会場は、雑然としている。
色とりどりのドレスをまとった女性は、きっと新婦の友人たちだろう。
新城には、ちょっと近づけない雰囲気だ。
きゃあきゃあと、礼服をまとった新城を遠目に見ては騒いでいる。
…そんなに、へんな格好だろうか…。
新婦のたっての希望で、警察の礼装での結婚式となったのだが、彼女たちからすればもの珍しいのかも知れない。
赤い絨毯が敷き詰められたホテルのロビーの一角にたむろす華やかな人の群。
普段は人の集まるところは苦手な新城も、今日ばかりは笑顔を絶やさない。
大安吉日の日曜日。
今日、夏美は六月の花嫁になる。
滅多にないことなのだが、新婦の友人たちに写真をせがまれて囲まれていたのからやっと抜け出して、新城は一息ついた。
やはり、女性に囲まれるのは苦手である。
新城にとっては、むしろ制服を着ていなくても警察関係者と一目でわかる厳つい顔をした男性陣の方が、よほど心休まる。
まだ挨拶をしていないのは…と、視線をさまよわせると、ぽん、と肩をたたかれた。
振り返ると、島津が顔をゆるめきって立っている。
「管理官、今日はおめでとうございます」
「あ、ああ…ありがとうございます」
…この男も、新婦を気に入っている。
ぴくりと恋敵察知レーダーが動き出すのを制して、新城は礼を返した。
「いや、楽しみですなあ、新婦のドレス姿。…管理官は、もうごらんになられたのでしょう?」
「い、いや、まだですが…」
「えぇっ!?…まだ、ごらんになってないんですか!?」
「はぁ、まあ…」
意外そうな顔をする島津に、なんだかまだあっていないのが悪いような気がしてくる。
島津は、新城の肩をがっしとつかんで主張した。
「すぐに会いに行くべきですよ!式までもう時間がありませんからね、すぐに!」
そのまま島津に背中を押されて、控え室の方へ押しやられる。
「い、いやでも私は、お客様の接待をしろと…」
「新郎が新婦に会う以上に大切な仕事などありますか!さあ、さっさと行って、ほめ言葉の一つもかけて来るんですよ!」
「は、はぁ…」
こんなに島津は、押しの強い男だっただろうか…
なにやら釈然としないまま、新城は控え室のドアをノックした。
「夏美…?」
そっとドアを開けると、白いレースが目に入った。
「あ、賢ちゃん?賢ちゃんも支度、できたのね?」
聞き慣れた明るい声が、新城を迎えてくれる。
部屋にはいると、純白のドレスを着た夏美が座っていた。
…ほかには、だれもいないようだ。
「夏美…」
胸の大きくあいたドレスで見上げられると、ちょっとどこを見ていいのかわからなかったが、しかし、目が逸らせない。
…それほどに、今日の夏美は綺麗だった。
いつもは薄い化粧しかしない夏美が、プロの手で美しくメイクアップされているのもあるだろうが、それだけではなかった。
距離や父親にじゃまされて、ずいぶん長くなってしまった「春」に別れを告げて、ようやく愛しい男の妻になる。…そんな、自信が、夏美を光り輝かせてい
た。
…と、そこまで考えて、新城はかぁぁっと赤くなってしまった。
愛しい男…俺のこと、だよな…
「賢ちゃん…?」
顔を赤くした新城に、夏美が怪訝そうな視線を送ってくる。
…これも、実は気にかかっていたのだ。
「夏美、あのな。…今日から俺たちは、夫婦だろう?」
「うん」
夏美はにっこりと頷く。
「…だからな、『賢ちゃん』は、もうおかしいんじゃないか?」
「…そう?」
「そうだ」
新城は重々しく頷いた。
「…じゃ、なんて呼べばいいの?」
言われて、はたと悩んだ。
…賢太郎さん?
いやダメだ、照れくさい。賢ちゃんのほうが、まだましな気がする。
じゃあ、賢太郎、で呼び捨てか…?
…それも嫌だ。ダメというより、嫌だ。
なら…
「あなた、とか」
ぽつりといってから、また顔が赤くなるのを自覚する。
…想像してしまったのだ。
ますます赤くなっていく新城を見て、夏美が不服そうに言う。
「あなたぁ?…やだよう、はずかしいもん」
それよりね、と夏美は新城を見上げた。
「ね、賢ちゃん、見て!」
…その次に夏美がとった行動に、新城は目を剥いた。
夏美が、くるぶしまで隠れる、質感のあるドレスのすそをがばっとまくったのだ。
「な、夏美ッ!」
しかし夏美は、こともなげに笑っている。
「あのね、賢ちゃん。サムシングブルーって、知ってる?」
まくり上げたドレスからは、すらりとした夏美の足が……足、が…?
「失礼してまーす、新城さん!」
…夏美の、足の下から顔を出したのは…
「…あおし、ま…?」
「結婚式のとき青いもの身につけてると、シアワセになれるんだって!」
にっこりと笑う夏美の足の下から、青島が申し訳なさそうに頭を掻いている。
「いや~、夏美ちゃんの頼みは、断れなくって…」
…そういう、問題だろうか…?
「青島さんだから、サムシングブルー!シアワセになれそうでしょ?」
…波瀾万丈な人生に、なる気がするぞ…?
「…って、そじゃなくって!」
ようやくはっと気づいて、新城は叫んだ。
「ぁ青島あぁぁぁぁッ!なんで貴様が、夏美のスカートの中にいるんだあぁぁぁッ!!」
かっ!と目を開いて、新城は跳ね起きた。
…まだ暗い。
カーテンの隙間からも、まだ陽は差し込んではこない。
冷や汗で貼り付いた前髪を掻き上げて、新城は深くため息をついた。
…なんて夢だ…。
夏美のウェディングドレスの中から、青島が飛び出てくるなんて、縁起が悪いといったらない。
…時計を確認した。
午前4時。
そろそろ起き出して、支度の時間だ。
今日は、大切な日なのだ。
夢見は悪かったが、今日は人生最良の日になるに違いない。
新城は、大きくのびをして起きあがった。
今日は、結婚式。
夏美は、晴れて6月の花嫁になる。
…しかしこの日が、夢見のせいかどうかは定かではないが、波瀾万丈の一日となることを、新城はまだ知らない。