月は欠け…
「むーろーいー、さん」
「……………」
「コーヒー煎れたんだけどな」
「……………」
「すんごくおいしく入ったんだけどな」
「……………」
「むーろーいー、さん」
「……………」
「煮詰まって酸っぱくなっちゃったコーヒー、嫌いでしょ?」
「……………」
「ね、もう機嫌なおしてコーヒー飲みましょ?」
「……………」
「…もー…」
青島が頬を膨らませて、室井が広げている新聞をばさっと取り上げた。
「室井さん。大人げないっす」
「…どっちがだ」
室井は憮然として、取り上げられた新聞を取り返そうと腕を伸ばした。青島は取られまいと、ひょいっと室井の腕をかわす。
「室井さんっす。俺あやまったのに、いつまでも怒っててさ」
「何度言ってもわからない奴の言うことなんか聞かない」
「じゃあどうしろってんですか」
唇を尖らせる青島の頬には絆創膏。危ないことはするなと何度も言っているのに、青島に生傷が絶えたことはない。
室井はため息をついた。
「もう少し、逮捕術を磨けというんだ」
「そんな暇ないっす」
「じゃあもう少し穏便にだな」
「穏便にいく相手ばっかじゃないんです」
「やりようがあるだろう。ほかの刑事を見習え」
「俺には俺のやり方があるんです」
そこまで言って、青島はふーっと長く息をついた。
「まーた、この繰り返しだよ…」
室井もまたため息をつく。
「わかってるならどうにかしろ。俺はお前を心配してるんだ」
無鉄砲で怖いもの知らずの青島が傷をつくってくるたびに、こうして何度も言い争う。室井は、青島を失うことなど耐えられないのに、青島は少しも気にせず
に危険の中に飛び込んでいく。
「…わかりました」
「ん?」
妙に殊勝な言葉に、室井が顔をあげた。青島が首を傾げて、室井の顔を覗き込む。
「顔は守ります」
「ああ?」
青島はぺちぺち、と頬を叩いて見せた。
「室井さんのために、顔だけは怪我しないように気をつけます。…それでいいにして?」
…室井は長くため息をついた。
どうせなにを言っても、常にエンジン全開の青島が止まるわけはなく…顔は守ると言っているこのあてにならない約束が、せめてものリミッターになるのか?
まったくもって信用できないが。
…でも、どうせ負けるのはいつも室井なのだ。
室井はちら、と青島を見て、それから両手を広げた。
青島はにこっと笑って室井にだきついた。
「…ゴメンナサイは?」
「ごめんなさいっ」
嬉しそうに、頬を室井の胸に擦り寄せて青島は軽く言った。
どうせいつも負けるのは俺なんだ。
室井はこっそりと天を仰いだ。
惚れた方が、いつだって負けなんだ。無鉄砲で怖いもの知らずで、でもそのぶんまっすぐな青島に惚れたのだから、これはもう仕方がない。多少の怪我とそれ
にともなう心配と小言とは、一生つきあっていくのだろう。
そんな室井のあきらめに似た覚悟に気づかずに青島は室井の胸に頬を擦り寄せ…室井は苦笑しながらその暖かな感触を抱きしめた。
