青島くん攻略話のつづき






花 泥棒~3
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6.
はうッ!

青島が指定してきた場所に出向いた室井を表現するなら、正にそんな感じだった。
無言と無表情を貫けたのは持前の性格に他ならない。
都内ホテルの最上階にあるバーで、バーマンとして青島が照明を落としたカウンター席の向こうでシェイカーを振る。
瑠璃紺の東京湾と開放感ある店内装飾、そして白い照明に浮き立つ彼を、客の誰もが一度は振り返っていた。

「・・君は一体なにをしているんだ・・」

白いウィングカラーシャツに黒の蝶タイ、カマ―ベスト、パンツ。
制服が似合い過ぎて、セットした髪が色っぽ過ぎて
干乾びた喉からようやく出たボヤキとは対照的に、脳はまだコレが青島だと認識しておらず目が釘付けとなる。

「ガン仲間の店なんです。ガンマニアって凝り性多くて。立っているだけでいいからって頼まれちゃった」

そりゃそうだろう。これだけの見た目だ。
実際、店内の女性客の視線を独り占めである。室井にはできない芸当だ。
室井の顔色を正確に読んだ青島が、悪戯っ気な目をして見せた。

「室井さんだってまあまあイケるんじゃない?」
「私がそんな恰好をしたって変わり映えがない」

ふんわりと笑む表情は、成程ここで学んだのかと納得させた。
その笑みに釣られて来た自分が情けない。
髪のセットも店仕様か。
黒を基調とした服装でも、室井の官僚スーツの品格とは真逆の美麗さが、人々を魅了していた。
指先の動きにすらエロティシズムを潜ませている。

「そこそこの努力の上に成り立ってるんですよ。でも実際作ってるの、俺じゃないんです。アッチの人。俺は真似てればいいからって」
「客寄せパンダか」

皮肉も空回っている。何を言ったところで、目の前の青島に自分の視線が離せないのは事実だった。
確かに奥には社員らしき男性がオーダーを受けながら指示を出しているのが見えた。
明け透けな室井の視線に、居心地の悪さを感じたのか、青島が瞼を伏せ、手を止める。

「ほんとに来るんだ」
「気休めだ」
「心配させてるの?」
「こちらが心配しているのは、君が誰と今夜過ごすのか、だ」

青島が眼を細めた。
また空気が変わる。
それは今の室井には緊張よりもいっそ、青島の隙として認識させた。
この話題に触れてもいいという青島の油断は、多忙さに追われた有り触れた日常とはかけ離れた蜜を持っている。
ようやく青島の輪郭を掴めた気がして、室井はカウンター席に座った。

「そんなことが気休めになるの?」
「君は毒だ。こんなことで狼狽える。まるでこっちは無知な赤ん坊だ」

不貞腐れたようにでも、正直な本音を呟くのは、青島だからだ。
青島は少し考えるように首を傾げ、シェイカーを弄んだ。

「教わったの、あるんです。・・そうだ」

見てて。
そう囁いて、青島が綺麗で長い指先でカクテルを作り出した。
室井は、透明なエナメルでも塗ったような爪が綺麗で艶美でただ見つめた。
そんな風に痛いほど切なく誰かを想っている自分の心を、ただ感じ取っていた。
忘れていない。終わっていない。こんなところまで未練がましく追ってしまうほど、焦がれているその焦燥を
カクテルが出来るまで、ただ感じ取っていた。

「これ、飲んで、待ってて」
「綺麗だ」
「俺の奢り。グリーン・アップル・ロワイヤル」
「いただこう」

青林檎だった。
東北ならりんごかなって。青島が無邪気に言う。
これだから東京モンは。
青森津軽と秋田本荘は全然違う。
だが室井はゆっくりと口に運んだ。








7.
「せめてこんっっくらいはやってよッ!!」
「すごいな、彩りも豪華だ」
「胃袋でも掴めましたか!」
「ああ、完敗だ」
「え///」
「どうする」

絶句して、青島が固まってしまう。
動きを失った青島の目を真っ直ぐに見つめ返してやれば、たじろぐだけの虹彩に隙が出る。
再会した後の青島は、やっぱりどこか、無防備だ。
こんな状態に持ち込んで。この状況を作ったのはおまえで。おまえが仕掛けているんだぞ。
二人きりの気まずさを故意に与え、室井は目の前に並ぶ色鮮やかな皿に目を落とした。

「食べよう。冷める前に食べたい」
「・・う、ん」

言葉少なに、青島も皿を両手に持って、食卓に並べた。
湯呑、茶碗、箸を設置したのは室井だ。
このくらいは出来る。

深夜、終電も過ぎた街にタクシーを使って青島を連れ戻した。
食事をしていないという話になり、食べに行くかと誘ったら、経済観念がなさすぎると駄目だしされ
24時間営業のスーパーで買い出しを行い、そこから青島は料理を作り出した。

確かにこの三日間、出前ものばかりだった。
捨て猫のように薄汚れ、心細そうに室井を見上げる青島に、ホットミルクを与えていたような時間だった。
相変わらず空っぽだった冷蔵庫に、彼を満たしてやれるものは他になく、金で解決した室井に
青島はご丁寧な嘲笑をくれた。

手際良く食材を切り、買ってきた油で炒めたり、鍋で野菜や肉を煮る横で、室井は新鮮な気持ちでそれらを眺め
眺めているだけだった。
カクテルを見ていた時と同じように。
途中、邪魔者扱いされた。
今、室井宅の冷蔵庫には久しく見かけない食材と作り置きが詰め込まれる。

「大体さ、俺を連れ込んでおきながら、俺に家事やらせるって、どうなんです?」

口説く気あんの?と青島がむくれて室井を責めてくる。

「口説かれてもくれないイケズだろ」
「言うことは偉そうだけどさぁ。ヘタレはヘタレですよね、実際問題なんもできないんじゃん。がっかり」
「旨いな」
「誤魔化しましたね」

香ばしい匂いに誘われるまま、調味料も碌になかったこの台所で作り上げられた絶品に室井は舌鼓を打つ。
炒め具合も味付けも煮つけも、室井好みだ。大したリサーチもされていないのに味覚まで筒抜けだ。
惚れた相手に満たされる快感は格別である。
性欲にしろ食欲にしろ、本能的な三大欲求は正直だ。
ご満悦に飯を頬張る室井に、青島は呆れたように溜息を落とした。

「餌付けしてるみたい」
「生涯五本の指に入る」
「どうも!まあ、こっちも官舎生活でキャリア夢は見させてもらいましたよ」
「そんなことでキャリアの実態が分かるものか」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。この部屋掃除したの俺ですからね」
「すっきりした」
「さっき洗濯機命じたのも俺ですからね」
「きれいになった」
「干すには干せたけど・・適当だな」
「皺になってなければいいんだ」
「逆に室井さんへの夢が崩れたというか。現実を見たというか。人をイイ気にさせておいてさぁ、これはないわ」
「・・イイ気になってくれたのか?」

言葉尻を掴んでやれば、途端、青島が頬張りかけた箸ごと固まった。

「あーあー、なし!今のなし!」
「・・・」
「えと・・そういうこと、言ってたのにって意味ですよ!」

言い訳する青島が可愛くすら見えて、幼い動揺に感じるのは愛しさだった。
薄らと笑んだ室井に、青島の頬が少し赤らんで見えたことにすら、妙な期待をしてしまう。
こんな風に、二人で過ごす時間を、あの頃どれだけ夢想しただろう。
温かな食卓の原風景がそこにあった。
結局ひとりぼっちで、他人の幸福の傍で指をくわえている。
離れられないのは、おこぼれにあずかりたい下心と、切ないほどの情動だ。

「こんなミスで俺んこと落とせるなんて思わないでくださいよ!」
「思っていない」

素直に言ったら、青島は少し不可思議な顔になった。
人を探るような、試すような、ああ、ここ数日、よく見る顔だ。

「まあ、泊めてくれた礼の意味もありましたから」
「礼はすべて解決してから改めて貰う」
「あ、取るんだ・・」

訝し気な顔になった青島に、露骨だなと室井は可笑しくなった。

「また金かと思ったか」
「ちがうの?」
「借りは正しく返してもらう性質だ」
「な、何させる気です?」

青島といると心が楽だった。同時に騒いだ。
解放されて自由になれた。同時に雁字搦めになった。
そこにいてくれるだけで泣きそうになった。同時に胸がはち切れそうに痛んだ。
青島が作ってくれた料理を平らげ、室井は両手を合わせる。

「ごちそうさま。旨かった」
「・・むろいさん?」

目を見ず、腰を上げ、片付けくらいはしようと皿を持つ室井に、青島が動きになぞらい、室井を見上げる。
つい、その頼りなさそうで人を溺れさせる瞳に釣られ、室井の背筋に緊張が走った。
会話が止まる。
見つめ合ってしまった。
交わす視線に、確かなものは何もない。
今、奇妙な沈黙を作り出したのはどちらだったのか。

「室井さん・・セックスしませんかぁ?」

緊張を刺激せぬよう、さりげなく視線を外そうとした、その室井よりいち早く青島が先手を取った。
動揺したことは、敏い青島には筒抜けだろう。
まるで室井の思考を読んだかのような青島の台詞に、室井は沈黙の失態を呪った。
キャリアたるもの、感情を悟られるようでは失格である。何より、青島がこういう失態を嫌う。筈だ。
舌打ちしたい気分で、室井は吐く。

「三日間の謝礼を躰で支払うわけか」
「現金以外っつったらコレでしょ」

惚れた男からのベッドの誘いに、心の奥は急速に冷えた。
くだらん。そんな突飛もない単語を用いた感性も思考回路もだ。
なのに、自分はこのくだらない男に心底惚れこんでしまっている。冷えた心と真逆に身体は奔るから嫌になる。

「そんなお膳立てしてもらわなくても、自分で喰える」

憮然として会話を断ち切れば、青島が参ったなという顔をした。
お互い相手に勝ち負けを求め、失態に一喜一憂しながら品定めをする。理想は時に人を阻む。
結局自分たちはまだ子供で、上手にも生きられない、適当にもあやせない、似た者同士なのだ。

やがて、青島も室井の後ろを付いてきて、スポンジを持つ室井の横に立った。
ザァーと蛇口から溢れる水が音を立てる。

「ねぇ、聞いてもいいですか?」
「何が聞きたい」
「室井さんって・・その、いつから?」

雑談を装うのは、青島の専売特許だ。

「困らせているのか?」
「困っては・・いるけど、」
「前言撤回するか?」
「ばーか。室井さんの、ばーか」

ぷくっと膨れて、茶化した頬が少し照れている。
横を向いて、洗った皿を重ねていく姿に、また違う顔を見た。

「今更知るようなことじゃないだろう」
「最後の夜だからさ」
「最後にさせると思うか?」

言葉はするりと零れてくる。
だから青島が小さく吐息を洩らした音もちゃんと捕まえた。

「いつからだったんですか?」
「もう、ずっとだ」

横目でちらりと盗むと、青島は真っ直ぐ前を見たまま、少し眉を寄せていた。
記憶を手繰っているのだろう。
彼の記憶に自分がいることの奇妙さは、どこか背徳と禁忌の蜜を持って室井の腸を搔き乱してしまう。
濃密に重なり合った行儀のよい時間に浸っていても、欲望は晴れないのに。
今はこんなにも近くて遠いのに。
自分ばかりが、会いたくて、触れたくて止まらない。
室井の視線に気が付いたのか、青島がこちらを振り返る。

「全然気付いてなかったろ」

申し訳なさそうに青島が目を伏せ、室井がスポンジを皿に充てる。

「君に会って、点数を稼ぐのも、出世に血走った目をするのもやめた。そうじゃないと思い知らされた。
 なのに君にとっては大したことない事柄のひとつだ。
 言葉にも形にもしなけりゃ無意味だと気付いたんだ。少なくとも嘘にはしたくない、つまりその時から私は」

恋をしたんだ。
その言葉は、寸でのところで止めた。

「だが、君の目が他の人間を見ていることを知った。俺の本当の責苦は、その瞬間から始まった
 なんだ、どっちにしても同じじゃないか思った」
「ほかの、にんげん・・?」
「少なくとも俺じゃないって話だ」

思いがけない発見は、俺を完全に支配し押しつぶしてしまっていた。
行き場を失った恋は、認める勇気よりも辛辣だった。
ひとひとも残らずもぎ取られて恋の一切は終りを告げた。足元に、投げ散らされ、踏みにじられた。
君の中に俺はいない。
なのに、君にこんなにも執着しまうことから逃れられない。じゃあこれをなんと人は呼ぶのだろう。

「嫉妬したんですか」

ふと蘇った失恋の記憶に、室井はまざまざと切りつけられた気がした。
君に想われるひとが羨ましい。これは俺のものだから触るなと叫びたい衝動で、胸が張り裂ける。
魂の底まで深く入り込んだ生の狂おしい感情が、にじみ出すのだ。
離れたって消しきれていない炎に、妬みはいつしか抗いがたい妄執へと変わった。
狂おしいままに、目に映る相手の全てに打ち震える。
抱えきれない想いが溢れて告げてしまったあの時よりも、穏やかに、青島の目を見て室井は告げた。

「君の人生に俺が必要が無くても、俺は結局君を捨てられない」
「そんなこと、ない・・」

室井は手を止めた。
青島の瞳の中に何か違う色を無意識に探したが、室井はそれを見つけることは出来なかった。
そのことに安堵と切なさを覚える。

室井が、ゆっくりと、向き合い、近づく。
青島が一歩下がる。
その分、また、近づいた。

青島を、壁際まで追い詰めた。
崩れていく青島を室井は掬うように手を伸ばし、柔らかく触れようとして――室井の指先は、宙で止まった。
不安そうでありながら、どこか清純な瞳が、男を狂わせる魔の引力をもって室井の息をも止めていた。

「君にとってはただの三日間でも、俺にとっては大切な三日間だった」

いつの間にか一人称も変わっていた室井に、青島は静かに奥歯を噛み締めていた。
言霊は受け手を持たず、二人の間に落下していく。
躊躇い、虚ろな青島の前に、蛇口の水音がただ耳に渦を巻いていた。

どうして自分は恐ろしくなかったのだろう?――そうか、これが恋なのだ。
この無謀さが情熱というもので、恋の魔力で、これが身も心も捧げ尽くすということなんだ。
狂おしく、奪い去られたままに散った。それでも彼に関わりたいと思った、その瞬間から恋は愛だった。









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青島くんは無自覚に室井さんを落としちゃうひと