シー
ズン企画
毎年恒例クリスマスストーリー2023です
腐れ縁以上恋人未満のふたりが巻き込まれたクリスマスの騒動。
時間軸は未定。政治描写はテキトウ。登場人物もほぼふたり。
今宵、聖者に雪が降る 1

クリスマス、東京で雪が降ることはまずない。
大陸から来る寒気は日本海側を豪雪にする。
そのせいで冬の関東平野は冷たい北風は吹くが、良く晴れていて乾燥している。
この北風で気温が下がっている時に太平洋側を南岸低気圧が通過すれば、東京でも雪になるが
寒気が強すぎる時は南岸低気圧は発生しても発達はしないので、雪にはならない。
なんてことはない、理科の問題だ。
1.
街中が色とりどりに飾られ、耳馴染んだ音楽が流れ始める時、今年の名残を惜しみながら、行き交う群れは浮足立つ。
窓の下の喧噪に急き立てられる気分で、厳めしい顔の男が二人向き合っていた。
「どうする」
「どうするったって」
*:*:*:*:*
事の起こりは三時間前だった。
「昨今のLGBTを理由にした犯罪率の増加に伴い、厚生労働省から協力要請の打診が来た」
席を立ち、池神は後ろ手を組んで、逆光となる。
朗々とした演説は続く。
「G7外務大臣の共同声明の中でも、性的マイノリティーの権利保護に関して世界をリードすると謳っており
政府は内閣府に基本計画の策定や実施状況の公表を担当する部署を設置している。
内閣府、厚生労働省、文部科学省、法務省から成る10人ほどの職員で構成されたそれは、むしろ海外対策だ」
池神の声に抑揚はなく、背を向けたままだった。
国内でもこの問題は以前よりは時折メディアを賑わすようにはなったが、日本はこの点に於いては後進国だ。
海外水準とは乖離しており、世論を追いつかせるというよりは、日本も対策を講じているというアピールに近い。
「政府はどこの業界、組織、社会にも“潜んで”いるであろう彼らにこそ協力を仰ぎたいと言っている」
書棚を眺めたり、絵画を覗いたり、池神はゆっくりとした速度で意味なく歩き回る。
言っていることは受け売りだろうが、その透けている魂胆を見抜けるだけの状況はここにはない。
呼び出されたこの局長室に、今、池神の他に室井と青島しかいなかった。
人払いされた不気味さは、結露が硝子に筋を描くことが唯一の現実感だ。
「これは、そういった事情を実際抱えている当事者たちによる討論・発信・提言の場であり、スタンダードの構築でもある
今回の打診に辺り、何よりも重要となってくるのが信憑性だ。どこかにはいるだろうからという他人事を見破られては困る」
値の張る木目調のテーブル手前、原則として受礼者の前約6歩の所、背を正して注視する室井の不動の姿勢は、厳かなまでに美麗だった。
厳格なスーツの下、眦一つ動かさない顔面は、だが何故この状況が誂えられたのか、意図を掴み切れずにいた。
「事実、LGBTを理由にした犯罪や苦情件数の多くは、実際、事が起きてから発覚しているものが多数だとの報告が上がっている
だからといって、彼らを魔女裁判にかける事態になっても困るというわけだ」
池神の意識は度々室井の顔色を窺っていた。
強面の室井が一切の感情を殺す影で、退屈そうに手を前で組み、池神の演説を聞いている風を装う青島の、二人をこうして並べて同時に見るのは
査問委員会などのビデオ以来の筈だ。
むしろ、下っ端の顔など覚えていたかも怪しい。
だが、こういう異分子こそ池神の最も好みとする。
時折、室井の様子を上目遣いに探る仕草が対称的で、池神の視線はその度に不遜な態度で室井の反応を求める。
室井もまた青島の退屈した心情に気付いていると知ってての行動だ。
どこかで不備や無礼が合ったら、ここぞとばかりに室井に貸しを作るつもりなのだろう。
室井が青島を見捨てきれないことは見越している。
「そこで、警察庁としても柔軟な態度を見せなければならない。
年末の交通事故防止運動に合わせキャンペーンを行うことが決定している。そのための指揮を君たち二人にやってほしい」
年末の交通安全運動のことだ。
12月は日没時間が年間を通じて最も早く、交通量の増加に伴う渋滞や心理的な慌ただしさ・飲酒機会の増加・積雪・凍結等による路面状況の悪化等
実に様々な要因が重なり、全国的に交通事故が最も多発する時期であることから
交通ルールの遵守と交通マナーの実践及び冬道の安全運転の呼びかけを習慣づけている。
「待ってください、何故それを我々に」
「珍しいな。いつもは何でも汚れ仕事を引き受けてくれる室井くんが」
「今のご説明ですと、国を挙げての対策となります。警察庁の人間だけで進行指揮した方がよろしいのでは」
そもそもこの一定以上の役職を得た者しか入れない局長室に、何故ノンキャリの、一介の所轄捜査員まで呼ばれているのか。
彼らは最早、政治要員ではない。
その上、キャリアを同席させている悪意に、意味がないわけがない。
「不満かね?室井くんは確か所轄信仰だったと記憶しているが」
「捜査上の待遇については、です。官僚の任務と混ぜることは組織として成り立ちません」
「厚労省は、立場に拘らない柔軟な姿勢というのが今回のご意向だ。階級を越えた契りというのは目玉になるだろう」
「ですが!それは一般には伝わりません」
「一連のパフォーマンスは、海外に向けた政府の戦略であり、一般に向けたものではない!」
ピシャリと室井をねめつけると、池神が黙らせる。
それもまた、室井が従順な配下であり、池神のものであることを、青島にこそ見せ付けるものだ。
室井にさして能力も資質もないことを見せしめ、青島の前で辱め、己への所有権を主張する。
「随分と粋がるじゃないか。イイ恰好を見せたいな?ん?」
池神が近寄り、室井の顎を人差し指で撫ぜた。
室井は苦渋の思いで拳を握り、耐えた。
室井が池神に呼び出され、度々無理難題を押し付けられたり嫌味を受けたりなどのパワハラ、時にセクハラまがいのことをされたりするのは
これまでにも度々あった。
誰の目にも止まらぬからこそ、耐えきれた部分もある。
なのに、何故同じ場所に青島まで呼び出され、同じ任務を拝命しているのか。
青島に見られていると思うと、室井は屈辱と恥辱に苛まれそうだった。
その池神の視線は、そんな室井を弄び、愉しんでいる。
室井の背筋には寒気すらしていた。
「今後二週間、君達には優先してこの事案に当たってもらうことになる」
「通常任務から外れろということですか」
「その通りだ。市町、政府、関係機関と連携して成功させろ。評議、論陣、その他すべてを担当する。君達は警察庁としての代表となる」
池神は、室井と青島の仲について懇ろであるという前提で話をしていた。
その上で、二人同時に同じ職務に付かせる意味について、真意を当て損ねていたのだが。
「警察として恥ずかしくない人選を私が任されてね。期待しているよ」
ここにきて室井はようやく池神の狙いに気付く。
丁度良い玩具である室井を公然と辱める良いネタだと思ったのだろう。
堂々と蔑み、泣きを入れようものなら弱みを握れる、青島との板挟みに苦悶の表情すら拝める。
池神は、室井の前で青島を奪って見せるつもりだ。
青島の前で室井が情痴を諦めるように仕向けられればいいし、青島に蔑まれでもすれば御の字だ。
いっそ、爛れたものを見せられるものならやってみろ――
池神は、室井の心に潜む野心と悪魔を悟る唯一の人物だった。敢えてそれを公衆の面前で晒せと言っている。
晒せないのならもう身も心も池神のものになれと言っている。
それは今夜のベッドでも現れるだろう。どちらに転んでも、池神に損はない。
代償は、青島だ。
室井は寒気の理由がようやく理解できた。
「何故我々に」
震えを抑えた声で問えば、池神は透視したように猫なで声を出した。
「得意だろう?“仲良し”の君達なら。話も早い。急場凌ぎの相手と自己紹介からでは時間がかかり過ぎる」
「彼とは長らく交流をしておらず、政治にも関心がありません」
「報告ではそうでもなかったが?」
「警察官はモラルも求められます」
「好都合じゃないか。マイノリティは差別対象ではないと、堂々と宣言する機会だ」
「だとしたら、ノンキャリの彼では荷が重すぎます・・!どなたか他のキャリアを――!」
池神の決定に進言するなど、そんなことが一介の微臣に許されると思うのかという、強い視線を向けられ、室井は言葉を呑み込むしかなかった。
「後ろの君も同意見かね?」
その時初めて池神が青島の問いかけた。
腕を前で組み、両足を少し開いた格好で黙って立っていた青島は、静かに目だけを上げた。
「別に。やれというならやらせていただきます」
「君の方が物分かりも良さそうだ。キャリアを黙らせただけのことはある。どうだね室井くん、彼はこう言っているが」
室井だけが駄々を捏ねている形に持っていかれ、室井は青島にも腹が立った。
これから俺たちがどういう目に合うか分かっているのか・・!
それ以前に、池神がどういう目で君を見ているか気付いてないのか・・!
「室井さんと一緒なら、それでいいですよ俺」
「君はこの事態で、この先我々がどうなるのか本当に分かっているんだろうな?!」
追い打ちをかけるように、青島にまで邪気なく諭され、室井はつい眉を逆立て激昂してしまった。
振り返ればヘラっとした呑気な笑みまで付いている。
「だって二週間でしょ?多少客寄せパンダでも、乗り切れますよ」
「パンダにすらなれなかったら大恥だぞ!」
問題はそこだけではないのだが、池神の前ではこれ以上は言えない。
青島の前でなど、もっと言えない。
その様子を池神がしっかりと口元を歪めて楽しんでいる。
しまった。
「室井くんでもそんな風に感情を出すんだね、初めて見たよ。我々の前では堅い顔しか見せてくれないのに」
「恐れ多い上司の手前です」
室井が顔を作り直し、無礼を働いたと頭を下げた。
「いいか、この期間だけは女遊びは避けろ。間違ってもホテルから出てくるところなど軽薄なものは撮られるな。
これは一種の潜入捜査でもある。
君達は警察庁の一角として、恋人としてふるまうんだ。
ただ単に仲良しアピールでは困る。もしかしたらという疑惑を想起させるくらいのつもりでやれ。
ハグやキスくらいならサービスしてやってもいい、なんならセックスの話題もだ」
具体的な話まで言及され、青島がマヌケ面になっている。
ジト目を流す室井にすら、青島は気付いていないようで、その室井と青島に、池神は更に追い打ちの一言を残した。
「選抜されてきた各省庁精鋭もみな、それらしい仲で振舞うよう要求されている筈だ。警察の威信に係わることだ。万が一にも、遅れを取るな」
2.
「だから言ったんだ」
「んなこと言われましても」
ベッドに座り込んだ青島が眉尻を下げて見上げてくる。
不貞腐れ、途方に暮れたその顔は、どちらかというと陽気な男にしては珍しく、年相応の幼さが見えた。
そんな顔を見せてくれるから、隔たっていた時間さえ曖昧になる。
「単にキャンペーンやるんだぁって思ったんですよ」
「そんなことくらいで所轄の人間を呼び出すと思うのか」
「~~っ」
反対側のベッドに同じく腰掛け、腕を組み、軽く膝を開く上では、これ以上ない険しい顔が瞼を落とす。
その美麗だからこそ冷たい表情に、青島は更に縮こまる。
「だからぁ、妙に室井さんが渋ってるから、そんなに表に出んの、ヤなのかなーって」
「渋っていたのではなくて駆け引きだ!あっさりと見た目の派手さに騙されやがって!」
「・・・」
キャンペーンは政府主催という形を取るため、メディアにも多く取り上げられることが条件だ。
クリスマスという時期も利用し、煌びやかで金のかかる式典を用意されていると説明を受けた。
しかし、ゴシップ記事などがそうであるように、世間が注目するのは、白いクロスに並べられた甘いデザートではない。
そこに登壇する顔ぶれの豪華さと、彼らの隠し持った甘美な秘密、役職が高いほど旨味の増す内情だ。
つまりは、世間に実はそういう性的嗜好を持っていたとカミングアウトするということである。
「これ、後日訂正とか・・」
「出来るわけないだろう、警察ではなく政府の顔に泥を塗る」
「・・・」
ましてや青島を人の目に晒すなんて、室井が何より嫌がることを池神は正確に突いてきた。
各省庁の面々も、足並みを揃えてくるだろう。
この勝負は引くに引けなくされている。
「で、でも、ほら、他がそこそこ名の知れた連中出してくんなら、俺らなんて、誰?って感じだし・・!」
「君はそうでも、私は違う。それに、そこまで大物ではないからこその、醜聞になるんだ、馬鹿」
「小物なんですね・・」
室井の訂正に言葉もなく俯く青島の、一回りも二回りも小さくなって背中を丸める様子に、流石に気の毒になり室井は溜息を落とした。
こうして青島にはいつもいつも絆されてしまうんだ。
室井は天井を見上げる。
「君のお祭り騒ぎに付き合わされるのは慣れていたつもりだが」
「巻き込まれたのは俺な気がしますけど」
「どの口が言っているんだ!私は散々辞退を申し出ていた!」
つい、室井が青島に言い返す。
アタマが痛い。先が思いやられる。
青筋を立てている室井に、だが青島も何とも言えない顔をして、降参のポーズを取った。
「どうしましょう」
「どうもこうも、引き受けちゃったんだ、やるしかないだろう」
「・・善処します」
「君が責任を取れ」
ウっと詰まった青島が、眉尻を下げて、苦味を潰したような顔になる。
可愛い顔に、室井はまた絆される。
青島を護るためには室井に選択権はない。
青島といると、そうだ、いつも、こんな感じで鳩尾が重くなるようなものを感じていたんだった。
こうして向き合うのも話すのも、随分と久しぶりだった。
少し髪が伸びた。童顔で印象的な瞳は変わらない。若く見える肌の色艶も張りが合って健康そうで、熟した果実のようで。
見慣れたコートもくたびれたシャツも記憶のままだ。
なるべく目に入らないようにしていたシルエットは、今だからこそ舐めるように辿る意識が止められない。
あれから、室井が警察庁内でどう出世しているのかなど、彼の耳には入っていたのだろうか。
まだ気にかけてくれるくらいの存在でいるのだろうか、自分は。
「コンペティションの後、懇親会と称したクリスマスパーティもある。それは政府主導ではなく民間の関連団体や非営利団体の顔合わせだ
床事情を下世話に聞いてくる記者も潜り込んでくるはずだ」
「それ、セクハラになりませんかね?」
「そういう会なんだ。ここぞとばかりに切り込んでくるだろう」
「恥さらしとどう違うのか俺わかんないです・・」
もう会うことはないのだと思っていた。
遠くで、微かな記憶と約束を繋がりに、生きていければ充分だった。
「この先、要所でどのような動きをするか、受け答えに矛盾はないか、お互いが担当するところまでじっくり入念に調べ上げておく必要がある
トップクラスを配置してくる他部署と違って、中途半端な俺たちは格好の的だ
外部に積極的に暴露し、今回の主旨を理解してもらうのが任務だと思え」
「えっと、俺、あんたのことキライになりそうです」
「それは良かった、お互いの身のためだ。だが逃げるなよ」
「逃げませんよ、プライドあるし、悔しいし」
池神のいやらしい顔は腹立たしかった。
こうなったら任務を完璧に遂行し、見返してやりたい。
思ったより前向きの答えに室井はどこかホッとしていた。
視線に気付き、青島も室井を見る。
目が合って、そのまま外せなくなる烈火な引力に、不自然な空気が漂った。
かつて身を焦がした久方ぶりの昂奮と奥底に沈めた仄暗い苦味が、室井を支配した。
息すら憚られる聡明な空気と、この圧倒される存在感。
面映ゆく室井は詰まった口唇を尖らせた。
「君好みの言い方に変えてやる。
今感じる差別を“ホンモノ”の彼らは日常的に受けていて、その圧迫から犯罪に走ったり、利用されたりしている者が出る
これは、そんな彼らを少しでも救っていくための第一歩だ」
青島が両手を上げる。
室井の低いアルトは掠れ、うわ言のように乾いた口唇に乗せられていた。
そんな室井を上目遣いでじっと見上げていた青島が、不意に、意味深に口端を持ち上げた。
その蠱惑的な仕草は知っている。彼は昔も今も、男も女も惑わせる。
「とにかく、トリセツを作ればいいんですよ」
「取説?」
「俺たちがアピールしたいもの、人物像から恋愛観、結婚観作って、恋のデータベースを共有しておく
土台が出来れば台詞も自ずと決まってくるし、上が期待しているのもその辺でしょ」
「妙案だ。お役所連中なんてほとんどが暇つぶしに来ているだろうし、これを乗り切りさえすれば出世クラスの餌はチラつかせてもらっている
ろくな代案など出しては来ないぞ」
「警察庁としての威信、取ってやりましょう」
仮に室井が慌てふためく姿を見たかったのだとしても、これで一気に池神に一泡吹かせられる。
共通の悪巧みを勝ち得た二人は、目を光らせた。
「交渉、成立だな」
「相棒、復活ですね」
青島が拳を突き合わそうと片手を上げたが、室井は無視をした。
ガッカリしたような、拍子抜けしたような、曖昧な顔で、行き処を失った手の平を眺めていた青島が、ふと小首を傾げた。
「あれ?でも俺にはエサ、なかったですけど」
「君は何と言われてここへ来たんだ?」
「呼び出し。直々。拒否権無し」
「年末の所轄は繁忙期だろう?忙しいの一言で断れなかったのか?」
「断れませんよ、こないだまた減俸されて俺、・・あ」
それじゃ、餌はないだろうな。
「大丈夫、俺たちなら乗り切れますって」
無邪気に笑った青島の笑みは実に楽観的で、室井の先行きは非常に不安になった。
3.
開幕まで一週間。
まずはコンセプトを決めねばならない。
ホテル御用達のレンタルを紹介してもらい、ビジネススーツを幾つか誂えて貰った。
池神が既に指定してあり、その要望に揃えられたものが、所狭しと並ぶ。
二人で着替え、お互いにチェックする。
「サイズはどうだ」
「大丈夫そうだけど、ちょっと裾が短いかも」
「足のラインで全体が決まる。サイズを上げて、とりあえずジャケットも羽織って考えろ」
「ん~、どお?」
「回ってみろ。背中のラインで分かる。・・・ああ、大丈夫そうだ」
「俺、三つ揃えってあんま着ない・・」
局長室を出た後、お互い一度帰宅したので、泊まり込みに備えた私物は持参している。
夜食もケータリングサービスを利用し、これから二人でこの一室に籠りっきりの三週間。
とことん、経費を搾り取ってやる。
俺たちに挑戦してきたことを、後悔させてやるくらいにまでは。
「色も悪くない、君でもそこそこエグゼクティブに見える。それで行け」
「一言多いよ」
不思議な気分だった。
会って良いかもわからなかった美麗な男は、今、誰よりも近くにいる。
「髪はウェットではなくハードワックスを」
「え?アンタみたいなオールバックはオジサンみたいでヤです」
「――」
なんたる言われようだ。
今まで自分は青島にそう見られていたのか。
憤慨の意味も込めて鏡の中の青島を見遣れば、青島は水で髪を梳き、室井の視線にニタリと笑った。
室井は眉間を深く寄せて視線を大きく反らしてやる。
「記者会見から始まり、ポスターの掲示及びリーフレットの配布。撮影は明後日午後。
その後、街頭ビジョンにおける事故防止動画の放映が始まり、参加・体験型の交通安全教室の実施」
まだ鏡の中で青島は笑っている。
「主に小学校等において、歩行者用シミュレータを活用した交通安全教室を実施を行うやつだ。その補佐という形になる。
恐らくこれは頭数が足りなかったかで国交省辺りに忖度したかだ。そしてメインはシティホールを使った大型イベントだ」
「俺ら小学生にまで・・」
うんざりとした顔に変わった青島に、今度は室井がしてやったりと無視をする。
ネクタイを締め直し、もう一度見れば、青島が心の奥まで読んだように、共犯者の笑みを浮かべて見せた。
心臓が跳ねた。
くそ、たった一日で、これで何度目だ。
年単位で会えてもいなかった男が、突然目の前にまた現れて、微妙にいい匂いなんかさせちゃって、室井の心の奥底に沈めた仄暗いものを搔き乱す。
「でも、潜入捜査だって。潜入か~」
「潜入と言っても、顔バレはしているし、事件性があるわけでもないから聞き込み調査くらいの体だ」
こちらが探っているの同じく、向こうさんだって探ってくるだろう。
「なぁんか、俺、わくわくしてきちゃいました」
「するな、そんなもん」
「和久さんにもよく言われたなぁそれ」
それでも繋がっていたいと浅ましくも願ってしまうのは、それが室井にとって消せない爪痕だからだ。
鋭い刃で灼き切られたような、残酷で鮮明な記憶が、これだけ時を経ても、事あるごとに室井を苛ましてくる。
「ペアルックって、考えてみたら、メン・イン・ブラックみたいっすね」
「つまり私たちはこれから過去を抹消され、名前もただのコードネームになるわけか」
「いいっすね、うん、グラサン掛けたらあんたのコスプレ完成度、たっか!」
「・・コスプレ・・」
まさかの正装が青島にとってはコスプレか。
でもそれも悪くないと思った。
青島と一緒なら。
でなきゃ、こんな命令やってられるか。室井が口の中で呟く。
色んな意味でこっちの身が持たない。
時を経ても自分だけが前に進めていない。同じ場所をぐるぐると回っている気持ち悪さが、だが同時に室井に一つの救いを与えてもいた。
青島を想い、欲しがれば、自分はこの堅牢の中で、まだ人として生きているのだと思えた。
連れ去ってしまいたいだけの甲斐性はなく、狂ってしまうだけの弱さを護られ、あれは室井だけの原石だ。
クリスマスの悪戯が室井の足をここに竦ませる。
「うん、俺、その設定で行こう」
「エイリアンはどこにいるんだ?」
「んなの、妄想でカバーしてくださいよ、キャリアなんですから」
「・・・」
「潜入捜査だなんて、潜水艦以来だ」
「今回も他省を探るのは私がやる。君は摩擦が起きないよう補佐を。仲良くして情報を集めるんだ」
「大得意」
若干、これを池神が求めて、させた姿で、いずれ彼の目にも止まるのだという思考が室井を苛立たせたが
仕立てたのは室井だ。
「グラサン、用意するか?」
「するする」
少しくらい所有権を主張したい気にすらさせられた。
「あ、ちなみに俺がジョーンズね!」
「馬鹿言え、君がスミスだろう、この場合!」
「えええ~?」
青島がネクタイを締めるため顎を上げて鏡を覗く。
スカーレットのレジメンタルか、ロイヤルブルーの小紋柄か。
その横で、ソリッドタイプのネクタイまで締めた室井が、左を差し、並んだ。
ランプブラックは室井の漆黒の双眸を引き立てる。
「どう・・?」
陳腐な言い方だが、度を越えた美しさは人を隷属させる。
そのくらい、鏡の中の青島は見映え良く、人目を引く男だった。
いっそ、人を損なわせるくらいに。
「対比としての馴染みも悪くない、私はこれで行く」
「騙せますかね?」
「勝手に勘違いしてくれる。ただ・・もう一つ、インパクトが欲しいな」
鏡の中で室井がネクタイを治しながら呟く。
「こういうのってどこで覚えんです?」
「こういうの?」
「スーツの着方とか、髪のセットとか」
「入庁すれば周りが勝手に教えてくる」
「ふぅん」
青島が鏡の中でくるりと回った。
「指輪はどうします?」
「小道具か。悪くない。割とそういう小細工はメディアが好みだ。用意しよう」
「それ、誰が・・・」
「?」
「経費?」
「諸経費は認められるだろうが、ここは自腹でもいいな」
青島の動きが止まった。
言ってしまってから、しまったと思った室井が訂正しようとして口を開く前に、青島が室井に背中合わせにやんわりと近づいた。
とん・・と柔らかく触れたその感触に、室井の肌がざわっと粟立つ。
硬直する目の前の鏡には、青島は背を向けていて顔は見えない。
「・・・」
思わず口に出てしまった自分の言葉に、室井は狼狽える。
青島に、池神の気配を臭わす物など付けさせたくなかった。ましてや指輪など。
ぼんやりとした会話の中で、少し油断していた。
だが、青島が気にしたのはそこではないようだった。
「も、もしかしてペアウォッチとか・・おねだりしちゃったり・・して」
「――いい案だ。相手に強請られて購入したというエピソードは微笑ましさとリアルさを備える。メディアの好物だ」
「・・・」
「撮影は明後日だから、明朝、指輪を買いに行く。その帰りに時計も探してみよう」
「・・・」
「どうした」
何とか平静を装い、答えてみたが、青島はまだ不満そうな気配をしていた。
何か勘付かれたのか。
言えと目で命令すると、目線を下げ、左右に揺らした後、青島は小さく白状した。
「だからっ、おねだりって、俺が室井さんにってことではなくて、俺たちが上にって意味だったんですけど」
「・・・・・・・・・・どっちでも同じだ」
「ヤですよ。そんな愛人みたいな」
同じではないが、そう言って、誤魔化した。
青島はそんなことより経費の方が引っかかっているらしい。
とりあえず、自分の返答がだいぶおかしいところは、何とかしなくてはならない。

BGMはSEKAI NO OWARI 「silent」
タイトルは、今回ぜんぜん思いつかなくて、タイトルメーカーっていうのを使ってみました。
疑似カポー演じているうちに本物の恋にパターン、好物です。
室青の何がスゴイって、これで付き合ってないんだぜ?ってっ所だと思っている。青室では出せない味。
注釈として、現厚生労働省が発足したのは平成 13 年1月。必然的にOD2以降のお話ということになるんですか?疑問形
四半世紀の波っておそろしいです。