しあわせになりたい 4











 屋上の扉を開けると、目的の人物は手すりに寄りかかって眼下に広がるウォーターフロントの景色を眺めていた。
「・・・あまり、身を乗り出すんじゃない、危ないから」
 声をかけると、弾かれたように振り返る。
 大きな瞳が揺れるのが、遠くからでもはっきりとわかる。
「・・・来てくれたんだ」
「青島に言われてな」
 ゆっくりと、夏美に近づいていく。
 覚悟を決めろ、新城賢太郎。
 新城が夏美の目の前に立つと、夏美は言い出しにくそうに謝った。
「・・・昨日は、ごめんなさい。あんなこと、一課の人の前で、大声で言っちゃって・・・。なんだか凄い噂になっちゃってて・・・新城さん、怒ってるでしょ う?」
 伏し目がちに言う夏美に、愛おしさがこみ上げてくる。
「・・・別に怒ってない。私の方こそ、君の気持ちをまるでわかっていなかった。すまなかった」
「新城さん・・・」 
「あのとき返事をしなかったのもまずかった。君を悩ませた。悪かった」
 返事と聞いて、夏美の身体がびくりとこわばる。
「・・・返事、聞かせてくれるんですか・・・?」
 大きく息を吸い込んでから、決定的な言葉を吐き出すべく、新城は口を開いた。
「ああ。・・・君と、結婚はできない」
 夏美の顔が苦痛にゆがむ。
「・・・じゃ、これまでのことって、新城さんもわたしのこと思ってくれてるって思ってたの、全部わたしの勘違いだったの・・・?」
「・・・・・」
「新城さん!」
 無言の新城に、夏美がしがみつく。
「ねえ、新城さん!」
 瞳に涙を浮かべる夏美に、再び大きく息をつく。
「・・・そうだったら、話は楽なんだが」
「わたしのこと、好き・・・?」
 新城は、夏美の肩に手を乗せて、そっと身体を離そうとした。
 そのまま夏美の問いには答えずに、目をそらす。
「・・・私は来週にはNYに行く。当分帰らない。だから私のことは忘れてくれ」
「忘れるなんてできない!」
 夏美は、肩を押しやろうとする新城に抗うかのように、新城の上着をぎゅっと掴んで離さない。
「私新城さんのこと好きだもの!離れるなんていや。忘れるのもいや!」
「・・・篠原くん」
「じゃあついてく。一緒にNYに行く!」
「だめだ!」
 突拍子もない夏美の言葉に、あわてて否定の言葉を口にする。
「何を言い出すんだ君は。NYがどんなところだかわかって言ってるのか。犯罪発生率がどれだけ高いか知ってるのか?婦女暴行件数は?・・・そんなに危ない ところにつれていけるか!」
「適当なこと言ってごまかさないで!私のことうっとおしいなら、はっきり言ってよ!」
「そんなこと言ってないだろう」
「じゃあどうして・・・っ」
 夏美はぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、新城の胸を叩き始めた。
「新城さんのばかっ!」
「ちょっと落ち着け・・・っ」
 夏美の腕を止めようとするが、夏美は叩くのをやめようとはしない。
「どうして忘れろなんていうの!?忘れられるわけないじゃない、こんなに新城さんのこと好きなんだもの!離れたくなんてないもの!!」
「篠原くん・・・!」
「連れてって!」
 やっと夏美の両腕を掴んだ新城に、泣きながら夏美が叫ぶ。
「だめだ!」
 苦痛をかみ殺して新城も叫ぶ。
「じゃあ結婚して!」
「できないと言ってる!」
「私のこと嫌いなの!?」
「そんなこと言ってないだろう!」
「じゃあ、どうして!!」
「君に2年も待ってろなんて言えるか!」
「私は言って欲しいの!」
「言えるわけないだろう!いつ帰ってくるかもわからないのに、約束だけ残していけるか!一番大切な人間に!!」
 その言葉を聞いた瞬間、夏美の身体から力が抜けた。
 両腕を新城にとられたまま、その場にへたりこんで、新城を見上げる。
 そのまましゃくり上げながら、
「・・・・もう一回、言って・・・」
 自分が大声で叫んだ言葉に気づいて、新城が眉をしかめて天を仰ぐ。
「・・・言うつもりは、なかったんだ・・・」
「ねえ、もう一回・・・」
 なおもねだる夏美を見下ろす。
「・・・どこから」
「最後のとこ」
「・・・・・・・」
 無言の新城が、夏美の腰を支えて引き上げる。
 ゆっくりと新城の顔が近づいてきて、唇が触れる瞬間。
 夏美は、新城さんでも赤くなることあるのね、などとのんきなことを考えていたのだった・・・。 






back   next   index