STRAWBERRY KISS 6.5
12.
ドボンという轟く水音は、二つの遠大な水柱を立ち上げた。
墨色の海面にブクブクと真珠のような泡が一斉に立ち上り、幾重にも波紋が広がっていく。
海面に叩きつけられた衝撃は、海の怒りのように轟々と大気を残響させた。
白い華となった波打つ飛沫が、辺り一面が真っ白に埋まり、大きなうねりを重ねて広げていく。
やがて、不規則な波頭は広大な海洋に飲み込まれていった。
「ク、・・っ、はぁぁ・・・・ッ」
水面に頭を出して浮かんでから、室井はしっかりと握ったままだった青島の手を思い切り引き上げる。
「よく頑張った!生きてるな?!」
「へ・・・き・・っ」
大きく口を開けて青島が空に向かって喘いで、身体を波に仰け反らせる。
酸素を欲しがる赤い口唇が濡れそぼり、溺れる者のように咳き込んだ。
「ざま・・ッ・・・みろ・・・ッ!!」
咽ている癖に、青島が空に吠える。
倉庫の方から何やら複数の男たちが叫んでいるのが途切れ途切れに聞こえるが、青島は精一杯の悪態を叫んで、また海にまみれた。
「しょっっぱ・・っ」
着込んだ服が海水を含み、身体は鉛のように重くなっていた。
海面に打ち付けられた衝撃で、全身がジクジクと酷痛を走らせる。
凍える海水は身体の奥深くまでを濡らし、どす黒いうねりに冷然と二人を引き摺り込もうとする。
「力を入れるな・・ッ。体力を消耗するぞ・・!」
「しみ、る・・ッ、きずっ、あちこち、しみるっっ、うぷっ、・・・あっ、あっ、ワカメっ」
苦し気な呼吸のせいで赤らむ頬に、目の置き所がなくて、室井は視線を反対側へと向けた。
墨色の海が四方を取り囲んでいた。
風が強いせいか、海流に流され、かなり遠くまで来ている。
二人が波立てた波紋に混じり、朝を告げる工場のエンジン音が途切れ途切れにここまで届いた。
かなり彼方のその音が、二人の位置を実感させた。
凍えさせる潮風が打ち付け、揺蕩うままに身を任せれば、水平線はエメラルドに染まっていき、太陽が完全に顔を出してくる。
赤く染まる頬に、室井は目を眇めた。
ゆっくりと視線を青島に戻す。
息が整うにつれ、解放と喪失を得た感覚が曖昧で複雑な感情を呼び起こし、室井に押し寄せてくる。
青島も、張り付いた髪を拳で拭いながら、顔を向けた。
「・・・・」
「・・・・」
「「・・・あの・・・!」」
同時に発した言葉に、また二人して見つめ合う。
「「・・・その・・っ!」」
また同時だった。
青島の目が丸くなった。
「・・あ、いや、すまない」
「いいいいいえ・・・」
行き場を失くした青島も視線を空に彷徨わせ、それから海の中に視線を落とす。
青島の淡い髪の毛から水滴がひとつ、零れ落ちた。
この時になって、室井はまだ手を繋いだままだったことに気付いた。
「・・ッ、悪い・・ッ」
「ここここちらこそ・・・っ」
二人して驚きに仰け反り、パッと手を離した。
見つめ合うことも出来ずに、左右に視線を反らせば、海がパシャンとさざ波立っていく。
急に指先が心許なくなり、室井は海水で崩れた髪を粗雑に掻き揚げた。
体温が奪われた指先はジンジンと痛む。
「びちょびちょ」
「・・・・・・・・君もだ」
古い外国映画のように、夢中で手を繋ぎ飛び出してきた後には、気怠い疲れが全身に漂っていた。
全てを終わらせるつもりで飛び込んだ海は、二人きりの世界を作り上げ、二人だけの正解を錯覚させる。
強いうねりを持ってまたひとつ揺蕩った身体が、波に煽られ、不自由な感覚はむしろ、どうしてその感覚を今まで忘れていたのかを、室井に戸惑わせた。
ここは、もう決して取り戻せない彼方の二人を捜すにはあまりに遠く、こんなところまで来てしまった自分たちを、ただ呆然と憐れみ
もう在りし日の自分たちに馳せることもない、空疎なだけの場所だった。
些細な罪の意識さえ、室井に感じさせない。
手元には何も持たない。
残ったのは。
「あのぅ・・・・本店にはこのこと・・・」
「嫌がると思ったから、していない」
一部は知っているが、という言葉は敢えて挟まなかった。
「どれだけ・・どれだけこっちが心配したと思ってるんだ」
「・・・ぇ、あ、すみま」
「どうして私に一報を入れない」
「!」
海でずぶ濡れとなった青島は、いつもより、こじんまりと見えた。
室井はそんな青島をじっと見つめる。
決死で飛び込んだ。その終幕に付いてきてくれた――
らしくないことをした後となっては、言葉では言い尽くせないほどの束縛と貧欲を室井に与え、所有される本当の意味を知る。
冷や水をかけられたかのように室井の心は凍え、愛も弱さも心細さも溶かした海水が、室井の指の間から零れ落ちた。
「君は、約束を果たしたら、私の前から消えるつもりか」
「!」
「そうなんだな・・」
やはりか、と思い、室井は海水の中で拳を硬く握り締めた。
単刀直入に聞けば、青島の顔色がはっきりと変わった。
凛冽の空気の中では、隠すことが出来ずにすべてが曝け出されてしまう。
優しさと慈しみで出来ている青島の想いの結晶は、どこか室井に泣きなくなる衝動を憶えさせ、その息を殺した。
黙りこくった室井に、青島がいつもの愛想笑いを見せるが、それでも室井が硬直した態度を崩さないでいると
途方に暮れたように、戸惑いを覗かせた。
その弱みに、室井はもう、止められなかった。
「私はかつて、一度、君を失った。あの時は、本当に怖かった。君を失ってしまうのかと思ったら・・・本当に、怖かったんだ」
あの約束は、室井にとっては生きる証であったのに、青島にとっては束縛でしかないのか。
「俺も・・・あんたの前から消えていくのは、怖かったですけど」
「そんな風に笑うな。泣きたい時くらい、泣いてみろ」
そんなボロボロになって。
傷つけられて。
ズタボロにされて、それでもきっと青島は室井のために笑って見せるのだろう。
「君が泣かないから、私がまた見失う。君が辛いって言わないから、また君を忘れる。その繰り返しだ」
「室井さ・・?」
「私は、君を傷つけてばかりだ」
恨みにも近い小言は、手順もないまま、一度呪縛を解き放ったら堰を切ったように室井の口から弾け、溢れ出る。
「消えることは、怖いんだ。君も、怖がるべきだった」
心を閉ざして、嘯いた言い訳して、見失っていたのは室井の方だった。
室井がこんなだから、青島はひとり、本音を隠して、平たい笑顔を張り付けて、そんな息苦しい生き方を、ずっとしてきたのか。
室井が自分のことばかりに囚われているうちに。
自分を犠牲にして、護らせてもくれなくて、室井を置いてきぼりにして、振り返らない。
傷ついて泣くこっちが敗者のように、糾弾する。
自由に生きている青島が好きなのに。
自由を奪ったのは、室井だ。
「殴られたら、痛いんだ。怪我したら傷つくんだ。血が流れれば死ぬんだ。君もだ。警察官だって万能じゃない」
「・・・」
「頼むから。こんなときくらい、頼れ。頼ってくれ・・!」
歪む室井の顔が、心細い視線を隠しもせず、青島を射貫く。
「私の前でくらい、泣けばいい・・ッ」
室井のように、感情に支配され、子供みたいに喚き、常識も捨てたような行動に出て、駄々を捏ねてみればいい。
いつしか限界を超えて吠える心を、室井はもう止められなかった。
むしろ、室井の方が傷ついていたかのように、言葉が救い手もなく溢れ落ちる。
青島が気圧され、黙り込んだ。
「傷を舐め合う仲じゃないかもしれないが、そんなふうに隠されたら、いっそこっちが惨めだ。価値がない男になる」
「そんな、こと・・!」
「約束で縛ったのは間違いだったのか?約束がなかったら君は傍に居てくれたのか?約束で、もし、いつか、どこかで、君が後悔する日が来たら、私はどうしたらいい・・ッ」
「むろいさ、」
「あの約束のせいで、君に何かあったら、今度こそ、今度こそ私は・・ッ」
江里子を失って、青島まで失うのか。
この冷たく暗い海は、しょっからく、室井からみんな飲み込んで奪っていく。
深すぎる愛は、人を殺すのだと知った。
深く、暗い海は、俺の大事なひとを、根こそぎ奪っていくのだと知った。
怖くて、一歩も動けない。
もう、一歩も、動けない。
「あの約束はッ、私の人生を左右した、そのくらいッ、そのっくらい・・!意味のあるものだったんだ・・ッ」
もうこれ以上、一人にされたくない。
「それをッ!そんなに簡単に、別れの言葉なんかに貶めないでくれ・・・!」
掠れた叫びは、室井の奥底から噴き出した。
深い後悔は涙となって海に溶け、室井の強張る喉を震わせる。
青島に向けてというよりは、室井はこの海に恨みを吐き出しているようだった。
俺を置いていくな。
みんな俺を置き去りに消えていく。
愛したら、消えていく。
一人にしないでくれ。
たった一人、残さないでくれ。
張り付いた室井の短髪が額に張り付き、ぐっしょりと濡れた白シャツは肌の色を仄かに浮かび上がらせていた。
滴るほど海水を含んだウェストコートが、逞しい室井の胸板をギチギチに締め上げ、嗚咽を隠さない。
キャリアも過去も剥がれ落ちた室井がそこにいて、寒さではなく恐怖で身体が震えていた。
墨色の海が室井と青島を腰元から強い力で引き摺り、沖へと連れ去ろうとする。
平衡感覚を失った身体は最早抵抗する力もなく、踠く泡が金色のヴェールを描いて四方に広がっていた。
波の音が二人の間を揺蕩っていた。
震える拳で、啼くのを堪えるように、室井が額に押し付ける。
擦り切れた息は、海のさざ波に混じって途切れ途切れに、惑わせた。
やがて、呆気に取られていたままだった青島が、濡れた髪を片手で掻き揚げ、横を向いて舌打ちをする。
「・・後悔なんて・・しませんよ・・」
「?」
「好きでやってんですから・・」
小さく噛み殺したような笑みは、怒っている風でもなく、拗ねている風でもなく、いつもの愛想笑いでもなかった。
強張った拳を外せば、青島の首筋のしなやかなラインが光り、あどけない色を乗せてくる。
それが何故か悲しくて、室井は青島の生きる世界を遠く感じ、口唇を震わせた。
「一緒にいますよ、最後まで。あんたに連れて行ってほしいんだし」
「・・・・」
「あんた以外は、・・・・ヤだし」
「・・・・」
「あんたのこと、すき、だし?」
急に告白っぽいことをするりと成し遂げた青島が、泣きそうな顔で首を傾ける。
聞き間違いかと眉を顰める室井の鼻筋を、海水が滴り落ちた。
海に浸かりながら向き合った二人が黙り込む頭上を、海鳥が通り過ぎていく。
「・・・おまえ・・・なん・・、そんな・・・あっさり・・・」
「ん?」
「俺が・・・どれだけ悩んで・・・」
「まあ、そこは。知ってましたけど。・・・なんかあんまり煮詰まってるから、笑っちゃって」
笑っちゃうのか。
「それにね、やっぱりね・・・キャリアだし」
「お・・・、おまえ、俺が今までどんな想いで・・」
「俺が先に言いたかったんですよぅ。なぁんか先越されそうで」
「年上に譲れ・・」
「やぁです」
白い航空機が飛び立つ音が僅か遅れて通り抜ける。
真っすぐに見つめる青島の瞳の奥には、一抹の不安と、戸惑いが揺れた。
照れたのか、青島の視線が水平線に向き、いつかも感じていた寂寥感が室井の中で急速に色を変える。
カッと室井の頭が沸騰した。
「しょ、食事に誘ったって三回に一回は振られたが?!」
「シゴトが入っちゃうんですもん仕方ないでしょー」
「誰かとメールばかりじゃないか!電話だって出ちゃうし!」
「あんただって出るでしょー?」
「出ない!プライベートの電話なんか絶ッ対出ない・・!君といるのに!」
まるで浮気を責めるような彼氏の発言になっていることに、室井は気付かない。
慌てて弁解している青島も、必死に取り繕う自分が何を口走っているかは、気付かない。
「だ、だってあのコが俺にだけは話すっていうから・・!彼女との連絡途絶えさせるわけにはいかなかったしっ」
「なにッ?!じゃあ、あの電話もメールも全部この件絡みか!」
「こっ、コレ、何カ月前から張ってる情報だと思ってんの!」
慌てふためく青島の頬が赤い。
「だ、大体!おまえ、そんな素振り、いっちども見せなかったじゃないか!」
「それはだって!」
「俺が何度言おうとしても遮ったし!」
「いや、だって!・・・ぉ、俺だってあんたの前じゃかっこつけていたかったし・・・。四つも年下で・・・、だからあんたキャリアじゃん!」
ウっと詰まった室井の頬がいつも以上に強張り、眉間もかなり皺が寄る。
「今それ言うか!」
「釣り合わないでしょ!」
「それでも、俺は君と!!」
会話が成立しているような、いないような。
「うそだね!だって俺、別れ話かと思ってたんですもん!」
「付き合ってもないのに何を別れるってんだ!」
「約束は守れない~とか!もう心変わりした~とか!」
「そんなに簡単な男に見えていたのか!」
一体何を責めたいのかも、曖昧だ。
「そもそも、あんたが女々しく昔のオンナ引き摺ってっから!」
「彼女は俺のために死んだんだッ」
「俺のためにだなんてそんなメロドラマ!あんたがそんなだから、彼女も自分殺すしかないんじゃん!」
ウっとなった室井が筋を浮かせる。
「・・・言ったな」
「・・・言っちゃった」
青島が濡れて艶めく髪を無造作に掻き揚げた。
プルプルと頭を振る仕草に光の粒が目覚めた朝陽に散る。
その芸術的なフォルムに溜息しか零れない室井は、いっそ腹立たしくさえなり、一人称もぶっ飛んでいることに思い至ることはなかった。
まだ納得のいかない顔で思いあぐねる室井に、青島はようやく悪戯気に笑って見せる。
「変なの。そんな心配しなくてもいいですよ。元気でしょ?俺」
「でも君はきっと元気じゃなくてもそういうと思う」
珍しく引き下がらない室井に、青島の方が驚いた顔をした。
包み隠さない成熟した面差しに、それまでじっと室井を見つめていた目を突然ふいっと空に投げ、頬を掻いた。
それから、右を見て、左を見て、困ったような顔をする。
「あんた、とっつぜん斜めに暴走しますよねぇ」
「ちょっと待て。こんな一大事にさせたのは私じゃない」
「飛び降りるって言いだしたの、室井さん」
「最終的にその気になっていたのは君もだろう」
「そこは・・っ、ぁ、あんたが言うから・・!あんたこそね、助けるならもっとスマートに助けてくださいっ」
その言葉に、また戦いのゴングが鳴って。
「君がこんなとこで捕まっているからだッ!」
「それこそ俺のせいじゃないですもん!」
「今度今度って。いっつも逃げやがって!今度っていづだ!」
恨みごとはいつしか海に溶けだし。
「君といるといつもこうなる」
「いっつもぉ?」
「もう慣れたがな」
先程よりも穏やかな色をした空気を作り出していき、拙い言葉以上のものを伝え
この冷たい海に神聖さを感じるのは酷く滑稽なのだが、白々と明けた空には、今更削げ落ちるものなど何もなかった。
「こんなずぶ濡れになるまで君に付き合えるのなんて俺くらいだ」
「付き合わせた、じゃなくて?」
「付き合ってやったんだッ」
「そんでテキトーなとこで、裏切りますけどね?」
「以前、甲斐性がなさそうって俺のこと馬鹿にしたのはどっちだ?!」
「あ、根に持つタイプ?」
「誘いも三回に一度は断るしな」
「ちょ、待っ、フォローの電話、ノンキャリの俺が入れんのもヘンでしょー?」
「それでも俺は欲しかったッ」
「えっ、ええぇ・・っ!?」
「話してくれなければ分からないこともある・・!俺だって君を分かりたいんだ・・!」
バシャンと海が弾けて、シャボンの泡が取り巻いて、室井が拳で叩けば、海は大きく揺蕩った。
どこまでも続く墨色の海は、ただ遠くまで波の音を伝える。
「君はいつもそうだ。私はそんなに頼りないか」
「・・・」
「頼りないんだろうな。足掻いたことさえ、どれも、嘘になる」
言うだけ言ってしまったら、室井は何か心の奥の憑き物が取れたようだった。
柔弱な声色に変わった室井は堅く眉間を寄せ、握っていた拳を開いて、再び額に当てる。
本当に、何もかも失った。何も残っていない。
あんなに必死に走った時代は、一体何だったんだろうか。
「あの秋もだ。裏切られたと思った」
「何年前の話、持ち出すの・・」
「君だけは私に何でも話してくれると、自惚れていた。いや、きっと、話して欲しかったんだな俺は・・・」
「・・・盗聴器」
「・・・、後から聞いた」
泣き方を忘れてしまっている君に。
強がってばかりいる君に、俺は何が出来る?
救い方も分からないまま、爛れた心が悲鳴を上げている。
お願いだ。俺を傍にいさせてくれ。
一人にしないでくれ。
海を吸い込む墨色の瞳で、室井は崩れそうな目を青島に向けた。
「裏切ったと思ったか」
美幌へも。広島へも。
「でも俺は、あんたを呼んだよ」
青島が小さく微笑みだけを返す。
室井はただ泣きたくなった。
今はもう取り返せない過去に、あの約束の誓いは碑銘であり、情死の彼方に消えない鎖を繋ぐ。
誰よりも優しくて、誰よりも愛おしく、誰よりも憎しみに近い退廃的な感情を独り占めする青島に
それだけで、正しくなくても愛でなくても、希望がなくても、構わないと思った。
一緒に海に飛び込んでくれた青島に、一人で海に消え取り損ねた墨色の海が、ゆるりと重なった。
絶望と哀しみの色をしたあの海は、銀の砂浜にただ一人の足跡を残していた。
どこまでも続くこの墨色の海に、哀しみに浸って、憎しみと溶け込んでいく。
室井がゆっくりと青島に手を伸ばす。
言葉にすれば何かが溢れてしまいそうで、室井の動作は殊更脅えたものとなった。
海を掻く仕草で泡のヴェールが金色となって、青島の頬に伸びる室井の指先が、どうしようもなく震える。
そのままゆっくりと、青島の目尻に濡れて張り付いた髪を掻き揚げ、耳朶を撫ぜた。
青島は避けなかった。
「さっき言ったこと。本当か・・?」
「・・・」
きりりとした静謐な空気に、青島は答えを乗せない。
それでも引かずに室井がそっと頬を包み込むと、その赤い口唇をぎゅっと引き結んだ。
「――本当はもうわかってるくせに。今更俺から言わせようなんて甘いんですよ」
むくれたような、何かを探るような、悪戯気な瞳に変わった青島が、じぃぃっと室井を見定める。
最後の悪足掻きだと分かって、憎まれ口に室井はまた泣きたくなった。
胸の奥が痛い。苦しくて、破裂しそうに締め付けられる。
しばらく動かずにいると、青島のむくれた顔が、男の顔に変わり
そして、頬に宛がっていた室井の手を握ると、指を絡め、そのまま身を寄せた。
青島の匂いがしたと感じるまま、掠めるように、室井の口に小さな温もりが残る。
「!!」
「シちゃった・・」
照れ臭そうに横を向いて、泣き笑いで、てへっと笑った青島が、紅い舌を出して、事もなげに笑う。
真っ黒な眼を大きく見開き、青島の赤らんだ顔をマジマジと見返した室井は、次の瞬間、弾けるように青島の両頬を乱暴な指先で鷲掴んだ。
半ば強引に押し当て、口唇を奪う。
「・・んん・・っ」
深く塞いだせいで苦し気に眉を寄せ、逃げようとした青島の口唇を咬んで塞げば、青島は室井の胸をどんと押し返した。
「なっ、・・はっ、張り合うなっ」
「君が煽るからだ」
「や、それ、あんただからッッ!」
自分からはしておいて、俺にはさせてくれないのか。
不貞腐れた室井は、仏頂面で青島を睨む。
室井が強く咬んだせいで、青島の口唇からは小さく血が滲んでいた。
羞恥に染まる目元に宿るものは、やはり持て余した恋情であり、抗えない罪咎である。
「君を、抱き締めてもいいか」
今度は絶句した青島が、口元を拳で隠しているが、それくらいでは赤い顔は隠れない。
ややして小さく頷いたので、室井はそっと腕を引き寄せる。
初めて、室井は青島を抱きしめた。
