君をさがして






 発砲事件が起こった。この程度なら日常茶飯事だ。室井が出ていくほどのことでもない。
 …が、部下にそう言われたところで素直に座っている室井では、相変わらずなかった。
 事件が起こったのは、暴力団の組事務所前。最近勢力を伸ばし始めた崇龍会に、牽制をしようと考えた老舗の仕業だと考えられた。
「一回、顔を見たいと思ってたんだ」
 崇龍会の会長は、やり手だと聞く。勢力争いの激しい東京において、どんどん力を伸ばしていく。これだけの短期間に勢力を伸ばせば、当然トラブルが起こっ てしかるべきなのだが、これまでこちらにしっぽをつかませることはなかった。仲間の結束は固く、地元の人間が苦情を訴えることもない。相当の男だと、評判 だった。
 コートを手に立ち上がる室井を止められる捜査員はなく…室井の影をおいかけるように、中野が後を歩いた。





 一見、ふつうのオフィスだった。そこにいるのが、強面の男たちでさえなければ。
「警視庁捜査四課参事官の室井だ」
 やり手だとはいえ、所詮は暴力団。
 室井はそう見て取った。
 どこから見ても、職業を違えようのない強面の男たちに囲まれ、室井は平坦な声で言った。
「お世話おかけしましたね」
 振り向くと、そこに40がらみの男が穏やかな笑みを浮かべながら立っていた。
 崇龍会の会長、九島靖だった。細身で頼りなさげに見えるが、目つきの鋭さが噂に違わぬ切れ者ぶりを伺わせる。
「被害にあった者はいなかったんですが、こんなに大勢でご丁寧に」
 言外に、よけいなことはしなくてもいいと言っているのだ。
 余裕の笑みが、そう語る。
 室井は気圧されることなく、さらりと言った。
「被害者がいようがいまいが、これは事件だ。だから捜査する。こちらの仕事をさせてもらうまでだ」
「そりゃあ、ご苦労なことで。…でもこっちにも仕事がありますんでね、早々に引き上げていただきたい」
「そちらの協力が得られれば、こちらの仕事も早くすむだろう」
 室井は鞄から書類を出した。
「この書類を提出していただきたい。速やかに」
「…こっちは被害者ですよ?」
「被害者はいないんだろう?」
 見えない火花が散る。
「私に言わせれば、こんなことをされるにはされるなりの理由があるな。わけを考えて改めればいい。なんだったら相談に乗るぞ、警察は犯罪を未然に防ぐこと にも熱心だ」
「心配には及びませんよ、こっちにはこんなことされる理由が見あたらない。そちらの仕事はさっさとチャカぶっ放した馬鹿野郎を捕まえることだ。人生相談頼 むほど悩み事もない。もしするとしても、あんたにはしませんよ、ご心配なく」
「頼りないかな」
「人材は豊富なんでね」
「素直に後ろ暗いところがあると言ったらどうだ」
「俺は生まれてこの方嘘なんかついたことがないのが欠点で」
「たいそうな嘘吐きだ。人間素直が一番だぞ」
「あんたもね。言いたいことがあるならはっきり言えばいい」
「言っていいのか?」
「言って後悔するのはあんたですよ」
「聞いたらやめときゃよかったって思うさ」
 放っておけば延々と続きそうな陰険漫才に、飽きてきたのは九島の方だった。
 その様子を見て、九島の横に立っていた男が苦笑混じりで割って入った。
「会長。そろそろこちらの兄さんと遊ぶのはいい加減に。そっちの…なんてったかな、室井さんだったか。ほら寄越しな。なんでも揃えてやるから」
 精悍な印象の男だった。黒ずくめのスーツにサングラスで目元を隠してはいても…体全体から、鋭い雰囲気が漂ってくる。事が起これば、それは殺気となって この男を包むのだろう。
 室井は、書類を封筒に入れ直し、その男に渡した。
「どうも。おい、優司」
 男は、振り返って手下の男を呼んだ。
「これ持ってけ」
「はい」
 九島の背後から現れた男に、室井は目を奪われた。派手な身なりをしているわけではない。目の前の男と同様、ダークスーツに身を包んだ姿は、むしろふつう のサラリーマンのように見えた。やはり同じようにサングラスをし…目元にかすかに見える傷を、隠しているようだった。やくざだと言われれば、そうだろうと 思うような、なんということはない…室井が普段目にする男たちと、何ら変わるところは、ないはずだった。
 なのに、目が離せない。
 …似ている。
 ふと浮かんだ言葉が、すとんと胸にはまりこむ。
 そうしている間に、優司と呼ばれた男は封筒を手渡される。
「手抜かりのないようにな。こっちのエライさんに、渡してやってくれ」
「はい」
 背格好。雰囲気。似ている…気がする…。
「刑事さん。ちょっと待っててやってくれますかね」
 九島がそう言い、室井ははっとした。
 なにに気を取られていた。こんなところで…!
「ああ。待たせてもらおう」
 その間に…声を。声を聞けたら。
 九島に促され、ソファに座る室井をちらりとも見ることなく、優司は姿を消した。
 やがて書類が整い、封筒を持って現れたのは優司ではなく、危険な雰囲気をまとった男だった。落胆を隠せぬまま書類を受け取り…室井は、崇龍会を後にし た。
 中野が室井の様子を訝しげにうかがっているのにも気づかずに…考えているのは、さっきの男のことだった。
 似ていた。…青島に。
 これは、彼が遺したにおいを探すことが、習慣になってしまっただけなのだろう。
 きっと、そうなのだ。
 …そう自分を言い聞かせなければ。
 視線が彼の背中を探そうとするのを、止められそうになかった。
 
 





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