Heaven









 沈黙の甘さを、初めて知った。
 室井は、決して言葉が多いとは言えないが、無口ではなかった。青島に見せるプライベートの室井慎次は、少なくともそうだった。だから、故郷の冬の厳しさ も、学生時代の淡い恋も、青島はみな知っている。もちろん青島はなんだって話してきたから、二人に沈黙はあまり縁がなかった。
 ごとごと、と不規則な列車の揺れと、周囲の聞こえるか聞こえないかの境目の話し声、時折流れるアナウンス。…それだけが、今聞こえるすべて。
 話すことがないわけではない。ただ、話さないだけ。
 互いの心を占めるものが、互いだけだと知っている甘さ。
 青島が満足げに吐息を漏らす。
 その音さえ…甘さを濃密にしていく。
 くらり、と酔いそうになって、心地よい沈黙を、室井が破った。
「どこに行こうか…」
 そっと、掌を揺らす。
 青島は、その手を見たまま、どこ…と、口の中で呟いた。
 室井が飛び乗ってきた列車は、二駅先で降りた。その後、あてもなく乗り換えを繰り返し…とにかく目についた列車に飛び乗ってきたから、追っ手は二人の足 取りをつかめないだろう。なにしろ、二人とも知らない。行き先など。
 青島は、室井の手をぎゅっと握った。
「旅行行こう、って室井さん、言ったじゃないですか…」
「…うん?」
 室井の指を見つめながら、青島が言う。
「あの日にさ…」
 あの日。あの、最後の日。
 幸福な未来がずっと続くと信じていた、最後の日…。
「ああ…そうだったな…」
 たった二週間前だなんて思えないくらい、遠く感じる…。
「どこでもよかったんだ」
 お前と一緒なら。
 指を絡めながら、室井がうっすらと笑った。そして青島は、細く息を吐いた。
 胸を締め付ける幸福感。
 息苦しいほどに愛に包まれている。
 青島は、室井の肩に頭を押しつけ、目を閉じた。
 どこでもいい。
 このひとと一緒なら。
 どこでも、たった二人でも。
 だれからも祝福されなくても、後ろ指を指されても。
 なにもかもがどうでもいい。
 未来の甘い夢も、踏み出した一歩先にある確かな地面の感触も…この体温があれば。





 そんなことを願う俺を、神さまは嗤うだろうか。
 それとも…怒るだろうか。いかづちを振り下ろして…俺に罰を与えるだろうか…。









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