東京スヰート アラカルト






 室井さんの夏休みの最初の日と、俺の夏休みの最終日が重なったのは、奇跡に近かった。
 季節の力を借りなければ解放できない暗い気持ちを抱えた奴らが多すぎて、俺も多忙だったし、室井さんも何故だか忙しかった。
 ほとんど連絡が付かない日々が続いて、やっと室井さんが俺を捕まえたのが昨日で。
 お互いが休みだって知ってても、翌日のことではなにができるわけでもなく、そこら辺に出るには太陽がきつすぎて。
 二人で、クーラーを利かせた室井さんの部屋で、ぽつぽつしゃべったり、テレビを見たり、昼寝したり。一緒にいる理由がなんにもないような、でもあるような…言葉で説明するのは難しい幸福感に、俺は浸っていた。
 今室井さんは、ラグの上にころんと横になって本を読んでいる。
 最近になってようやく、こんなくつろいだ姿を見せてくれるようになった。
 くたくたのポロシャツに、よれよれのジーンズが、意外に似合う。そんなこと言おうものなら、きっとすぐにかちんとした格好になってしまうだろうから、絶対に言わない。
 室井さんは多分、俺の理想がものすごく高くて、それに似合うすごい男でなくちゃいけないと思いこんでる。…本当は、どんな室井さんでも好きだ。
 こんな風にくつろいでる室井さんを見ると、俺は世界中に叫びたくなる。この人は俺の世界一好きな人だって。
 …室井さんが、むくっと起き出した。
「そろそろ、涼しくなるかな…」
「そうですね」
 俺は麦茶を一口呑んでから答えた。
「窓、開けていいか?」
「はい」
 室井さんは、本当は冷房があんまり好きじゃない。なのに、暑がりの俺のために冷房を利かせてくれる。そしてここは室井さんちなのに、俺のために窓の開け閉めまでいちいち聞いてくれる。見た目はしかめっ面でも、とても優しいひとだ。
 から、と掃き出し窓を開けて、室井さんはベランダに出た。
「まだ、暑いな」
「…クーラーに浸かってたからですよ」
 むわっと湿っぽい外の空気は、東京のひとの多さを表してるみたいで、よけいに暑く感じる。
 だけど俺は、室井さんの後を追ってベランダに出てみた。
「中にいたらいいじゃないか、暑いだろ」
「いいんです」
 横に立って、肩を並べて。
 少しだって、離れていたくない。世界一好きな人のそばから。
「…明日になったら、また会えないし」
 室井さんは、腕を伸ばして俺の頭をこつんと小突いてから、遠慮がちに肩を抱き寄せた。
「…この後しばらく忙しくなるけど…時間見つけて、会おう」
「…はい」
 俺が室井さんの肩に頭を預けると、室井さんは小さく笑った。
 そして俺はまた、眼下の東京の街に向かって、叫びたくなった。
 …その後、夏の間に室井さんに会えることはなかった。室井さんがなぜ忙しくなったかは、後で知った。
 そして、あの秋がきた。



 



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