そして私は、選ぶべき道を間違えたのだ。
聞いてはいけないことを、聞いてしまった。
…そう、最初に思った。
「…青島」
息を吐きながら青島の名を呼んだ。
…その声音を聞いて、青島も悟ったようだった。
言ってはいけないことを、言ってしまったのだ、と。
これまで、何度も顔を合わせ、同じ事件を手がけ、ときに衝突しときに声を荒げながら…詰めてきた、距離があった。他人に許したことのなかったプライベートに青島が入ってくることもあった。それがなにも息苦しくなく、むしろ心地よかった。
それはなぜか。
…二人とも、気がついていた。
ふとした瞬間に絡み合う視線で…知っていた。
この微妙な距離感を埋めるものがなんなのか。
私たちは、知っていたのだ。
…しかし、知っていてなお、決して口にするまいと決めていた。青島もそう思っていると思っていた。
「…青島、わかってるだろう…?」
私は視線を逸らしながら言った。
わかっている、はずだろう…?
この気持ちが純粋で、大切であればあるほど…守らなければならないものがある…。
青島は、震える声で、はい、と言った。
私たちは、見つめ合った。
目の前のこの男のほかに、誰も欲しくない。
この思いは、とても熱く純粋で、まっすぐだ。
だからこそ…遂げてはならぬものだと思った。
手に入らぬ玩具を欲しがってだだをこねる子供では、お互い、ない。
この思いの果てにあるものが、容易にわかってしまう。
私は必ず、この男を不幸にする。
違いすぎる立場。男同士などというものが決して許されぬ組織に、生涯かける同じ夢を持った。いつかは必ず…離れなければならない日がやってくる。その日の苦しみを、彼に味わわせたくなかった。決して。
それくらい…彼を、青島を、愛している…。
青島は、長い長いため息をついて、私に言った。
「室井さん…一つだけ、お願いがあるんです…」
「…なんだ」
問いながら、青島の望みがなにか、察していた。
「一度だけ…いちど、だけ…」
すべてを言わせる気はなかった。
私は立ち上がって青島を引き寄せ、唇を重ねた。
青島の唇は小さく震えながら…私を受け入れた。
陽射しは強く、空気を灼いて息苦しいほどの暑さの中で…触れあう肌は、なお熱かった。抱く身体に溶け込んでしまえたらと、叶うはずもない願いをするほどに…青島は、熱かった。
やがて唇を離すと、青島は一度だけ私を抱きしめた。
「…忘れます…」
声は、震えていた。見えない表情は、きっと泣いていると思った。
「…忘れろ」
「…はい…」
頷く青島の背を、ぽんぽん、と叩いた。それが合図になって、私たちは離れた。
先に歩き出した青島の後ろをのろのろと歩きながら、私は誓った。
忘れるものか。
たった一度きりのキス。きっと、もう二度とふれあうことはない。
だけど…決して、忘れない。
青島と交わした約束と同じ重さで…同じ熱さで、忘れることはない。
愛してるなどという言葉も交わさず…身体を交えることもない、この恋に、生涯をかける。
そして、この恋に囚われるのは私だけでいい。
君は幸せになれ。君を必ず不幸にする男のことなど、すべて忘れて…幸せに、幸せになれ…。
私の選択は、間違ってはいないはずだった。
…青島の背中は、なにも答えなかった。