今も、遠い未来も









「室井さん、俺、犬飼いたい」
 やぶからぼうに、なにを言い出すかと思えば。
 室井はまじまじと青島の顔を見た。
 真面目な顔をして室井を見返した青島は、しばらく表情を固めたまま…不意に緩めた。
「ムリっすよねー」
「当たり前だ、馬鹿」
 二人が暮らしているのは賃貸マンションで、当然動物は飼えない。飼えるマンションに引っ越したところで、帰宅時間が不定な青島と、帰れなくなることが多 い室井とで、生き物を飼えるわけがないのだ。
「せいぜい金魚だな」
「えー、魚かぁ…やだな、なんかモグラみたいで」
「ああ…あいつ、暗いよな」
「暗いっすよねー」
 勝手なことを言われていると知ったら、六本木のモグラはいやぁな顔をすることだろう。ほっといてくれ、とでも言うだろうか。
「なんで急に犬なんだ」
「だってさ、ほら」
 青島の指さす先には、大型犬と散歩する人。
「やっぱ、海辺にはレトリバーが似合うなぁって」
「…馬鹿」
「…やっぱり?」
 へへ、と笑って青島は頭を掻いた。
「なんででしょうねぇ…」
 青島は、遠くの水平線を見ながら、ぼんやりとした口調で言った。
 室井が潮風に揺れる髪に触れて、柔らかな感触にうっとりと目を閉じて。
「こうやって海に来ると…楽しいことばっかり、考えちゃうんですよ」
「楽しいこと…?」
「そう。室井さんが警視総監になったら、どんなごちそう食わしてやろうかなーとか…俺と室井さんが年取ったら、どうやって暮らしてるかなー、とか…そうい うこと」
 青島が目を開けて室井を見つめ…柔らかく笑った。幸福に溶けていきそうな…透明な笑顔を…。
「…年取って、退職したら…家買って、犬飼おう。レトリバーだな」
「いや、黒ラブでも」
「何十匹でも飼ってやる」
「…ハイ…」
 そしてまた青島は、目を閉じた。
 室井とともにある、楽しい未来をその瞼に映して。






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