東京スヰート アラカルト
品のいい音楽に、私は眠気を誘われた。
そっと隣をうかがい見て、あくびをかみ殺したのがばれなかったかどうか確かめる。
青島は、まっすぐ前を見ていた。…よかった。
誘ったのは私なのに退屈しているだなんて、格好悪すぎる。
…それにしたって、格好つけすぎただろうか。クラシックのコンサートに誘うだなんて。
我ながら、がんばったつもりだったのだ。天窓からたっぷり光が入る三角形の天井は、珍しい造りで洒落ていると思ったし、このホールからは新宿に出やすい
から、ガイドブックでチェックした創作和風料理の店で遅めの昼食をとった後は一緒に街をぶらついて、ショッピングも楽しいだろうと…思ったの、だったが…
最初の選択から、間違えていた。私はクラシック向きではなかった。…というよりも、こういった席に大人しく座ってなにかを鑑賞するということに、向いてい
ない。演奏が始まって5分で気が付いた。なんとかいうバイオリニストの演奏は、きっと通好みのものなのだろうが、申し訳ない。私にとっては、拷問に近
い…。
再び出そうになったあくびを必死にかみ殺し…またそっと、隣を伺い見る。…大丈夫、気づかれていない。
…と思ったら、そっと袖を引かれた。
「…なんだ?」
小声で問う。頼むから、演奏に関する感想など聞かないでくれ。必死でかぶった猫がどこかへいってしまう。
「マナー違反だとは思うんですが」
青島が頭を寄せ、そっと耳打ちした。
「…出ましょうか」
ばれてたか。
私は血が引く音というのを初めて聞いた。
「そ…その…」
格好良くクラシックが趣味だとでも思ってもらって、株を上げようと、したんだが…格好悪い男だと、思われただろうか。…嫌われた、だろうか…。
しかし、予想に反して、青島は照れくさそうに笑った。
「俺、こういうのどーも苦手で。スミマセン、室井さんが聞きたかったら、俺、外で待ってますから」
「青島…」
なんだか、肩の力が急に抜けた。
「…私も出る」
「え?」
青島の腕を取って、腰をかがめながら席を立った。
「え、室井さん、でも」
「いいんだ」
明らかなマナー違反の私たちは、当然周囲の観客から冷たい視線を浴びたが…きみが一緒でなければ。意味などない。格好つけることにだって。
ホールの外に出て、青島は大きく息をついた。
「よかったんですか?」
「…ああ」
いつでも自分の心に正直なきみに、嘘などつけない。…もう、嘘をつく必要など、ない。
「本当は、苦手なんだ」
「なぁんだ、よかったっす」
にこっと笑って、青島は歩き出した。
「趣味が一緒じゃなきゃ、ダメかなぁって思った。…でも、だったらなんで?」
「格好つけなきゃダメかなぁって、思った」
青島の口調をまねして言うと、青島はぽかんと私を見た。そして、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございました」
「…え?」
「格好つけなきゃって思うくらい、俺のこと思ってくれてるってこと、でしょ?」
「…そうなるな」
私は苦笑を返した。
「俺はどんな室井さんでも、格好いいって思ってますけど」
「そっか」
まっすぐなきみに、格好つける必要は、もうない。
青島が立ち止まった。
「でも、そういう柔らかい顔した室井さんが、一番格好いいと思う」
「…ありがとう」
キスを強請る唇に、そっと口付けた。
だれもいないホワイエに、初夏の光が射し込んでいた。
