そして私は、選ぶべき道を間違えたのだ。
突然の告白に、私は言葉を失っていた。
まさかこんな日がくるとは、思っていなかったのだ。…そう、夢に見るくらいしか。
彼のことが、好きだった。
熱く語る理想も、暴走気味の行動も、人当たりのいい笑みも、なにもかもが。
欲しい、と思ったのは、刑事としての青島だけではなかった。
…男として、彼が欲しかった。
そんなことが許されるはずもないと、理性はそう告げていた。
正直言って、女性にだってもてたためしのない私が…あれだけ魅力的な男に惚れられている自信など、微塵もなかった。
彼が駆け寄ってくるのは、生来の人懐っこさだと思って、自分を諫めた。
彼が私に寄せてくれる信頼は、あくまで仕事の上…同じ理想のもとにあるものだと、言い聞かせてきた。
でも…彼の瞳が、その放つ熱が、私の理性に告げていた。
同じ、思いを持っている、と…。
それでもなお、私の理性は告げた。
男の恋人がいるなんて、認められる社会じゃない。とくに閉鎖的なこの組織に生きる者にとっては、まさに命取りだ。それでなくても私は官僚で、目指す先に あるのはどんどん細くなっていく道だけだ。同期が一人二人とその道から脱落していく中、この先どんな小さな失敗もできない。…そんな中で、男の恋人など、 自分の首を絞めるも同然だった。
きっといつか、二人ともに苦しむときがやってくる…。
黙りこくった私に、青島はばつが悪そうに頭をかいた。
「…忘れてください」
そして、早足で車に向かおうとした。
その後ろ姿を見て、私は慌てた。
「ま、待て!」
このまま別れるのは、絶対に嫌だった。
私は立ち上がり追いかけた。
しかし青島は、私の言葉など聞こえないかのように歩みを止めようとはしない。
「えーっと、ちょっとだけ時間ください、すぐ立ち直りますから」
「だから待てって」
私は青島の腕を掴み、私の方を向かせた。
青島は、堪えきれないかのように叫んだ。
「振られ男にちょっとくらい時間くれたっていいじゃないすか!」
青島は、顔をくしゃくしゃにしていた。うっすらと、涙まで滲ませて。
その瞬間、青島がどれだけの決心を固めて告白に臨んだのかがわかった。…さりげなさを装いながら。
…私は馬鹿だ…。
青島はとうに覚悟を決めていたのだ。
リスクを背負ってでも、自分の思いを貫き通すと。
…そういう男だった。
私たちがカードを揃えている間に、彼は勝負に出る。まっすぐな分だけ、思いは強い。そして彼は勝つ。大切なものを、手に入れる…。
…私はなにを迷っていた?
大切なことはなんだ。体面か。これから先の栄達か。…そうではない。そうではないはずだった。
この瞳の前に、自分の気持ちを誤魔化すことなど、できるはずがなかった。…そう、出会ったときから。
私は力を込めて青島の腕を引き寄せ、俯く顔をのぞき込んで言った。
「…いつ振られたんだ?」
私の言葉に、青島が私の顔を見る。
「…え?」
「いつ、私が君を振ったんだ、と聞いてる」
「え、だって…」
瞳が不安げに揺れる。
私は腕を放して、そっと青島の頬に触れた。
「室井、さん…?」
「今まで、私が君に告白したら、きっと君を不幸にするだろうと思って、言わずにいようと思ってた。でも…君に好きだと言われて、覚悟が決まった」
そうだ。
きっと、乗り越えられる。彼と一緒なら。凝り固まっていた私の気持ちを撃ち破って解き放った彼と、一緒なら…どんな困難も、きっと。
もし二人が引き裂かれるようなことがあっても…絶対に、青島を悲しませない。
「むろい、さ…」
「誰にも祝福されない。誰に話しても別れろと言われるだろう。上にばれれば、この社会では生きていけなくなるかもしれない。…それでも、君を離したくない。…君が、好きだ」
私は青島を見つめた。
頬に触れた指に、水滴が落ちた。
「嘘みたい…」
瞳から、ぽろりと涙が落ちる。
「玉砕覚悟でした…」
「私だっておんなじだ。君に言われなければ、きっと一生覚悟なんか決まらなかった」
いつだって、君が風を起こす。
そして私に勇気をくれる。立ち向かう力を。
私は青島を抱き寄せ、唇を合わせた。
キスの合間に、もう一度青島に言った。
「…絶対、君を不幸にしない」
その言葉に、青島が綺麗に笑った。
「室井さんと一緒にいられるのに、俺が不幸になるはずがありません」
私はたまらなくなって、もう一度青島を抱きしめた。
理性はまだ告げていた。
ほんとうにいいのか。青島を不幸にしないと言い切れるのか。
でも、知ってしまった青島の唇は甘く、この腕の中の熱さを失うのは嫌だと思った。
夏の陽射しは強く、灼かれた空気はじっとりと私たちを包んだ。
…それでも、離れがたかった。
私たちはずっと望んでいたものを手に入れ…そしてそれは、どんなリスクにも負けない強さを持っていると思っていた。
そう、このときは。
幸福の絶頂にいた私は、知らなかったのだ。抗えないものがあることに。
互いの熱さに酔う私は…選択を誤ったことに、気がつかなかったのだ…。