RETURN MATCH 2








 この二人と飲むのは、初めてではない。
 杯を重ねながら、新城はぼんやりと思った。
 夏美とのことがあってから、立場が違いすぎる二人とかえって頻繁に会うようになっていた。
 以前は苦手としていた室井が、今では一緒にいても息が詰まるような印象がない。青島といるからだろうか、表情が和らいでリラックスしている様子の室井に は、むしろ好感を覚える。
 一方の青島は、仕事がからめば扱いにくい男であることに変わりはない。しかし、一人の人間としての青島は、夏美があこがれるのも無理はないと思うように なっていた。常にたたえられている笑みや、つきない会話が、自然と心をほぐしていく。仕事上ではよけいだと思っている正義感や彼なりの倫理観さえも、青島 という男を構築している大切な要素だと思えてきてしまう。
 暴走気味の青島を、年上の寛容さで上手に制する室井。効きすぎるほどのブレーキを持つ室井の背中を、そっと押し出す青島。共通の夢を持つ二人の間には、 尊敬と信頼と、違えようのない確かな愛情が息づいている。
 いいカップルだと思う。不思議と、男同士のこの恋人たちに嫌悪感を持ったことはなかった。それどころか、自分と夏美も、こんな風にお互いを理解し、支え 合いながら生きていけたら、とまで思う。
 そうだ、ずっと、支え合って生きていけると、思っていたのに…
「新城さん、新城さんてば」
 しばらく、思考の海に一人で漂っていたようだった。
 青島が、ビール瓶をかかげてみせている。
「からですよ。飲みましょ飲みましょ」
 そういって、あらかたあいてしまっていた新城のグラスにビールをつぎ足す。
「あ、ああ、すまない」
 おそらくは久しぶりの二人のデートをじゃましてしまった格好になっているというのに、青島の態度はいつもと変わりがない。室井も、言葉少なではあったが (それこそいつものことだ)、不快げではなかった。次第に、二人に悪い、という気になってくる。…こんな風に、他人を気遣うことも、夏美と出会ってから だった。
「…聞かないのか」
「え?」
 ぶりかまと格闘していた青島が、顔を上げる。
「ケンカした理由だ」
 ぼそりと言うと、青島は、人を和ませる笑みを浮かべた。
「新城さんが話したいなら、俺たち聞きますよ。ね、室井さん」
「ああ。ためとくのは体によくない。青島はこういう話なら聞くのが得意だから、話してしまったらどうだ」
 こういう話ならってなんなんですか、と詰め寄る青島をうるさげにこづいて、室井は静かにいう。
「こんなとき、一人で考え込むとろくなことがない。私の経験だが」
 小さくうなずいて、二人の間の、穏やかな空気に引き出されるように、新城はぽつりぽつりと、今日の出来事を語り始めた。



「…そりゃ、悪いのは新城さんだよね、室井さん」
 話を聞き終わるか終わらないかのうちに、青島はきっぱりと言った。
 室井は難しい顔をして新城を見ている。
 分が悪くなった新城は、勢い込んで言う。
「なんでだ!?私は…!」
「だって、新城さん、夏美ちゃんの気持ちわかってないもん」
 ねえ、と室井に同意を求めると、室井はこっちに振るな、とばかりに青島をこづいた。
「いて。なんすか室井さん」
「…ちゃんと説明してやらないと、こいつには永遠にわからないだろ」
「そりゃそうっすね。じゃあね、新城さん」
 青島は姿勢を正して新城に向き直る。
「夏美ちゃんが、ずっと刑事になりたがってたの、知ってました?」
「ああ」
 新城は苦々しげにうなずく。それはもう、前々から聞かされていた。しかしそのたびに、危ないからダメだと言って聞かせもしていたのだ。
「じゃ、なんで刑事になりたいか、知ってました?」
「小さい頃からの夢なんだろ?」
 と、夏美は言っていた。
 すると青島は、はぁぁぁと深くため息をついた。
「…違うよ、新城さん。それだけじゃないんだ。夏美ちゃん、あんたと一緒に仕事したがってたんだ。あんたがNY行く前から、ずっとだよ」
「私と…?」
 そんなことは、聞いたことがなかった。
「あんたが現場に出てくるのなんか、後少しでしょ?夏美ちゃん、焦ってましたよ。一度で良いから、一緒に仕事して、同じ高さの視線でものを見たいって」
 あんたがいつも夏美ちゃんのこと子供扱いするからですよ、と夏美を代弁するかのように不満げに唇をとがらせる。
「…それでも。夏美が刑事になったとして、特捜が湾岸署に立ったとしても、私の姿勢はこれまでとは変わらないぞ。所轄は駒でいい。…室井さんには悪いが、 これは変わらない。組織捜査で、所轄と本庁が同列で仕事はできない」
「それでも良いんですよ、夏美ちゃんは」
 新城がそんなことを言うのはお見通しだ、とばかりに青島は言う。
「新城さんのそういうとこに夏美ちゃんは惚れたって言うんだからさ。俺には理解できないけど、夏美ちゃんにとってはいいの。新城さんがそんなでも、夏美 ちゃんは一緒に仕事したいんだって。…ちょっと照れちゃうけど、俺たちみたいになりたいんだってさ」
 青島と、室井のように…?
 この二人も、以前は衝突ばかりしていたという。それでも、いくつも事件をくぐり抜けていくうちに、二人の間に、共通の夢が生まれた。そして、互いに対す る固い信頼と、愛情も。
 新城も、そんな関係がうらやましいと、思っていた。仕事に対する姿勢は違うけれど、二人のそんな関係が、うらやましいと。自分も夏美と、そんな関係にな れたらと。
 …夏美も、新城と同じことを思っていた…?
「でも、おまえたちと同じようになりたいと思っていたのなら、なんで結婚を断ったんだ…?」
「そこもだよ。新城さん、女の子の幸せが、みんなかわいいお嫁さんになることだと思ってるでしょ」
 行儀悪く、青島が箸で新城を指さす。
「違うって言うのか」
「ホラわかってない。もちろん、女の子の90%はそうですよ。すみれさんみたいに男勝りな子だって、結婚したら今までと違う顔を見せるようになりますよ。 あの人は、どっかで自分のこと守ってくれる手を必要としてるからさ。…でもまれに、そうじゃない女の子もいるんです」
「夏美がそうだと?」
「そう。あの子はいい子です。素直だし、明るいし。人の気持ちをわかろうとする。…でもそれは、あの子の魂が自由だからだ。だれからも縛られないで、思っ たことをして、自分の心のルールに従う。あの子が自由でいるとき、あの子は自分らしく生きることができるんです。…もし、新城さんが願うように、仕事しな いで、家で新城さんの帰りをごはんつくって待ってるだけのオヨメサンにしちゃったら、あの子は死ぬよ。身体じゃなく、心がね。夏美ちゃんじゃなくなる」
「私との結婚は…夏美にとっては、束縛なのか…?」
 それは、とてつもない衝撃だった。
 離れていた1年半の間、早く夏美に会いたいと、夏美とずっと一緒に過ごしたいと思っていた。でも、それは新城の独りよがりだったのだろうか。
 しかし青島は、にこりと笑った。
「そうじゃありませんよ。そんな夏美ちゃんが、あんたにプロポーズしたっていうのがすごいことなんじゃないですか。あの手のタイプは、結婚なんか冗談じゃ ないわって子が多いんです。…だから、2年前は驚いた」
 え?と顔を上げた新城に、たまりかねたように室井が口を出した。
「もういいだろう、青島。…なあ新城。おまえが譲ってやるところがあってもいいんじゃないのか。こういってはなんだが、おまえ頭が古すぎるぞ。いまどき官 僚の妻が専業主婦でなきゃいけないなんて、そんなことはないだろう?いいじゃないか、刑事になりたいって言うなら、ならせてやれば。おまえだって、なんで もおまえの言いなりになるあの子が好きだって訳じゃないだろう」
 淡々とした室井の言葉に、次第に新城の気持ちがほぐされていく。
「たしかに、そんなのは夏美らしくない…」
「そうそう。…今からでも、間に合うんじゃないですか?夏美ちゃんにもう一度プロポーズするの」
 言われて、時計を見る。
 まだ、間に合うだろうか。
 渡すはずだった花束が眼に飛び込む。
 これを渡すのは、もう遅すぎはしないだろうか。
 考えるより早く、新城は花束を掴んで立ち上がった。
「申し訳ないが、これで失礼します。…礼は、いずれ」
 軽く頭を下げて立ち去る新城の背中に、青島の「がんばってくださいね~」と大声の声援が届いた。
 それに背中を押し出されるように、新城は駆け出し、店から飛び出していった。
「…2年前といい、今日といい、おまえは新城の恋愛カウンセラーだな」
 室井の向かいに座り直した青島にビール瓶を差し出して、室井は苦笑を漏らした。
「そうっすよねー。カウンセリング料とらないと」
 頭をかきながら青島もグラスを差し出す。
 しかし、室井は急に難しい顔をして、ビールをつぐ手を止める。
「それにしても、ずいぶんと女の子の心理に詳しいようですね、青島先生?」
「へ?」
 半分も次がれないビールに顔を上げると、室井の眉間にしわが寄せられていた。
「さすがは恋愛カウンセラー、恋愛経験も豊富なようだ」
「あ、あれ?やきもちっすか?」
「ま、じっくりと聞かせてもらおうじゃないか、青島先生」
 眼が笑っていない室井の笑顔ほど、青島にとって恐いことはない。
「おーい、室井さーん?」
「今日は、ただじゃ帰れないと思えよ?」
 情けない声を出す青島に、室井は再びビールをついでやる。
 カウンセリング料、高いっすよ、新城さん…。
 引きつった笑顔を浮かべながら、グラスを掲げてみせる青島だった。






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