ク
リスマス・ローズ return match!and…
1.
身を寄せ合い、足りない分を補給するようにキスをした。
まるで最初からそうし合うのが当たり前だったみたいに。
もうすぐ年が明ける。
*:*:*:*
酸素が足りなくなって息を吸おうと上擦る口を室井が飽きることなく追いかけてくる。
なにやら可笑しくなって青島は吐息で笑えばそれは淡く夜に溶けた。
「逃げるな・・・」
「だって・・・」
避けることは叶わず室井にまた塞がれてしまう。
触れるだけのキスは蕩けるように甘い。
このひとにこんなことをさせたい訳じゃなかった。
どこか神聖な理想を重ねていて、その想いは今も青島の中では変わっていない。
きっぱりと断裂したイブの夜は、人生最低の日になった。
でも翌朝、どこをどう解釈したのか、青島の決死の決意は室井の覚悟を煽ってしまったようで、その後の彼の行動は早かった。
後で聞いた話だが。
辞退の申し入れから面会、謝罪までを僅か数日であっと言う間にこなし、きちんと清算した身で三度青島の前に表れた。
本庁で青島を連れ去った日だ。
どうすればあの夜がここに繋がるのかは未だに青島には理解できない。
分からないものなのかもしれない一生。キャリアの思考回路っていうものは。
「・・・今夜は帰りたくない。そう言ったら、困るか・・・?」
「最初からそのつもりだったくせに・・・」
囁き合う言葉ももう睦言にしかならない。
離れがたい口唇は、逃げても逃げても追ってくる。
身綺麗になった室井が全てを失ったと口にした時、初めて出会った時のことが青島の脳裏に蘇った。
何にもなくなった、そのこと自体は青島にとっては大したことじゃない。別にどうでもいい。
何も持たない室井がかつての出会いを想起させ、このひとは心の景色は変わってなくてピュアなままなのだと思った。
青島が何をしたってそんなことくらいでは穢れないし潰れない。
素朴な室井がただ一つ欲しがるのが自分なのだと思ったら、震えるような情が湧いた。
「新しい年を君と二人で迎えたい・・」
「ん・・・俺も。・・・あと何分・・?」
愛しげなキスを繰り返す室井の首に手を回し、受け止める。
応えるように腰に手を回され、抱き寄せられた。
オンナノコとこんな風にじゃれ合うことは青島にだって何度もあったが、リードされて、探るのではなく注がれる側にはちょっと違和感がある。
先手を取ろうと舌で舐めれば、それをぱくりと咥えられた。
ぞくりとしたものが背筋を走る。
室井の五指が両手とも青島の髪に指し込まれ、瞳を覗きこまれる。
少し長い指先が愛撫を思わせる仕草でくしゃりと髪を握り潰した。
熱い息が口唇に掛かって、漆黒の瞳が直向きな情熱を湛えているのが分かった。
その情熱が青島を痺れさせる。そうだ、最初から。
青島が室井を最初に意識したのも、この凛と澄んだ立ち姿だった。
「・・・、好き。大好き」
情熱が情熱を溢れさせる。
「だいすきです」
「・・・もっと言え」
「・・、室井さん・・・も、言ってくださいよ、どうせなら」
「聞きたくないって逃げたくせに」
「逃げたら・・・追いかけないの?」
悪魔的な青島の笑みに、室井が苦笑した。
室井が堪らないといった顔で雄の情欲を湛えた目尻を細める。
何だか擽ったくて照れ臭い。
「生涯、手に入らないと思っていた・・・」
「大袈裟」
「ずっと憧れて・・・何度も諦めろと自分を押さえ込んで・・・、物分かり良い友人を続けて・・・、長かった・・・」
「・・うん・・」
「きっとこんなのは勘違いだと。なのに君の瞳の中にはいつも同じものを見つけていた・・・でも君は気付いていないようだったから・・・」
「諦めた?」
「ああ・・・」
「ごめん・・」
室井が柔らかく口付ける。
「ごめん、なさい・・・」
それが、今の会話での謝罪じゃないと室井は気付いただろう。
好きになってごめん。道を狂わせてごめん。あんたを護れなくてごめん。
あらゆる申し訳なさは口付けの柔らかさと同じ温度で胸の奥に満ちている。
「いいんだ、そんなに謝らないでくれ」
「好きだから」
「大丈夫だ俺は。・・・俺が言わせた。傍にいるなら、それでいい」
「・・・うん」
「ありがとう・・」
顔を両手で掴まれる。視線が囚われる。
「すき。・・です」
「・・ああ」
「もう我慢すること、ないですよ、俺には」
そう言ったでしょと、青島も、ちゅっとリップキスを返す。
室井が目を堅く瞑り、青島の頬を掴んでいた両手で引き寄せた。
がっしりと抱き込み、震える身体を噛み締める。
「青島・・・」
「むろーいさんっ」
涙声を隠して柔らかく呼んで、青島はその肩に頬を押し付けた。
名を呼び合うだけで甘ったるい蜜が溢れていく。
しっかりと回される男の腕に安心する。
好きだと初めて口にしたら、ストンと気持ちが降りてきて、ずっと好きだったんだなと改めて思った。
告げることはないと思った言葉を言える幸せは、青島の顔を蕩けさせる。
もう一度呼んだら腕の力が強まって応えてきた。調子に乗るなと言っているみたいに、首筋の下、肩口に柔らかく咬み付かれる。
生温かい湿った吐息が触れて、思わず着崩れていたシャツを、持ち上げようと
さり気なく身を捩ると、室井の回す手が引き留め抱き込まれた。
「君からその言葉を聞ける日が来るなんて――」
思わなかったんだと、掠れた声で呟く室井の熱情に、なんだか青島まで心の波が移り、泣きそうになった。
この先のことは分からない。
でも俺にやれることがあるなら今はこのひとを傍で支えたい。そう思う。
傍にいることを許してくれるなら。
くしゃくしゃと後頭部を掻き回され、室井が顔を上げた。
そのまま再び口を深く塞がれる。
後頭部を押さえ付けられたまま、少し強めのそれに青島は眉間を切なげに寄せた。
まだ慣れない室井のキスの癖。
舌で輪郭を辿られ、ぎこちなく誘いをかける。
薄っすらと開いたそこに、そのまま、勢い良く分厚い男の舌が奥まで入り込んだ。
「ン・・ッ、・・・」
思わず眉を潜め、上向いた。
その頭を固定される。
なんか、さっきまでと少し、違う。
入り込まれた舌に圧迫された口腔が咽びを呼んだ。
勢いに押され後退する身体を室井に片手で留められ室井の胸に引き寄せられる。
逃げられない。
喉の奥底までを室井が丹念に愛撫してくるそれは痛みさえ呼び起こす様な灼けつくような熱さを持っていて、青島は口を開けたまま呻いた。
几帳面な性格宛らに、歯列の奥から順に嬲られていく淫戯に、それは少し、青島の恐怖を呼ぶ。
「ぅ・・・、ふ・・・っ」
向けられる情熱とか、挑まれる情欲とか。
柔らかく甘く、蕩けるように優しいのに、喰われてしまうような飢餓を感じた。
さらさらと後ろに流れる青島の髪を室井が指に絡ませたのを感じた。
息継ぎを忘れ、さっさと寄越せという仕草に降伏し、成すがままに無防備な口腔を明け渡すと、どうしようもなく上がる息苦しさのままに主導権を奪われる。
「・・・く、ふ・・ぅ、ぁ、・・、は・・ぁ」
堪えても漏れてしまう声を、それでも堪えようとすると、青島の身体が強張った。
さっきまで旧知の友人だった男に喘ぐ自分を知られるのは恥ずかしい。恥ずかしいけど、息苦しさに切なげな顔になる。
宥めすかすように室井が背中を撫ぜ、口付けの角度を変えてくるが、それは逆に濃密な時間のはじまりだった。
堅くなった肩も、晒されている首筋も、縮こまるしなやかな躯も、その緊張を伝えるが
それが緊張だと気付かぬままに室井の指が辿る。
絶妙な力加減で歯茎や内壁を確かめられ、満足したのか、奥に逃げ込んでいた舌を引き摺り出され、完全に口腔を制圧された。
手慣れた男の手順に、悔しがるより先に、年上の風格が圧倒的だ。
男としての成熟と余裕が青島とはまるで違う。
「ん・・、ン・・ッ」
ぴったりと塞がれた口唇が熱い。
競い合う相手であるということは、負けたくない相手でもある。
ムキになるままに煽られ、青島も過去に培った技巧を駆使し、室井の舌を追い掛けた。
男として対等に相手を挑発したかった。
室井に認められたかった。
勇む動きを、だが室井は華麗に受け止め、愚図る子供をあやすのと同じく動きを緩め、そして深める。
挑発に乗って来ないキスは、なのに甘く蜜のようにねっとりと青島の熱を引き上げた。
「ン・・ッ、まだ・・」
誘うように室井の後頭部に手を回し口唇を押し付けるが、髪を掻き混ぜるだけにしかならないし、抗議のように鷲掴んでも室井は意に反さない。
全て見透かされたように交わされ、嫌味なほどの余裕を浮かべる吐息で微笑される。
それ以上の動きで応じられていく。
知らず回した手は縋るように室井の首に巻かれた体制となっていて、しっとりとした快楽の匂いを纏い
限りなく推し量れるものは、室井の理不尽なまでの熱情
だ。
しっかりとした男のリードに操られる激情は焦燥を煽りながら、青島の身体を翻弄していった。
やばい、このままだと、呑み込まれちゃう・・
淫らな音が耳を辱めた。
少し我に返り顎を引く。
それを逃さず、室井の指が青島の頤を上向きに固定した。
「んん・・ッ、ふ・・・、ぅ・・・っ」
長いキスは、まだ解けない。
完全にリードを奪われ、口端に呑み込みきれない唾液が光り、滴った。
酸素が足りなくなってきた頭がぼうっとし、痛いほど擦り合わされた口唇が腫れ、ジンジンとした疼きを齎し
さっきまでの浮かれた恋心など、遠に何処かへ飛んでしまった。
室井に翻弄されるままに、身体の力も抜けていく。
解放されない口唇に青島は流石に当惑と危険を感じ、慌ててずらそうとするが顔を強引に留められ
また再び口唇が強く押し当てられてくる。
平衡感覚を失い、青島は思わず室井の二の腕を掴んだ。
筋肉質の手触りが男のもので、今自分が男に何されていたかを改めて意識させた。
シャツを掴んできた青島の指先に気付き、室井がようやく口を解放してくれた。
二人の口唇が唾液で銀色に光る。
額を突き合わせるような距離で見つめ合う。
逆光になった室井の目は野生の獣のように光っていた。
沈黙した部屋は秒針だけが聞こえている。
自分だけ乱れて上がった息が青島の更なる羞恥を呼んだ。
室井は平然としているのが余計熱らせた。
どちらも言葉を発せず、青島の息だけがはぁはぁと荒く熱を孕んだままに浮かぶ。
吸われ続けて少し赤らんだ青島のぽってりとした口唇を室井がそっと舌で触れた。
己の迂闊さを思い起こし慌てて引こうとした指先は、寸前で室井に素早く掬い取られ、些か強引な動きで引き戻されてしまった。
「ぁ・・・、あ、の・・」
「・・・」
「・・まずくない?」
熱り始めた二人の熱に、流石にどうかと思い口にした青島の声に答えはなく
その青島の後頭部に手を添えると、室井が黙したまま不意に青島に体重をかけた。
ふわりとソファに横たえられ、室井に圧し掛かられる。
ギシィと背中で鳴くソファが色付く性感を助長する。
「ぇ、ぃ、いきなり?」
「もうおまえの拒否はなしだ」
覆い被さった室井が指先を握ったまま顔を傾けキスを仕掛けてくる。
室井が何を求め、何をしようとしているのか。
室井だって男なのだ。惚れた腫れたで終われる子供でもない。
そう思ったのは二度目であることを掠れ始めた思考の奥でぼんやり思い出す。
身の危険を鋭利に察知し、青島がうろたえるが、もう苦情も抵抗もお構いなしにキスの勢いに流された。
「・・ふ・・・ぅ、く・・・っ」
今どき高校生でも直ぐに身体を開いたり、ましてや淫らに売春したりする犯罪まで多い。
なのに純情のままに在るこの初心さに室井の劣情が煽られたことを、青島は気付かない。
覚束ない抵抗も軽くいなされ、逃げる隙はすべて力で封じられた。
頭ごと抱えられ、ソファに沈められ自由を奪われた身体は、呼吸さえも凌駕される。
青島の頭部を押さえ込み、愛しげに口唇を濡らす室井は、もう良く知っている官僚の室井ではなかった。
男として圧倒しているのか、官僚という世界に生きる人間の気概が威圧するのか。
触れてくるその指先も、圧し掛かる香り立つ躯も、恐れることなく晒した無防備な野生の雄の欲を滲ませた一人の男だった。
自分の迂闊さに青島は叱咤したくなる。
「ふ・・っ、ん・・っ、ぅ・・、んぅ・・」
抜け出そうともがいた脚が、乗り上げた室井の四肢によって組み敷かれ、虚しく指先が宙を掻いた。
そのまま絡められてソファに縫い付けられる。
さっきまで飲んでいたシャンパンのアルコールが微かな味わいとなって唾液に混ざる。
容赦ないのに、それは蜜のように甘い。
「欲しい・・・」
それは、懇願というより脅迫のような告白だった。
室井にほとんど呻きのように告げられ、青島は硬直した。
他に言葉なく、圧し掛かる筋肉のしなやかさだけが意志を持っていて、それが青島に感じた事のない未知の恐怖を浴びせる。
室井の肉体的能力は官僚として青島一人くらい組伏せるのも伊達ではない。
恐いのは、躯を奪われることではなく躯を与えるということ。
その身に彼を埋め込まれるということ。
首筋に室井の短髪を感じながら、青島は見慣れた筈の天井を覚束なく見上げた。
何しろさっき告白の返事を返したばかりなのだ。そこまで考えていなかったというのが本当で
でも簡単に引けるくらいなら、こんな真似はしていない。
噛みつくように歯を立てて肌を啄ばみ、顎を辿って、また痺れるほどに舌を吸われて、躯を繊細な指で弄られる。
留めようとしたいのか、縋りたいのか。
自分でも分からない指先が彷徨い、青島は室井の背中に手を回した。
抱き返そうとして、三つ揃えのベストに指先が触れる。
ビクリと指先が跳ねる。
今自分に淫戯を施しているのは男で、相手は高潔な官僚の室井だ。
何度も目にしたことのあるベストがウエストで絞られ、その皺が指先に伝わる。
みっちりとしている鍛えられた男の筋肉。
絞られたウエストラインの肉感。
ラインにそって誂えたベストが筋肉を包み、その色気を伝えていた。
マッチョではなく上品でラインの美しさを保つ。
元々体温は低そうなのに、今は重量感ある熱を孕み、青島を戯淫する度、肉は妖艶に動いている。
その先を、その先の退廃的に与えられるであろう品質を、容易に想像させた。
カッと青島の頬が熱くなる。
「・・ぁ、ゃ・・っ、ゃだ・・・っ、待って・・っっ」
思わず室井の肩を押し上げ、身動いだ。
少しだけ悲鳴染みた声に、室井も顔を上げる。
が、組み敷いた身体は解放してくれない。
少し乱れた髪と、その下で光る双眼は滾る雄のもので、室井が明らかに青島を性的に凌駕しようとしているのが分かった。
逆行となるその顔をただ見上げる。
乱れた髪がソファに散り、荒げた息で眉を寄せる青島に、室井の喉が生き物のように動いて鳴いた。
自分を拒む指先を室井にそっと外される。
その指にキスを落とされ、青島は更に顔を崩した。
室井が自分のネクタイの結び目に人差し指を掛ける。
緩く首を逸らし緩めると、シルクの滑る音がした。
微かに薫る、室井の男臭い体臭。
「・・ッ」
怯んだ隙に室井の膝が少し強引に青島の太腿を差し入れてを割り開いてくる。
あまりの手際の良さに、青島が息を飲む間もなく首元に吸い付かれた。
「ンッ、あ・・っ・・・」
ままならない手で室井の肩を押しとどめるが、今度は押し返せなかった。
その指を取られ、顔の横に縫い付けられる。
「ゃ、・・ん・・・ッ・・・」
室井が舌で艶肌に淫戯する。
幾つも吸い付かれ、時に身体が震えた。
「好きで好きで・・・おかしくなりそうだ・・・・」
「ぁ、は・・・っ、ぉ、俺・・っ、走ってっ、今日結構外走って・・・」
「そんなの、いい」
「・・ッ」
いつぞや自分が妄想した不埒な言葉そのままを室井が口にした。
目を見開く青島の肌を室井が舐めて暴いていく。
夢と現実の区別が曖昧となり、まるで毒に冒されていくようだった。
苦みを伴う妄想の中で、電灯を背負い覆い被さる室井と女が裸で繋がり合う映像が入り乱れ、そのまま今自分の上にいる室井と重なる。
「ぁ・・っ、やっぱり・・っ、俺・・っ」
拒むように仰け反る白い首筋から色香が滴り落ちるのを室井の瞳が捉えていた。
男の制圧から、逃れられない。
こめかみから伝う汗を舌で拭うと、臆病に立ち竦む青島を室井は曖昧で頑固な、毅然とした瞳で捕獲した。
「青島。もう、なかったことになんかしてやれない」
「・・ッ、ぁ、そ・・それは・・・、はい、分かってる――・・・、と、思います・・・けど」
射抜くほど強い視線で縫い留められて、青島は身体を強張らせたまま露骨に顔を逸らし、室井から視線を外した。
乱れた息は弱弱しく漏れる。
「もう限界だ」
青島が悔しそうに横を向く。
流れた髪はさらさらと空を舞い、頬に掛かる。
室井がこんなにも男であるのは、自分よりはるか遠い差を思い知らされた。
「婚約者の・・・あの娘。・・・抱いたんだろ」
「聞いてどうする」
「・・・あんたの・・、女の抱き方なんて知りたくない・・」
「妬いているのか」
「妬くよ。妬くに決まってんだろ。俺の知らないあんたを知っている女がいるんだ・・・」
拗ねたような責めたような口ぶりは、怒っているのではなく自分に向けた苛立ちだ。
自分が上か下かと言う前に。
女と比べられるなんて、最悪だ。
だって俺はあんなふわふわのオンナノコじゃない。
「あほか。そんなこと考える余裕なんか与えない」
室井にしては随分と荒っぽい言葉が振ってくる。
視線を向けるとそのまま囚われた。
「彼女を抱いた。しょうがないだろ、キャリアの義務だ」
室井が柔らかく青島の額にキスを落とす。
「男は女を抱くように出来ている生物だから、勃起はするが性欲と情欲は違う」
「・・・、あんた、俺に勃つんすか?」
そもそも。
その原始的な問いに室井は応えることなく大人の男の笑みをひっそりと浮かべ額を寄せた。
「どれだけ片想いしてきたか。どんな想いでおまえを断ち切ろうと女を抱いたか・・・」
「・・ッ」
「ずっと、おまえをこうして暴いて啼かせて・・・・俺だけのモノにしたいと、思っていたか」
室井の指先が片手で器用にボタンを外しながら、啄ばむように青島の口唇の輪郭を辿る。
「こちらの不埒な妄想など、君は考えもしないだろう」
途端、乱暴に室井が青島の顎を強く捕える。
「真下のキスは優しかったか」
銀色の糸を引く口唇に間近で囁かれ、青島は瞠目した。
強い嫉妬が漆黒の瞳の中で焔となっている。
「されたのはキスだけか」
「お、ぉ、ぼえてない・・・っ、それにあんな熱出してる時の――」
ことなんか、こっちがとっくに忘れてたよ
言い掛けた言葉は、頬から耳元に移動した室井が耳朶を甘噛みしたことで遮られた。
「んぁ・・ッ」
「好きだと。俺は言ったぞ」
「う、うん・・・」
ほんの微かな溜息をついて、室井が青島の首筋をひとつ、吸い上げる。
「忘れさせてやる。二度と他の人間の味など思い出さないくらいに」
室井が体重ごとソファに乗り上げ、四肢で青島の自由を阻害した上で、衝撃に呻いた青島の口唇を狂暴なままに塞いだ。
「・・・ん、・・・んっ・・うん・・っ、・・ふ・・っ・・・」
強い独占欲の言葉。 噛みつくみたいなキス。
目を見開いて受ける至近距離の焔が清逸すぎて。
傲慢で支配的なほどの潔さで、情を強請ってくる室井の瞳に捕まった。
その強さに。
その至誠さに。
青島を襲ったのは眩暈を伴うほどの強烈な酩酊感だった。
「――俺の全てを刻みつけて・・・、憶えさせて・・・、他の誰にも渡さない」
室井の指先がシャツを拡げ、手を忍ばせてくる。
直に触れられ、その繊細な指先にピクリと反応した。
力が抜けて、揺蕩うように躯を這う室井の手に熱らされ、心臓が痛くて、何かが・・熱が、ざわざわと体内を這い上がる。
甘く官能的なキスが、身体中を這い回る。
情熱的な戯淫は、それはもう淫らな色情を呼ぶ愛撫だった。
ずっと敬愛していた男。
好きだと気付いたのはあの哀しい夜だが、無自覚のままに、出会いからずっと心占めていたのはこの男だけだ。
その男に支配される後ろ暗い歓びなんて、この男こそ、知らないくせに。
ぎゅっと堅く目を瞑る。
「・・ぁ・・っ、は・・・、ん、ふっ・・」
自分を呼ぶ掠れた声がどうしようもなく切なそうで、呼吸を詰まらせて青島は顔をずらす。
室井の目の前に、愛撫してくれといわんばかりに晒す形になったうなじを、焦らすことなく室井が舌を這わし
信じられない甘い吐息が青島の口から浮かぶ。
ねっとりとした男の舌触りに、ソファの上で青島の細い髪が乱れてうねった。
脚が何度か床を掻く。
「・・ゃ・・ぁ、は・・・っ、ぁの・・っ、見える、とこは・・っ」
「嫌だ」
「・・ぁ・・ッ」
「今夜だけは、無理だ・・・」
「そん・・っ、な・・・っ、・・・ンッ・・」
探りながら弄り、熱を引き出していく室井の指先は、優しくて容赦がない。
際限なく青島に官能の蜜を与えていき、男に嬲られる初めての体験を教えてくる。
恥ずかしがる間もなく胸元の尖りを指で嬲られ、首筋から柔らかく歯を立てられ嬲られて。
思わず青島は敏感に仰け反った。
その喉仏を、室井が舌で美味しそうに猥らな音を立てて味わっていく。
シャツが腕に絡まって肩から落ちた。
切なく何度も名を呼ぶ声も掠れた向こうで、強く吸い上げられ、青島の脚がピクリと跳ねた。
「ゃめ・・っ、そんなとこ・・っ、だめ・・ッ」
「逃がせない今更」
「室井、さ・・・っ、さっきから・・・っ、なんか意地悪いよ・・・っ、っ・・・」
こんなに自分は快楽に弱かっただろうか。
他人に愛撫されたことなどあまりないから?
「んんっ!・・ッ、ぁ、や、首、も、やだ・・っ!」
「可愛いな・・・」
あの夜、室井と彼女を見掛けた夜――こびり付く黴のように何か消化しきれない突き刺さった棘の在りかに、閃きのように思い至った。
あの時感じた苦みに今辿り着く。
魚住は先を越された不安について指摘していたが、そうではない。
彼女に。心に引っ掛かったのは、見も知らぬ突然出てきた女に、室井の未来を全て切り渡されたことだ。
あんな知らない女にいきなり未来を賭けようとしているから。
「・・あ・・っ、むろ、ぃ、さ・・っ」
元々第二ボタンまではラフに開けていたシャツは、今やすっかりと肌蹴け、室井に素肌を晒していた。
男相手に猥らな反応を返す身体を隠すように捩るが、気が付けばスラックスのチャックを外され、トランクスもズラされており
室井の器用な指先が電灯の下に晒した青島の若い素肌を大胆に愛撫していく。
囚われた躯は跳ね除けるだけの力が指先に既になく
声の甘さとは違い、凶悪なまでの室井の指先も舌もあからさまな情欲を曝け出していた。
ってゆーか、ウマすぎない?このひと・・っ!
「あ、ソコは・・っ」
自分だけ下肢を露出するこの羞恥に青島は真っ赤になる。
快楽を他人の手で制御される経験などこれまでになく、こんなに好き勝手に翻弄される羞恥に堪え切れない。
だが閉じようとした内股を阻害され、羞恥に戦慄く躯は不自然に強張った。
しかも清廉な室井の闇色の瞳が、その少し蜜を滴らせている茂みを、じっと視姦する。
「精力的に生きるには歳を取り過ぎたと言っていたわりには・・・反応がいいな」
室井に言われ、もう居た堪れなくて青島は両腕で目元を隠した。
泣きそうだ。
辱められていることも、それを知られていることも。
だが隠す腕も室井に取り払われる。
「だめだ・・・、そんな顔をしたら余計に壊したくなる・・・・」
「もぉ、・・ゃですよ・・・ッ」
「頼む、俺の理性を試さないでくれ・・・」
低い囁くような室井の声。
室井が激しく欲情しているのが分かった。
指を絡めて室井が青島の手を握ると、青島はそれに応えるように小さく握り返した。
そのまま室井がもう片手で花芯に触れてくる。
何度か筋をなぞるように確かめられた後、花芯を上下に刺激する。
「あっ、はっ、ゃ、だめ・・・、ゃ、・・・んんっ!」
青島の反論は室井の噛みつくようなキスに封じられる。
口唇を深く塞がれながら、初めての男の手で濡れて香り立つ花芯を慰められ、青島は内股を小刻みに震わせた。
自分の雄に男が初めて触れている。
その感触に、青島の思考も躯もこれ以上なくうち震えた。
中途半端に脱がされた途中の服も縛りとなって、身動ぎも封じられたまま、絶えず施される快楽に翻弄される。
犯される恐怖に歪み、無意識に戦慄く躯が美しく、室井の眼前で耽溺していく。
「くふ・・、・・・ん・・っ、ン・・・ッ・・・」
狼狽えたように彷徨う手が刺激にソファを掻き、青島は首を左右に緩く振った。
自分の声とは思えない甘えた咽び声が、夜も深まる部屋に漂う。
こんなにも感じている。
自分だけが乱され、溺れさせられて。
こんなことを室井にされるなんて。
室井にそんなところを弄られるなんて。
「んんッ、ふ、・・っく、ぅ・・っ」
的確な動きと、同時に胸の尖りを甘噛みされ、綺麗に弧を描いて反る青島の背中が、ソファの上で強請るように震えて戦慄いた。
何度も頑是なく首を振る。
手加減をする優しさはないらしい室井の手が、懸命な愛撫で追い詰めてくる。
茂みを濡らす粘調の液がしとどに際を濡らした。
満たされて、引き摺り下ろされて、どこまでも奪われる熾烈な感覚に、圧倒的な激情を煽られる。
「・・室・・・さ・・ッ」
「おまえを、ずっと、好きだったんだ・・・。何度も諦めようとして、何度も戒めて。君とだけは恋に落ちては駄目だと・・・。でも、どうしても――出来なかった」
「・・ァ・・・ッ、ァ・・ッ」
「おまえが欲しかった・・・」
大人の男の顔だった。
「んっ、ん、・・・ッ、ふ・・・ぅ・・ッ」
青島の腰が左右に揺れ、快楽を逃がそうと堪える。
卑猥で淫靡な動きに、室井の目が釘付けとなっているのを感じた。
自然と腰が浮き上がる恥ずかしさに、もうこんな醜態を晒すはめに訳が分からなくなり、あまりの圧倒的な体感に青島の目尻から涙が零れた。
汗ばんだ髪が額に張り付いてくる。
「んッ、ふ・・・ぅ・・ッ、くぅッ、――ゃ・・っ」
達する、そう思った終末の近さを知っているかのように、室井が根元をきつく締め絶頂を阻害した。
あまりの仕打ちに、青島の目が潤む。
室井を挟んで開かされている下肢は解放することの事出来ない熱に焦れ、小刻みに悸き、顫えたまま、室井に晒された。
「ァ・・・ァ・・・、は・・っ」
淫蕩に喘ぐ青島の口唇は、紅く色付いた舌を覗かせ、呆然とした眼差しで室井に縋る。
男の手によって初めて達かされる絶頂はあらゆる快楽を超越していた。
手だけでこれなら、この先どうなってしまうのか。
青島の朱に染まる目尻が濡れて光り、忘我の淵に耽溺している姿を惜しげなく室井に晒す。
「もうおまえは俺のものだ。誰にも渡さない」
「・・っ、・・ぁ・・っ、」
「俺が、達かせてやる」
明確な思考もなく、青島はただ解放されたい一心で、無防備に頷く。
「イがせて・・っ」
室井が再び口唇を深く密着させ、手の動きを頂点へ誘うものに変えた。
不安定な身体を支えるために青島の手が室井にしがみつき、そんな他愛ない仕草に強烈なほど性感を刺激された室井が、動きを激しくさせた。
あまりの強烈な刺激に、青島は室井の腕の中で仰け反り、息を殺して身体を室井に委ねる。
「――ッッ」
あっけなく放たれた生温かい液体が自分の腹にかかり、青島は室井の手で達かされたことを知った。
2.
はぁはぁと、不規則な青島の荒い息が部屋に熱を籠もらせた。
それを室井が愛しげに見降ろし、額にキスを落とす。
キラリと光った目尻からまた快楽の涙が溢れ落ちて、室井はそれも舌で愛し気に掬った。
「ひ、どぃ・・・ですよ・・・」
「ああ・・」
肯定でも否定でもない室井の応答に、腰が抜けるほどの快楽を味わわされた青島が陶然とした焦点の瞳に室井を映した。
まだ室井が手に治めている花芯は絶頂の余韻を残し、蜜をたらたらと湧きあがらせ
その内股は桃色に染まり、びくりびくりと爆ぜた余韻に不規則に戦慄く。
「丁度、年も明けたようだぞ」
「・・・最悪だ・・・」
そうか?と室井が片眉を持ち上げる。
紅潮する面は歪に歪んだ名残りを乗せ、殊更淫靡なまま、室井の視界に晒されている。
苦悶と快楽に身悶え紅潮した青島の表情を眺め、室井は傲慢なほどの満ち足りた悦びの顔に変える。
「んなカオしないでください・・」
「その顔を見た人間が他にいると思うと嫉妬する」
「ぁ・・・、ン、触んな・・・・そんなに・・・」
「いやだ・・・・」
甘い多淫で豊麗な技巧は、想像以上だった。
まだ色付く躯は性感帯の一部でしかないのかもしれない。
室井が耳朶を甘く噛んでくると、それだけで青島は震えた。
涙目で目尻を朱に染めた青島が、途方に暮れた瞳で室井を映す。
同性にこんな気持ちを抱いたことがないから、このひとだけしか見えないのか。
同性にこんなことされたことがないから、こんなに乱されるのか。
その盲目的な恐怖は、背徳の色を重ねながら奥底で犯す男と、多分同じ叫びを持っている。
室井が無言のまま、まだ手の平にあった青島自身を再び刺激する。
射精の余韻に震えていたそこは呆気なく脈打ち、青島が切ない声を上げた。
「ァ・・・ッ、ゃ、やめ、だめです・・・っ、まだ触らないで・・・っ」
その淫らな姿態を視姦され、室井に片足を片方に絡ませ固定されると、回すように花芯を弄られた。
「あ・・っ、あっ、だめって・・ッ、言ってんのに・・っ」
汗ばむ躯はしっとりと香り、色付く尖りはピンと立ち、奥底から引き出された熱にじわじわと仄かに色付いていく。
無意識のまま、内股を自ら広げ、小刻みに痙攣させてしまう。
俺、こんなに感じやすかったっけ・・?
男に弄られて、乳首が立ってるなんて。
自分の躯じゃないみたいだ。
それを室井が知らしめるように長い指先で潰したり揉んだりする。
引き摺りだされ、巻き込まれ、溺れていく躯に、また訳が分からなくなり青島の思考は白濁していた。
「俺で、こんなに感じてくれているのなら、この先も苦労しなさそうだ」
男の手は昂ぶりを熟知していて、同性ならではの力加減に、またあっという間に限界が近付いていた。
室井の指先が導くままに反応を返す青島が紅い貌をして、淫戯に堪えた身体を震わせる。
室井の愛情を初めて自覚した気分だった。
しつこくて、諦めが悪くて、深くて、重くて、そして。
舌を絡めて、何度も、何度も繰り返す。室井のそのキスが青島の全てを蕩けさせていく。
心臓は狂ったように鼓動を打っている。
「ゃだ・・・ぁ・・っ、嘘、はずかし・・ッ、俺・・ッ」
「・・ここはぐちょぐちょだぞ・・」
「・・ァ・・ッ、はぁ、ぁっ、・・・ンッ」
室井が欲しいのは自分だけで、室井が見ているのも、自分だけだ――
「そんな顔・・誰にも見せるなよ・・・」
「ん・・っ、・・・く・・・ぅ・・・ッ、も、だめ、」
「達きたいか」
「・・ぁ・・っ、んっ、むろぃさ・・・っ」
甘い声で室井の名を零し、顔を逸らして青島の背筋が不規則に緊張する。
啜り泣くような喉の呻きが室井の口腔に吸い込まれ、青島の内股に痙攣に近い震えが走る。
舌を潜り込ませて口腔からも犯してくる。
こんな激しいキス、今まで経験したことがない。
深く交わる吐息と舌が、熱で溶けそうに濡れ、室井の舌の厚みや太さを嫌という程覚えさせられた。
「止まれないのは、こっちだ」
理不尽な享楽を併せ持つその感覚は、いつもここまで奥深く自分を震わせたのは室井だけだったという共鳴の瞬間を共有させた。
その瞬間、弾けるような熱く深い吐息が青島の喉元から溢れ、室井の口腔に吸い込まれていく。
「ゃあ・・ッ、く、・・っ、は・・っ、いじわる・・・っ」
「・・、もっと、見たい」
「ソコッ、そんなにされたら・・っ、ぁあ・・っ」
花芯の根元を解放し、再び絶頂を誘う動きに変えられた。
他人に快楽の波を翻弄され、青島の喘ぎはいつしか嬌々としたものになっていた。
巧みな男の手練で青島は呆気なく二度目の射精感に堪え切れず、淫乱に脚を広げる。
まるでそれは雄の肉棒を欲しがる挑発のようで、室井の目が眇められた。
「くそ・・ッ」
「せめ・・て、いっしょ・・!いっしょにいい・・っ、いっしょにイきた・・ぃ・・っ」
「馬鹿野郎ッ」
室井が自らのチャックを下げ、既に腫れあがっていた男根を青島自身を重ね合わせて、梳き始める。
その熱さと肉の質感、太さ、硬さに、青島の内股が小刻みに震えた。
「ァッ、そこ・・っ、ああっ、あっ、」
強く腰を押し付けて室井が揺さぶってくるから、青島は耐えきれず顎を反らした。
そこに噛みつくように室井がが口唇を押し付けてくる。
もう羞恥を感じるだけの余裕はなかった。
大きく脚を広げ、室井の動きに合わせて腰を振る。
室井によって押さえ付けられた背が弓なりとなる。
ほっそりとした首筋がきれいに後ろに反り、同時にそこに室井が歯を宛てられたとき、青島は再び白濁を吐きだした。
「・・く・・っ、ぁ、あ、ああ・・・は、・・・・ぁあ・・・」
強すぎる快楽に、目尻から涙が零れ落ちていく。
今にも溺れそうな薄紅色の青島の表情に、室井がゴクリと喉を鳴らした。
「んも・・ッ、信じらんねぇ・・・」
「何がだ・・・?」
「二回もオトコに達かされた・・・」
「二回で終わらせてやったんだ」
「っ、こんな・・っ、だって、突然・・・っ」
「おまえこそ、よくも煽ってくれたな・・」
「こんな俺・・、信じらんねぇぇ~・・」
「おまえ、少し快楽に弱いな・・・気を付けろ」
「何にだよ・・・」
汗で光る髪を片手で引き上げ、青島が気怠い顔を向ける。
いきなり男に二度も達かされ、流石に受け入れがたいものは残っている。
「室井さん・・は?」
「ん?」
「俺、しましょうか・・・」
「いや、いい・・・」
荒い息を整える半開きの口元を朱い舌でぺろりと舐め、青島が猥らに誘い文句を乗せた。
その舌に、室井が啄むように吸いつく。
「・・・抱くの」
「・・・好きなら欲しい。当たり前だろう?」
「・・それは、まぁ・・」
そっと、繰り返し室井が青島の口唇を柔らかく塞ぐ。
「今夜はいい」
「なんで?」
無邪気にきょとんと聞けば、流石に室井は愍笑して、後戯の手を止めた。
正直、このまま肉の甘さに溺れさせられるのなら、もうそれでよかった。
滴る媚肉を埋め込まれ、翻弄され、溺れ、溺れさせてみたかった。
「君にシてもらったら、それこそ本気で襲ってしまう」
「でも俺だけなんて悔しい」
張り合ってくる威勢の良さに、室井はほくそ笑む。
だからこそ室井も対等で全力であれるのだ。
可愛さ余り、室井は青島の鎖骨の下を柔らかく噛みついた。
「可愛かった・・・、それで今夜は満足したからいい。だが次は」
「カンジョに抜いてもらったから今は溜まってないってこと?」
「挑発するな。一度で終われるほど枯れてもいない。それともヤられたいのか」
「・・・欲しいのは口先だけかよ・・・?」
危うい均衡は挑発するような灼熱で殺しそうな鋭い刃をお互いに突き付け合う。
深く相手を繋ぎ止める方法も知らないままに暴走する狂気が物理的な圧迫感さえ生みだしていく。
それは、ある意味馴染みの感覚で、そうやってお互いに煽られ共鳴してきた過去の眩しさに眩んだかのように、室井が薄っすらと目を眇めた。
「泣きっ面の癖に意地を張るか」
「その余裕が気に喰わないんですよ」
「足りなかったか?」
「――足りないね。もっと欲しがれよ」
あれだけ啜り泣いていたくせに、強気に挑発する青島に、室井はしっとりと汗ばんだ肌の、敏感になっている背中を
つつと指先で辿り吸い付くような弾力を楽しむ
もう一度口唇を寄せ、下唇を甘噛みしてやると、室井の漆黒は笑んでいた。
「やっぱ意地悪だ・・・」
ぽんぽんと、今度は赤子を宥めるように、室井が青島の背中をさする。
「やっぱオトコじゃ勃たないのかなとか。勃たせてみたいとか」
「勃ったろ」
「けどさあ」
「安心しろ、いずれ一線は越える。今夜は準備を何もしてないからな」
「準備?」
「・・・、事前に慰撫方法も教えてやる」
「う、うん?」
「洗浄だ」
「せせ洗浄って・・ッ、ぇ、ど、ど、ど、どこをッッ」
「そんなことでうろたえている癖によく大層な台詞が吐けたな」
具体的なことを聞き、やはり少し、狼狽えた。
その初心な顔に満足したのか、室井が額にキスを一つ落としてくる。
「最後まで理性が持つと良いが・・・」
「ささ最後までって・・・・ッ」
「ここまで待ったんだ。焦ってはいないだけだ。でもあんまり挑発してくれるなよ」
「だ、大体何で室井さん、そんな詳しいっていうか、余裕なんですか?もしかして男と経験あったり・・・」
「あるか馬鹿」
「初めて?見たことは?」
「刑事やってればおまえだっていずれ出くわす。三大事件要因の一つは痴情の縺れだ」
「・・・そか」
だがなんか不満で、青島が、不意に顔を上げて室井の後頭部を片手で引き下ろした。
顔を傾け口唇に吸い付くようにキスをする。
柔らかい戯れみたいな可愛いキスだが、宣戦布告だ。
「これからはずっと・・・傍に居るんよね?」
勝気で天邪鬼な彼のこんな姿を引き出せるのは室井だけだ。
目を伏せ、室井もキスに応える。
「ここまで心を奪われるのは、おまえにだけだ」
そのまま抱き合おうとして、だが青島がふと拒んだ。
どうしたのかと片眉を上げると、青島は困ったように眉尻を下げた。
「腹・・・拭きたい、です」
「・・・・そうだったな」
先程吐き出した精液がまだ残っていた。
起き上がり、それをティッシュで拭きとってやる。
「シャワー浴びてきたらいい、明日の仕事は?」
「こんな時間まで付き合わせておいて言う台詞ですか」
「早いのか」
「んーん。病み上がりだからって年末のシフトは全部変わって貰ってて、だから俺、その代わり正月明けから夜勤でしばらくいないですよ」
「そうなのか・・・」
「しばらく会えませんね?」
その小悪魔で凶悪的な瞳の蠱惑さと言ったら。室井の理性を再び飛ばすのに充分だった。
徐に後頭部を粗暴に引き寄せ、室井が顔を斜めになるほど傾け、生意気な口を塞ぐ。
何度も、何度も、キスをした。
情動に従うことを自分自身に赦したあの日の脆弱さに、後ろめたさも感じさせる間もないように。
灼けるような口付けの甘さと狂暴な衝撃に、二人の背徳も罪も押し隠して。
「はぁっ・・、好きだ。おまえが隙だ。だから、さっさと落ちて来い、・・・早く、俺のとこまで」
「もう・・・とっく」
新しい年は心が軋みをあげて締め付けられるような中で始まっていた。
*:*:*:*:*
シャワーを元に戻そうとして、鏡に映った自分の姿を見て青島は息を呑んだ。
――歯形・・・
歯形だけじゃない、鬱血した情痕が自分の身体中に花のように散っていた。
こんなにくっきり、はっきりと、本当に所有印みたいについてるなんて思わなかった。
それも首筋やうなじ、服に隠れそうもないところまで至る場所に付けられている。
今まで付き合った女の子に冗談や戯れの一環で付け合ったことは青島にもあったが、知らしめるように付けられたのも
ましてやこんな、所有権を主張するように独占欲露わに意味のある刻印は見たことがなかった。
鏡に映る欲望を孕んだ烙印が紅く警告のように浮き上がる。
どうしてくれんだ。
だけど文句すら制圧されてしまう、強烈な証印。
これは罰なのか。それとも褒美なのか。
「でも・・そういや、あのひと・・」
少し冷静になった頭で見る朱い印は、人工の灯りの下ではっきりと浮き上がっていた。
じわじわとそこから未来が圧し掛かるような、踏み出してはいけない禁域を感じた。
青島はしばらくバスルームから出られなかった。
3.
玄関で見送る室井に背を向ける。
元日の夕刻となった今から出勤となる青島を室井が送り出す。
「んじゃ行ってきますね。帰れそうだったら明日一度戻りますけど。ずっとここにいる?」
「俺は三が日は休みだから」
ボロボロのショルダーバッグをかけ、青島がぴょんと立ち上がった。
「出る前にお願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「今後のお付き合いについてなんですが」
振り返る。
じっと室井の黒目がちの瞳を覗き込み、青島ははっきりと告げた。
「ここからは、大人のお付き合い、しましょ」
室井の襟首を片手で引き下ろし、下から浚うようなキスをした。
反論を与える間もなく、言葉を続ける。
「この先のあんたの決断、期待してます。 本気だっていうなら本気・・・見せてみろ」
吐息の奥で告げて至近距離でそれでも強引に口端を上げて、にやっと笑って見せる。
「じゃあね。それだけっ」
後ろから青島の二の腕を強い力で引き留める。
焦燥のままに青島の身体を振り向かせ、正面から向き合った。
「おまえ、帰ってこないつもりか」
「いぃえ?」
大体、ここ、俺ンちと青島が冗談めかして言うのを、室井が見定めるように鋭さを集中する。
薄っすらと綺麗な頬笑みを湛える青島の瞳は、昨日より遠く儚く見えた。
掴んだ筈なのに、また飛んで消えてしまいそうな男に、室井は苦悶の顔をする。
「いや、違うか・・・、おまえ、一体何を諦めた・・・?」
たった一晩で。俺の中の。
唸るように呟いた室井の台詞に、すぅっと青島の目が探るように大人びた者に変わる。
立場的に防御を持たない青島の立ち位置は、二律規範に怯え、その見返りよりも何よりも恐れているのは室井の未来だ。
やはり、青島は何かを決意してしまっている。
それを確信し、室井は腕の力を強めた。
「自然消滅とか、一夜限りの過ちとか、そんなことにはさせるつもりはない」
「それ以上、言ったら、だめ」
「逃げる気か?」
「どうせ放してくんないんでしょ」
「そうだ」
「だったら。それでもちゃんと前に進んでくれないと」
「それとこれは別だ」
少し剣呑となる室井の声から苛立ちが浮かんだ。
官僚は本来感情を妄りに悟らせない人種だが、青島の前では脆くも崩れ去る。
困らせたくないし、自由であってほしい反面、こんなにも心が欲しいと我儘に叫んでいる。
どうしても欲しかった。
それを手に入れたのは、わずか昨日だ。
傲慢なほどの愛情は、挑発的な言葉ではなく、こんな頼りなさで煽られる。
昨夜、嫌がっても抱いてしまえばよかったと、不埒なことまで室井の脳裏を過ぎった。
そんな室井の葛藤を知りもしない青島は、こっくりとした瞳を煌めかせた。
こてんと首を傾げ、そのあどけない瞳には何の警戒感も焦燥感もなく、不可思議な空気が間に流れた。
「じゃ、室井さんもちゃんと話してくださいよ」
「何を」
「だって。ちゃんと話していないでしょ俺に。全部」
「――」
しんと落ちた空気の中で、青島の気配が鋭気を帯びた。
「今回のことで室井さんが呑んだ要求ってなんだったの。ただで納得する相手じゃないだろ」
「婚約者の父親とは古い仲だ。仕事に支障が出ることはないし――」
「そっちじゃないよ。彼女はどうでもいい。・・・・俺が言っているのは上の脂ぎった連中だ。あいつら、室井さんを取り込むために何かしてきたんじゃないの」
「――!」
この頭の回転の速さ。
昨日の今日でそこまで察したのか。
自身の未来暗示だけではなく、相手の立場まで俯瞰する聡明さに室井は舌を巻く。
あれほど恋に怯えていたのに、青島は溺れそうになりながらも決して真理を見過ごさない。
青島は何かを諦めたんじゃない、昨夜の契りは彼をひとつ実らせ、責任と代償を弁える大人の男に開花させた。
それは、場合によってはけじめを持ち、誰にも知られず、傷を隠し、去るつもりか。
そうだった、そういう奴だった。
〝俺がいなくても現場の刑事のために――〟
恐らく遺言のつもりで口に乗せたのであろう何年も昔の青島の言葉は、今も室井の信念の根幹であり恐怖の象徴となっている。
今際にさえそんなことを口にした青島が哀しく尊い。
覚悟を決めて追い付いたつもりだったのに、また一歩、先に行かれる。
「君が気にすることじゃない。そこはこっちの領分だ」
「ヤです」
「青島」
威圧気味に語気を強めると青島がこっそり息を吐いた。
「だぁから。これからは一緒に戦わせてくださいって言ってんの」
「――!」
「あんたが上に何かされてんのを俺が黙って知らないふりすんのはもぉ無理があります。ちゃんと話して?聞くから・・・全部」
「・・・」
「知りたい・・・、もう、知らなかった昔には戻れないよ・・・・」
室井は黙ったまま、拳を握り締めた。
青島の言いたいことが伝わった。共に歩むことが、その両手に包まれ甘やかされることだけじゃないことも。
一人粋がろうとしていた奢りをまた突き付けられる。
指摘通り、手負いの上層部がこれを切り札に何か不条理な要求を強請る可能性はあった。
卑猥なことも外道なことも好きな連中だ。
それを案じてくれる彼の存在が室井を強くもし、浄化もする。
それを気付いてくれる彼の存在が、いつか違う道を選んでも絶対また引き寄せる。
一歩踏み出し、室井は青島を力強く抱き締めた。
大丈夫だと安心させるように。
離れる未来が来ないようにと。
人が本当に脆弱になるのは、過酷な運命そのものではなく、その苛酷さを理解されず受け止められもせず一人抱え込む孤独さだ。
それを知っている彼の狂おしさが、それを最早隠そうともしなくなった姿に、室井は青島の覚悟と美しさを知った。
認め、理解することが愛なのだと――そういう彼に、永劫の罪と罰を植え付ける。
確信がする。
どんな屈辱も恥辱も涼しい顔で耐えられると思った。
「・・・分かった」
それだけを、詰まった喉でなんとか音にした。
分かってくれるひとがいる。認めてくれるひとがいる。
こいつだけは護りたい。
絶対に。
青島の不安と憂慮に同調するように、湧きあがる冷たい泉の如く室井の胸を浸すものがある。
「恐いのが、あんただけだと思うな」
「・・ああ」
巻き込みたくはなかった。でも、どうせもう戻れやしない。今更時など戻せない。
俺たちは惹かれあってしまった。
二人が戦おうとしている世界は生半可な覚悟で生き残れる戦場ではないことを強かに思い出す。
こいつのために俺はこの先の時間全てを捧げてそれで何を残してやれるだろう。
俺たち二人が戦った証に、何が残していけるのだろう。
「あんたは好きなだけ俺を奪えばいい・・・」
「・・・ああ、どうしようもないな・・・」
身じろいだ青島が、室井の腕の中でふわりと笑う。
可憐なあのクリスマスローズを思い出した。
俺は、大丈夫だ。
「だから、今度からはこんなにキスマーク付けないでくださいねっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん?」
「今日は風邪だって誤魔化すけど、こんなタートルネック、ばればれですからっっ」
「・・・・」
「節度弁えた大人のお付き合い!俺のこと好きなら泊まる日は証拠は残しちゃダメなんだからねっっ」
話はそこなのか?
深甚な思考と空気の乖離に室井が首を捻る。
めっと睨み、その隙に青島が腕の中から抜け出した。
「行ってきまーすっ」
後には静寂と室井の苦笑が浮かんでいた。
青く青く空が広がる。
fainal happy happy end

隠すほどエロくはならなかった・・・。とにかく辱められる青島くんというのがコンセプト。
20161229