何やら唸っている青島が口火を切るまで辛抱強く待ってくれている。
食には欲張りだし、天邪鬼なところもあるが、優しいお姉さんのような面もあるのだ。

青島はすみれを待たせていることを申し訳なく思い、破れかぶれで解決法を捻り出した。

「これは友達の話なんだけど」
「ああはいはい、友達ね、友達」

バレバレだ。
でも仕方がない。室井のためにも自分のためにもキスのことは言わないと決めて、青島はこのまま突っ切ることにした。
よし、と頷く。

「そう、友達。その子がね、ちょっと遠い人だけど大事だって思ってる人が、自分のことを恋愛的な意味で好きなのかな~って気づいたんだけど」
「へぇ」
「自分は相手をそう意味で好きか、まだわからないんだって」
「ふんふん」
「でも一緒にいるのは楽しいし、居心地もいいから曖昧にしとこーって思ってたらしいんだよ」
「あら、なかなか小悪魔的な子なのね」
「うっ。そ、そうだよね。でも、ちょっとアクシデントがあって、告白されちゃったんだって」
「急展開じゃない」
「そうなんだよ。あまりの展開にびっくりしちゃって。で、その人ね、そのまま返事も聞かずに帰っちゃったんだよ」
「ふぅん、ヘタレね」
「そう思うだろ?」

青島が勢い込んですみれに同意を求めると、すみれはひょいと肩を竦めた。

「で、そこまで言われて、その『オトモダチ』はまだ自分の気持ちがわかんないの?」
「別に嫌ではないんだよね…」

からかうように聞かれ、青島は脳裏に浮かびそうな鮮烈な記憶をこめかみ辺りでパタパタと手を振って振り払いながら、ぼんやりと答えた。
そう、自分でも驚いたことに、あれだけ無茶苦茶濃厚キスをされても嫌ではなかった。
接触がコンマ1秒だった真下とのキスは気持ち悪かったのに。

そこまで考えて、手が止まる。あれ?

(俺、嫌じゃないんだ)

気づいて、青島は焦った。
だって気持ち悪くないどころか、あれは。

青島の努力虚しく、室井のキスが脳裏にありありと蘇る。
憤りをぶつけるように覆われた唇。
青島の名前を切なそうに呼び、下唇を甘く吸う室井。
口を開いてほしいと懇願するように抱き寄せられ、密着した熱い身体。
掠れた声で告げられた想い。
緩めた唇から侵入してきた滑らかな舌。
欲情に息を荒げ、口内を丹念に探る舌の動き。
青島を欲しがる室井を見て、青島は。

(嬉しかった……?)

仕方なく、なんて誤魔化しているだけだった。
切羽詰まって吐露された想い。
薄目で盗み見た室井の熱情。
程度は違うかもしれないが、青島の中にも同じものがあったからこそ、深いキスを受け入れたのだ。

(俺、もしかしてずっと室井さんのこと……?)

押し黙って赤くなったり青くなったりしていると、そんな青島の内心には気づかず、すみれがとんでもない提案を投下した。

「それだけ? それなら付き合っちゃえば?」

付き合ってるうちに好きになるかもよぉ、と肘で小突いてくる。

(いや、もう、付き合ってるうちに、ってゆーか)

青島は顔が熱くなるのを止められず、すみれと反対側に顔を背けた。

「あ、満更でもない顔」
「いいいいわないでっ」

それでもあっという間に見抜かれてしまい、青島はとうとう両手で顔を覆った。
許されるなら床を転げ回って開けた穴に埋まりたいほど恥ずかしかった。

室井と2人で会うのが楽しかった。
表情から自分だけが感情を読み取れることが密かな自慢だった。
あの微かな笑顔を独占できることに優越感を抱いていた。
「踏み込むな危険」サインに気づいても、会うのを止めようとは思わなかった。

キスされても嫌じゃなかった。それどころか、男同士なのに気持ちいいとさえ思ってしまった。
さっきタバコを吸おうと思えなかったのは、あのキスの感触を消したくないと無意識に思っていたから。

それってつまり。

「ウソだろぉ……」

ここまでされなければ自分の気持ちにはっきりと気づけない自分が恥ずかしい。
生暖かい目のすみれに見守られながら、青島は身悶えた。

「なーんか、答えが出たみたい?」
「……おかげさまで」

真っ赤な仏頂面のまま、青島は渋々頷いた。

室井はあの強引なキスで、踏切の手前で足踏みしていた青島を線路内に引きずり込み、豪速で進む特急電車に乗せて
挙句に青島の知らなかった世界に運んで行った。
そこまで運んだ運転手は青島を置いてどこかに去って行ったが。

「あーあ、青島くん、女の子に人気だから恨まれちゃうわね。室井さん」
「うん……ん!?」

相手についてはだいぶぼやかして話したはずなのに、なぜかバレている。
ということは、相手が室井だとわかって付き合えと嗾けていたということだ。
社会の規範たる警察官としては、ちょっと思考が柔軟すぎはしないだろうか。個人的には大変ありがたいけれど。

「はは、すみれさんには敵わないなぁ」

気が抜けて、青島の頬が緩んだ。

室井にとって、青島が恋人になることで得られるメリットはほとんどないのだろう。
キャリアなのだから、婚姻が有効な切り札であることは、重々承知しているはずだ。
青島だって、自分たちの約束の足を引っ張る恋はしたくない。

でも、せっかく無自覚でいた青島の気持ちを目覚めさせたのだから。

「こうなったら、責任取ってもらわないとね」

その優しい笑顔が驚くほど室井の微笑に似ていることは、誰も知らない。








Fin.

 


●●おまけ●●
湾岸署屋上一幕にて

「そう、友達。その子がね、ちょっと遠い人だけど大事だって思ってる人が、自分のことを恋愛的な意味で好きなのかな~って気づいたんだけど」
「へぇ(ちょっと遠いけど大事。最近の青島くんの周りにそんな女の子いないはず。となると相手は室井さんかぁ)」
「自分は相手をそう意味で好きか、まだわからないんだって」
「ふんふん(そりゃそうよね、男同士だし。室井さんが片想いってちょっと面白い)」
「でも一緒にいるのは楽しいし、居心地もいいから曖昧にしとこーって思ってたらしいんだよ」
「あら、なかなか小悪魔的な子なのね(青島くんって)」
「うっ。そ、そうだよね。でも、ちょっとアクシデントがあって、告白されちゃったんだって」
「急展開じゃない(室井さん、やるぅ)」
「そうなんだよ。あまりの展開にびっくりしちゃって」
(あ。青島くん尻尾出てる笑)
「で、その人ね、そのまま返事も聞かずに帰っちゃったんだよ」
「ふぅん、ヘタレね(思ってたとおり!)」




作:千夏さま
20220306

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贈答品14-3。感謝を込めて
可愛い作品をありがとうございました!