朝靄に溶けた未来
それは、二人で暮らす準備をしていた頃だった。
マンションを決めて、室井の荷物を運び込み、あとは青島の引っ越しをすませれば…二人の生活が始まる。もう、次に会える日までの時間を計ることはない。
終電も、始発の時間も気にすることなく…二人でいられる。
そんな、どこか浮き立つような気持ちで、始発に乗る青島を駅まで送るために、部屋を出た。
「わ、すごいもやだ」
青島が声を上げた。
ミルクの泡のような色をした空気が、街を包んでいた。
「これだけ視界が悪いと、事故が多発するな」
「…どーしてそう、情緒ってもんがないんだろう…」
「……………」
じろりと見られて、室井は視線を逸らした。それを見て、青島が小さく吹き出す。
室井は憮然として言った。
「今日揃えなきゃならないものはなんだ?」
「えと、食器やなんかはだいたいそろってるし。そうですね、リビングのテーブルにクロスでもかけましょうか」
「…意外にまめなんだな」
「いや、室井さんが汚しそうだから」
「それはおまえだろう」
軽口を叩きながら、ゆっくりと歩いて…青島は不意に笑った。
「なんか夢みたい」
「え?」
青島は室井の顔を覗き込んだ。
「室井さんと一緒に暮らすなんて」
「…そうか?俺にとっては現実だな」
望んだとおりの未来が、確実に歩いてくる。手に入れると決めた幸福は…もうすぐ、現実になる。
なんでもないことのように言う室井に軽く眼を見開いて、青島は嬉しそうに笑った。
「…もう、室井さんて、どうしてそうなんだろう」
「ああ?」
眉間にしわを寄せた室井の頬に、啄むようなキス。
驚いて立ち止まった室井の横を、青島はさっとすり抜けて走り…振り返った。
「あと3時間で俺出勤。室井さんは?」
「あと4時間…」
「じゃあその間」
青島は人差し指で、室井の胸を刺した。
「考えてて。俺のことだけ」
そして青島はコートの裾を翻して駆けだした。満ち足りた幸福が、足に羽をはやしていたようだった。室井がぼんやりと見送るうちに、青島の緑色のコートは
朝靄に溶けていった。
室井はひとつ息をついて、ジーンズのポケットに親指をかけて背中を向けた。
もうすぐだ。
抱きしめたい腕を我慢して背中をむけなくてもいい毎日が、もうすぐやってくる。
…そして、望んだとおりの未来はやってきて…唐突に終わった。
あの日、青島のコートがミルク色のもやに消えたように、うっすらと彼のぬくもりを残して。
