毎日会えるわけじゃない。
声が聞けない日だってある。
…だけど、しあわせだった。
それは、あなたの綺麗な手を見つめることにうしろめたさを感じなくてもいいとか、その程度の、ささやかなしあわせだったけれど、でも、しあわせだった。
…あの秋はまだ遠く、穏やかな春と透明な夏だけが、俺たちの共通する思い出だった。
秋がくることに気づかないまま。
その先の冬に、思いを馳せることなどないまま。
季節はただ、幸せだけを増やしていくと、そう思っていた。
東京スヰート アラカルト
芝生に寝そべる青島の腹の上に、桜の花びらが一枚乗っていた。
私はそれを手にとって、青島に見せようとした。
…彼は、とても気持ちよさげに、小さな寝息を立てていた。
私はそっと手を伸ばし、彼の髪に触れた。
桜と同じ、やわらかな感触がした。
春の陽射しが、こんなにも暖かいことを初めて知った。
幸せだと、心から思った。
ふと、青島が目を開けた。
焦点が次第に合って、横に寝そべっていた私と目があった。
「…どっかで、なんか、鳴ってませんか…?」
「ん?」
私には認知できなかった音で、目が覚めたようだった。
「んー…なんだろ…」
ぼんやりと寝起きの気怠さに身を任せ、腕に顔を埋めている。
「ああ、そうだ、鐘の音…」
「鐘?」
ぽやんと無防備な顔を見るのは初めてで、私は嬉しくて仕方がなくて、青島の言葉をきちんと聞いていなかった。
「どっかで、鳴ってる…」
「ああ…」
ようやく、私にも聞くことができた。
「この公園の裏に、教会があるんだ」
「教会、かぁ…」
ふと、青島が目を伏せた。
なにかを祈るようなその横顔に、私は急に切なくなった。
恋人同士になっても、青島は私になに一つ求めたことがなかった。そのかわり、私にもなにも与えなかった。
共有するのだ、と言っていた。
穏やかな時間、繰り返す睦言、理想を語る、熱いひとときを。それ以上は…求めなかったし、与えなかった。
青島の胸の中で、私は清らかな存在であるらしかった。求めてはならない、汚してはならないもの。
勿論、現実の私は決してそうではない。人並みの野心も醜い思いも、淫らな欲望も持ち合わせる、普通の男だ。
ただ…待つことなら、できた。
今こうして、鐘の音を聞いて、おそらくは私の側にいる奇跡を感謝し許しを乞うている君が、なにかを乗り越える時を。
そして私は、君が祈る同じ神に誓おう。…君に、永遠の愛を。
じっと見つめる私に気づいて、青島が私に顔を向けた。
「…どうしたんです?」
「君を愛してる」
青島は、ふわりと笑った。
「…俺もです」
土のにおいのする頭を引き寄せ、もう一度言った。
「愛してる」
…鐘の音は、青い空に溶け込むように消えていた。
