バーボンはふたつ








 棚からファイルを出して、室井はうっすらと積もった埃を払った。
 狭い窓から射し込む光に、微粒子が反射する。喘息もないし、健康そのものの室井だが、こうしてみていると咳き込みたくなるくらいの埃っぽさだ。
 …今日は、失敗した。あいつの予定を聞いてから、この計画を実行したらよかった。
 深くため息をつこうとして、この空気を吸ったら肺ガンになるかもしれない、と思いとどめた。
 「必要な資料がある。手間をとらせては申し訳ないので、自分が行く。各自の仕事を進めてくれ、一人で行くから、だれもついてこなくていい。そのまま直帰 するので、後は宜しく」で本庁を出て、「95年の資料を見せていただきたい。手間をとらせては申し訳ないので、一人でさがす。もし手が空いていたら、一人 手伝いに寄越して欲しい」と湾岸署の資料室に入り込めば、「仲良しの青島巡査部長」が派遣されるに決まってるから、朝、部屋を出てからの青島不足が消化で きると…思ったの、だったのに…。
 生憎、目的の巡査部長は今日はお忙しいらしく、刑事課に姿が見えなかった。
 そこで急遽作戦変更、「95年の資料が必要になった。すぐに見つかると思うので手伝いは結構。湯茶も必要ないので、気にせず仕事をしてください」。
 …仕方ない。大して必要な資料でもないのだが、口実にしてしまったのだからさっさと探してこの埃っぽい部屋から出て、どこかでコーヒーでも飲んで帰ろ う…。
 ぼんやりとファイルの背をなぞって、指についた埃にぎくっとしていると、ばたばたっと乱暴な足音がだんだん近づいてきて、資料室の扉が大きく開け放たれ た。
「間に合ったっ!室井さんっ!?」
「…青島」
 はぁはぁと、肩で息をしている。
 整理棚の向こうに、グリーンのコートが見え隠れする。
 室井が整理棚をまわって青島のいる方に行こうとしたら、青島は反対側をまわったらしく、コートの裾だけが見えた。
「おい、こっちだ」
 ひょい、と逆に顔を出すと、また勘違いして青島は逆を見たようだった。
「んもー…」
 かくれんぼじゃないんだから、と苦笑混じりの声が聞こえて、ようやく青島の顔が棚の向こうに見えた。
「来るなら朝言ってくれたらいいのに。そしたら俺、真面目にデスクワークしてたんですよ?」
「忙しかったんだな」
 腕を伸ばして、体を引き寄せて。
「そりゃあもう、まいんちがんばってますからね?」
 首を傾げて、にこっと笑う。
「どうしたんですか、なんか必要な資料?」
「ああ…」
 抱きしめて、キスをして。…瞳をのぞき込む。
「…お前が、必要だった」
 一瞬ぽかんとしてから、青島は笑った。
「くっさー…」
 けらけら、と笑って、不機嫌な顔をする室井に抱きついた。
「俺は。いつだって、室井さんが必要。です」
 それから、頬に軽いキスを。
「俺、いっそいであとの仕事片づけてきますから。一緒に帰りましょう」
「ああ」
「それまで、ここで待ってて?」
「…ここでか?」
「だって、資料探しに来たんでしょう?」
「…ああ」
「男に二言はない、と。言ったからにはやってくださいね?」
 それから、ぷっと吹き出した。
「いったいなんの資料なんだか。ゆーっくり探してていいですよ」
 青島は室井をもう一度ぎゅっと抱きしめてから、体を離し…来たときと同様、ばたばたっと足音を立てて資料室を出ていった。
 すべてお見通しってことか。
 室井は苦笑して、またファイルの背表紙をなぞりながら、目的もなくつぶす時間の幸福を味わった。







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