しあわせになりたい 1











 階段を7階まで上がって、突き当たりを左。
 左手に見える扉を開けると、大会議室。今は特捜本部が設置されているから、たくさんの機材が運び込まれていて、雑然としている。その中を、微塵のとまど いも見せずに歩いていく。
 ずらりと並んだ机の一番前には、特捜本部長を務める警視庁捜査一課管理官が座っている。今は、数人の捜査員が資料を片手に管理官を囲んでいるけれど、そ んなことは彼女には関係ない。訝しげに投げられる視線だって気にしないで、まっすぐに進んでいく。
 管理官の前に立つと、彼女に気づいた捜査員たちがそそくさと立ち去っていった。
 そこまで来て、やっと管理官が資料の束から顔を上げた。彼女の顔を見て、一瞬ぽかんとしてから、表情を引き締める。
 言葉に出さなくても、「なぜこんなところに来た」と言いたいのがわかる。でも、そんなことにかまってはいられない。彼が口を開く前に、篠原夏美は大声 で、はっきりと言った。



「新城さん、私と結婚して!」



 複数の視線が背中に突き刺さり、ざわっとどよめく声がする。
 プロポーズされた本人は、目を丸くして、口をぱかっとあけたまま固まっていた。
 滅多に見られないと、いや、ぜったいに見られることはないだろうと噂されていた、新城賢太郎の驚愕の表情を目撃した人々は、その日のうちに、「新城管理 官が、交通課の婦警を孕ませて、結婚を迫られたらしい」と湾岸署中に触れ回ったのだった・・・・。





 たっぷり30秒、口をあけていた新城は、これから新城がどういう反応を示すか、固唾をのんで見守っている捜査員たちに囲まれているこの状況にやっと気づ いたらしく、あわてて立ち上がった。
「何を言い出すんだ、君は!」
 そう叫んでから、さらにあわてて声をひそめる。
「・・・とりあえず、場所をかえよう」
 口をへの時にして押し黙ったままの夏美の腕を取って歩き出す。
 机の間を歩いている間、興味津々、といった体で彼らを見守る捜査員たちに殺人的な視線を投げかけて、大会議室の扉を閉める。
「・・・篠原くん、さっきのセリフは・・・・」
「言ったとおりです。私と結婚して下さい」
「・・・・・・なんで、急にそんなことを」
「急じゃないです。新城さんが言ってくれないから、私が言いました。私と結婚して」
「だから、なんで!」
 声を荒げる新城に、夏美の瞳がじわっと潤みだす。
「私、ずっと新城さんのこと好きでした。新城さんもそうだと思ってました。だったらいいじゃない、私と結婚して!」
 ついに夏美の瞳から、涙がこぼれる。
 しかし、新城は苦しげに眉をひそめるだけで、なにも言わない。
「新城さん!」
「・・・仕事に戻るんだ。所轄の交通課の人間が、軽々しく捜査本部に来るんじゃない。わかったな」
 それだけ言うと、新城はくるりと背を向けて、大会議室に入っていく。
「・・・新城さんの、ばかぁっ!」
 夏美の涙も、叫びも無視して、扉は音を立てて閉ざされた。





                                   


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