シー ズン企画
毎年恒例クリスマスストーリー2023のつづき









今宵、聖者に雪は降る 2
line
4.
「好きなのを選べ」

室井がジト目で命令するから、俺が?という顔で青島もまたジト目を返してやった。
二人の男が寄り添う前で、白いブラウスに紺のジャケットを着た店員女性が、微笑ましそうに見つめる瞳が、逆に辛い。

「丸投げしましたね?」
「後で文句を言われても困る」
「俺だってわっかんないですよ」

宝飾店に降り注ぐ白い光がショーケースに並ぶ指輪に四方から上品に降り注ぐ。
正直どれも同じに見えてしまうのは、庶民だからか男だからか。
えええ~?ってアタマ抱えたくなるのをなんとか堪えた。

「選べったって・・、その、なんか俺、変な目で見られてないかなーって・・ねぇ?」

へへと愛想笑いを振りまく男に、店員は躾けられたマナーで丁寧に応対する。
流石、名も知れた高級店だ。

「こういう店ではそもそも自分たちの世界に入っちゃってて、誰も人のことなど気にする余裕はない」

「そうですよ、皆様、二人きりの会話や幸せを楽しんでいらっしゃって、私たち店員のアドバイスも聞こえないくらいなんですよ」

二人に諭されてしまい、完全に自分が選ぶ流れに持っていかれた。
青島は小首を傾げ、もう一度店内をぐるりと見る。
数組のカップルが滞在していて、ショーケースを覗き込んだり店内を見回ったりしているが
見る限りイチャイチャ、ベタベタしていて、クスクス潜む笑声も胸焼けして、周りに人がいることすら忘れているようにラブラブだ。
男二人が並んでいたところで、そんなのは確かに壁に掛かったカーテンよりも空気なのだ。

「無の境地に入れ」
「それどんな心境?!」

小声で罵るが、室井の強面は恐ろしいほど背景から浮いているのに、その官僚然たる風貌は妙に様になっていた。
このひと、自分の結婚式でもこんな顔してそう。
でもやーっぱ、エリートの世界のひと、なんだよなぁ。
とりあえず青島はもう一度ショーケースに視線を戻した。
どう違うのか分からないが、値札はだいぶ違う。ゼロの数が俺の時計、越えた。
こういうのは、いつか女の子と来て、選びなよ、一緒に選んでよ、え~?俺の給料考えてね~とか、そういうやり取りしたかったのにぃー。
何で隣に立つのがこの無愛想なオッサン・・。

助けを求めるように室井をもう一度見るが、視点はどこを指しているのか、無表情のその顔は堅く動かない。
これが無の境地か。

「とりあえず、これとこれ、見せてもらえます?」

役に立たないなと早々に見切り、青島は適当に手前にあるのを指差した。
けど、官僚が付けるものだから、あまり派手なのはNGとか、安いものは出世に関わるとか。
色々あるかもしんない。
ジュエリートレイに乗せてくれた一つを手に取ると、青島は室井を見た。

「手、出して」

室井が驚いたように目を見開いた。

「あのね、あんたご自分の身分、分かってます?適当には選べないでしょ」
「わ、わかっている」
「これなんかどうです?シンプルだしデザインも上品」
「お、おい、いや、その・・」
「ん~、やっぱこっちか・・」

室井の指にハメてやれば、室井が困ったように手を引こうとするが、それを意地でも引き戻す。
この修羅場、一人で逃げるなんて許すわけないじゃん。

「あ、こっちのもみせてもらおうかな」
「・・・き、君にはもう少し装飾があった方が良くないか?」
「でも主張しすぎるのも若者っぽくないですか?」

二人の会話に店員が、結婚記念日にセカンドマリッジリングとしてはこの辺りが人気なんですよと、教えてくれる。
数点、ダイヤが埋め込まれたものを取り出した。

「お歳を召されると、お手元のボリュームが失われてくるので、華奢なものより存在感のある太めのデザインがお薦めですよ」
「そうなんですか?派手じゃない?」
「逆に、ダイヤモンドは大きめや複数使いで華やかさがあるものを選ぶと、年相応のステータスも出せて、のちのち後悔しにくくなります」

そっかぁと、納得しながら青島がリングを幾つか手に取り翳す。

「男だし、職業柄着けにくいのもあるから、少し太めのデザインにしますか。あんた指細そうだし、貫禄出るかも」
「貧弱で悪かったな。君はダイヤを失くしそうだし、それでいい」
「ほら、指出して」
「い、いい・・!自分でやる!」
「照れちゃってv」

二人のやり取りに、女性店員も顔を綻ばせる。
お似合いですよという言葉に、室井は更に硬直したが、直ぐに一礼をしてみせた。
さっすが。

「あ、あと、在庫があるものってどれですか?」
「お調べいたしましょうか」
「できれば、サイズ直しとかは後日にして、現物が明日欲しいんで」
「かしこまりました」

店員との交渉も実にスムーズにこなす青島との間に、制するように室井がここで口を挟む。

「すまないが。サイズ直しにかかる期間と、在庫があるものの総合料金も合わせて知りたい。大凡で構わない」
「そちらもお急ぎですか?」
「はい、お店に迷惑が掛からない程度に、これと似たようなデザインを調達してくれればいい。多少値が張っても構わない」
「少々お待ちくださいませ」

店員を奥へ引き下がらせると、室井が表情を変え、青島の腕をガラスケースの下で奪った。耳打ちする小声。
まるで恋人同士が指輪の意見を交換しているかのような仕草に、違和感を持つ者はいない。

「右斜め手前、ベージュの帽子。見たことのある政治部の人間だ」

瞬時に青島も事態を理解し、さりげなく室井と背中合わせになる。
他にいないかを室井に肩越しの視線で尋ねれば、室井は小さく頷き、二人は今度は指輪を覗き込むような態勢を同時に取った。
これで、指輪に夢中なカップルにしか見えないだろう。
額を押し付けるような距離で、青島が指輪を手に取って見つめる。

「何でもう俺たちのこと張ってんですか?」
「記者会見まで一週間を切っている。出席者の名簿くらい入手するのは容易い」
「・・もう俺がオトコ好きって一部にはバレてんですね・・」

なんとも微妙な顔で微妙な発言をする青島に、無論室井の返事も微妙になる。

「恐らく政治部の通常任務だろうが、もしかしたら他からも依頼されているかもしれん」
「情報収集されてるってこと?」
「政府肝入りだぞ。大金が動いている」
「もう誰も信じられませ~ん」

国を挙げての施策と銘打ったところで、こんな付焼刃の思い付き、浅知恵だと皆が見抜いている。

「とにかく、今日撮られた写真は今後の動向によって、“冗談や揶揄いのつもりでいる本庁”というレッテルか、“真実の愛を密かに紡ぐ美談”か
 どちらかに流用される。下手な行動は取るな」
「どっちに取られても致命傷なんですけど俺」
「そんなのこっちもだ。とにかく合わせろ」
「了解」









5.
「さて。今日のことで俺、ひとつ学びました。あんた、口下手だからアドリブとか苦手でしょう」
「悪かったな」

夕食後、明日の準備の前に話があると青島がいうので、テーブルの片付けの手を止めると、青島は女性の写真をびろんと広げて見せた。
見事なフルカラーだ。
水着・・いや、下着か?
大きすぎてポスターのようなそれを両手で室井に見せながら、青島が横から顔を出す。

「明日からは実戦になります。今日みたいに張られていることがあるとして、それこそ些細な部分が切り取られて、悪用されてしまうかもしれない」

一理ある青島の言い分に、室井は腕を組んでテーブルに腰を据えた。
青島と話す時、実に興味をそそられるのは、こういう時だ。
出世ばかりの同僚キャリアや、色目ばかりのノンキャリでは、こうはいかない。

「期間も短いとなると、向こうさんだってこの一週間にかけているに違いない」

実際、官僚など政治の場ではどれだけ法螺を吹けるか、ハッタリをかませるかと、アドリブで技量が問われるが
室井はそもそもそういうその場凌ぎの対策が好きではない。
数字と結果が点数だと思っているだけに、青島みたいな感情論を利用したやり方は取らないし、その杓子定規なやり方に不満をぶつける配下も多い。
ただ、今回のような外部折衝の場合、根回しは必要だ。

「続けろ」
「そこで対策です。言葉で言い包めるのは俺たちどっちも得意でしょうから、そこは良いとして
 問題は、急ごしらえの、この、仲です。そこを見抜かれたら終わりだ。
 それがバレるのが、俺の経験上、会話していない時の態度だったり仕草だったり、或いは私語です」
「着眼点はいいな。で、どうするつもりだ」

意味深に青島が笑んだ。
急に嫌な予感がした室井は、片眉を曲げて次の言葉を促す。

「練習。俺じゃやりにくいでしょうから、最初は女からってことで、ネットから好みっぽいの漁ってきました」
「誰だ」
「再生回数トップ3入りのAV」

君はAVと同列でいいのか・・

「それが君の好みか」
「え?室井さんのタイプかなって。俺は違いますよぅ。もっとグラマラスで~も少しこなれた感じがあって~、あ、鎖骨の綺麗な子、つい選んじゃうんですよねぇ」
「・・・」
「この間なんて、新人の、幼い顔の割に大胆で・・」

にへら~と締まりのない顔で笑う青島の顔を、複雑な気持ちで室井は横目で睨んだ。
ホテル暮らし二日目。
一般的にベッドルームを二つ備えているホテルはなく、ここもツインルームだ。
青島の隣で、彼の寝息を聞きながら眠るのは、とにかく異常に疲れた。
お陰で今日の室井は寝不足である。

手元のグラスを取って、夕食の残りの赤ワインをグイっと煽る。

青島が用意してきたモデルは、小ぶりな胸元が印象的な、少しキツめの顔の清楚系美女だった。
どちらかというと青島より室井を思わせる黒髪は、肩より下まであって、白いビキニを映えさせる。
それにしても、大胆な露出度だ。

「何故私の好みが分かると思ったんだ」
「え?外した?」
「外すもなにも、AVのお世話にならない」
「じゃ、どうやってヌいてんです?」

室井の手から空のグラスが床に落下する。
フローリングじゃなくて良かった。
ジロリと睨めば、意味は通じたようで、青島はひょいっと肩を竦めて赤い舌を出した。
この辺のお調子者っぷりが、青島の人好きされる所以だろう。
面白味もなく表情も硬い田舎者に、距離を詰めてくる同僚はあまりいない。
だからこそ、青島の距離感を見失ってしまうのだ。

室井はスッと組んでいた足を解き、足元のグラスを拾い上げた。
クルクルと手元で回し、電灯を透かし、もう一度グラスにワインを注ぎ入れる。

今夜はホテルのルームサービスを利用した。
張られていることが分かった以上、準備も出来ていない今では、外食は迂闊すぎた。
この時期なので、クリスマス特別メニューが色々用意されており、よく合うワインも添えて貰ってある。

― 男二人でホテルのクリスマスディナー・・この情報をどこかが嗅ぎ付けてくれれば一歩リードできる ―

姑息に計算をすることは、本音を隠すには実に都合が良い。

「その方法でなくて良くないか?」
「せっかく用意したのに」

そう来るか。
一瞬室井の手元が止まり、肩を回し、それから下に息を吐く。

「分かった。次はどうすればいいんだ」

しょぼんとされて、つい、可愛いなと思ってしまった室井はまた絆されたことに気付いた。
いつもの勝ち気な瞳に引き摺られるのには慣れていても、実際こうして暮らしてみると青島は室井には遠慮がちだ。
警戒心の無さが懐いているのだろうと感じさせるものの、どこか物足りない。

「設定としては、いきなり長年カップルだったっていうのは無理があるので、つい最近ようやく付き合い始めたかんじで」
「賛成だ」
「室井さんは官僚ですから、俺からアピールしたことにしておいた方が叩かれないと思います」

こんな虚像の関係でも、自分は自分の気持ちひとつ、告げることを許されないのか。
告げることも、望まれない。
告げるものなど持たぬくせに、室井の脳裏にはそんな言葉が過ぎる。

「いざとなったら俺を悪者にして、俺を切っちゃってください」
「・・いいのか、それで」
「かっこつけすぎ?」

まあ、そうなんだが、青島なら本当にそうしそうだ。

「おうちデートを繰り返し、気持ちを確認。気持ちってどこまで?ってハナシですけど・・」

何が物足りなくさせるのか。
室井が青島に望む、理想像というものは実に歪で、欲しがるだけで壊してしまいそうなほど、肌や輪郭を通して染み込んでしまいたいくらいに
奥底で吼えている。
もう交じり合えないほどこちらは遠く離れて、汚れてしまった。
なのにこんなにも生々しく室井を苛む。
実際、こうして本人を目の前にしてしまえば、しなやかな稜線を辿り尽くし、際限のない執着に溺れそうにさせた。
いつもより少しトーンを控えた、ゆったりとした声も、聞き心地良く、そんな姿を初めて見た室井の全身が彼を意識している。

「そもそも同性愛って警察官のモラルとしてどうなんの?」
「その辺りの倫理観の解釈をパネルディスカッションすることになるだろう。模範解答を用意しておけ」
「俺が?」
「池神が演じて欲しい役柄は、万人受けしつつ、自らの性癖も満たし、封建的な威厳を残し、保守派も黙らせるものだ」
「あるか、んなもん!」

まあ、一過性のイベントだ。
池神とて、そこまで期待はしていないだろう。大ごとにならず乗り切れれば御の字だと思われる。
自分の性癖を室井がどこまで満たしてくるかを舌なめずりしている頃だ。
勿論、そこまで青島を売ってやるつもりはない。

「諦めるか?」
「~~やります!」

青島の私服を見るのも初めてで、ジーパンにラフなシャツが彼の若さと肌理の細かさを室井に見せつけていた。
キュッと上がった尻と、スリムで形の良い足のラインが、室井の目前で瑞々しく動く。
池神には、渡したくない。

「どうせなら室井さん、トップハットでも被ってさ、英国紳士気取って、職業色薄めるのもありですよ。インテリ・アピールして」
「公的な場だぞ」
「でもその分、プライベートのリアリティが増す」
「これまでの姿は隠してきた表の顔として、ガラリと印象操作するのか。裏は普段の真実を公表したという設定の」

劇場型の施策で乗り切る青島らしい発想に、室井が乗れば、二人の双眸がキラリと光る。

「最近付き合い始めたとなると、初々しい感じとよそよそしい感じは一致すると思います」
「多少ぎこちなくても、不自然ではない」
「それを狙います。硬派な紳士像はそれを補足する」
「大した演技力はいらなくなる」
「そ!でもテレちゃって目も合わせらんないとか、ついディスっちゃうとか。ただその代わり、ゾッコンってネタにはしないと」
「・・何故だ」
「にぶいな、ようやく長年の想いが叶ったんですよ、心の中はウキウキに決まってんでしょーが」
「うきうき・・」

ちょっと待て。
ふと気付く。そもそも、青島が言っている設定とは、室井の今の心境そのものじゃないか?

「あんた、ムッツリだから、そういうのハマると思います」
「むっつり・・」

待て待て。となると、室井の本音を青島に既に晒している可能性だってあることになる。
なんて恐ろしいゲームなんだ。
今頃気付いた盲点に、室井の血の気がサーっと引く。

「どうやってゾッコンを出すんだ」

恐る恐る室井が尋ねると、青島は小さく唸って天井を見上げた。
しばし考え、人差し指を室井に向かって立てた。

「そうですねぇ、例えば、こう、偶然手が触れちゃった時に、びっくりするとか」
「・・漫画並な発想だ」
「躊躇いながらそっと小指絡ませるとか」
「ドラマにありがちだな」
「会話は全部耳打ちにするとか」
「どうせそうなる」
「恥ずかしいくせに、でもつい見ちゃうとか。そしたら向こうも見てると」
「そんなのよくあることだろう?」
「言葉がかぶって、同じこと言っちゃって」
「それもいつもあるじゃないか」
「大勢がいても、相手だけ見えちゃってるとか」
「よくやっているかんじだ」
「目と目で会話しちゃうとか」
「いつもと変わらない気が」
「いちいち、うっさいな!同じならいいじゃん!不満なら室井さんがアイディア出してくださいよっ」

ついに青島がキレて、室井は口許を手で覆った。
自分で言っていて、自分で驚いた。
それ、いつもの俺たちとどう違うんだ?
青島は言ってて気づいていないのか?

後ろを向いて、顎を擦った。
少し赤らんだ顔を隠すため、室井はソファに移動し、額に手を当てる。
撃沈するまま深く腰掛け、顎を反らし、頭をヘッドに付けた。

「要は惚気かよって周りに思わせれば勝ちです。周りだって惚気に付き合うほど砂吐きたくないでしょ」
「苦手分野だ」
「頼りねぇなぁ~。ま、期待してません」
「分かったから、次に進めろ」
「じゃ、次!質問ね!行きますよっ、えっと、“お相手のどんなところに惚れたんですか?”」
「・・・」

それを公衆の面前で答えなきゃならないのか。

「ほらはやく」
「楽しそうだな」
「室井さん、真面目に考えてください」
「俺たちの出会いは本庁でも有名だ。その辺をアレンジするか」
「あ、いいね。じゃ次ね、えーっと、」

頭を上げ、赤ペンでなにやらメモを取る一生懸命な青島を、室井は頬杖をついて見つめる。

「“プロボーズの言葉は?”」
「・・・していない」
「何と言って告白したかって聞かれてんですよ!」
「だからって」

そんな恥さらしをしなきゃならないのか。

「もうちょっと顔も作ってください」
「これが地だ」
「コワいです」
「・・・」

投げやりの気分でソファに凭れ、片腕を背に乗せてワインを煽っていると、散漫な思考を読まれたのか、目の前の青島が片手を腰に当て頬を膨らませている。
なんでこいつはこんなにも一生懸命なんだろう。
今日購入した揃いの指輪がなんとなく浮かんだ。
明朝取りに行く。
青島にはもう少し可愛い方が似合う気がした。
気がしただけだ。

「“付き合うことにどんなふうに挑みましたか?”」
「・・無難なのはなんだ?」
「悩んだ点ですかね。偏見よりも出世を選びたかっただのと答えると、警察が封建社会って暴露することになっちゃうんですよね」
「“会社じゃない”ってアピールが必要か」
「それそれ!」

こういう男だったんだなと何となく思う。
湾岸署で見た彼とも、二人で査問にかけられた時とも、違う。
青島は綺麗なままだ。

「“昨今のLGBT法案について”」
「それはむしろ議論し尽くしたという体で、当日は具体的な個人の意見に終始するはずだ」
「そこまで求められるとこっちも困りますしね」

しかし、青島が考えたのだろう指摘は実に的確だ。恐らく十中八九、似たような下世話な質問はぶつけてくるだろう。
そんな公開処刑みたいな時間を、モニターの向こうで池神は涎を垂らして愉しむ。
実に不愉快な拷問だ。

「個人か。個人となると、やっぱりベッドの回数・・、ヤる場所とかですかね?」
「下品な話も設定は作っておいた方がいい」
「“男でも週何回くらいヤってんですか?”とかは定番かぁ」
「男でも、というところと回数と。最早どこから突っ込んだらいいのか分からんな」
「“上ですか下ですか”」
「どっちがいい?」

切り返した室井に、青島も多情な笑みを漏らす。

「・・きますか、この質問も」
「暇な連中だ。今頃こぞってネタ出しに躍起になっている。基本彼らは我々を疑っているからな」
「一番ボロが出やすいところってとこか」
「偽物とバレたら集中砲火にあうぞ」

そして、それが一番池神が見たがっている部分だろう。

「でも俺、そーゆーの得意なんで。まあ、見ててくださいよ」

ノリノリの青島は嬉々として室井に話しかけてくる。
構って貰えてうれしいと全身が謡っている。

「頼もしいな」
「まあね~」

こうして隣で笑ってくれる笑みに、室井はどこかホッとした。
青島が自分と同じ時間を過ごしてくれる現実感。
それはいっそ眩暈すら起こしそうで、ひっそりとワインのせいにした。
秋田の人間は昔から酒に強くて、そんなのは言い訳であることは自分自身が一番良く知っていた。

「“決め手はなんでしたか?”」
「なあ、いつまでそのポスターに向かわなきゃならないんだ?」
「駄目です。雰囲気出して」

見知らぬ女にか。

「“普段は二人で一緒に暮らしているんですか?”」
「それは多分、NOと答えた方が、上層部受けはいいだろう」
「理由も聞かれる?」
「まぁ・・」
「じゃ、ここは室井さんに任せようかな・・」

見たこともない女のポスターの後ろで、青島が一生懸命メモを読み上げ、赤ペンで印を付ける。
それにしてもデカイポスターだな。
ぼんやりと眺め、それでも、この何気ない夕食後の時間が、暖かいと思った。
こんなにゆったりと過ごすのは何年ぶりだろう。
そこに簡単に青島が簡単に入り込んでいて、苦痛じゃない。
入庁以来、プライベートなどないも同然だった。束の間の休息は、ここ久しく得られていないものだ。
青島と交流を失くしてからは、尚のこと。

すべてを知られなくていい。同じ時間を過ごせるだけで、こんなにも温まっている自分がいる。
青島の、高めの、どこかゆるりとした甘い声が、心地好く室井の体内に反響する。
素直に可愛いと思った。

「“キスはいつで、どちらからですか?”」
「付き合い始めたのが最近なら、それも最近にしなければならないのか」
「そうです。忘れたとかは使えません」

もう終わったと思った人生に落ちてきた、クリスマスの悪戯。
全部を投げ捨て、身を切り、成し遂げなければならぬものがあると、心決めた決別。
サンタに願ったこともなかった大きな包み。
ジングルベルは鳴ったことがない。

「そうなるとシチュエーションも・・」
「強引ちゅーでも俺OKですよ」
「・・できるか・・」

幸せだった。
青島とこうしてなんてことの無い会話をする。
できることなら、隣に座って。
手を引き寄せて。
躰を絡ませて。

「あ、キスの内容とかは、俺が話すんで、室井さんは黙っててください。恥じらっててくれればいいです」
「何故だ」
「ウケがいいから。まあ、俺に任せてくださいよ」

雪舞う季節に、君と出会った。
変わらぬ気持ちが今も胸にある。
この熱に名前は付けない。
墓場まで持っていく。
そう決めて、堪え抜いた。これからもだ。否、これからだ。

「“この先結婚に類似した約束はしていますか?”」
「個人情報に関わる。そこまでは聞いてこないと思うが・・」
「でも遊びで参加してきたと勘繰られたら?」
「そうか、将来的な覚悟は何らかの形で問われるか・・」

素直になれずにいたことをいつの日か後悔でもするのだろうか。自分は。
愛しているの一言はとても遠く、とても残酷で、だけど室井の背中をしゃんと伸ばす。

「“恋する覚悟はありますか?”」

酒に酔い痴れた視線を上げると、派手な女の横で、青島もこちらを見ていた。
何となく視線が絡んで、不意に部屋の中が無言となった。

「・・・ある」

愛じゃない。
ただこれを大事にしたいんだ。

「“愛してるって言ってください”」
「~~っ、い、いきなりなんだ!」

ハッと我に返って室井は目を瞬かせた。

「・・あんたこそ、この程度の質問に狼狽えないでくださいよ」
「あい、あい・・っ、質問!?」

目の前にまで青島が来ていて、覗き込んでいた。
静かな双眸に散りばめられた光は、気を抜くと一気に持って行かれそうだった。
上擦るよう喉を鳴らす室井の前で、呆れたように青島が期待の失せた目を見せる。

「初心というか、古風というか。いいですか、この手の質問も定番です。どうやって気持ちを伝えあっているのか、結婚式の常套句ですよ。真面目にやってくだ さい」
「真面目にやっている!」
「この辺は逆に、俺じゃなくて室井さんが答えた方がいいと思います。ここはテレちゃだめです」
「わかった。なんとかする」

クリスマスに与えられた褒美に、それでも感謝くらいは、くれてやる。

「“室井さんはどんなセックスが好みなの?”」

室井がついに白目となった。
そんなことまで答えなきゃならないのか。青島相手に。
それより、それを池神に知られるのか。
どんな拷問だこれ。

「きちんと設定作ろうって言ったの、室井さんですよ」
「ッッ」
「やっぱり淡泊なんですか?それとも豹変しちゃうとか?」

そんなこと答えられるか!
青島の前で!
至近距離の淡い光彩の中に甘美の色を見つけ、室井は青筋を立てる。
青島の艶めく瞳に酔わされて。

「おまえ!楽しんでいるだろう!」
「バレた」

くっそ!
角と羽と尻尾が見える。
室井は風呂に入ると言い残し、音を立ててバスルームの扉を閉めた。

惚れたら負けだ!








6.
翌日。
ポスター用とオープニングパーティ用の撮影に挑んだ。
多くを知らないカメラマンの指示によって、一組ずつ撮影を行い、最後に全体の映像も撮る。
恐らく今回のプロモーションに選ばれたのであろう、他省庁らの各カップルとも初顔合わせとなった。
注目度と見映えを重視してきたのか、誰も彼も結構なイケメンぞろいだ。
軽く名刺交換をしただけで終わる。

「ねぇ、これが渋谷だの表参道だの六本木だの大型テレビにガンガン流されるわけ?」
「そうなるな」

実際、スポンサーなどの関係もあって、流れるのは数秒のスポット、しかも大衆向けには行わない。
だが、そんなことは青島の頭からは抜け落ちているようだ。

「俺、来年まで立ち直れないかもしれません」

短いな。

「これ、将来的に俺の黒歴史になりませんかね?ちゃんと抹消してくれるかな」
「昨日はあんなに強気だったのに、軟弱だな」
「あんたの鋼のメンタルと一緒にしないでくださいよ、俺、ナイーブなの」
「それでよく昨日の私に大口叩けたな」

カメラマンの指示に従いながら、お互いに耳元に口唇を寄せ、言葉を交わす。

「せめて俺の減俸、帳消しにしてくれたりしないかな?」
「大体、何をしたんだ」
「・・・言えませ~ん」
「君は逆にこういうイベントごとは好きなのだと思っていた」
「人をだますのが好きなわけじゃない。それに、目立ちたいわけでもない・・けど、あんたと一緒だからさ・・」

しどろもどろに答えた後に、照れ臭そうに付け加えられた言葉に、室井は口許を覆って顔を背けた。
そのリアクションに、青島も自分の失言に気付いたようで、しまったという風に反対側を向く。
シャッターは光のシャワーの中で燦々と音を切っている。

これ、行けたんじゃないか?

戸惑う二人の薬指には同じデザインのリングが初々しく彩られていた。
事実、この日撮られた映像の二人のはにかみ具合と、隠し撮りされた頬を染める写真は、後のパネルディスカッションで大いに好評となる。










7.
「どうよ、今日の写真」
「確かに人生最大の汚点になりそうだ」

風呂上がりの青島が、デニムシャツだけを肩に羽織り、ドライヤーを探している。
テーブルには、今日のデータをプリントアウトしてくれたものが何枚も並んでいた。
カメラマンの要望以上に応えた青島と、その後ろで護るように際立つ室井の対比は、テーマを越えたものに仕上がり
いつもとは逆の立ち位置も新鮮に、清潔感を持って映し出されている。
ただ、キャリアに従うのが所轄の立ち位置とする組織構造の警察として、これはどうなんだろう。

「羽目を外し過ぎだとか言われませんかね?」
「警察の威信だろ、その程度かと言ってやれ」

室井にしてみれば、そんなことよりも青島とのツーショットなど下心を覗かれたようで見るに堪えない。
写真の中では明け透けで、青島にだって丸分かりだ。

「カメラマンの要求通りだ」
「これ・・つまり、あんたが、その、俺にベタ惚れって構図ですよね。つまり・・・だから、身分を投げてでも・・っていう」
「そのくらいの脚色はするだろう」

これは、仕事だ。
写真を一枚手に取る。
螺旋階段で、青島が一段下から室井を見上げ、室井はそんな青島を見下ろし寄り添う二人の姿。
結婚写真の定番ポーズ。永遠に結ばれない二人の、クリスマスの幻想だ。
熱心に見つめ合う二人の横顔は、他の何も目に入っていない。

「昨日の設定、少し練り直しますかね?」
「そうだな・・」

お互いになんとなく目を合わせ辛い。
ぎこちなさを残す青島も言葉少なで、空調の音がやけに気になった。
照れ臭さを抑え、室井の指先が、ピンっと写真をテーブルに据えた。

「室井さんは、将来を考えた相手っているんですか?」
「何故そんなことを聞く」
「別に。室井さんってすぐ質問に質問で返しますよね」

振り返ると、青島が風呂上がりの髪をわしゃわしゃと拭いていて、表情は見えなかった。
いつもはすごく近いところまで踏み入ってくる癖に、今は急に遠くなる。
熱い吐息の触れ合う近さで身体を密着させて、室井に縋ろうとしていた写真とは裏腹に
突然離れようとする現実の青島の冷めきった声に、室井は騙された。

いつか、お互いに、こんな相手を見つけ、このような写真を撮るのか――

明らかに、本日の写真が二人の距離感を揺さぶっていた。
お互いまだ日が浅くて、二人の時間にも関係にも確固たる正解をまだ作り出せていない。
そこに身勝手に感じる腹正しさと、混沌と爛れた焦燥は、身を焦がすだけの理由を持たず、持たないままに消えはしない。
そんな浅ましいエゴイズムなど、知られたくないと室井は思う。

「官僚の結婚って、見たことあるか?」
「・・ない、ですね」
「官僚は結婚をそう簡単には決断できない。誰もこんな顔をして写真を撮らない。周りが相手を決めてくるだけマシだ」
「そういう人、いるんですか?室井さんにも」
「経歴に傷の付いたキャリアに興味を持つ人間など、おまえくらいだ」

青島が吐息で笑った音を、目敏く室井の耳は嗅ぎ付ける。
どこか一本の糸を張ったような、際どい空気はどちらが発しているのか。

「恋愛結婚はしないの」
「将来を考えた相手は一人だけいた。でも、言えるわけがなかった」
「・・・・・・・ほんとなの」
「一人の人生を巻き込むだけの力はない」
「うっわ、おっも!重すぎ。重たすぎです」

ホテルの白いバスタオルの奥から、青島の咎める声が聞こえてくる。
顔が見えないだけに、ムッとした感情も悟られない気がした。

「君だったらどうするというんだ」
「俺だったら口説きますね、さっさと」
「先々のことを考えずに口にするのか」
「言うことと付き合うことは別じゃない?隠すことと無かったことは同じだ」

自分のこの葛藤まで否定された気がした。
無かったことに出来ないのは、室井の方だと責められた気がした。
徐々に自分の声が苛立っているのを感じていたが、止められない。

「言われた方だって困る」
「言って、迷惑でもないと思いますけどね」
「巻き込むんだぞ。無責任なだけだ」
「責任感ってそこじゃないんじゃないの」

刹那、ピンと張っていた何かが弾けた。

「ここで出世するというのは、そういうことなんだ・・!」
「誰と寝れば勝ちとかあるわけ!」
「――!」
「マジか」

バスタオルを外し、青島が顔を出した。
青島の遠慮ない指摘に、室井の中に渦巻いていた言葉は霧散した。
乱れた髪、濡れたままの前髪が目許に掛かり、その艶の奥、生々しい息吹と生命力が、憤っていた。
知っている筈の瞳に晒され、室井は無意識に目を反らす。
今は、直視できない。
染み一つない純潔が何一つ晒せない室井の狡さを責めていた。

硬く瞼を落とし眉間を寄せるだけの男に、青島がツカツカと近寄り、室井のネクタイを乱暴に引く。

「ふざけんなよ、そんな情けないこと言うなよ」

布が引き裂かれるほどの強さを持つ青島の手首を、室井もまたギンと目玉を据え、本能的にそれ以上の強さで掴んだ。
強引に外せば、負けん気の強さで青島も力を籠め、根比べとなる。
どちらも一歩も引かぬまま挑み合った。

バスタオルがさらりと青島の肩から落ちていく。
濡れた滴が、そのうねる髪から一滴、垂れていく。

どちらもそれ以上の言葉を使わなかった。


だが、先に室井の目が冷静さを取り戻した。
これ以上、言い争っても平行線なのは、室井が一番良く知っていた。
より強い反動で青島の手首を捻ると、青島の指から室井のネクタイだけが外れ、優美な技巧に勝敗が決まる。
だが、その強引さが青島を更に苛立たせたようだった。

「逃げんの!?あんたさ・・!・・ぅあっ?」

突然、青島の身体が室井の腕の中に縺れ込んだ。

予想外の動きに、慌てて室井も支えるように手を広げる。
二人とも、足元に落ちたバスタオルを失念していて、それが青島の足がもつれ、突然のタイミングに室井もバランスを失い
お互いがお互いを庇うように相手を包み、そして、そのまま床に横倒しとなった。
ドスンと二人分の体重が絨毯に沈む。

危なかった。怪我でもさせたら。

二人同時の溜息は、同じ色に同じ意味で口から零れ出る。

二人してお互いの思いに気付き、抱き合うように縺れた腕の中で、青島と視線が合った。
人の体温と、風呂上がりのソープの香。
触れたぬくもりと手触りが、室井の神経を焼き切るほどに狂わせる。
柔らかい肌、湯上りの紅い口唇、青島の匂い。
室井は半ば押し倒す形で青島に足を乗せていた。

「――!」

“出来ることなら、その腕を引き寄せて
 その足を絡ませて”

時間差で願ったシーンは室井を苛ます。
腕枕をするように青島の頭部を囲い、手首を掴んで床に押し付けた室井に、青島が求めるように室井を見上げていた。
電灯を映す瞳は、透きとおり、至近距離で室井も映し込んでいた。

言葉など、何も浮かばない。

浮かばないから、言葉ではないものが溢れ出る。
倒れ込んだまま、指一つ動かさない青島の、その瞳の奥に宿る感情が、いつもは巧妙に隠されるそれが透けていて
類似していると悟らせた。
多分、同じように、自分も透けているのだと思った。


「あまり・・俺を揶揄うな」
「だって・・室井さん・・、クソがつくほど・・マジメだから」

曖昧に言葉を濁す二人の声は、明らかに掠れていた。
青島は蔭りのある瞳を炎に落とした。
その婀娜さに、室井の肌は震える。

お互いに誤魔化したものが、後味悪く、歪んでいた。

ゆっくりと腕を解き、室井は起き上がった。
青島の手を引くこともなく、目も見ず、立ち上がる。
その惨めな背に、躊躇いがちな声が追った。

「ごめん、言い過ぎたかもですけど・・。でも・・」
「君はとても綺麗で温かい恋愛をしてきたんだな・・。だから、こちらの人間ではない」

青島が顔を上げた頃には、室井はもうバスルームに向かって行って、その背中が振り返ることはなかった。
そうでもないけど、という青島の言葉は室井の耳には届かなかった。


*:*:*:*:*


「クソ・・ッ」

なんて腹立たしい。自分で自分の感情が制御できない。
言い返せない自分にも、こんなことに今更狼狽えるだらしなさもだ。

それで納得し、それを望んでいるのだと、どうしてハッキリと言わない?
池神との取引はシンプルな交渉だ!割り切っていた筈だ!
幻滅させたことに、今更傷つくのは何でだ?
甘えて、慰めてもらえば、自分は満足なのか?

先程の青島の瞳が室井の脳裏を抉ってくる。

自分がどんな思いで池神の提案を受けたか知りもしないくせに――!

単細胞で子供で、その分、純粋で敬虔で、俺なんかよりずっと強い。
弱さを見透かされるのが恐くて、つい粋がった。
あんな風に生きたかった。
そうやって室井の知らない室井を、青島はいとも簡単に壊してしまう。
必死に取り繕った鎧まで。

自分がどんな思いでこの階級に食らいつき、点数を稼ぐために血相を変え、実績欲しさに身を切る判断を承諾してきたか。
不幸にならないためのリスクヘッジだろう。
物は言いようで、そんなことは何の言い訳にもなっていないことは室井自身が一番分かっていた。
汚れた手は事実だけを語っている。
穢れ、堕落し、嘯く自分など、知られたくないんだ。

青島の瞳に透けていたもの――重ならない時も想いも思い出も記憶も過去も、何もかもが、答えとして充分だった。

でも、認めたら最後、歯止めが利かなくなる。

「絶対、惚れない・・!」








back      next          index

デリケートなテーマですので注釈です。
青島くんが言っているのは「自分は異性愛者なのに同性愛者として世間に知られる矛盾について」黒歴史・汚点と言っているのであって
LGBTの方々そのものを批判しているわけではありません。念のため。