シー ズン企画
毎年恒例クリスマスストーリー2025のつづき








聖都幻影 後編
line
6.
『おはようございます 縁談が決まりましたよ 私もですが。追って連絡があるかと』
『朝っぱらから電話してきていきなりなんだ』
『いきなりではないでしょう?』
『・・あれは君の話だったのではないのか?』
『まとめて、ということだったのでしょうね 元検事総長の縁者だということですよ』
『そっちは元刑事部長関係か』
『ええ・・まあ』

言葉を濁す新城の沈黙が、全てが計画だったと物語っている。
察するのは何も、外野の思惑だけではない。参加を決めた時から薄々勘付くべきことだ。
室井は幼稚な反論をするのを止め、ただ現実を受け止めた。
こういう時の奴らの仕事が早いのは、いつものことだ。

『昨夜は・・あのあと、追い付けましたか』
『話が飛んだな』
『そうでしょうかね?実は繋がっているとは思いませんか?これも』

これも、と付け足した新城の言葉に、新城が刑事部長から本当は何を命じられているのか、室井はその先を慮り、背凭れに身体を預けた。
クリスマスイブの悲しい夜から一夜明け、通常の仕事に戻ればあの朧げな霧雨に包まれたひとときは
全て悪夢だったのではないかと思いたくなる。
でも初めて抱き締めた躰の感触と、雨の冷たさがまだ手の平に残っていて
室井は拳を握り、目を閉じた。

『話は出来た。捕まえられたかどうかは――疑問だな』
『結局手を出せなかったと』
『新城、もう少し言葉を選んでくれ 流石に凹む』
『情けない男に言葉を選んだって無駄ですよ 縁談も進められていきますからね 八方塞がりにならないように』
『断ってくれ 失礼を働きたくない』
『とはいいましてもね・・私の一存で何か出来るとお思いですか』
『そこは息子として我が儘通してもいいんじゃないか 今こそ親孝行だ』

微かに電話口で新城が笑ったようだった。
共にレールの上を走らされる身の重圧が、途方もないものだったものから、今は共有される補助に思える。
不思議なものだ、知っててもらえるだけでそれはガソリンにも動力にもなる。
いがみあい、馬鹿にしあい、ぶつかり合った過去をもつことで、それは妙に充実した、昇華していくような
そんな錯覚を帯びてくる。
以前だったら、一人で粋がっていた。
反抗して討議しようだなんて、思いもしなかった。

『君は――それでいいのか』
『反抗したいのならもっと若い時にしてますよ、貴方と違って』
『それもそうだな』

敢えて、レールに乗っかる人生に進んでいく新城の、選んだ時に捨てたものに思いを馳せる。
いっときの感情に流されなかった彼は、それでも断ち切るには幾許かの傷跡も受け止めただろう。
忘れるためにどれだけの月日と労力を費やしたのか。
そうするだけの価値ある未来だったといつか言える日が訪れるのだろうか。
その潔さが今は眩しく見えた。

『美人だといいな』
『そこですか?』
『せめてもの慰みだ。悪女でも楽しめる』
『室井さん、じれったい男はフラれますよ。煮え切らない男もね』
『大きなお世話だ』

新城の覚悟と決断に、今は敬意を払う。

『すまない、入電だ、続きはまた後程』
『失礼、では父が礼を言っていたということだけ伝えておきますよ』
『身に余る礼ということだな』

そこに含まれる意味合いに頭痛を覚えつつ、室井はキャッチホンで入っていた電話に切り替えた。

『中野です 室井さん、所轄から電話が入っていますが』
『繋いでくれ』

電子音のあと、突如、辺りを憚るような懐かしい声が聞こえてきた。
なにやら背後の騒がしい様子がその声を時折途切れさせる。

『む、む、室井さんですか、湾岸署の袴田です。署長の真下がパニックですので、代わりに私めがお電話さしあげております』
『用件は』
『あ、あのぅ、青島くんのことについて・・なにか聞いてらっしゃらないかな~~などと・・」

室井の指先がピクンと痙攣する。

『青島くんが何か』
『実は今日欠勤の連絡が入ってまして・・それはいいんですが、その、ついでに辞表もFAXで送られてきちゃいまして・・』
『ちょっと待ってください、辞表をFAX?いやまず、欠勤とはどういうことですか』
『あ、それはなんか体調不良だとかなんとか』
『ちゃんと問診してください』
『電話、一方的に切れちゃったそうで、その後一方的にFAXが送られてきましてですね』
『そんなものは受け取らないでください』
『す、すみません・・それでですね、何か最近青島くんに変わったことなかったかな~など聞かせて貰えたらと思いまして」
『何故私に』
『いやほら、室井さんといえば青島くんが一番に頼りそうな相手ですし、昔からなにかと色々と、その、』

一番に頼る相手と言いたいのだろうか。
信頼される相手にくらいはなっているのだろうか。
そうではない現実は、お世辞でも人の心を打ちのめす。
傷つけるばかりで泣かせてしまう男に、何をしてやれることもなかった。
周囲の目など、いい加減で偏向だ。

『本当にそれは辞表だったのですか』
『あ、はい、文章も略式ながら正式なものでした。文書は体調が戻り次第、持参すると書いてあります。もうなにがなにやらで、署長もパニクっておりまして』
『・・・』
『青島くん・・こんな風に無責任に放棄するような子じゃなかったんですけどねぇ・・』

確かに騒がしく、混乱している様子が電話口から漏れ伝わった。
要領の得ない袴田の説明にも困惑が隠せないでいる。
青島をそんな風に変えたのは室井なのだと責められている気がした。

『これ、受け取っちゃっていいんですかねぇ?』
『正式なものではないと判断してください』
『あの?つまり・・?』
『無効だ!破棄しろ!それとさっさと誰か他に連絡の取れる者に事情を取りに行かせろ!』
『そそそれがですね・・居留守なのかなんなのか、音信不通になっちゃいまして・・』

なんなんだそれは。
室井は頭を抱えた。
だが、一番吐き気がするのは、愛しい男への伝達手段に、誰か他の者を行かせろと指示を出している自分自身だ。
こんな時まで二の足を踏む。
イルミネーションに反射していた青島の濡れた瞳がまだ鮮明に記憶の中にチラついている。
それは雨の冷たさを持って冷めた色で室井を責めている。
それすらも室井を虜にして苛んでくる。

『今すぐは無理ですが、時間を取り私も青島くんへコンタクト取ってみます』
『おね、おねがいします~~出来たらこっちにも連絡入れるように言って頂けると~』

ちゃっかり便乗してきた袴田の提案を耳に残し、返事もせず室井は電話を切った。
椅子から音を立てて立ち上がる。
コートを乱暴に手繰って、飛び出した。

「逃げ切れると思うのか!!」






7.
昨日の今日だ。青島が退職願を出したという事実に室井が無関係とは思えなかった。
当てつけのように起こした行動は、そのまま室井への非難だ。

「くそッ出ないか!」

気もそぞろにコールを閉じ、次の手を考える。
青島の行き先など思い当たる節もなく、室井は一度も行ったことがない青島の住居へ向かうことにした。
室井は些か乱暴な悪態を残し、スマホを仕舞う。
何度コールしたって、あのへそ曲がりは出やしないだろう。

普段通う場所、お気に入りの店、居住地域。
青島の言う通り、室井は青島のことを何も知らない。
真実を知ったら殺されてしまうスパイのように、青島がその実態を教えてくれたことはなかった。
青島が言っていたことが今分かる。
きっと青島はだって室井の趣味や生活を知らない。
他人より遠いことに不安を覚えたのだ。
これが、室井が望んだ付き合いの形の現実だ。


*:*:*:*:*:*


何度目かの打撃音が工場地帯の冷えた道路に響いた。
北風が鋭く吹き抜ける。

ドン・ドン・ドン!

呼び鈴に反応のない扉を、室井は脇目も降らず叩く。
警視庁データベースにある職員プロファイルの住所は確かにここだ。だから迷いはない。

ドン・ドン・ドン!!

両隣の部屋も留守らしく苦情は言われていない。
工場の油ぎった臭いの混じった風に、稼働音が混じり、また一つトタン屋根を鳴らして吹き抜けた。
ここはひと気がない街外れだ。
駅からは近かったが住宅街からは離れている。
陽気で朗らかな印象の青島のイメージとはかなり違う、少し寂しい街並みだ。
何故彼はこの街を選んだのだろう。
海の匂いが強い。

ドン・ドン・ドン!!

ここにいなかったらお手上げだった。
そのくらい、室井は青島について知識がないということだ。
他人より遠くなってしまった相手に、まだ謝罪も気持ちも愛も伝えきれていない。
初めから存在していなかったかのように、足跡を辿る術がない。
新城に警告された“消えますよ”という脅しが室井の鼓動を逸らせ焦らせていた。
何度も叩いては呼び鈴を鳴らし、扉に耳を押し付け、中の気配を探る。

やがて、何度目かで物音が聞こえた気がした。
室井は扉に貼りつき、全神経を注ぐ。
少なくとも住人はいる!室井に緊張が走り、扉を凝視する。
ロックを外す音。
カチャリという金属音。
ゆっくりと扉が開いた。

「っるせぇなぁ・・留守ですよぉ~?」

開けた途端、青島は目を丸くして固まった。
室井もまた、思いもよらない青島の格好に、目を見開く。
次の瞬間、青島が勢いよく扉をしめようと引いた――が、閉ざされる一瞬、室井が片足を挿し込み、それを阻害する。

「悪いな、こういうケースには慣れている」
「仕事かよ!」

両手で扉を閉ざそうとする青島に対抗し、室井も扉に手をかけそれを許さない。
扉を挟んだ攻防は両者拮抗し、どちらも一歩も引かなかった。

「なんでいんのっ」
「話があるんだ」
「もう会わないって言ったでしょっっ」
「逃がしてもやれないとも伝えたつもりだッ」

室井が扉の隙間に身を押し入れる。
それを押し出すように青島が扉を引く。

「大体あんた、ここに来たこともないじゃんっっ」
「気軽に訊ねるわけには行かなかったんだ!分かるだろう!」
「わっかりたくねーよっ、んっ、もっ、・・この、クソ力ぁっっ」
「どっちがだ!」
「扉壊れるだろ!弁償してくれんのかよッ」

どちらも引こうとしない。
こういうところ、室井と青島はよく似ている。

「帰ってくださいっ」
「話が先だ!」

奇妙な攻防戦は両者拮抗しているため延々と続いた。
だが警察官としての経験年数、日課としている武術訓練の成果は歴然である。
やがて青島の体力が切れた頃、室井が扉の中に青島の身体を押し込み、室井も身体を半分中に滑り込ませ、勝負はついた。
押し戻そうと暴れる青島を片腕で抑え込み、そのまま後ろ手で扉を閉ざしてしまう。
はあはあと荒い息が薄暗い室内に二つ上がり、あれだけ騒がしかった音の一切が消えた。

「辞表を出したと聞いた」

低いが先程とは打って変わった感情を見せない声で、室井が先に口を開いた。
カクンと膝から崩れるように青島が玄関に座り込み、汗ばんだ前髪を掻き揚げる。

「俺から逃げるつもりか」
「逃げ切れるならね、どこまでもやってやりますよ」
「君らしいのか、君らしくないのか」

まだ整わぬ荒い息で首の汗をタオルで拭う姿を見下ろし、室井は少し苦笑する。
簡単に逃げる手段を選ぶのは青島らしくないが、駄目と分かっても諦めずに足掻く姿は、微笑ましい。

「精々頑張れ」
「お、俺だってね!辞めればすむとか思ってないですよ!けど今の状態続けんの?へ、変でしょっ、つ、つらい・・し」
「・・・」
「別れようって言ってんのに聞き入れてくんないから!ほ、他に手段なかったんですよっ」

室井を責める言い分に、幼さと甘えを錯覚させ、拙く小首を傾げながら視線を反らす姿に
不意に室井の中で湧き上がった感情は非難などではなく、ある意味純粋で貧楚な、こいつが欲しいという浅ましい感情だった。
それを認めた時、そこまで構築してきた建前や主張は呆気なく瓦解した。

「ってゆぅかね!ぴんぽんぴんぽん、うるさいですよっ」
「すぐに出ないからだ」
「見りゃわかんでしょ!欠勤してるでしょ!風邪引いてんですよっっ」

それは一目瞭然だった。
パジャマ姿で額にアイスノンを巻きつけ、ぐしゃぐしゃの髪からは、今の今まで寝ていたことが伺えた。
適当に着たらしいパジャマのボタンが一つずつズレていて、胸元は止めてすらいない。
崩れるように寝込んだのかもしれなかった。

「それも、俺のせいか」
「・・なんであんたは元気なの・・」
「鍛え方の違いかな」

小首を傾げ、室井が腕を組む。
敵わねぇと呟いて、青島が横を向いた。

そっぽを向くことで晒される首筋の長さと、そこから大きく空いた胸元、パジャマの襟足が示す鎖骨とうなじ
それらは青島の滑らかな肌を見せ付け、角度的にかなり際どい所まで覗けてしまい、室井に鋭利な感覚を呼び覚まさせる。
電気も付けない玄関は少し薄暗く、昼間とはいえ、しんと鎮まりかえった街と、青島の匂いのする部屋に
室井はにわかに緊張してきた。
その切迫した気配に、今湧き上がった貪婪な感情が、執着と呼ばれる類のものだったのだと認識する。
認識すると共に恐ろしいほどの勢いで室井を侵食し、自分が今まで逃れようと藻掻いてきたことの無意味さを
そして、もう元通りの生活に戻ることなどできないのだと、ようやく理解が追い付いた。
あまりの呆気なさに、室井は天井を向き、目を硬く閉じて、息を細く吐く。

『室井です。青島くんを確保しました。辞表は破棄、本日は有給対応。体調不良は本当のようです』

丸く口を開けたまま、青島が座り込んだ状態で室井を見上げてくる。
コールから漏れ聞こえる声から、相手が袴田であることは伝わったのだろう。
なんで?という顔をして固まっている顔は無防備だ。

『・・はい・・はい、それでお願いします。・・分かっています、体調が戻り次第、登庁させ釈明を』

勝手に話しを進め、室井は勝手に通話を終わらせた。
何してくれてんのと目を吊り上げる青島を尻目に、室井は勝手に靴を脱いで部屋に上がる。

「邪魔をする。ベッドはどこだ」
「なななにするんだよ」
「寝るに決まっているだろう、病人がやることなど一つだ。俺が看病してやる」
「や、や、やですよ!」

青島の二の腕を取り立ち上がらせると、室井はズカズカと部屋に引き摺り込んだ。
こじんまりとした部屋はすぐにリビングらしき場所にあたり、その奥にフローリングの6畳ほどのスペースにベッド一式が見えた。
あとはモデルガンが所狭しと箱詰めされている。

「汚い部屋だな」
「だからヤだって言ったのに!」

泣き声となる青島を他所に、室井はリビングを通過する。
空き缶やツマミが散乱したテーブル、帰って来て倒れ込んだのであろう昨日の濡れたスーツは床に放り出され
洗濯物もそのまま散乱していた。
どれが洗い物なのかも判別つかない。

「昨日帰ってから身体を温めなかっただろう、風邪を引いて当然だ」
「既にそんな気分じゃなかったんですよぉ」

ズンズン進み、ゴミをあしらい、またいで青島を引き摺って行く。
たたらを踏みながら引き摺られる青島の、微かな抵抗は抵抗にもなっていない。

「ちょ、ちょっと、待ってってばっっ」
「あれだけ濡れて、放置してたら、この時期誰だって風邪を引く。スーツだってダメだなアレは」
「・・んもぉ、うるっさいなァ!小姑か!」
「そうさせてくれるならな」

室井が足を止め振り返り、ニヤリと口端を持ち上げれば、ウっと詰まった青島も軽口を止める。
漆黒が一瞬だけ左を差す。

「何処へ行くつもりだった」

その荒れた部屋の窓の下、唯一キチンと纏められた旅行バッグを顎でしゃくり、室井が問う。

「・・・」
「答えろ」
「別に・・、正月だし、ちょっと実家に顔出そうかと・・」

観念したように白状する青島は渋不満気に口を濁す。
その僅かな隙に青島の腕を引き、そのまま室井が押し倒すように青島をベッドに寝かせた。
縺れるように倒れ込み、室井も膝だけ乗りかかって見下ろす。
体力が落ちている青島は成すが儘にベッドに背を預け、自分を見下ろす室井を不安げに見上げてきた。
そのまま見つめ合う。
視線が絡めば、時は簡単に止まった。

「・・・」
「・・・」

どちらも喋らない。
乱れた着衣、覗く胸元と、白く長い首筋。少し荒げた息が耳を擽る。
熱があるせいだろうか。触れた腕に熱を感じた。
衣擦れの音を残し、室井の指先がそっと青島の乱れた前髪に降れ、梳くように指先に絡ませた。
ギュッと握ることで、青島の動きを阻む。

「――青島」
「・・はい」

静かに問い掛けた声は殊の外、太く重い。

「二人で逃避行しようとも、秋田に戻って実家に入れとも、俺には言えなかった」
「・・・」
「公表し正々堂々と戦う力もなければ、庇うだけの男気もない」
「・・そんなこと・・言いに来たの・・」
「バレて晒し者になることが恐かった。連れ去る勇気もない。自分のことばかりだ。俺は臆病者だ」
「どうでもいいよもう・・」
「聞いてくれ」
「帰って・・ください、風邪、移りますよ」

青島が身を捩って逃げようとするのを拒み、室井がその手を取る。
再びベッドに両手首を縫いつけると、室井はしかと見下ろした。

「移せばいい。俺が今日、仕事を放り出して何故来たと思う」
「俺はっ、・・謝罪なんかが聞きたいわけじゃなかった!それに!・・もういいって」

手首に力を込めて室井から逃れようとするが、室井が体重も掛けて拘束しているため、青島はベッドの上で身動ぐ。
足で藻掻き、シーツを乱し、頭を頑是なく振って、視線も外される。
それが寂しくて、室井は今度は暴れる青島の頬を両手で掴み、顔を向けさせた。
解放された手で室井の胸を押して逃れようとする青島が、睨んだ顔で訴えてくるが、強気で吸い込まれるような瞳が泣きそうに揺れている。

「んだよっ、もっ、どけよ・・っ」
「組織の中で、同性愛を貫き、バレても護れるだけの力はない。閉鎖的な場所で、異端で矮小な俺たちは真っ先に抹消される・・!」
「・・そ、んな、ことッ、知ってるよ・・っ」
「俺は君を護れない。救うことも出来ない。何もしてやれない」
「もっ、何度も、しつこい・・ッ」

室井は額が付きそうなほど顔を寄せ、青島の頬を抑えたまま、必死に告げていく。
だが青島はそれを聞こうとはしない。

「無責任に手に入れて恋人ごっこするなんて出来なかった・・!」
「俺だってそうだから・・っ、だから、もういいって!言ってるでしょ・・っ、最初から無理だったんですよっ」

叫ぶように暴れる青島を、室井が両手でしっかりと抑え、縫い留めた。

「きっと傷つけるだけだ。だけど君を誰かに渡すのも嫌なんだ。君がいないと思うと恐くなる」
「は、なせよっ」
「このままでもいいと思っていたのも事実だ。居心地が良かった。このままでも俺は確かに幸せだったんだ!」
「聞きたくない・・!」
「変えたくない、それは卑怯だと分かっていた。踏ん切りがつかなくて・・でも俺には選べなかったんだ・・!」
「俺だって選ばせたくなかった!」

真っ赤な口唇が強く引き結ばれ、小刻みに震えている。
強く反抗するその口唇は麗しく、ぷっくりとした肉に魅入られ、熱のせいか朱を叩く頬に目尻に、他の何も室井の目には入らなかった。
なんと美しい、荘重な生き物なのか。
この清澄さの前では姑息な嘘など簡単に粛清される。

「だけど、だけどあんたが俺を突き放すんじゃないか・・っ」
「間違っていてもそれは全部君のためのつもりだった・・!」
「全然合ってないよっ」

なんと情けない告白だろう。二度目の告白はもっと紳士的に格好良く決める筈だった。
その身一つで飛び込んで来いと言いたかった。

それが男のケジメだと思っていたし、我が一族の男は皆そうやって伴侶を娶るのだと
幼いころから叩き込まれてきた。
躾けに従い、聞き分けの良い子を演じるよう躾けられた。
執着も欲望も持たない、ただ一つ、喜ばせようと選んだ道は意趣とはならず、寵愛を欲することさえ弾圧された。
何も叶えられない出来損ないだ。
俺は、サンタクロースにはなれない。

「でももう、限界だ。君を傷つけてでも手に入れたい」
「俺だって護って欲しかったわけじゃない!あんたが勝手に・・っ、だからおれ・・っ」
「君を手放す気はない。逃げることは赦さない。それでも離れていくというのなら――」

それでも室井は必死になって縋る。
初めて見せた本心だった。論理も道理もまとまっていない。ただ青島にぶつけ、懇願するだけの、欲念だ。

「初めて会ったときからだ。悔しいほど君のことでいっぱいになった。そこからずっとだ」
「“一生変わらない女”があんたの中にいるだろ・・」

拗ねたような青島の声は弱弱しく、伏せた瞼に水滴が散る。
かつての失った恋とは異なる。向き合う恋ではない、支え合う恋でもない、共に在る恋になる。
失った恋を惜しむように、水滴は落ちて、消える。

「彼女が消えた夜、俺の世界は色褪せた。もう何も心が動かなかった。でも、君が――」
「・・・」
「君が、騒がしい世界に連れ出した」
「・・・」
「他の誰がいなくても、君さえいれば生きていけると思った。君がいなくなるのなら、俺は」

そこで室井は一旦言葉を切った。
青島を見つめ、その怒りと悲しみを享受する。

狡いことを言っているのは分かっている。
無責任なことを押し付けているのも分かっている。
雁字搦めになって、追い詰められて、人生頓挫している自分の隣に居て欲しいのは、青島しかいない。
カッコつけた自分を見せたかった。でも本当はそうじゃない。格好つけた姿を青島に見ていて欲しいのだ。
そうすることで、室井は全ての制約を受け入れられるからだ。

「俺から逃げるなんて言わないでくれ」

室井の声が震えた。
心を解放したせいだろうか、震える心が欲望や渇望に忠実となり、飢えたままに暴走しそうに逸る。
滴り落ちる甘い毒に犯され、凶暴なくらいの独占欲が溢れ出し、一切合切が決壊してしまいそうに震えている。
言葉にしたことで、青島が本当にいなくなるということが恐くてたまらない。

青島は、初めて零した室井の本音に静かに抵抗を止め、室井を黙って見上げていた。
真実だけを映す壮麗な瞳の前に、何一つ隠すことが出来ず、曝け出されて、零れ落ちてしまう。

「青島、時間を進めよう」

ずっと、このままでいられると思っていた。
でもそれは、幻想だった。

こうして距離を詰めてしまえば、とうに自覚していた筈の想いが、思った以上に形を奇妙に歪に変え、蜜やかに発酵し
灼け付くような焦燥と、足元が崩れていきそうな不安を内包して、室井の奥底に潜んでいたこと
それを見ぬふりをして、ただ、昔のままに優等生ぶって常識人の顔をして、気付きたくなかったのだと知る。
ほとんど舌打ちしたい気分だった。

「何も出来ない。それでも傍にいてくれないと困る。それでもいいか。それでも俺を選んでくれるか青島」
「っ」
「護れない。護ってくれとも言わない。隣で、俺の片割れとして傍で生きて欲しい。支えになるのではなく、ただ、分身として俺と共に」

青島の無垢な瞳が室井を見上げ、映しこむ。

「俺と共に、受け止めてくれ」
取り巻く現実の苛酷さを。

何も答えない青島に、焦れて室井は首を垂れる。
切羽詰まった声で乱暴に頬を掴み、懇願を――命令をする。

「消えないでくれ」

青島の答えなど、初めから待っていない。
それでも、ただ一つの言葉が欲しい。
きっとそれは、青島もまた同じだった。

あまりの手加減の無い男の力で縫い留めたため、青島が痛みで顔を歪め、微かに身じろぐ。
今はそれさえ許したくない。
些か乱暴に押さえ付けた。
心が叫んでいる。
こんなにもずっと欲しいと叫んでいたのかと、それは呆れるほどだった。
想いや熱は抑えるほどに熟成され澱み、歪んで、腐臭を放ち始める。
暗闇の中で静かに醸造されていくように、いつしか育っていたそれは、ただ、欲しいという一つのシンプルな執着だ。

「良いと言ってくれ、青島。頼む」

額を押し付け、顔を近づけ、懇願する室井の声が掠れる。

「言ってくれ青島、・・もう、もたない」

男に従わせるだけの毒を持つ魔力にもう抗わず、心を委ねれば
身勝手で獰猛な感情が瑞々しく滴り落ちてくる。
それに従うことを拒絶してきたのは、意図せず飲み込まれるのが恐いという本能的な防御だったのかもしれない。

お互いの息が混じるほどの距離で、じっと見上げる青島の透明な瞳は室井しか映しておらず、純潔に瞬き、悪魔に魅入られても構わないと思わせた。
これに誰もが狂わされるのなら、その相手は俺でいい。
共に殺されるのなら、青島も道連れでいい。

「頼む、青島・・ッ」
「・・すき、です・・」

震え、小さく掠れた声が濡れた口唇から洩れた時、室井は許可も得ずその口唇を塞いでいた。
驚き、ビクンと青島が硬直し、寸でのところで本能を制した。
衝撃のまま見つめ合い、初めて触れた滴るような甘い毒の余韻に震え、室井もまた動けない。
身の裡からこんなもんじゃ足りないと訴える、噴出しそうな何かがある。
今はそれに逆らわず、乗り上げたその態勢のまま、室井は震える指先で青島の頬を、そっと撫ぜ、慄くままに触れた。
青島が怯えたように身を竦める姿に、決壊しそうな意識を必死で制御する。

「な・・ん、・・で」

あれだけ触れようとしなかった男の行為に、青島は拳で口唇を覆い、顔を歪めた。
あれだけ先に進もうとしなかった男の欲望に、戸惑い、小さく震えていた。
触れたくなかったわけではない。
欲が湧かないわけない。
触れてしまえば一気に決壊する。こんなにも簡単なことだった。その簡単さがいっそ滑稽なくらいだった。

「口付けても、いいか」
「っっ////」

更に茹で上がるように真っ赤になってしまった青島に室井がゆっくりと指先を伸ばしていく。
口元を塞いでいる拳に、真っ直ぐに目を見ながら、触れていく。
青島もじっと室井を見つめ上げ、その瞳にまた魅入りながら、室井は青島の手を握るように、ゆっくりと外した。
朱く、ふっくらと濡れた口元が震えている。

親指で下唇を拭うように触れた。
室井がゆっくりと顔を傾ける。
距離を詰めた、その吐息が室井の口唇を掠め、瞼を伏せる。
室井はゆっくりと自身の口唇を寄せた。

「いいか」
「っ」

千切れるような青島の呼吸が、青島の緊張を伝えてくる。
瞼を伏せ、頬を掴んで持ち上げ、壊れ物に触れるように、そっと重ね合わせれば、青島が息を呑んだのが伝わってくる。
強請るように、青島が顎を持ち上げ、薄く口唇を開く。
それを合図に室井が動いた。
しっかりと重ね、熱を肉を確かに与え、強く押し当てる。
そうしてから、もう一度顔を上げて瞳を覗き込む。
強引に奪ってしまっても良かった。
誰にも渡すつもりのないものだ。
ただ、勢いに任せて行為に付き合わせるのではなく、青島に、しっかりと誰に何をされているのか認識させるのが先だ。

「だって・・むろいさんは・・・だって・・」

柔らかい青島の髪を指に絡ませ、室井は愛撫するように額からこめかみ、頬を指先で辿る。

「俺も君が好きだ。言っただろう?」

言葉にならなくなった青島の瞳に水幕が張り、そこに窓からの光が差し込んで、なんと美麗な生き物なのだと改めて思う。
溢れそうな粒を瞬き、青島が顔を横に倒せば、光の粒は頬を伝ってほろりと落ちた。
逆に晒された長く白いうなじに、室井は無意識に吸い寄せられ口唇を押し当てれば、また青島の躰がピクンと震える。

「ぁ・・っ、室井さん・・っ」
「欲しい」
「う、そだよ・・・、だって・・・だって・・その、昨日まで、あんた・・」
「ずっと欲しかった。本当は手に入れたかった。でも、出来なかった」
「・・・」
「恐くて、手を出せなかった」
「そんな、素振り・・」
「どれだけ我慢してきたと思っている」

また零れ落ちる光の粒を舌先で掬い、目尻から色付く頬を口唇で辿り、うなじに入り込んでキスをする。

「・・あ・・っ」

思わず小さく上げた声に青島が驚き、また口唇を拳で塞いでしまった。
室井は柔らかく目を眇め、その手を取り上げ、そっとシーツに縫い付ける。
もう一度顔を埋め、室井はこめかみ、耳朶を舌先で愛撫していった。

「・・ゃ、っんぁ、・・やめ・・っ、やめッ、待ってって、むろい、さん・・っ」
「止めたくない」
「あの・・っ、でも、その、おれ、・・風邪引いてて・・」
「移してもいいと言った」
「いいわけなくて・・その・・っ」
「もう黙れ」

元々だらしなくボタンが外れていた首筋に顔を埋め、首筋から鎖骨の匂いを嗅ぎ、舌先で滑らかな肌を味わう。
仰け反るように顎を反らし、切なげな表情を見せる青島のもう片手も取り上げ、顔横に縫い付けた。
甘そうな口唇が売れて薄く開いている様子に誘われ、室井はもう一度顔を傾け、重ね合わせる。
弾力のあるふっくらとした味わいを楽しみ、だが深追いはせず、名残惜しく開放し、また目を覗き込んだ。

「ほしい」
「ま・・まって・・ください、おれ・・その、急すぎて・・まだ心の準備もできてない・・」
「そんなものはなくていい」
「昨日から熱・・あるし・・その・・、汗くさいだろ・・」
「どうせすぐに汗だくになる」
「ぁ・・、ぇと、その・・お、おれが・・・下?」

室井が薄ら笑む。
青島の汗ばんだ髪に、そして額にキスを落とすと、室井はそのまま青島の上に乗り上げた。
体重をかけて抵抗を阻み、しっかりと真上から青島を見下ろす。
両手は先程からシーツに縫い付けたままだ。
少し逆光となったことで室井が陰となり、表情の分からぬ男の影は、いっそ青島に畏怖を感じさせ、室井を不安そうに見上げた。
そんな表情こそ男を狂わすと、手練れな青島が知らぬわけがないのに。
ゾクリと背筋を這い上がるものに、漆黒が雄の焔に変わる。
その顔に釣られたように、青島もまた、艶めいた笑みを湛えた。

「室井さん・・は、俺が、いいの?」
「・・ああ」

コテッと小首を傾げる姿は幼くもあり、娼婦性も併せ持つ。
ご満悦な邪気のない顔で、指先を絡めてくる仕草に手練れを見て、一瞬にして濃密で淫靡な空気を醸し出すスキルに、完敗した。

「おれ・・が、いいんだ」
「そうだ」

促されるまでもなく、君だけに感じている。
室井は最初から青島しか見えていない。
際限など初めからない欲を押しとどめる術を知らず、馬鹿馬鹿しいほど満足気な顔に
室井は愛しさと憎しみは限りなく近い位置に存在するのだと知った。

「どこにも行かせないから」

目をしっかりと見て、下から掬い上げるように室井は口唇を塞いだ。
反動で青島が顎を反らし、それを真上からまた塞ぐ。
柔らかく重ね、何度も擦り合わせ、舌先で輪郭を愛撫し、擦り合わせる合間に混じる吐息に
戸惑いも不安も凌駕するほどに、目覚めた欲求が鮮烈に室井を粟立たせる。
頭部を両肘で囲うように覆い被さり、髪の感触を確かめた。

もっと確かなものがほしくて、乗り上げた身体全体で体温や匂いを知り、恐がらぬように髪を撫ぜた。
しつこすぎる口接のせいで息苦しくなった青島が首を振り、それを押さえ込んで酸素を奪い、何度も何度も塞ぎ治す。
抵抗し、青島が顎を引くのを追いかけ、指を絡め、縫い付ける。

「ちょ・・と、しんど・・」
「我慢の限界だ」
「むっつりだからだろ」

憎まれ口に口端を持ち上げれば、ちょっと不満そうな、少し照れた表情と、潤んだ瞳が数多の感情を見せ
もっと知りたいという男の欲望を根こそぎ誘発する。
青島が顔を傾け、キスを強請る。
青島が自ら室井の後頭部に手を回し、クイッと押した。
舌先で誘う仕草に扇情的な色香を放ち、まだ濡れる睫毛の長さにドキリとしながら、室井は青島の口唇を塞いだ。

「んんっ、」
「もっとだ」
「待っ・・、ンッ、むろ・・っ、ンン」

まだ何かを告げようとしたそのタイミングで、隙間に室井は舌を押し込み、こじ開ける。
深く差し込み、熱い肉を掻き回した。
熱く、ねっとりと絡み、気が飛びそうだ。
奥に逃げ込む舌を捕らえ、絡ませる。
どれだけ触れたかったか分かっていない相手には、本能が行動を選ぶ。
深く繋がりたいと思いの丈をもう制御することなく注ぎ込み、舌を何度も柔らかく吸い上げた。
理性も道徳も今は簡単に融解していく。

「んんっ、んっ」

ぽんぽんと背中を叩かれ、室井は不満げに口付けを中断した。

「・・なんだ」
「く、くるしいよ・・」
「今日は手加減なんか出来るか」
「あんなに、ひよってた、くせに・・っ」

そうか?と室井の片眉が上がる。

「触れてはいけないものだと自分を押し殺すのは実に散々だった」
「・・知るかよ」
「もう我慢は止めだ」
「でも俺、病人なのに・・っ」
「・・そうだったな」

眉間を寄せ、暫し考えたのち、室井は渋々承知した。
身を起こし、青島の額にもう一度キスを落とす。
気障な仕草が意外に似合う男に青島は照れたように、触れられたところを指先で弄んでいた。

「ちょっと残念だという顔をしている」

室井が小さく笑い、青島の額を小突く。
目尻に朱をはたく芳醇さに、吸い寄せられて頬を舐めとった。
ぷうっと脹れて、揶揄われたことに不満を惜しみなく出す様子は無防備で
だからこそ危うく男を容易く狂わせる。

「続きはすぐにしてやる」
「・・待ってます」

手を握り締め、身を寄せれば、青島も瞼を落として口付けを待った。
そこにそっと重ねて奪う。
至近距離の呼吸が合わさる隙間に、汽笛が鳴っていた。

「結局あんた、こたえ、俺に丸投げしただけじゃん」
「そうだな・・綺麗事を言っても、もう元通りの生活に戻れることはないのだと、認めなければ進めない」
「・・ごめん」
「いい。とっくに取り返しがつかないところまで来ていた。それを認めたくなかっただけだ。優等生という枠にしがみ付いていた」
「ああ、室井さん、新城さんにもコンプレありそうですもんね」

腹が立つ感情に逆らわず、青島の耳朶に軽く歯を立てる。
小さく呻く声に満足して、匂い立つようなぬくもりと香りに包まれて、汗で艶めく肌に扇情され
そっと青島の髪を愛撫し、痺れるように冒されていく感覚に眩暈すら覚えて、室井は身を離す。
愛おしさを隠さない仕草に青島も室井の手に自分の手を支えた。

「どうして出会っちゃったんだろ」
「願っていない贈り物なんてよくあることだ」
「諦めたってこと?」

室井の手が伸び、浚うように青島の腰を引き寄せる。
胸に抱き留め、頭を抱き込んだ。

「だが、他の誰かを護る手伝いくらいは出来るだろう。俺たちはもうだめでも、次に続く他の誰かを救えるかどうかだ」

室井の肩に額を埋めた青島が切なく笑って、室井の背中に手を回した。

「・・なんだ?」
「へへ。俺、そういう考え方、きらいじゃない」
「・・そうか」
「うれしいや」
「?」
「だってさ、俺、こんな風に、ずっと、室井さんにね、考えていること、話して欲しかったんだ」
「・・・」
「考えていることも知らないって、さみしいです」
「・・そか」

遠慮がちに室井に身を委ねる青島の可愛さに、愛おしさに、室井はただ触れ合うだけの幸せを知った。
人知れず、こうして抱き合うことで忘れる孤独や寂しさや疎外感を、これから幾つ二人で越えていくことになるのだろう。
今は何も見えない。
その度にこうして抱き締め合えたら。
倖せにはしてやれなくても、絶対ひとりぼっちにはさせない。
懐く様に室井の首筋に頭を埋める青島の、髪に鼻を埋め、見知った匂いと体温に噎せ返りながら包まれ揺蕩う。

「あとさぁ、縁談、あるんですか?」
「・・どうしてそれを」
「う、ん・・、今日本庁に荷物取りに寄った時、一倉さんが噂してました」

あのやろう・・。
コツンと青島の頭部に顎を乗せ、室井が青島の髪をグリグリと掻き回した。

「その話は後でちゃんとする。でも、結婚はしないから、君の傍にいるから。何も心配しなくていい」
「でもさぁ」

秋田の山奥の旧家に嫁いでくれといって頷くキャリア狙いの女は稀少だろう。
またフラれる。
そんな前衛的な町村を巣食う慣習など、青島には理解できないことだ。

「君も、いつか、色々話せ。俺は君のことがもっと知りたい」
「ほんとに?」
「知りたい」
「朴念仁ですからね~」
「・・・」
「でもね。そんなあんたが好きです」

真っ直ぐに目を見て告げてくれる。
だから室井は敵わない。

「あ。照れた」
「おまえこそ、キス一つで照れるな。こっちまで照れる」
「・・びっくりしただけですもん・・」

そっぽを向いて答える姿が愛おしく、尊いとさえ思った。

「あの程度でギブアップじゃないだろう?」
「濃厚なの、シてくれたらね」
「だったら腰砕けさせてやろうか?」
「おれだって、すき・・、んんっ」

顔を上げさせ、深く口付ける。

「風邪早く直せ。治ったら、教えてやる」
「その頃は今度はあんたが風邪引いているよきっと」

青島の腰に回されていた室井の手がグッと力を入れる。
カクンと態勢を崩した青島を、そのままベッドに横たえた。

「覚悟しておけ」

忘れない。忘れさせない。君の全てを奪って、全てに俺を刻む。
全てが凍てつく季節に、ぬくもりを分け合い、快楽を共有するだけではない、何らかの意味があるのか探り合い、染まり合うことの
それがどんな危険なことなのかを、充分過ぎるほど承知の上で、それでももう引き返せないところまで来ていたのだと
今宵の神に祈りを捧げる。

「――寝ろ。ここにいる」
「消えたりしない?」
「しない。俺はな」

ただ、今は、健やかに、穏やかに。
布団をかけてやれば、青島はちょこんと指先を出し、室井の手を強請った。
こういうことが無邪気に出来てしまうところが室井には羨ましい。
可愛くて、愛おしくて、その分、何かを隠されても室井には気付けないだろう。
壊れてしまいそうな幸せに、今は。

「今日、クリスマスだ」
「サンタクロースにはなれないが・・ケーキでも食うか?」
「すっごく、嬉しいんだけど、俺、食欲もない・・」
「・・粥を作ってやろう」
「クリスマスにおかゆかよ」
「でも、最高のプレゼントを貰ったろ?」

何のことか分からずきょとんとする青島の、瞼にキスを落として目を閉じさせる。


どうなってもいい。どこまで堕ちてでもいい。自分の全てでこの男を感じて、奪ってしまいたい。
浚って、誰の目にも届かない所へ逃げてしまいたい。
そうしなければ自分が狂ってしまう。否、何かが死ぬだろう。そう、自分の中の本能が警告していた。
いつか、そう出来る日が来ればよいと、心のどこかが本気で願う。
聖夜に浄化されるよう、今はただ祈り続ける。

キラキラ、キラキラ 、降る星の夜に溶けて、どうかみんなが素直に生きられたら良いと、切に願いを込めて
今一瞬の幸に毒されながら、室井は眠りに付き始めた青島にキスを捧げた。





MerryChristmas & HappyNewYear !!

back             index

皆様にも素敵な幸せが訪れますように

本当はこのふたり、別れさせようかとも思ったんですよ。
いつかもう一度巡り合える日まで~みたいなラストを考えていたのですがクリスマスなのでやめました。
ただ流れ的に今は時期じゃないと考え身を引く感じがしっくりきたかなと。

お待たせしてしまった皆様のために、今年は時間もあるわけだし(年越えちゃったから)このふたりのエロでも付けようかな
20260104