**HOLIDAY Ⅱ**







5.三日目―③
青島が頼れる場所は少ない。危険な場所もあるのなら、浮遊可能な場所も限られてくる。
また、感情をコントロールできなくなった青島は、その輪郭さえ保てずにいた。
不安定な存在ならば、尚更より一番確実な所を求めるはずだ。
もしかしたら一番安全だと言っていた室井の部屋に戻ったのではないかと考えた。
霊体として目覚めた時も室井の部屋の前に居たと言っていた。

その予感は官舎に到着し、階段を上がって近づくに連れ確信に変わる。
青島の気配みたいなものが徐々に強くなってくるのが分かった。
安堵感と多幸感みたいなものが室井の胸に押し寄せる。

だが少し、気配が弱い。
いつもの閃光するような煌めきがない。
どうしたのだろうという違和感と、もしかしたら室井の気の迷いかという躊躇いが、革靴の音を走らせる。

部屋の扉の前まで来て、その中に青島がいることを室井は実感として明瞭に感じ取った。
ほっとして鍵を差し込む。

黙ったまま部屋へと上がり、リビングの中央で室井は大きく息を吸った。

「青島。いるんだろ、青島」

姿はない。
だが天井の一角、そこにいることは何となく分かっている。

「出て来い」

返事をしてこない。

「・・・ロッカー、勝手に見たぞ。アパートの鍵もあった」

努めて冷静な声色を維持し、室井はしゃべり続ける。

「捜査は続行できる。まだ可能性はある。・・君がいいのなら」
《・・・・怒ってます?》

辛抱強く待っているとようやく声だけだ聞こえ、室井は穏やかに瞼を伏せた。
分からない程度に張っていた肩の力を抜く。

「・・・・怒っていない」
《じゃ、呆れてる?》
「多少な。・・・いいから姿を見せてくれないか」
《・・・ごめん、室井さん。あんたは悪くないのに》
「そんなことはいい」


何故姿を現そうとしないのか、室井には分からない。
随分と小さな気配の感覚で、溶け込んでしまいそうな呆気なさだ。
訝し気に眉を寄せ、室井は検討を付けた宙を黒々とした瞳で牽制する。


「青島」
《・・・おれ、あんとき、なんかいつもと違って何かが決壊しちゃったみたいんなって》
「ああ」
《怖くなって、おれ》
「ああ」
《か、かたち、保てなくなっちゃって、訳わかんなくなっちゃって・・》
「霊体だからな、そういうこともあるんだろ」
《いっぱい壊しちゃったよぅ・・・》


恐らく実態という枷がない分、精神は人間よりも自由度が高いのかもしれない。
肉体と精神のバランスが崩れたり、乖離した場合、意識は精神すら凌駕する。


「おまえがどういう奴かは、私が一番わかっている」
《でも》
「大丈夫だから。・・・出て来い」

確信など、何もなかった。
今は青島の存在をこの目で見て安心したかった。


少しのタイムラグの後、ぼんやりと天井の一角が光りだす。
大気と靄の境目は確かに曖昧で、声がなければ青島かどうかも分からない幽翠の軟体がピンぼけしたように現れた。
人魂とか火の玉、狐火などは、感情に支配されたこういう状態を言うのかもしれない。
例えそれがどんな禍々しい姿をしていようとも、今の室井には関係がなかった。
室井が耽美な色を滲ませ口角を少し引き上げる。


「あおしま」

名を呼んだ。
すると泣き笑いの表情に揺れ、影法師が揺らぎ、そうしてゆっくりと見慣れた青島の形を象っていく。
大丈夫だと伝えるように室井は目を離さず青島だけを見つめ上げた。

印象的なあの栗色の瞳が見つめ返してくる。
ただじっと、言葉も交わさず二人は見つめ合った。
確かなものなど、他に何も要らないのだ。
二人で過ごした時間、共有している記憶、重なった感情。それだけがすべてで、それだけでいい。


朧に浮つく黄緑色の浮遊体が、妖気に透過させながら既知の造形美を探していく。
長い手足。小さな顔。柔らかそうな細髪。ふわりと風を包む、あのコート。

ゆっくりと室井の前へと舞い降りてきた。
甘そうなぽってりとした口唇が笑みに染まる。


《室井さん》

ああ。青島だ。
目に焼き付けるように、その姿を愛おしんだ。

「探した。勝手にいなくなるな」

頭をこてっと傾けて、コートの裾を掴んだ青島がくしゃりと笑った。






****

スーツから早々に解放された姿の室井がワイシャツの袖を捲り、キッチンに立つ。
筋肉質のほっそりと筋張った二の腕を揃え蛇口を捻る。

《なにするんですか?》
「今日はもう君も捜査する気にならないだろう。アパートの探索は明日でいい。・・・お開きだ」
《で?》
「メシにする」
《~~って、持ってんの一升瓶ですけど?》

窓の外は紅く西日が射しこんでいた。

「付き合え」
《まだ太陽出てますけど?》

ふわふわとやんちゃな笑みを交えた青島がキッチンへ回り込んで来る。

「独りじゃ味気ない」
《かまって、欲しいの?》
「君が、だろ」

むぅ、と小さくむくれる年下の男を室井は甘い疼きに見舞われながら夕陽を受ける赤らんだ顔に物柔らかい笑みを浮かべた。

「腰を据えて話す機会もなかった。出会ってから結構経つ。いい機会だ」
《・・その顔、反則ですよ》
「同じ言葉を返す」
《え?》


どちらももう多くは口にしなかった。
分かっていても、それが無意味かもしれなくても、二人で共にいられるこの時間を有意義に使いたい。

《・・ま、それもありか・・》
「酒は好きか?」
《元営業マンに言う?》

二人の視線が交差する。

《室井さんの夏休みも兼ねているんですから、気兼ねせず、じゃんじゃん呑んじゃってくださいっ》
「独り酒でそんなに呑めるか」
《たまには、ね。ハメ外すのも大事ですよ。室井さん、しばらくそんなバカ酒やってないでしょ》
「昔だってない」
《うっわエリート発言。じゃ、最後までお供しますよ》


すっかり機嫌の直ったらしい青島がキッチンの淵に腰掛けた。
便利な身軽さだ。
それを室井はじっと見る。


「強く念じたら服が出たと言ったな」
《はい》
「だったら酒酒酒と思ったら酒が出てくるんじゃないか?」
《・・・》



数刻後。

テーブルに所狭しと小皿が並んだ。
どれも室井の簡単な手作りだが、出来合いのものは含まれていない。
少し作りすぎたかもしれないと、室井は見渡しながら思う。どこかで青島を持て成す意識もあった。

湯気が上がれば食欲もそそる。
目を輝かせてそれを青島が覗き込んでいた。

気に入りの黒漆の盃に透明の液体を注いだら、宴会の合図だ。
料理に感嘆を示す青島に気分を良くしながら、室井は箸を取った。


「幽霊に聞いても仕方ないのかもしれないが、その・・・・腰の傷、どうだ?」
《なに、とつぜん》
「今も痛んだりするだろう?」
《ああ、もぉ、全然!心配することないんですよ》
「強がりだろ」
《さてね》

目を伏せて日本酒を舐めれば、青島が茶化してお道化る。

「復帰まで早かったと聞いている。リハビリ頑張ったんだな」
《へへ。現場が待ってますから》
「要らぬ無理をさせた」
《やだな室井さん、そんなこと言うなんてらしくない。俺はへーきですよ》
「一度、きちんと謝りたかった。・・・すまなかった」


室井が床に胡坐を掻いたまま深々と頭を下げる。
青島が慌てて姿勢を正し両手をかざした。
いいんですよ~と繰り返し慌てふためく姿は室井の胸を棘のように刺し、切なくさせる。

室井は噛み締めるようにその言葉を再度告げると、もう一度黙礼した。


青島は、刑事として走り出したばかりの時だった。
お互い裏切ったと背を向けたあの秋の矢先、それでも信じていると言ってくれた青島を追い込む結果となってしまった悪夢だった。
倒れた彼を見つけた室井よりも、刺された彼はどう思っただろうか。

室井を責めない訳がない。
自分を責めない訳がない。
無念も怨念も恨みすら抱いて、その傷が痛むたび、思い起こさせるだろうに
この男はいつもいつも、室井を無償に慕ってくれる。

どうしてこんなにまで優しく強くあれるのか。
どうして自分なんかに。
それは室井を不思議にさえさせ、当惑させる。

そんなだから、魂だってこんなに眩しいのだ。
自らを犠牲にして、何も知らない子供みたいに甘ったるいことを真顔で口にして
尽くす様に人に与え、人を護ろうとする青島の在り方は
独りで孤独に闘い、この手を汚してきた室井に、いっそ彼に弔われたくすらさせた。


さ、呑もう?とおねだりするように首を傾げられ、室井はようやく盃を取った。


「君はすごいな」
《どこが》
《俺にしてみたら一人で新しい世界に踏み出して、たった一人で知らない世界のルールに立ち向かって」
《そかな》
「どうにかしようと踠いてみても、結局今も同じ場所にいる」
《・・・・》
「俺には出来ない。人はそんな簡単に、変われない」


無自覚に一人称の変わった室井がゆっくりと酒を舐めれば、上品で芳しい香りが鼻を抜け、部屋に漂った。

転職をしたこともない室井には、新たなステージで挑戦をした青島の軌跡は強さだと思う。
誰も知らない土地で何も知らない規則にゼロから叩き込まれるのだ。
真理としてそれが正しいと分かっていることにも、ここのルールが違うといえば頭を下げる羽目になる。
そういう社会ルールの矛盾を耐え抜く術を、室井は青島から教わった。

だからこそ、その挑戦的な姿勢故に、室井ともこうやって踏み出してくれたのかもしれない。そして再び乗り越えて消えてしまうものだったのかもしれない。
凝り固まった生き方しか知らず、絶望感と失望感に窒息し枯れていく自分を、青島は軽蔑するんだろうか。
情けないと幻滅するんだろうか。


「非難はされても賞賛はされない。そういう世界だ」
《うん、かっこいいね》
「おまえはそんなふうに言ってくれるんだな」
《なんか・・・室井さんがそういうこと思っていたなんて意外だ》
「口にしないだけだ」

手前で胡坐を掻いた室井の彫深い顔を青島が陽気に覗き込んでくる。
揶揄うような色を乗せていても、青島は決して馬鹿にしたりはしなかった。

《俺だってそんな綺麗じゃない》

室井の瞳が青島を捕らえる。
青島も長い前髪の奥から瞳を灯らせる。

《俺からしたらあんたは理想の体現者だ》
「買い被るな。おまえが煽てるから俺が調子に乗る」
《乗ろうよ。ってか、乗ってくださいよそこは》


子供染みた青島のその甘い仕草と誘い文句に、室井はようやく穏やかな表情に変えた。
上司でも官僚でもない素の男に戻った室井の顔に、青島が驚いたような顔をして口籠る。
その変化を、室井もまた輪郭を追い求めるようにただじっと漆黒の眼を向けた。

静かな夜も浅い部屋で二人の視線が近距離で交じり合い、絡み合った。

頬杖を付くという珍しい格好で端正な眼差しを向け、改めてしげしげと青島を観察する室井に、やがて青島が照れたように挙動不審になる。
室井の前髪は垂れたままで額に散り、シャツはらしくなく半開きで、ラフなままに屈強な筋肉を見せ付け
そんな姿で突然黙したまま意味深に青島を見つめたままの突然の変貌に
ついにままならなくなった青島がもたもたとざわつく身体を沈み込ませた。

・・・結構、分かりやすいもんだ。


「おまえがいなかったら。おまえと出会っていなかったら。確かに俺はひとりで生きていけたのかもしれないな・・・」

独り言のように、青島に聞かせるつもりもなく室井は呟いた。

ひとりで生きていけると青島と出会う前までは思っていた。一人で耐え抜くものだと疑わなかった。
だけどそんなの、嘘だった。
青島と出会って、遠い昔に忘れていたものを思い出し、青島の心が室井を育んだ。そうしたらもう、忘れていた頃には戻れない。

本当に自分に必要なものは手に取らせてももらえない遠い存在だ。
何も告げられないままそれは終わっていく。
ようやくそのことを実感し、そのことは凶悪に吹き荒ぶ嵐のように室井を襲った。


《料理、冷めちゃうよ》

俯いたまま、青島が言う。

「・・そうだな」



夏の夜が静かに更けていく。

空いた小皿がテーブルの隅に山積みとなっていった。
酒が念じて出せたわけではないが、空気に酔ったのか、部屋の雰囲気か、仄かに頬を染めた青島がソファで寛ぐ室井の横に座り込み
見上げる形で、ぽつりぽつりと不愛想な室井が不器用に語る話に耳を傾ける。
最初の夜もそうだった。


《ね、あのサイドボードの上に飾ってあるやつ、何?》
「なまはげも知らないのか」
《すんげえツラ》
「秋田を馬鹿にするな」
《その下の酒瓶もすんげえ数ですけど?》
「田舎の両親がな・・・送ってくるんだ。毎年」
《なまはげってワルイ子にお仕置きするやつか!》
「君に一番必要なものだな」

盃を優雅に持ち上げ、室井が意地悪に揶揄ってみれば、青島も下からにやりと口唇を持ち上げる。

《仕置きされるほどヘマしませんよ》
「君のは悪知恵だろ。子供と一緒だ」
《そこはお互い様でしょ。分かってないな~》
「分かってる」
《うそうそ》
「そうじゃなきゃおまえとなんか付き合いきれるか」

室井が静謐な瞳を灯らせ、合いの手を入れる。

《・・・・、物好き?》
「おまえは自分がものすごい男殺しだってこと少しは自覚しろ」
《えー?》


なにがえぇぇだ。
まったく分かってない。
こんな夜中まで幽霊と酒を飲み、むしろそうしたがってしまっている室井の心境など、青島にはとんと無関心なのだろう。


「土地の念ってどんなんだ?」
《ん~・・、何となくだけど強く吸いこまれそうって場所》
「もしかしてそこに何か手掛かりがあるんじゃないか?」
《うん・・・俺も少しそう思ったんですけど、数も多いし・・・・なにより少しヤな感じがするんですよね》
「ビビってるのか」
《言いましたね?・・・でもこう、漠然と第六感が危険を告げるんですよ》
「どんなふうに」
《自分が呑み込まれちゃいそうな、抗うことも出来なさそうな、意識ごと盗られちゃいそうな怖さ?・・・地縛霊とかそんなんなるのかなとか」

それはやだなと室井も思った。

《近づいたらヤバイって思うからヤだ。それにそこには答えもないよ絶対》

頬を含まらせて青島が正面を見据える。
薄い背をソファにリラックスした様子で沈み込ませる室井が、少し酔った頭に手を充てながら投げ出した足を組んだ。

「昼間、調書を見たとき何か気付いたようだったが」
《ああ、うん、そうなんですよ。なんとなく調書取ったオヤジと多摩が繋がっているような気がしたんだけど》
「その男性の経歴、調べてみるか」
《初めて会った人なのに?》
「初めて会う被疑者にも被害者にもいい顔したがる君がそれを言うか」
《あはは~》

関係ないと思うけどな~と言いながら、青島も真似をして足を崩してくる。

「だが成仏できないのは心残りがあるからじゃないか?」
《心残りなんて誰にもあるでしょ》
「何か強い残像思念だとか」
《うう~ん・・・》
「大体多摩に何しに行ったんだ」
《そこか~・・・だよな~・・・オンナでもいたかな?》
「・・・・・しらない」


いきなり話の方向性が聞きたいような聞きたくないような危うい方へと進み、室井は身を固くした。
それまでリズム良く繋がっていた会話が途絶え、不自然な沈黙が流れる。

欲しいと気付いたからには聞いてみたい事柄だった。
聞いたところでどうにかするわけではないが青島のことを多く知りたいと欲する心が酒毒に侵された葛藤を呼ぶ。
手放しに喜べる答えが返るとは限らなくても、室井はもう逃げたくはなかった。

避けて通れぬのと、残り時間の少なさが室井の重い口を開かせる。
栗だつ肌の感触を堪え、意識しすぎて堅くなった喉を必死に動かせば、思ったより低い声になった。


「カノジョとか恋人、いたのか」
《記憶が途切れる直前まではいませんでしたけど》


こんなにも、こんなにも、緊張したのに、青島からはあっさりと返事が返ってきた。
どうやら確認事項の一環と思ってくれたらしい。
拍子抜けしつつ、ほっとしつつ、室井が質問を続ける。
さっきよりずっと緊張度合いは低いが、室井の顔は変わらず顰め面だ。


「片思いしている女性の元へ通っていた可能性は?」
《それも記憶が途切れる直前まではいませんでしたけど》


同じ言葉で繰り返される青島の言葉は澱みなく名敏だ。
ちろっと青島が視線を上げる。釣られ、視線を向けてしまった。

室井の膝に頬杖をついて、悪戯心溢れる瞳をくりくりと瞬かせる。
敏い青島のことだ、気付かれたかもしれないと室井の頬が必要以上に強張った。


《室井さんは?》
「・・・・なにがだ」

本気で何を聞かれているのか分からず、室井は堅い口調で顎を上げる。
どうやら難しい顔をしているから恋人リサーチされたとは青島には思いもよらないらしい。

その視線の強さから逃れるように室井は薄い口唇を引き結び、背を反らした。
おずおずと、困ったような顔で青島の方も視線を外し、もごもごと指先を弄ぶ。


《だから――・・・、その、やっぱり、キャリアってすんげぇ相手とか、いんのかなって》
「どんな相手を想像してる」
《いんのっ!?》
「・・・いない」

しばし見つめ合い、揃って小さく吹き出した。

《なぁんだよ》

それはちょっと嬉しそうにも見え、室井の心臓がキュッと締まった。

「いてほしかったのか」
《そこはほら、キャリアには夢見たいっていうか。室井さんには幸せになってほしいっていうか》
「性質悪い要求だな」


どういう意味かは分からなかったが、青島からは確かな温かいものが感じ取れ、室井はそれで今は満足だった。
ほっとしたような甘い感情を噛み締め、室井は酒を口に運ぶ。
似たような甘い舌触りと熱いアルコールで喉を焼きながら室井はその時ふと浮かんだ疑問に盃を止めた。


「なぁ、引きずられる場所がおまえにとって危険だとして、この部屋には何があるんだ?先程もここに飛ばされたんだろ?」
《うん?》
「ここは・・・この部屋は平気なのか?」
《あ~、ええ。部屋っていうよりたぶん・・・》
「なんだ?」

じっと青島が室井を見る。
でもそのままへにゃっと笑った。

《わかんない》


その顔があまりにも無垢で妖姿で、室井は思わずその面差しを凝視する。
青島は眼前で薄い笑みを深めるだけで、それは性質悪く室井を誘惑した。

妙なところが純情で。歳を重ねてもコイツは奇跡のように綺麗で、可愛くて、純粋だ。
鮮やかな嬌態を思わせるほっそりとした青島の印象は、艶冶さも横たわる。

光の加減で透けて見える色素の薄い透明な瞳に吸い寄せられるままに魅入られ、室井は呼吸を止めた。
ひりついたように乾いた喉は、無暗に動くだけで何の音も発せない。


《やだなぁ・・・こんなに暑い中に放置されたら遺体って腐るよね?》
「夏じゃなくても腐る」


時間を戻せたらなんて、幾らでも思った。
二人寄り添い肌で心で体温を感じられるほど、ぶつかり合い傷つけ合い、交錯してたあの烈しく熱い時間へ。
戻してくれ。青島が生きていたところまで。
出来るなら。

どうにもならない未来は、いつだって突然なのだ。

霊体では抱き合えない。
抱き締められないのはいっそ救いなのかもしれない。
言ってはいけない言葉と共に、強張る指先が熱を切望していた。



「幽霊って眠るのか?」
《んーん、肉体の疲労回復なんて必要ないからね》

昨夜室井が寝室に消えるとき、青島はおやすみなさいと言って襖の向こうから小さく手を振っていた。

「じゃ、朝まで何してるんだ?」
《暇だから。月見てた。昨日は三日月でしたよ》


一晩中独りで夜空を見上げていた青島を思い、室井は胸が軋んだ。
















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