出会ったのは冬だった。
だからというわけではないだろうが、思い浮かべる彼は、いつも冬の中にいた。
グリーンのコートをかき合わせて、猫背をさらに丸めて寒そうに煙草を吸っている…そんな横顔が、彼のイメージだった。
いつでも、人なつっこく笑っていた。私の顔を見かけると、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる姿は、大型犬のようにも見えた。
でもそんな彼が、時折表情を硬くした。…硬くなる、のとは、きっと違うのだろう。理不尽なものに突き当たったときに見せる瞳は…熱く、燃えているかのようだった。
普段見せる人なつこい笑みはなりを潜めて、頑ななまでのまっすぐさがどんなごまかしも許してはくれなかった。
そんな彼が…私は、嬉しかった。
この人はわかるよ、そうでしょう、室井さん。
まっすぐに、私をとらえてそう言った。
君が、私を信じてくれている。
すぐに逃げを打ちそうになる、こんなに弱い私を。
…彼の、信頼に足る男になろう。
忘れかけていた情熱を、思い出そう。
もう一度、顔を上げて。
雲を見上げて。
この向こうにある、突き抜けるような青い空を信じて。
そんな青臭い誓いをたてたのも、まだ肌寒い頃だった。
彼はいつも、冷たい空気の中にいた。その中にあって、私を熱くしてくれた。
…そう、あの夏。たしかに感じた、熱い思いとともに。
夏だった。
湾岸署に、特捜が立った。
現場を自分の目で見たいという私を案内したのは、例によって例のごとく、青島だった。
一通りの説明を受け、書類で受けた報告通りだったことを確認し、見落としはないのか、青島の見解はどうなのか問うた。
青島は少し驚いたような顔をしてから、にこっと笑った。
その笑顔の意味するところを私は正確に理解できていたと思った。
現場を後にして、車に乗り込む前に、青島が休憩しましょうと言った。
いつもだったら、そんな提案にのる私ではなかった。でも、先刻の笑顔に、私の心もほぐれていた。
缶コーヒーを買って、公園の木陰を選んでベンチに座った。
蝉の声が、わんわんと煩かった。
暑いなと、当たり前のことを言いながら汗を拭う私に、青島がからかうように言った。
北国育ちの室井さんには堪えるでしょ。
言われて、故郷の夏を思い出した。
虫を追って、あちこち駆けめぐった。川で魚を突いてはびしょ濡れになり、母に叱りとばされた。北でも、東京でも。暑さに変わりがあるはずなどなかっ た。…今年、いつになく暑さを感じるのは…あのころと同じ胸の高鳴りが、今あるからだろうと思った。なにかを追って、心を熱くするものが。
知らず、唇の端に笑いが滲んでいたと思う。
それを見て、一瞬青島の表情が固まり、それから柔らかく笑った。
室井さんが笑うの見たの、二度目です。
そんなに笑ってないだろうかと私は言った。
青島は、そうです、と言って立ち上がった。
缶をゴミ箱に入れるのかと思ったが、そうではなかった。
青島はゆっくりと振り返り、困ったような顔をした。
ずるいなあ、室井さん。
ずるい?
なぜそんなことを。
なぜそんな顔を?
私は黙って青島を見上げた。
言わずにいようって思ってたんですけど、言いたくなっちゃいました、そんな顔見ちゃったら。…青島は、そう言った。
そして、まっすぐに私を見据えた。
「俺、室井さんのことが、好きです」
夏の太陽が、じりじりと私たちの肌を灼いた…夏のこと、だった。
今思えば、あの日が分岐点だったのだ。
道は二つ。
西か、東か。
さあ、どちらを選ぶ?
運命の神が私に囁く。
…私は心のままに選択した。
私は間違っていなかったと、何度も思った。
しかし私は…選ぶべき道を、誤ったのだ。
今ならわかる。
私は…間違えたのだ…。