こんな夜には
室井が背を向けて雑踏に消えたのを確認して、優司は村井の胸を乱暴に押した。
「ひでえな」
「でも効果あっただろう?」
唇に残ったものを拭われ、優司はその手を払う。
「予告なしってのが、嫌なんですよ」
「おや、まあ」
村井はおもしろげに肩をすくめた。
「…じゃあ、予告すればいいってのか?」
「心の準備ってもんが必要なんですよ。俺はあんたと違って繊細なんで」
背を向けて歩き出す優司を、村井が追いかける。
「知らなかったね」
「覚えといてください。…これから、一緒にやってくんですから」
「覚悟は決まったのか?」
ん?、と顔を寄せられて、優司はうるさげにその顔を押しやった。
「とうに決まってますよ。さっさと片づけましょう。やるなら一気にね、一気に」
…そう言った瞬間、村井が歩みを止めた。
「…どうしたんです?」
「…いいや。なんでもない…」
顔の下半分を手で押さえて…村井は歩き出した。
「おい、他の店を紹介しろ」
「あんたがいろいろ注文つけなけりゃね、どこだっていいんですよ俺は。…まったく、かっこつけなんだから」
「うるせえよ」
妙に軽口が出るのは…同じ目的を持つ“ホーク”と過ごす時間が長くなってきてお互い気心が知れるようになったからと…先刻のキスが、原因だろうと思って
いた。
後を追いかけてきた刑事を追い払うため、だけではなかった。それだけにしては…“ホーク”の唇は執拗だったし、“ハンニバル”の唇は、誘い込んでいた。
二人ともそれを誤魔化そうとして…失敗、していたようだった。
誤解を受けるように行動していた、それは事実だった。お互い了承済みのことだった。
…誤解ではなく、正しい理解になってしまうことを…今は二人とも、恐れていた。
それが現実になったのは、翌日のことだった。
