星が見えない





 きっかけは、一倉だったのだろうと思う。
 夫人が出張だというので、食卓が寂しくなったのか、食事時にやってきた一倉に室井は嫌な顔をした。…が、青島は笑顔で歓待した。
「いらっしゃい、一倉さん!お土産お土産!!」
「おう、持ってきたぞー。なんだっけ、あっちの酒ならなんでもよかったよな」
「へっへっへ。一倉さんが持ってきてくれるのなら確実っすからねー」
「メシあるか?」
「どーぞどーぞ、食ってってください」
「…青島」
「なに?」
 洋酒の袋を大事そうに抱えて室井を振り返る青島に、文句など言えるはずもない。たとえ、一週間ぶりに夕食を一緒に食べられるのにとか、和食を用意してた のに洋酒は合わないんじゃないかとか、二人で映画を見ようと思ってたとか、あわよくば夜は甘くとか思ってたとか…言える、はずがない。
 室井は上機嫌でやってきた一倉をきっ、と睨んだ。
「もので釣るとは、汚いんじゃないか」
「なにを言う。常套手段だ」
「そういう気遣いは清子さんに」
「いつもしてるさ」
 ウィンクを返されて、室井は憮然とした。自分が不器用で、ウィンクなんかできないことをからかわれているような気がしたからだ。
 そうしている間に、一倉はさっさと椅子に座り(いつもは室井の席だ)、青島にビールをつがれている。
「…青島、俺も」
「はいはい、座って」
 軽くあしらわれて、室井はさらに憮然とした。
 一倉がくると、いつもこうだ。やっぱり一倉の近所に住むんじゃなかった。清子が相手をしてくれないくらいに忙しくなると、すぐにこうして上がり込んで は、青島を独占する。そりゃあ一倉は話題が豊富だし、器用だし、青島も懐いているというかうまく手なずけられてるし…とにかくおもしろくないんだ!
 言いたいことはたくさんあるのに、口に出したりしたら青島に呆れられるんじゃないかと、そればかりが怖くて黙り込んでいるのだが、腹の中は醜い嫉妬で渦巻いている。
 …それを、一倉も青島も知っていてからかっているのだとは、気づきもせずに。
 どんどん不機嫌になっていく室井を見て、一倉は苦笑しながら青島に言った。
「青島、頼みがあるんだが」
「えー?やだな、一倉さんの頼みって、ろくなのがない」
「そりゃ俺のセリフだ、馬鹿」
 一倉の持ち込んだ酒でほろ酔い気分の青島をこづくと、一倉は笑みを崩さぬまま、青島に告げた。
「バイトしないか」
「…バイト?」
 青島が目を丸くする。
「あの、俺公務員」
「俺もだよ」
「…時給によるな」
「なんでお前が口出すんだ」
「……………」
 またもや憮然とした室井を、さすがにマズイとおもったのか、青島が取りなす。
「まぁま。室井さん、日本酒にします?」
「これでいい…」
「あ、そ。…で、なんのバイトなんですか?」
「ヤバイ仕事に決まってる」
「…ヤバイんですか?」
 顔をしかめながら、でも瞳が輝いている。…それが青島のいいところだとわかってはいても、心配せずにはいられない。
「おいあおし…」
「この後は、室井のいるところじゃ話せないなぁ…」
「おい」
「室井さん、さっさと風呂入っちゃってください」
「青島…」
 室井の方を振り向きもせずに、手でしっしっ、とやられてしまっては…室井は、渋々立ち上がらなければならない。
 着替えを取りに寝室に向かう途中、振り返ると、青島がにっこりと笑って言った。
「ぬぎっぱなしにしないでくださいね」
 あとで絶対、絶対、だ。一倉が、帰ったら。
 なにを話していたのか、聞き出してやる。
 で、釘を刺す。
 絶対!だ!
 そう決意し、室井は小さく、うん、と頷いた。





 その一週間後、青島は警視庁預かりの身となった。表向きは捜査一課に応援、となっていたが、警視庁で青島を見かけることはなかった。そして、二人が暮らすマンションからも、青島の姿は消えた。
 一倉は、曖昧な笑顔で室井に「研修だ」とだけ説明し…一ヶ月が経った。
 そして、最期の電話が、かかってきたのだった。




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