25周年お祝いシリーズ
お祝い記念作品なので室青ベースとかじゃなくてがっつり室すみです。登場人物は室井 さん、すみれさん、青島くん。
何となく20周年記念の続編っぽくしました。でもあっちを読んでなくても大丈夫。
室すみでお初もの。すみれさん視点。









11.カプチーノ・ロマンス
line
4.
特捜が解け、事件解決となったこの日、すみれは夕闇のテレポート駅で佇んでいた。
いつまでも室井を避け続けるわけにもいかなかった。

「どうするの、あたし」

自分が消えちゃうことばかり考えてて、彼がこの世界からいなくなっちゃうことなんて、考えてもいなかった。
どこか遠くで見つめられるのなら、それでいいと思ってた。
あたしは酷く、自分勝手な女なのだ。

通過していく何本もの列車が轟音ですみれの奥を急き立てた。

だからってあたしにどうしろっていうの?どうすればよかったの?
こんなあたしでも彼は必要としてくれていた?彼の愛を信じていれば良かった?
もう、信じる元気がない。あの頃と同じ。
人は、愛するにも体力って必要なのだ。

冷たく乾いた冬の風がすみれの細髪を揺らし、足元を吹き抜けていく。人混みがまた一つ、改札口に消えた。
駅のホーム、置き去りのベンチ、藍色の空気。恋の始まりの日と同じ視界はすみれの痛みを逆撫でしながら、あの日を再現する。

“忘れられるものなら忘れてみろ”

凛とした声と、あの日交わした口唇の温もりは、色褪せない。
あの木枯らしの中、あたしを見つけてくれて、告げてくれた言葉は、生涯忘れることはないだろう。
あんなにも高潔で気高い男性が私を見初めてくれた。

“もう、失うのは、たくさんだ”

「やっぱり、やだ・・!」

すみれは口走ると踵を返した。

忘れていた。彼もまた、苦しい恋をした人間なのだ。
あんな辛い思いを、だったらせめて、あたしがさせちゃだめじゃない。
何にもできない。何の役にも立たない。相応しくない。それでも、精一杯のあたしがあの思いをさせないようにすることは、出来る。

大きめの黒バッグを肩に何度も担ぎ治し、すみれはエスカレーターも使わず階段を駆け下りた。
ヒールが道路を叩く音に誰もが振り返るが、気にしない。マフラーを飛ばしプロムナードに走っていく。
あんなに会いたくなかったのに、今は凄く会いたい。身体が熱い。

ねぇ、まだ間に合う?
お願い消えないで。恋も、貴方も。
だから、やり残したことがないよう、出来ることは全部やる。
振られてもいい。でも、振っちゃだめ。最後まであたしを踏ん張らせて。
あたしは貴方にまだ届きますか。

駅から続くプロムナードは凍てつく潮風が音を立てて吹き抜けた。
通勤ラッシュも終わりに近づく海沿いの街は、夜の帳が落ち、ぞっとするほど人通りが引け
更ける夜に沿って気温も下がる。
吐く息が白く霞んだ。
大理石の支柱の前で、すみれは一旦立ち止まる。手を付き、すっかりと上がった息を整える。
潮風にうねる髪を耳に掛け、キッと前を睨んで、すみれはもう一度走り出す。

「はぁ・・っ、は、・・ん・・、しんど・・っ」

等間隔で灯る白色灯の下、凡そ帰宅者とは反対方向に息を切らしたすみれが走り抜けていく。
プロムナードを渡り切ったところまで来て、すみれは一度連絡を入れようと、鞄を探った。
刹那、背後に誰かの気配がした。

ゾクリと一気にすみれの肌がさざめき立つ。
浮かれた気持ちも、逸る息も、一瞬にして殺し、現実が戻った。
この感覚は――よく、知っている。

「あ・・、今日・・火曜日・・・」

しまったと思った時には既に遅く、此処は駅からも遠く、人波とは逆行してきたため、辺りは深閑としていた。
三本か、四本くらい、背後の電信柱。その影がゆらりと動く。

「ぁ・・・、ゃ、いや・・っ」

すみれは走り出した。
数歩遅れ、足音が聞こえた。本当に、誰かが、追ってくる。
室井さんっ!!

「やだ、スマホ、どこ・・っ」

怖い。すごく怖い。一人で消えていくのも、この世界で生きていくのも。
誰か、誰か。室井さんっ。

「あっ」

ガクッと膝が折れ、すみれはバランスを崩した。
バッグを漁ろうとしていたため、そのまま膝を付いてしまう。
脆くなっていたのだろうか、左のヒールが欠けていた。
何でこんな時に。
ガクガクと崩れる膝を奮い立たせ、すみれは振り返らずまた前へと逃げだす。

まだ整いきれていなかった息はすぐに切れた。胸が苦しい。
それよりも、心が悲鳴を上げる。

だめだ、あたし。この世はあたしに冷たすぎて、彼にこれ以上背負わせるわけにはいかないじゃない。

逸っていた気持ちは急な冷や水に、もう微塵も残されていなかった。
幾ら期待しても駄目なのだ。
運命って、こんな時ばかり、露骨になる。
足音が近づいてくるのが、はっきりと分かった。

「も・・どこ・・っ」

だれか、だれかたすけて!室井さんっ。
嗚呼、あたし、彼が、大好きだった。
もう一度、あの腕に抱き締められたかった。あの甘い声で耳元に囁かれたかった。
もう一度、誰に言うこともなくなったあの言葉を伝えたら、貴方はどんな顔を見せてくれた?

身体が竦んで上手く走れない。
喉が干からびて、声も出ない。
もう、指の感覚がなくて。
足が、縺れて。
コートが絡まって。
その途端、背後から二の腕を強く引かれた。

「いやぁ・・っ、青島くん・・っ」
「私だ、恩田くん!大丈夫だから・・!」

思わず叫んだすみれの両腕を掴んだ男の力に、強く振り向かされ、すみれは息を詰めていた顔を上げた。
涙目となった視界に映ったのは、よく見知った、愛しい男の、険しい顔。

「・・室っ、・・さん・・ッ」
「大丈夫。もう大丈夫だから。・・くそ、君はこんな時でもアイツを呼ぶんだな」

違うよ、違うよ、心の中ではずっと貴方を呼んでいた。でも、頼れないって思ったから。

「なんで。・・・なんで、ここに、いるのよ・・・」
「事件が解決したら、食事をしようと言ったろう」
「なんでこんなときばかり来るのよ・・!」

半ば叫ぶすみれに、室井はすみれを見つめ、向き合った。
すみれの身体は隠し切れずに、脅え震えている。
室井の目が痛みに哀れんだ。

「帰ろう」
「!」

そうやって、またたった一言で室井はすみれを退ける。
促そうとした室井の手を、すみれは力を振り絞って跳ね除け、震える足で踏ん張った。

「怖かったろう?もう大丈夫だから」
「触れもしないで分かった気にならないで・・!」

野生の子猫のように警戒するすみれに、室井は気圧される。
痛みを乗せたすみれの瞳が幾重にも電灯を反射し、荘厳に立つ室井の眉間が顰められた。
ようやく引き金を引けたことを、すみれが知る向こう側で、向き合うことを怖れた恋人たちの末路を、冬の風が嘲笑う。

「言ってくれなければ、判らない」
「室井さんはあたしに無駄口なんか言ってくれないもん!」

感情的な言葉は、きらいだった。でも今は止まらない。
やらなきゃいけないことがある。一歩も引くわけにはいかない。

「だったら言わせてみろ」
「普段無関心な貴方がそれを言うなんて、狡い」
「狡いのは、君もだろう?」
「なによ、あたしのせいだって言うの」
「君に無理ばかりさせていることは反省している」
「ムリって何?室井さんにとって恋って無理難題なことなんだ?」
「達観した澄ました顔で、自分は全てを受け入れるっていう、背伸びした狡さだ」

ハッキリと、室井が言葉にしたことで、すみれの瞳が哀調に揺れた。
すみれが顔を背ける。
堂々と陽の当たる道を歩けない。顔出しをする官僚は恨みの的にされやすくSP無しで出歩くことを禁じられている。
それが官僚と付き合うということで、でもそんなことに不満があるわけではなかった。
エリートキャリアに相応しい女になるには、スタートラインから違うのだ。

「頑張ろうとしてくれるから、何も言えなくなる。でも、私は君を選んだんだ。もっと、ちゃんと、話してくれ」

一歩、室井が近づき、間が詰まる。
イイ女?物分かりの良い女?ステータス上げてお洒落して。

「こんなの、ちがうよね・・!」

どんなに粋がっても、すみれの強かな現実が、ここぞとばかりに突きつけられる。
頑張らせてもくれない、リアルだ。
踏ん張りたいと思った。でも、それでも乗り越えられなかったものが、ある。

「ずっと、他人行儀に一人称変わんないし。名前も呼んで、くれないもんね」

自分の傷で、大切なひとを傷つけてしまう前に。
それでも、哀れみ、同情され、守られるような女には、なりたくない。

「あたしたち、どこで間違っちゃったのかな・・」

絞り出したすみれの声は、頼りなく震え、木枯らしに消えた。
荘厳な気配はすみれが全てを吐き出すまでただそこに静かに佇んでいた。
そして、一歩間を詰めた。

「振られてしまうんじゃないかと、ずっと、肝を冷やしていた」
「また、そんな・・・うそ・・」

すみれの前に立った室井が、その高潔な眼差しですみれを真っすぐに見下ろした。
顔を反らし、泣きそうな顔で不貞腐れていたすみれが、ゆっくりと見上げる。
息遣いすら伝わる深閑の中で、室井とすみれはただ黙って見つめ合った。

「・・室井さんちがいい。そこじゃなきゃ、嫌」

口唇を震わせ、すみれがか細い声で振り絞った勇気は、無情にも北風が掻き消した。
それでも、口唇の動きで室井にだけ届く。
暫し沈黙した後、室井はすみれの華奢な肩を抱き、自宅へと誘った。












5.
どうすんのよあたしったら。あたしったら。
自主的にお持ち帰りされちゃって。青島くんに乗せられて本気でこんなの買っちゃって。
こんなの着てる時点で終わってる気がするわ。
でもここは室井さんち。もう後には引けない。

コートを片手に室井が散らかった資料を片付けている後ろで、すみれは部屋の入口に立った。
さっきの騒動で、すみれの中で何かが大きく振り切れてしまっている。
少し気怠い思考は、いっそ都合が良かった。

室井のスマホの震動が空気を震わせる。

疲れた色の残る頬は、少し陰りがあって精悍な男を思わせた。
いつもは締まっているネクタイも僅かに緩められ、腰回りの太さに年上の逞しさを感じる。
やつれた表情が成熟した男の色気を醸し出していた。

本店のエリートキャリアに、ここまでさせてしまった。
後ろめたさの裏で、不毛にも酔い痴れた気持ちがある。

「適当に座ってくれ。君が来る日は掃除をしていたが、今日は散らかっている」
「いいの」
「珈琲でも淹れよう」

通話を切った室井が今更のように暖房を入れた。
そして、スーツのジャケットが脱ぎ捨てられ、みっちりとした背中のラインを浮き立出せるベストがすみれの前に晒された。
すみれはグッと奥歯を噛み締めると、ブラウスのボタンに手を伸ばした。
ひとつ、ふたつ、みっつ、ゆっくりと外していく。

「室井さん・・・」

呼ばれ、室井が振り返った時、そこには服をはだけ、胸元を晒し、濡れたように艶めく髪を乱したすみれが、真っ赤な顔をして立っていた。
室井の目が見開かれる。

「“あたしを・・こわして・・”」

棒読みとなった台詞も、室井には効果テキメンとなる。
その隙に、すみれはストレートパンツのウェストからブラウスを引き抜く。

「恩田くん、待て」

とさっと音がしてすみれのコートが肩から落ちると、そのままバッグも床に崩れた。
ジャケットが半分肩からズレて、すみれの華奢な肩をブラウス越しに透けさせる。

「すみれ・・!」

室井が駆け寄り、更に脱ごうとしているすみれを手首を掴むと、止めさせた。
腕を少し持ち上げたせいで、ブラウスの隙間からすみれの白い肌が覗き、繊細なレースに包まれた豊満な膨らみが電灯に揺れる。
すみれの黒髪が乱れて流れ、紅い口唇がそれでも誘う。

「“女に恥をかかせないで”」
「今の台詞も、青島譲りか」

すみれの両手を取り上げて、抗うことを制止すると、室井は大きく溜息を落とした。

「悔しいな・・どうせ全部青島にでもそそのかされたんだろうが・・・・」
「分かるの?」
「あのお祭り男の言いだしそうなことだ」

忌々しそうに室井が吐き捨てる。
その横顔に動揺が見て取れて、すみれは驚いた。

「どうせ、その柄も青島の好みだろう」
「男はこれで悩殺だって。室井さんにも、効いてる?」
「・・憎らしいくらいだ。だが私はどちらかというともっと清楚な、」

言いかけ、室井がハッと口を塞ぐ。
ジト目でチラリと、室井がすみれの胸元から覗くゴージャスなワインレッドのブラジャーに目をやった。
真紅のレースはすみれの白百合のような肌を品良く引き立てる。
下手に黒を選んでいない分、純潔さと処女性が引き立ち、布の面積の少なさは豊かな膨らみをはち切れんばかりに錯覚させ、男を翻弄していた。
腹が立つくらい青島のセンスは的確だ。

「普段の君を考えれば、このくらいのことはしでかしてもおかしくないと思うべきだった」
「はしたないって呆れた?」
「呆れてはいるが。こっちの理性が飛びそうなだけだ」
「・・・・ほんと?」
「ああ」
「あたしのこと、ちゃんとすき?」

室井が視線を戻す。

「食べちゃいたいくらい、すき?」
「そこから言わなきゃ駄目か」
「だめ」

すみれの真剣な眼差しに、室井はすみれの願いと誓いを知る。
大きすぎる溜息と共に、甘い睦言は望み通りに落とされた。

「当たり前だろう」
「告白してくれた時も貴方、同じ言葉を使って逃げようとしたわ。ちゃんと言って・・」

囁くような掠れた男のバリトンが、静かにすみれの耳に届けられる。

「・・・好きだ。ちゃんと、心から」
「ほんと・・」
「どれだけ抑えていると思っている」
「だって・・・」

室井がすみれの黒髪を撫ぜ、瞳を覗き込んで、白状する。

「君が誰より大切だ。だから、間違いになんて、させないから」
「やっと、名前呼んでくれたね」

始まりの日以来、室井がすみれの名を封じていたのも、理由があるのだと今ならわかる。
距離感が掴めなくて、どこまで踏み込んでいいのか分からなくて。
本当に、この歳になって始めた恋は、難しい。

「君がちゃんと心穏やかに男を求められる日が来るまで待つつもりだった。傷痕を気にしているのは、すみれだと思ったから」
「・・・」
「仕事を言い訳にしていたことも事実だ。今抱えている案件が片付いたら、落ち着いて話そうと。先延ばしにしてしまった」

先延ばしにして、決定打を怖れたのはすみれも同じだ。
その意味ではやっぱりすみれも、狡いのだろう。
お互いに虚勢を張って、お互いに背伸びして、恋に不慣れで、脅えていた。
見栄を張った。
取り繕った。

「それが君を傷つけるとは思いもしなかった。これじゃ青島に揶揄されても仕方ない」

沢山の記憶と想いが鮮やかに甦り、すみれを満たしてゆく。幸福感に征服される。
すみれの涙に向き合うことが優しさなのかもしれないが、それは室井には出来なかった。
すみれの過去に、気付かないふりをした室井と、寄り添った青島と、二人の男の気遣いが、今すみれの中にゆっくりと染み渡る。

「貴方に、あたしの全部を捧げて、最後の思い出にしようと思ったの。消えるつもりだったから・・」
「だろうと思った」

だから室井はすみれに手を出さなかったのだ。

「思い出に、出来るか?」
「・・・・できない・・っ」

室井が強くすみれを抱き締めた。
すみれも室井の首に両手を回す。

「そのことも、青島は知っているのか?」
「言えない・・、だって、青島くん、も、腰の傷持ってて、たぶん、余計に気にしちゃうから――あ、ごめん、なさい」

青島に傷を付ける切欠となった相手が、この男だったことを思い出し、失言だったことにすみれは気付いた。
何も言わず、室井はすみれを抱き締める腕に力を込める。

「言ってくれ。何でも。どんなことでも。頼りないかもしれないが、君のことは全部知りたいんだ」
「あたしも・・・知りたい」

その言葉が持つ含みを感じ取り、室井が顔だけを上げる。
始まりはただ、室井を知りたくて、ワクワクしていただけなのに。
室井がすみれの頬を撫ぜ、上向かせると、愛し気に黒髪を梳いた。

「あのね。あたしはね、イタリア人じゃないし、いっそ番茶で充分だし、珈琲もインスタントで充分な所轄の女なの」

貴方に見合うように背伸びしてみたけど、分相応ってある。
カプチーノみたいに、お洒落で、気取って、話の分かるインテリぶっても、珈琲牛乳だって美味しいのだ。

「室井さんがあたしのために珈琲豆を用意してくれたり、味の好みを探ってくれるのはうれしいけど」
「どうしたい?」
「多くは望んでない。ただ、今夜の貴方を全部あたしに頂戴」











6.
あっさりと腕に抱きかかえ上げられ、入ったこともない寝室に連れていかれると、すみれはベッドにやんわりと横たえられた。

「あ、電気・・」
「・・私に見られたかったんだろう・・?」

耳元に直接囁かれる、廉潔で武骨な男の淫靡で卑猥な台詞に、すみれがカッと顔を赤らめる間に
室井が体重を掛けてすみれの全身に乗りかかる。

「しゃ、シャワーくらい、やっぱり」
「折角の下着を自分で脱ぐのか?」

この期に及んで怖じ気づいているすみれの両手首を室井にシーツに縫い付けられ、全身を上から舐め回すようにねめつけられた。
男の視線に晒され、すみれは羞恥に堪えられず、横を向く。

元々ボタンなどほとんど外れていたすみれのブラウスははだけ、室井の眼前に形の良い膨らみを晒していた。
本当に布の面積が少ない。
胸の突起だけを辛うじて隠している繊細なレースから溢れる、羞恥で桃色に胸元まで染め上がる柔肌。
ストレートの黒髪が一層肌に映える。
堪らず室井はすみれのストレートパンツも脱がしだした。

「あっ、そっ、そのくらい、自分で・・・っっ」
「じっとしていなさい」

室井の神経質そうな指先がチャックを下ろし、抵抗を厭わず軽々足から引き抜くと、そこにはブラジャーとペアのショーツが現れる。

「こっちもか・・・」

室井が額に手を当てた。
そこには、すみれの丸い尻をほとんど露わにし、辛うじて腰骨に紐だけが結ばれている、タンガ。
フロント部分までエレガントで華奢なデザインとなっており、すみれの括れた腰からのラインを大胆に露出する。
ストッキングも履いていない。

「だ、だめ・・?青島くんが、このくらい挑発的なものがいいって・・・っ」
「だからそれはアイツの好みだ」

人の女で遊んでいるのか、室井を揶揄っているのか。
いずれにしても、室井に剥がされ、恥じらいを浮かべ胸を隠し、足を縮めた尻をぷりんと室井に向けているすみれの嬌態が
男の劣情を刺激する。
薄手のブラウスが辛うじて腕と肩に引っかかる袖口で楚々と口許を覆い、不安げに室井を見上げている。

「あ・・あんまり、見ないで・・」

すみれに馬乗りとなったまま、室井は見せ付けるように胸板を反らし、ベストを脱ぎ捨てた。
その着やせするラインの整ったシルエットに、今度はすみれの目が釘付けとなる。

「すみれ。厭だったら本気で抵抗してくれ。ここからは止めてやれる自信がない」

言ったかと思うと、返事も待たず室井がすみれの顎を親指でクイッと持ち上げ、柔らかく塞いできた。
頬を撫ぜ、何度も擦り合わせるように触れてくる薄い男の口唇に、すみれは頬を染めあげる。
その感触にめまいがしてくる。

「ん・・・、ふ・・・っ、」

長い、大人のキスだ。
挨拶代わりのリップキスではなく、セックスの前戯としてのキスに
狂おしくて、恥ずかしいのにすみれの口から息が漏れる。

「・・、ン・・、」
「口を開けるんだ」

命じられ、すみれは薄っすらと瞼を上げた。
促されるまま唾液で濡れた紅い口唇を薄っすらと開けば、室井がそこに噛り付く。
男の舌を埋め込まれ、すみれは息苦しさに呻いた。

普段朴訥とし高潔な気配を持つ室井が、情欲を秘め、野卑な気配を惜しげもなく晒し、すみれを一心に求める姿は
すみれの憶測に眠る淡い恋心と色調を合わせ、相乗効果となってすみれを蕩けさせていく。
ずっと、青島くんといる時みたいに、喧嘩したり剥き出しの感情ぶつけてみたり、本音で触れ合ってみたいかった。
どうして青島くんにはあんな顔見せるのに、あたしには何も言ってくれないんだろうって、寂しかった。

酸欠になるまで口腔を掻き回され、室井が手際良く、すみれのブラウスを肩からはだけさせる。
途端、晒された空気にすみれはビクッと震えた。
室井の目が腕に縫い止められている。つい、腕の傷を隠すすみれの指先は細かく震え、キスの余韻さえ冷めさせる。
その手を室井が寸前で縫い留めた。

「・・・っ」

隠すなとか、見せろとか、何も言わない見下ろす漆黒に、すみれはただ息を呑んだ。
この傷を見られることは、すみれの過去を室井にも背負わせるということになる。
身体が小刻みに震えた。
息が上手く出来なかった。
脅えるすみれに、室井はただすみれの様子を伺っていた。
肩口の銃創に、室井にうっとりとキスをされ、すみれは甘く喘いだ。

「・・ぁ・・ッ」
「可愛いな」

ゆるりと首を横に振れば、室井がすみれの首に鼻を埋めてくる。
ねっとりと熱い舌で首筋を舐られ、ふるっと震えた拍子に、音を立ててきつく吸い上げてきた。

「・・ん・・ッ」
「この印が消える頃までに、今度は私が迎えに行く」

最後に耳朶を咬まれて囁かれた言葉は、痣よりも深くすみれの奥底を疼かせた。
甘さをしっとりのせた目が真っ直ぐに注がれて。胸がどんどん高鳴る。だめだ、苦しい・・。

こんな強引な一面は知らない。こんな貌を晒してあたしを見るのも、知らない。
第一印象はあまり良くなかった。変な顰め面がまた来たなって感じだったし、ぶっきら棒な言い方は失礼だし、結局狸の言いなりだし。
キャリアは変わらないのねって、何度も裏切られた。
でも、青島くんが来て、一緒に仕事して、話して、裏切られて、ぶつかり合っていくうちに、彼の本質に魅せられて
そして恋に落ちた。

「・・ァ・・ッ、それ、も・・っ、ャ・・・ッ」

何度も何度も肌に吸い付かれ、それは甘い疼きを生み出し、時折すみれの腰が震え、指先がシーツを手繰る。
その腰をわざと掴み、色濃い情欲を湛え嗤う室井は、獰猛で狡猾な雄の色香に溢れ、すみれを緻密に追い込んでいく。
恐らくこれもわざとなのだろう、ブラジャーの上から室井はすみれの胸元を手で舌で愛撫を繰り返した。
瀟灑な指先に、巧みな甘さと熱を持たせ、巧みに操るくせに、直には触れてこない。
もどかしさと恥ずかしさで、おかしくなる。

「むろ・・、室井、さん・・ッ」
「君の方から求めさせてやる」

口唇と舌と指先だけで、こんなに追い詰められる経験も初めてで、すみれの瞳には薄っすらと膜が張った。
大人の男の執拗な技巧を教えられていく。
あっという間に近付いてきた手に、抗いも絡め取られる。

「ん・・っ、あ、ぁん、そこ・・、も、・・は・・っ」

ほぼ意味を成してなかったブラウスもやがてベッドの下に落とされ、すみれはランジェリー姿となって室井の執拗な愛撫に怺えていた。
普段無口で朴念仁な男だから、忘れていた。
青島くんも言ってたじゃない。室井さんって実は淡泊に見えて、意地悪で強引で、勝ち目がないよって。

「すみれ」
「・・っ・・・」
「すみれ」

甘く、幾度も名前を囁かれ、無口な男が口にする重みを知る。
室井にシーツに縫い留められ、力も抜けた身体を舐め回され、すみれは何度も啜り啼いた。
眦を朱に染め、いつもは綺麗な黒髪をくしゃくしゃに乱し、洩らす吐息は熱を孕む。
哀願する目を向けても、室井は艶冶な色情を湛えて、すみれが敏感に反応する箇所を丹念に探っていく。

「・・ァ・・ッ、・・っ、・・っ」

朱く濡れた目尻、ほとんど布のないレースのランジェリーから疼く肌、誘うように薄っすらと開かれるふくよかな口唇から漏れる吐息。
扇情的で妖艶な痴態に、室井が唸り、口唇を合わせる。
過敏になった胸を揉まれ、膝で割り裂かれた両脚の間に室井を挟み、すみれは背筋を弓なりにしならせた。
やがて、室井の指先がすみれの秘花に伸ばされる。
恐らくタンガがしとどに濡れていることが悟られることを察知し、すみれは真っ赤になって、顔を反らした。

「あた・・、あたしだけ・・、ぃや・・・」

無言で、室井がすみれに跨ったまま、シャツのボタンを外し、それもベッド下に落とした。
ベッドの下ではきっと二人の服が重なっている。
すみれと同じく、黒のボクサーパンツだけになった室井が、再び覆い被さって来た。
すみれの白い肌に、浅黒い室井の肌が密着し、その筋肉質な胸元に、すみれは陶然となる。

「綺麗だ」
「ぁ・・あ、で、でも・・、~~っっ////」
「世辞は言わない。最近女の裸など安置所でくらいしか見ていない」

安置所ってそれ・・・遺体・・・。
照れて顔を隠すすみれの手を、室井にやんわりと、だが抗うことを許さない瞳で取り外され、すみれは顔を上げた。
指を絡ませ、室井がすみれの手をシーツに縫い付ける。

「怖いか?」

室井なりの冗談で、性急な愛撫に追いつかない心を、気遣ってくれたのだ。
少し滲んでいた視界に映る男に、すみれは精一杯の笑みを返して見せる。
その強がりに、室井は浅ましさを隠しもしない瞳で、すみれの黒髪を掬い、口付けた。
どくんって、すみれの心臓が高鳴る。

「すみれ、もう、待てない」

促され、寡黙な男の逞しい肩に縋り、指先が跳ねる。
上品に鍛え抜かれた脇腹、無駄のない腹筋、引き締まった臀部に男を感じる。
その男の筋肉に、荒々しさと雄の色香を感じ、すみれの身体は快楽への期待に僅か震えていた。
これから自分はこの男に貫かれるのだ。
敬虔な想いで、すみれは恭しく室井の肩に真似てキスをした。

「あたしを貴方で縛って・・どこにも行かないように・・刻み付けて」
「言われなくとも、縄でも付けて閉じ込めておきたいくらいだ」

あたしたちは、何処か欠けた不完全な恋をしていた。
すみれが内面に抱えていた葛藤は、室井が抱く軋轢とは質が違うかもしれない。
それでも求めるのは、いわば、自らの存在そのものだったり、生きることへの懐疑だったりする。

「俺でいっぱいにしてやる」

目の前の男の肩が、やんわり近付き、抱き込まれる。
男の指先がすみれの背筋を辿り、ホックが外される。腰紐もするりと解かれた。
この先また運命に弄ばれても、きっと、苦しくても苦しくても、誠実に思い続けた日々は、あたしの宝物になる。
室井が顔を傾け仕掛けてくるキスに、すみれは惑いなく目を閉じた。



***


正面玄関を出たところで青島は夜空を仰いだ。
突き刺す様な大気の冷たさは身の裡から凍えさせてくる。
コートのポケットに悴んだ両手に、冷えたスマホが当たった。

「・・ったく、世話の焼けるふたりだよね」

チョコレート味の恋はカカオ味に変わったらしい。

「今頃・・」

言いかけた言葉は不意に吹く都合の良い北風が奪い去っていく。
ろくに星も見えない夜だった。
白い溜息はふんわりと浮かんで夜の闇に震えて散った。












happy end

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踊る25周年おめでとうございますー!!今でも大好きですvvv

まずは室すみです。
もうベタ。すっごい手垢付きまくりな内容ですが、絶対このネタは室すみでやりたかったんです。
既視感あると思いますが生温かい目でスルーしてやってください。

前作同様、室井さんがすみれさんと結ばれる流れもまた、青島くんとは違う理屈を描きたかったです。
室井さんを仕事として支えるという視点では青島くんに敵う筈もなく、室井さんの野心を焚き付けるものも青島くん。
共に戦うという意味では沖田さんなど、他キャリア女性が圧倒的に相応しく、所轄のすみれさんを室井さんが必要とする理由が仕事上にはないんですよね。

一方で、すみれさんはODFまで傷に苦しめられる女性なので、そんな彼女を丸ごと受け止めるところに、彼女の救いはある。
その相手は現場で背中を預ける相手では駄目だと思います。仕事に甘えなど許せない、仕事でちゃんと認められたいプライドがすみれさんにはある。
地に足の着いた女だから、キャリアにも物おじせず意見が堂々と言えるのだ。
なら、室井さんがすみれさんを欲しがる理由ってどこかな~と考えて、こんなお話が出来ました。

室青派のひとには申し訳なかったですが、なんか可愛いって思って頂ければ幸いです。
強いてオススメポイントを上げれば、室井さんもすみれさんも青島くんに嫉妬してるってところ?