Heaven






 新聞記事の写真は、鮮明ではなかった。北海道の小さな漁村で行われた祭りを伝えるローカル記事。人混みの中に、小さく写った人物を青島だと見分けること は、困難だった。
 …それでも、室井は確信していた。
 青島が、北海道にいる。
 一倉も、同じ確信を抱いたはずだった。でなければ、向こうについてから開けろなどとは言わないはずだ。
 引いたばかりの電話を繋ぎ、一倉の自宅にかけると、一倉は笑いを滲ませた声で言った。
「ほれ、泣いて感謝しろ」
「馬鹿野郎」
「そういう言い方があるかねえ…」
 背後から、一倉の娘がきゃっきゃとはしゃぐ声がする。来年の春には、小学校にあがる。仏頂面が、娘のことを話すときにはやに下がる。室井が生涯得ること のないであろう種類の幸せ…しかし、それをうらやましいと思うことはないだろう。その代わりに、一倉とは違う幸せを手に入れるのだ。
 室井はいらいらと言った。
「いつの記事だ」
「秋だよ。記事ちゃんと読めよ」
「読んだ。具体的な日付を聞いてる」
「さあなぁ…それくらい自分で探せや」
「なんだと?」
 ここまで教えておいて、それはないだろう。
「あいつを取り戻したけりゃ、せいぜい苦労するこった。俺は別の苦労しょいこんでやってんだからな」
「…どういう意味だ?」
「荷物は片づいたか?」
 唐突な話題の転換に、一瞬頭が追いつかず、ああ、と答えた。
「どうせ片づいちゃいないんだろうが、はやいとこパソコンだけは繋げよ。いいもん送ってあるから」
「勿体ぶるな。早く言え」
「落ち着けよ、室井警視正。…おっと、もう警視だったか」
「一倉!」
 冗談以外のなにものでもない嫌みに声を荒げると、一倉は笑いを引っ込めて短く言った。
「俺たちには時間がいるんだって、前に言ったはずだ」
「…時間?」
「十分時間がたったってことさ。…もう切るぞ」
 後ろから、パパー、と呼ぶ声がする。見た目からは決して推測させないマイホームパパは、室井からの返事を待たずに電話を切った。
 くそっ、と毒づいて、受話器を置く。
 まずは新聞社にあたりをつけなければ。記者クラブの人間に見せればわかるだろうか。いや、こんな小さな町の記者ではだめだ、道警に問い合わせて…それよ り先にパソコンか。
 段ボールの山に視線をさまよわせると、玄関が開く音がして、副署長夫人が入ってきた。
「署長さん、今日はうちでご飯食べてってくださいね」
「いや、今日は…」
「だーめよ、どうせコンビニ弁当でしょ。署長さんにへんなもの食べさせられません!」
 断固とした言い方に、逆らえないものを感じた室井は、苦笑しながらわかりました、と答えた。
 …十分時間はたった。頭も冷えたし、答えも見つかった。
 室井は、ぐっ、と握った拳に力を込めた。
 いつか、二人で見たあの朝焼け。
 そのとき誓った。
 この手は離さない…。
 もう一度、あの手を握る。必ず。
 室井の心中など知るはずもない副署長夫人は、早く片づけちゃいなさい、と、まるで郷里の母のような声で言った。







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