青島くん攻略話のつづき





花 泥棒~2
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3.
「で、青島に手料理を振舞ってもらい、部屋も片付けてもらい、洗濯もしてもらい、新婚生活を満喫したのが、この三日間の欠勤理由ですか」
「その言い方はどうなんだ新城」
「一人では何もできないダサ男と思われたんじゃないですか?」
「・・君だって大差はないだろう」
「男としては不適格ですよね」

室井の後ろで青島が所在なく立ち尽くす。
室井が横目で探れば、青島も素知らぬ顔で無視をした。
丸めた書類で新城が掌を叩く音の狭間で、気まずい空気が後頭部に突き刺さる。

「そういう言い方はやめてくれ」
「楽しんだんでしょう?」
「少なくとも、君が考えるような浮ついた三日間ではなかった」

明言を避けた室井に、新城は陳腐な煽りを緩めない。
本日新城の事務室を訪ねたのは、突然の不在に室井の代役を買ってくれたのが新城だったからだ。
そして、情報を得るためにうってつけな場所だからだ。

潜伏の間、青島から聞き出した情報をまとめると
いわゆる闇金に手を出してしまった大学時代の友人が行方不明なのだという。
交渉役として取引現場に青島が出向き、青島を代理人に要求、そして一杯付き合うのがマナーだと脅され、カクテルを呑まされた。
朦朧とし始めた意識で必死に逃げ出せたのは、ほとんど奇跡に近い。
交渉は中断に終わった。

青島を庇うように立っていた室井を追い越し、新城が青島に近づいていく。
あの頃にはなかった柄のネクタイをグイっと引っ張ると、小さく声を上げて青島が傾いだ。

「警察から逃げたお前に、警察が協力するとでも思ったか?」

逃げたんじゃないもんと拒む青島の強い光は、だが言葉にはしないところに隙を作っていた。

「その借金をした友人が潜る当ては」
「わかんないです」
「仲介役の知人は」
「わかりません」
「一生逃亡生活か」
「こっちの準備が出来るまでですよ」
「それはいつできる」
「わかんない」

粛々と返す青島に、新城も息一つ入れず、目を細める。
査定するような、品定めするような、高飛車な間をかつては楽しめた青島も、今は言葉少なだった。
その後、新城は室井に一度視線を流すと、ニヒルに憫笑した。

「状況は理解した。とりあえず、あと一日そのまま室井さんに尻尾を振っていろ。どうやら満更ではないようだからな」

室井と青島が顔を見合わせ、同時に憤慨する。

「ちょっと待ってくださいよ!」「まだこれ以上一緒に居ろと言うのか!」

なま殺しは御免である。
そう顔に書いてある室井に、楽し気に、むしろどこかドヤ顔で、新城は高圧的に牽制した。

「満更ではないのは貴方のことだが、実際、青島も同じように見えますが?」
「ちょっ、新城さん、何吹き込んでくれてんの?」
「代弁してやったまでだ」
「こっちにだって仕事が!」

慌てて新城に咬み付く青島も同時に新城はあしらった。
まだ手に持つネクタイを引き、青島の抵抗を防いで顔を寄せる。

「貴様が今、何の仕事に就いているかは興味がない。どうせこの三日も無断欠勤同然だろう」
「じょーだん!」
「いいから大人しくしていろ。警察にだって準備というものがある」
「えっと・・いやがらせ・・?」

困惑した顔で半ば面倒臭そうに問い質す青島に、新城も合いの手のように悪態を吐く。
距離が近く、口論には不釣り合いな、吐息すら分かる距離だ。
室井にはむしろ懐いているようにしか見えない。
自然と室井の眉間が寄った。

「変わらないな、青島。室井さんの世話役?実に献身的じゃないか。見せ付けてくれる」
「別に。汚すぎた部屋をかたしただけですよ」
「女も食材も自由自在ってところか。強かな貴様のことだ。今回室井さんに近づいたのだって偶然じゃあるまい」
「新城さんも相変わらずだわ。なんか俺、帰ってきたって気がしてきちゃいました」

むぅと睨む青島に、舌を出し牽制する新城の、脇に追いやられた室井のこの疎外感は何だ。

「焦らすな新城。どうするつもりだ」
「口の堅い人物に事情を話しておきましょう」

まだ青島と睨み合ったまま、新城が片手間に応えてくる。
邪険に扱われている。

「誰がいる」
「例えば、沖田など適任では?」

成程、と室井は唸る。
彼女なら、人脈も申し分ないし、湾岸署との接点もあり、青島との面識もあった。
穿った見方をすれば、借りのある彼女は口の堅い協力者として申し出てくれるかもしれない。

「そういうことだ、いくぞ、青島」
「ぇ?・・あ、はい」

きょとんとした顔の青島が、それでも次の瞬間には室井の指示には素直に従い、背中を追う。
古と変わらぬその様子に、新城の目は揶揄の色に変わっていた。
室井もそれに気付き、ムッとする。
が、何も言わず部屋を後にした。







4.
ノックをすると、部屋にいる筈もない声に、室井の足が一瞬の躊躇いをもった。

「お~お~連れ込んじゃって。見せびらかしに来たのか?」
「何故お前がここにいる」
「本庁でナンパしているようにでも見えたか」

背後で控える青島の気配の前に、少しだけ気恥しくなる感情を室井は抹殺する。
青島にフラれ、捨てられた、一連の時期を、目の前の男――この一倉は見知っていた。
個人相談を持ち掛けるような真似はしていない。
それでも、同期という浅いようで太い、見えぬ縄で繋がれたような一時代を繋ぐ仲間には、だからこそ、見透かし合ってしまうものがあるらしい。

寡黙な室井が荒れていたこと、打ちのめされていたこと、必死に忘れようとしていたこと。
それらはまだ生々しい血生臭さを放っていた。

「沖田くんに依頼があって来た」

途端、強い力で一倉に肩を抑え込まれる。
痛みに少しだけ顔を顰めた室井の耳に、一倉は低く告げた。

「お前もいい加減、今の役職に慣れたらどうだ。出世したければそれなりの処世術ってモンがある」
「上には行くつもりだ。だが腸を売買するようなやり方は、もうしない」

同じような低さで返した室井の目を、一倉は探るように射抜いてくる。
青島の前なら、それだけは変わっていないと、誓っておきたかった。

時の政権・権力に逆らうものに人権なし。
そんなことは権力を追う者として嫌と言うほど思い知らされている。

貞節を重んじる官僚社会で孤立した。
才能も技術もなかった。烙印を押された。札付きは二度と這い上がれないのがこのピラミッドだ。
だが、室井に懐疑的な目を向けていた中間層が、過日の件で一転して潔白を支持。
今の室井はやっかみも含む微妙な立場となっている。

一倉の見定めるような視線よりも、背中に感じる青島の視線の方が熱い。
一倉の食い込むほどの力が、室井に痛みと闘争心を呼ぶ。
虚栄の思惑を汲み取ったのか、一倉の視線が室井の肩越しに、背後で戸惑う青島に向けられた。

「久しぶりだなァ、ちょっと見ない間にまたイケメン面になりやがって」
「なんですかそれ・・」
「憎らしいほど色男だな。ハッ倒したくなるよ」

扉口で所在なく立ち尽くしたままの青島が、小さく憎まれ口を零す様子に、一倉の背後では沖田も目を細める。

「確かに少し垢抜けた印象だわ。髪も似合ってるわよ」
「ちょっと散髪しただけじゃないっすか」
「あら、意外に奥手なの?」

嬌艶を持って沖田に微笑まれた青島が、珍しくも照れたのか、視線を伏せてしまう。
フェミニストな青島にしては不釣り合いな気がして室井がじっと見ていると、視線があった。
パッと逸らされた。
まるで、室井の前だから照れたような仕草に、ふと都合の良い勘違いをしそうになる思考を
沖田の声が中断させた。

「新城さんから連絡がありました。事情も大体把握しました。薬物を使った闇金となると幾つかマークされていますが」
「話が早いな」

室井の同意に沖田がモニタを回し、青島を促す。

「この中で見知った顔は、あるかしら?」

沖田の手からマウスを拝借すると、青島が画面を眺め、その横で沖田も腕を組み、視線を落とす。
少しだけ捲った青島の手首に光る時計、洗い晒しのシャツから覗く首筋から鎖骨のラインに、窓からの光が射しこみ
元々の整った容姿を引き立てた。
その隣に立つ美女。絵になるのは青島の持つ素材が周囲を引き立たせるからだ。
室井の目には痩せたというより絞られたように見えた。

「イイ男ねぇ。これじゃ薬物も・・となるわね」
「止めてくださいよ、未遂ですから」
「見映えは男の価値よ」
「そりゃどうも」

ふふんと勝ち気な瞳を見せるのは、青島らしいリアクションだ。
こういう人懐こさが、彼の陽気さと相まって、人を虜にしてしまう。

「これじゃ、室井さんがメロメロになるのも無理ないわね」

途端、青島が固まり、同時に室井も硬直する。
どちらもお互いの顔を見れない。
そんな二人の揃ったリアクションに、一倉が顎髭を撫ぜてほくそ笑んだ。

「なァ室井。此処は一般人は入れないだろ、どうやってソイツを入れた?」
「どうでもいいだろう」
「奥の手を使ったか」
「・・・」
「お前も相変わらず脇が甘いなァ」
「一々、突っかかるな一倉」

一倉の言いたいことが、分からない訳ではなかった。
一倉もまた、指摘したいのはそこじゃないのだろう。一倉が室井を洞察するというのなら、室井もまた一倉の言い分を推し量れた。

「あ、この店・・」

ふと、青島が洩らした声に、空気が変わる。
スッと沖田が寄り添った。
いい匂い・・と微笑む青島に目配せし、手早く事務処理を行っていく。

「此処は以前から違法薬物リストに上がっているんだけど、現場が抑えられないの。この中の誰に会ったの?」
「こいつ。俺にカクテル勧めたの」
「お手柄よ、青島くん。闇金業者が資金源となっているのかもしれないわ。そっちで引っ張れないかしら」

どこで交渉が行われたのか、呼び出された場所等、青島の記憶からは抜け落ちていた。
だが微かに手繰る記憶の糸に今は賭ける。
沖田が幾つか電話をかけ、四方に指示を出していく。
手際の良さに、誰もが沈黙していた。
これで相手の潜伏先が分かるし、構成人数も時間の問題となる。

「動いているのは薬対か?」
「いいえ、四課のようね」

一倉の問いに、沖田が応答する様子を、青島も怪訝そうに見守った。
その目は、室井も知っている刑事の頃のものだと、室井に錯覚させる。
思えば彼は刑事に未練はなかったのだろうか?

「何度か立ち入りを模索しては失敗して尻尾が掴めなかったとの話みたい」
「どうだかな。分が悪いと踏んだだけの気もするが」
「え?」
「恐らく起訴に持ち込めなかった。警察官は注目されてる事件に関してスタンドプレーをしたがるし、検察官もそれを過大に信じる」
「確かにね」

俯いた前髪と逆光のせいで、その面差しは見えない。
だが室井には、青島が不敵に笑ったように見えた。
ゾワッと悪寒のようなものが室井の背筋を走り抜けた。

「分かっていると思うが、青島。勝手に動くなよ」
「分かってますよ~」

一倉の忠告に渋々といった様子で脹れる青島に、透けているのは、底知れない優しさと思いやりだ。
今動いたら、友人が危ない。
どうしてそこまで人のために動けるのだろうか。
そんなところが好きだった。そんなところを欲しいと思った。
刑事であろうとなかろうと、青島はあの頃と何も変わっていない。
変わっていないのなら、消えた理由は――

「一人を引っ張れれば、なんとかできる。ただ、お前の件は揉み消すぞ。取引だ」
「いいですよ」

何も言って貰えなかった。
何も言えずに消えた優しい彼。
だが今さっき一瞬感じた、あの悪寒のような戦慄が、室井に青島を青島だと知らしめる。

「じゃ、あの、俺行きますね、あと、よろしくで~す」

青島が軽く敬礼して、沖田に笑い掛けると、沖田も頷いた。
待機となれば、ここに留まる理由はない。
青島は室井も一倉も通り過ぎ、扉を閉める間際に一度だけ礼を言って、あっさりと消えてしまった。
ぽつんと残された住人に、微妙な空気だけが残される。

「いいのか?室井」
「・・なにがだ」
「離れたって、やっぱり連絡してくるのはお前じゃないか。そこ、分かっているのか?」

腕を組んで室井を嗾けてくる一倉に、室井は横目で睨んだ。

言われなくとも分かっている。
そんな簡単に断ち切れるほど、簡単に青島を愛したわけじゃない。
ただ、拒絶されたことを忘れられるほど、浅い傷でもなかった。
記憶の中の青島との違いを思い知らされていく度、手に入らなかった大きさを思い知らされる。

「だが、どうしたらいいんだ」
「甘えんじゃねえよ、それぐらい自分で考えろ」
「――」
「惚れた奴も碌に引き留められねーのか、お前さんは!」

室井の拳がきつく握り締められた。
重たい足は未だ床に縫い付いたように動かない。
だが、室井は奥歯を噛み締める。

「いいか一倉、これはお前に言われたからじゃないからな!借りにはしないぞ!」

指を差し、一倉に強く戒めてから、踵を返して室井は走り出した。








5.
「青島!」

警視庁の後門を過ぎた所でようやくその姿を認め、室井は声を上げた。
陽はもう落ちかけている。

「待ってくれ、青島!」
「ん?」

ここにきて、振り返った青島に室井は小さな違和感を感じた。
それが、室井の記憶に馴染んだモスグリーンのミリタリーコートがないということだと気付くのに時間はかからない。
室井がただ顔を向けた仕草に、心配していると思われたのか、青島は肩を竦めた。

「なんとかなるっしょ」
「能天気だな」

青島に対する危険が消えたわけではないのだ。
抜け落ちていたその危機意識を今改めて憂い、室井は言葉に詰まった。
だが、警察が動き出した以上、室井個人がこれ以上深入りする理由がなくなってしまった。

「君は・・その、今どこで働いているんだ?」

何とも頼りない質問だなと自分で思った。
今夜はもう帰って来ないのだという認識が、室井に一抹の不安を過ぎらせてくる。
このまままた室井の前から消えてしまうような錯覚に脅えた。
幾度も幾度も青島が消えた夜から重ねたあの闇に、室井の心が押し潰されていることを、心拍数の上昇が伝えていた。

「前の会社の伝手頼って・・ま、営業やってます。正社員じゃないんで、夜はバイトで」
「今からそのバイトか?」
「ま、そんなとこ?」

青島が小さく笑った。
それは、この数日で見た初めての笑みだった。
ハッとして、室井は心臓が鷲掴みにされるのを感じる。

小顔で童顔の青島は、手足が長い分スラリとした見た目が若さを見せる。
別にファニーフェイスだから惚れたわけじゃない。
でも、こんな青島を、誰かに渡したくないと強く思ったあの頃が蘇る。好きすぎて、息ができなかった共に戦った日々。
先程感じた悪寒と共に、腸を搔き乱されるのは雄の性なのか。

「今晩、泊まる当てはあるのか」

怖くて聞けなかった問いを、勇気を搾り出して室井は口にした。
情けなくたっていい。
みっともなくたっていい。
今は。

「バイトがある日は、深夜までなんで、そのまま仮眠させてくれるんです」

他の日は、どうなんだ。
その問いをしつこく口にするのはもう出来なかった。でも残された沈黙が微妙な間を作った。
口籠る青島が夕闇のヘッドライトに照らされる。

「その場所をメールしておけ。迎えに行く」

有無を言わさず、室井はそれだけを残し、背を向けた。
青島みたいに他者のためには動けない。でも、あんな思いは二度と御免だ。
俺は、忘れられるんだろうか?
青島を忘れていなければ、自分は生きていけると思った。
でもそんなことはなかった。
関わりたい、青島の人生に。

だから今度は逃がさない。








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