青島くん攻略話のつづき






花 泥棒~4
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8.
事務室で先日の皺寄せとなった事務処理に励む室井の背後に、背中合わせに新城が腰掛けた。
気が散ったのか、室井は眼鏡の奥から眉間を顰めて振り返る。

「何が不満だ。今日中には終わらせる」
「どうするんです?」
「・・気付いているのか」
「気付いていないということにしてほしいですか?」

新城の質問が仕事のことではないと正確に理解した室井が鼻から息を落とし、ゆっくりと眼鏡を外した。
逃げきれないと踏んだのか、若しくは、相当参っているか、のどちらかだ。

「まず、誤解がある。既にフラれている」

室井から聞こえた想像以上のダサい白状に、新城は大袈裟に顎を上げた。
あからさまな独占欲に身体ごと打ち震えているくせに、何もかも達観したような顔をする室井に感じるのは
誠意なんかじゃない。

「で?尻尾撒いて逃げたと」
「他に手段があるとでも?」
「そのまま囲ってしまえばいいのでは?貴方のことを毛嫌いしているとは思えない相手だ」
「君はワルだったんだな」
「貴方が男じゃないだけです」

状況を作って自分の首を絞めているのは、室井なのか青島なのか。
不可抗力に押し潰されるようでは本物ではない。
ただ、押し潰すほどの共振が二人の本音を阻んでいるのは、多少同情できた。

「中途半端に手を出すからですよ、みっともない」
「みっともないとは何だ」
「キャリアの品格を損ねるようなことだけは止めてくださいって話です」

そこに自覚はあったのか、室井の姿勢の良い肩が少しだけ下がった気がした。
背中合わせな分、感じるのは言葉よりも雄弁な気配だったりする。

「アイツは誰にでも深入りする」
「だとして、相手が私や一倉さんだったら果たしてそこまでしてくれますかね?」
「君になら」
「なら口説いていいですか?」
「駄目だ」

新城が邪悪な顔を向けた。
不貞腐れたような、苦味を潰した室井の顔を拝めば、幾分サディスティックな気分になる。
言わされたことに気付いたのだろう、室井は何とも不服な顔をして新城を見上げていた。

この潔癖な先輩は、非道冷酷な判断をしていく裏で、想像以上に自己矛盾も抱えているのかもしれないと、何となく思う。
そんな二律背反に喘ぐキャリアを見るのは快味だ。
やや勇み足のノックが響き、血相を変えた沖田によって、それは中断された。

「新城さん!あ、室井さんもおられましたか!テレビを!」

有事の官僚の動きは早い。
新城がリモコンを取るのと同時に、室井も棚からモニタとイヤホンをスタンバイする。
合わせて沖田も、持ち込んだパソコンを手前に置いた。
突如、テレビに映し出された映像は、ホテル最上階から黒煙が吹き出す映像だった。


『繰り返します 現場からです
 本日午後四時半ごろ、東京臨海にあるホテルの最上階から煙が出ているとの通報がありました
 一時間以上経った現在も延焼中で、消火活動が続けられています
 ホテルによりますと、出火当時、客や従業員など50人から100人がいましたが、全員避難していて無事が確認されています
 ただ、避難した人から、最上階に人が上っていったとの目撃情報も寄せられており
 消防は逃げ遅れた人がいないか、確認を続けています
 ホテルの最上階は飲食店などが入ったフロアとなっており、本日は設備点検のため営業していなかったということです』 


「室井さん?」

蒼白な顔で目を見開く室井に、新城の擦り切れた声が刺す。
喉仏を大きく動かした室井の薄い口唇の血色がない。

「このホテルの最上階に、青島が働いているバーが入っている・・!」

表情を変える新城の隣で、それを既に知っていた沖田が顎を引き、モニタを回転させる。
戦慄が走った空気に、言葉は挟まない。
映像はヘリからの中継に変わり、ホテル上空を旋回する中央で、濛々と吹き出す黒煙の様子が克明に映し出されていた。
プロペラ音のノイズがまるで心臓の早鐘のように逸る。

『繰り返します 上空から中継です
 消防などによりますと、この火事で周辺の500世帯が一時停電しており
 警察は周辺住民に避難を呼びかけています
 現場は駅から250mほど入った住宅街に隣接する、東京湾を一望するリゾートエリアです
 この最上階に入る店舗の幾つかは元暴力団関係者が経営するもので、普段からなんらかの取引が行われていたとの情報もあり
 ホテル側とトラブルがあったと、被害届が提出されており、警視庁は警戒を強めていました
 出火の原因はまだ特定できておらず、また、本日は設備点検が行われていたということで
 警察は、今回の事件と何か関連性があるのか、慎重に調べを進める方針です』

テレビに映る、黒煙を吹き出す映像。そこに時折オレンジの炎が混じる。
沖田が頃合いを見計らい、向けたモニタを指差した。

「まだマスコミは報じておりませんが、負傷者の連絡が警視庁には来ています。そして、此処は例の件で浮上した拠点のひとつです」
「四課はどう動く」
「一報は入っていますがまだ負傷した人間が誰なのか特定できておりません。ですから、」
「報道規制をかけるように伝えてくれ、名前は一切出させるな。それから」

ギリギリまで感情を抑えた悔しそうな顔で、冷静さを装う室井が鋭く判断を下す。
室井の額には血管が浮き出ていた。
新城は先程の二律背反を思い起こしながら、四課に連絡を入れる。

「室井さん、青島に連絡は取れますか」
「恐らく駄目だ・・!この停電騒ぎでケーブルも遮断されていたら、外は大混乱が起きてるぞ・・!」
「他に連絡手段は」
「あるわけがない!」

事実、青島へ連絡を取るも、既に不通となっていた。
混み合っているというデジタル音声が、微かに漏れ聞こえる。
刹那――

ドンという爆発音がテレビから響き、一同が画面を注視した。

『今、爆発音のような音が聞こえました!大きな音と共に揺れました!窓が割れ、黒煙が噴き出ています!』

悲鳴のようなアナウンサーの実況が飛んだ。
爆風があったのか、ヘリからの映像は乱れ、大きく揺れた。

「あんの、やんちゃ坊主が・・ッ!」

ホテルなどの施設は防火設備の設置が法律で義務付けられており、自動消火の他、防火壁が作動している筈だ。
火災発生から一時間以上経過後にガス爆発に近い出火が起こるとなると
出火原因がガス関連だったか、人為的な作為があったかだ。
長年のキャリアから、新城はこういう時の心理的対処法を心得ている。
騒がない。
焦らない。
そして。

「沖田、まず報道規制だ。中継車を撤退させろ、人命優先だと言えば文句も出まい」
「はい」
「それから、経緯を説明しろ。警察はどこまで掴んでいる」
「場所が特定できていたことで捜査は簡単だと思われましたが、人物については難航したようです」
「リストにない・・一般人か」
「青島くんにカクテルを呑ませたこの人物、一年前から一課が追っていた強盗殺人の被害者遺族でした
 刑事であると最初から知っていた可能性があります」
「逆恨みか?」
「いえ。彼自身、家族との折り合いは悪く、あまり交流もなかったようです
 ただ借金をした友人の代わりに現れた青島くんを見て、何か含むところはあったのではと」

室井が奥歯を噛み締めているのが分かった。
脂汗が彼をギラついた野性に変貌させる。

「このことを、青島くんが知らなかったとは思えません。知っていて――我々に伏せたのでは」
「謀ったな・・」

室井の絞り出す声はむしろここにはいない者へ向けた恨みに近かった。
ここにいる誰もが薄々察したことだ。

何故、青島はこの期に及んで口を噤んだ?

伝えようとして伝えられなかったわけではない。
時間だって幾らでもあった。
青島が室井に接触すれば、室井が必ず動く。
自分を狙ってくることは分かっていたから、その後の捜査は確実に引き継がれる。
事件は闇に葬られない。

わざと伝えなかった理由は恐らく、警視庁まで巻き込むことを、彼は狙っていた。
室井個人の単独プレーで動かれるわけにはいかなかった。
そして、現状、ほぼ青島のシナリオ通りに動いた。

「踊らされたのはこっちか・・!」

新城の人差し指が、トンとテーブルを叩く。
新城の目に精気が灯るのとは対照的に、沖田が表情を引き締めた。

「室井さん、行ってあげてください!」
「いや、だが・・!」

頑なに渋る室井に、沖田が重ねて叫んだ。

「青島くんが何故今になって連絡を取ってきたか、考えたことありますか?貴方に!」
「緊急事態だったからだ・・!」
「だとしても!誰かに取られてもいいのですか?貴方は失う怖さを一番知っているじゃないですか!
 所轄は気付くと消えています。人は簡単に消えるんです室井さん!」

私たちはそれを目の当たりにしてきたじゃないですかと、沖田の目が責め立てていた。
彼女にしては感情的な理屈だ。だが、この先輩には効くだろう。

「彼、もしかして消えようとしてるんじゃないですか?貴方の前から。正確には、消えるつもりだった――」

もしかしたら過去の贖罪も含む沖田の惻隠の情は十中八九当たっていて、室井の顔色からもそれは伝わっているようだった。
この場にいる者の心を試させるには充分で、その背後でホテル火災の続報が繰り返されていく。
ふと、青島の人情に溺れた危うい姿が浮かんだ。
室井さんも彼に踊らされた人間なのだ。

「何かを残す、或いは託すには、充分な理由だと私は思いますがね。それをどうするかで真価が問われる」
「・・新城さん・・?」

その時になって泣きそうになっているのは室井ではなく沖田であることを新城は知った。
だからこそ、新城は政に徹せられる。
新城が室井の前に立った。

「貴方の、いえ、貴方たちの理想は、既存の組織を否定しているところがある
 強引に推し進めれば各省庁からも反発が上がり、その時点で過去をほじくり返され、私情で動いたと
 ここぞとばかりに叩かれるでしょう
 貴方が貴方の理想を実現するためには、今までもこれからも、一切の埃を持たぬことが条件になる
 間違えない決断をしてください」

室井が顔を上げ新城と視線を交わす。
その漆黒に、新城は満足した。
分かっていると、闇を好む漆黒が訴えていた。
闇、尊さ、神秘性、それらを兼ね備える漆黒の瞳に怖じ気づく者も多い。しかしそれは室井の本質ではない。

フッと新城が口端を持ち上げてみせる。
伝わるだろう、こちらも腹を決めていることは。
室井と新城が、ただ睨み合った。

「責任の所在は私か」
「慣れているのでは」

外野は相容れない、不要な余白まで踏み入られる。
無暗に積み重ねてきただけの時間が、この二人の間には確かに存在した。
そこに青臭い嫉妬がないと言ったら、流石に嘘になるか。

「だとして、タイミングを間違えば負傷者が出るぞ」
「兵隊の履き替えを嫌うなら、指を咥えて安全な所から高みの見物でもしますか?」
「君の言っていることは極論だ」
「今なら全部燃やしてくれますよ、彼が」
「!」
「もっと必死になれ。でないと、貴方はまた大切なものを失いますよ」

新城が黒煙の上がるモニタに視線を移し、室井を詰る。
室井が硬く目を瞑り、何か熱いものをグッと喉奥で飲み干した。
受話器を取り上げた室井に、沖田が縋った。

「室井さん!?」
「彼は私が私の仕事をすることを望む男だ」

息を呑む沖田を映す漆黒は、男の目だ。
新城も、その答えを聞いて、次の手に出るため背を向ける。

「出来ることはする。恐らく青島が我々に託したのは、現場は自分に任せてくれという合図だ」


出来ることはこっちでしてやるから、生きて見せろ。
生き抜いて、戻って来い。








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