シー
ズン企画
クリスマスストーリー2021 Ⅴ
Jingle bells
1.
クリスマスを過ぎた街中は、抜け殻だ。
「おや、新婚初夜に妻に逃げだされた夫が何の御用ですか?」
「新城・・」
何とも言えない顔をして室井が重い溜息を落とす。
的を得過ぎている言葉には、室井とて反論する気にもなれない。
「片づけをしに来ただけだ」
「居場所もなくなったと見える」
老眼鏡をかけ、黙々とデスクに向かう背中に、フフンと鼻で笑い、新城は興味の失せた視線を外した。
大きなお世話だと言わんばかりの感情が透ける分、哀愁が漂っている。
ゴシップ誌を放り、新城は自分のデスクに回った。室井の正面だ。
行儀悪く足を組む姿からは幾分リラックスしており、新城もまた仕事でここへ来たわけではないことを室井に勘付かせるだろう。
「離婚したら仕事で憂さを晴らすタイプですよね室井さん」
「君は年末年始どうなっている」
「大がかりな事件も起きていませんので、先に有給を取れと、広報部から言われました」
「広報?・・なんのアピールだ・・」
室井の指先が、ここ一カ月に溜まった書類や書籍を一つ一つ神経質に確認していく。
振られた男が思い出の品を処分する時って、こういう顔になるんだなと、甚だ失礼なことを考えていた新城は
思わず口に出していた。
「迎えには行かれないのですか」
「誰をだ」
「家出した、貴方の妻ですよ」
煩わしそうに室井が眼鏡の奥から目を上げる。
暫しじっと新城の顔を探り、また俯いた。
「もう妻ではなくなった」
「諦めるのですか?」
「・・・戻る気、ないだろう」
室井が老眼鏡をゆっくりと外す。
「どうして一つを取れば、一つを失うんだろうな」
不器用な男の言葉に滲む不甲斐なさは、夜にしか踊れないおもちゃの兵隊だ。
こっそり夜な夜な励んだところで、誰にもチップはもらえない。
「弄ばれて捨てられた男に未練はないかもしれませんね」
「新城くん、君はもう少し言葉を選んだらどうだ」
「室井さん、青島の気持ち、知っていたんでしょう?」
それは断定だった。
少しの怨嗟を仄めかしてしまった言葉尻に、新城は敢えて無表情を添える。
パーティの夜の過言を、あの時程後味の悪かったことはない。
室井が温度を乗せぬ漆黒を静かに新城へと据えた。
今度こそ正面から対峙し探り合う時間は、長いようでいて僅かでもあった。
「気付いていたのか・・」
その質問には新城は答えなかった。沈黙が今は全てを晒してくれる。
「随分と悪趣味だ。尤も人のことを言えた立場ではありませんが」
「渡すつもりはないんだが・・・」
「17年悩んで、そこですか」
「仕方ないだろう」
「分かってます?青島の認識では恐らく所轄を護るために売られた生贄ですよ」
呆れた声で新城がつっけんどんな物言いをし、だが室井の顔を見て、口端を持ち上げる。
「青島が気付かなきゃ終わりですね」
ムッとしたような拗ねたような、珍しく感情を透かした室井の顔は、新城にとっては小気味よいものだった。
「楽しそうな顔をするな。こっちは策を練るのが大変なんだ。ちょっと油断すると先手を取られる」
「なんの話です?」
「枕投げだ」
枕投げ?この二人はいい歳して夜な夜な何をやっているんだ?
確か二週間ほど前には、室井は首に傷を作って表れた。
手懐けられなくてと言い訳していた。弁解の仕方も下手くそだ。
「負けられるか」
新城には到底解からない逡巡をする室井に、付き合う気はない。
少年のような顔をして信じてもらえることを期待する愚かさもだ。
「逃げられた男がする選択肢は、二つ。どうしますか?」
口唇を尖らせ、それこそ田舎の泥塗れな少年のような顔をして、室井が顎を上げる。
こういう男がきっと一生独り身なんだろうなと新城は部屋を後にしながら感じ取った。
2.
公的機関が冬ごもりに入った大納会後、わざわざ出勤する職員も少なく、閑散とした街は乾いていた。
正月用の松とスイセンの生け花が彩りを添える。
「急に呼び出して悪かったわね」
「いえいえ、この時期は出ずっぱりなんで。ついでです」
にこっと笑い、青島が馴染んだモスグリーンのコートに両手を突っ込む。
その無邪気な笑みに、沖田は胸が痛んだ。
「風邪はひいてないか心配したわ」
「・・ああ、はい」
小さくはにかむ、どこか情感を持つ青島の伏せられた瞼に、消化しきれない禍根を残したことを、沖田は改めて実感した。
陽気さを殺した大人びた眦は妙に人をドキリとさせる。
努めて口調を変え、何気ない装いで沖田は段ボールにガムテープを貼り付ける。
「この一カ月めいっぱい働いたんだから、少し休めばよろしいのに」
沖田はそれを青島にそっと差し出した。
小さな段ボール一箱。
ここに青島が滞在した一カ月の記録がある。
言葉すらなく、持ちこたえるように受け取る青島の眼差しに、沖田は何か言葉をかけてやりたかった。
せめて、室井と青島のこんがらがった糸を解いてやれたらいいのに。
「それね、室井さんがまとめたの」
「そうですか・・・」
だが、気の利いた言葉など在る筈もなかった。
この人懐っこく朗らかな青年は、心の奥で誰かを呪うことはないし、仮に憎んでいても、決して表には出さない。
こうして、呼吸が分かるほど近くにいてもだ。
傷つけたのが我々だからこそ、救えるのは我々じゃない。
「何故かしら。貴方と関わるとみんな変わっていくわ。まるで時代の渦がそこにあるように」
世間話をするように口にした雑談は、懺悔のようだと沖田は思う。
青島が微苦笑して首を振った。優しい男だ。
「やんちゃはしましたけどね」
「室井さんも、貴方と出会えて幸せだったと思うわ。自分が如何に愚かでちっぽけなのか、そういうのって周りに言われないと分からないの。恋と同じね」
沖田のヒールが青島に近づく。
「随分と長い片思いでしたから、半ば諦めてましたのよ。・・・青島さん、今回の提案を受けてくれて、本当にありがとう」
深々と頭を下げられ、青島が立ち尽くした。
その顔に、沖田はようやく破顔する。
「やだ、気付いてなかったの?」
「まさか」
「本当に、そう思う?」
戸惑いを乗せ、沖田の言葉に脅えるように身を竦ませる姿は、本庁も舌を巻く劇場型の戦争を仕掛けた顔とは程遠い。
「いつだったかしら、室井さん、言ってましたよ。一番大事だって。心の底から惚れてしまって困っているんだそうよ」
「!!」
「その時のお顔がね~、しみじみと慈しんでらしてて、ああほんとに大好きなんだなぁって思ったものです」
青島が目を丸くする。
「でも、だって!だって!」
「恋は稲妻に打たれたとか、鐘が鳴ったとか、言うでしょう?」
貴方は鳴ったの?
沖田の白い指先が、ちょこんと青島の鼻を突く。
青島が目を開いて信じられないという顔で、顔を横に振った。
「でも・・でも!あのひと、一緒に暮らしてたってそんな素振り、一度も・・!スパルタだし冷たいしイジワルだし・・!」
「職務遂行と恋愛感情が交錯していらしてたんでしょう。そういう人でしょ?」
そんなの俺だって!
んなの、俺の方がよっぽど!
だけど、それが前提で契約結婚したんだろ?!
青島の中にここ一カ月の室井の顔が走馬灯のように流れていく。
「だからって今更・・。俺に、出来ることは、もうないです。室井さんは戦っていくひとだ。だから、俺とはここらで解放させてやんないと」
「いいの?貴方は?」
「それだけあれば、大丈夫」
室井のやり方はやっぱり、俺には出来ない。
「一緒に捜査したいって言われる方が腰砕けちゃうよ」
嗚呼、どうしてこの殿方たちは揃いも揃って定めた照準に投じるのだろう。
おもちゃの兵隊は夜な夜なおいたをするけれど、みんな恥ずかしがり屋だ。
「そんなこと言ってるうちに、恋って消えちゃうんだから」
「え?」
「あの不器用な男性が、ここまでしてみせて、はいそうですかって忘れてくれると思ったら甘いわよ」
「・・まさか」
室井は青島に、ちっともときめいてなんかいなかった。恋がなかった。あんなの婚約じゃない。――だけど。
「室井さんは自分の戦う世界に貴方を引き摺り込んだのよ。それはもう護れると、判断した。名実共に自分のものと宣言したということよ」
「・・俺・・何か役に立ちましたかね・・?」
「そこが多分、室井さんの最大の悩みどころなんだとは思うけど」
「?」
「貴方は貴方の価値について、もう少し自覚を持つべきだと思うわ」
嘘でしょ?室井さんが?俺を?
あの雪舞う夜、室井さんはもう望むものを惜しげなくくれた。
愛の言葉ひとつなく、触れることもなく。
恋なんかしてもいない顔をして。
「もう何年前になるのかしら。絶妙な距離で均衡を保っていた貴方がたの間に水を差してしまったわ。それだけは後悔しているの」
「・・・」
わんぱくで、無口で、優しくて。
でも直向きで、ちょっとどこかズレてて、頑固で。
護って、戦って、共に歩んだ。
身の内から染み出るような、誤魔化しようのない痛いものが、青島の中に溢れてくる。
「沖田さん・・・俺・・なんだかだんだん、腹が立ってきました・・」
うふふと笑った沖田の顔は、今までで一番少女のようだった。
タイミングを計ったように青島のスマホにメッセージが入る。
青島が片眉を曲げて顔を上げる。
画面は見えずとも、沖田には内容が分かったようだった。
「そうだ、証拠、お見せしましょうか」
「証拠?」
「貴方はもう持っているのよ。彼からの誓いの証をね」
ざわっと総毛立ち、無意識に青島の手が胸元を掻き毟る。
拍子に、チャリンと金属の音が鳴った。
「気付いた?」
これは、魔法の鍵だった。
あの場所へ忍び込める、特別な契約錠だった。
期間限定の、恋が、今解ける。
3.
伸ばした手は、硬質な金属の手前でピリッと電気を走らせ、固まった。
何度も躊躇い、上げては下げる指先に、重たい溜息が青島の思考をぐちゃぐちゃにする。
「でも、確認しなくちゃ、先に進めないか・・」
目を閉じて、息を吸って、でもしゃがみ込む。
「ああああ~~・・・・やっぱむりっ。ぜってぇむりっ。もし開かなかったらまた傷つくじゃんかぁ俺ぇ」
官舎まで来たのに、青島にはその先が進めない。
一カ月前と変わらぬ不愛想な建物に、一カ月前より冷え込んだ大気と粉雪が、行き場を失くさせる。
この鍵を挿し込んで、本当に開くのか?開いてしまったとして、俺はどうするつもりなんだ?
雪に消えた熱いキスが蘇る。
しゃがみこんで、くちゃっと髪を掻き揚げて、空を見て、青島の眉尻が下がる。
もう一度立ち上がった。
震える手で鍵を挿し込む。
――カチャリ
「!!」
本当に、開いた。
期間限定だった筈の魔法の鍵が、有効のままである。
「随分と遅かったな」
扉を開けると同時に掛けられた声に、青島は飛び上がった。
「な、なん、なに・・、ど、ど、どういうこと・・・」
「鍵一つにいつまで時間を掛けるつもりだ」
「なんで・・ってか、いつからそこに・・」
「沖田くんから連絡をもらった」
で?あんたも俺と同じく30分そこに立ってたの?
「前から思ってたけど、キャリアってみんな口軽くない?」
呆れた青島の前に、諦めた筈の男がいる。
憮然としたその顔を目の当たりにし、青島の顔も険しくなった。
「刑事局長と寝てるって嘘だろ」
「知るか馬鹿」
しれっと言い放った室井に、青島は嘘くさい顔を歪ませた。
確かに室井さんは嘘を吐いた。
でも舐めんなよ、室井さんの嘘なんか、慣れっこだったよこっちは。
「鍵、変えてないじゃん」
室井が少年のような目をし、口唇を尖らせた。
んだよ、それ。
「相変わらず無茶しますね」
キッと睨みつける青島に、室井も毅然と向き合う。
もはや雄々しい気配を隠しもせず、仁王立ちで青島の前に立った。
ピンと張りつめた間に走るのは電気みたいな鋭い攻防で、何かを切欠に破裂しそうな緊張状態を持つ。
「本気で欲しくなった」
一言だけ。
たった一言、その先も一切言葉を重ねない室井に、青島の中に冬の凍てつく空気が肺の奥まで入る。
芯まで冷やすその季節が、はじまりの季節を想起し、頭を冷やし、熱を馳せる。
真っすぐな二人の視線が灼け切れんばかりに交錯した。
長い年月をかけ二人の間に構築した筈のしっとりとした沈黙は今はなく、出会った当初のような一歩間違えば搾取される駆け引きがそこにある。
今感じるのは慟哭よりも憧憬だ。
怒りとも恨みとも似た、その沈黙の重さと視線の烈しさは、やはりそれほど均衡を保てず
音を上げたのはやはり青島の方が先で、顔を横に反らす。
「だけど、まさか、最後の日に、逃げ出されるとは、思わなかった」
悔し気な視線を横に向けたまま、汗も乾いた前髪に目許を隠す青島は、艶肌も朱に染まり、健気に震える指先を隠す。
小さな舌打ちは、いっそ誰に向けたものなのかも、ぐちゃぐちゃだ。
「ぜんぜん・・ずっと・・そっけなかったじゃん」
「職務中なんだ。触れたら歯止めが利かなくなるのは目に見えている」
事も投げに室井は言い放った。
事実、思わず青島の肌に触れてしまったあの夜は、室井にとっては拷問だったのだが
不覚にも付けられたキスマークは悩殺的で、充分なしっぺ返しは受けたと自戒している。
こうなると分かっていたから避けていたのに、次はもう止まれない。室井には青島に敵うものがない。
「あの夜、君の誕生日だった夜、もし、俺がここに女性を連れ込んで、例えばセックスをしていたとして、君はそれで良かったのか?」
青島はただ室井を睨み上げた。
その姿はあまりに無垢で無防備で、全てを知ろうという青島の覚悟が、室井には敗北感となる。
室井は気付かれることを厭わない寛容さで穏やかに瞼を伏せた。
「俺は元々、おまえになら何をされてもよかったんだ。君の噂が俺の生き甲斐だった。なのに、最初に君が、好きだなんていうから」
「・・それで」
「だから、手近に置いて、逃げ場を断って、君から離れられなくなるまで・・契約という形で君に鎖を掛けた」
「ひでぇ・・」
「諦め切れなかっただけだ」
ふと蘇る。
この奇妙な契約を室井が口にした始まりの夜だ。
あの時、青島は「余興だ」と言って、軽くおふざけをしたつもりだった。
それを、妙に意味深に本音を炙り出されたのは、室井の長すぎた沈黙だ。
室井ほどの聡明な頭脳があれば、あの場をもっと簡単にやり過ごすことも出来た筈だし、政治の場ではあの程度の揶揄い、簡単に流せた筈だった。
あの時から、嘘を吐かれていたということだ。
あれで、全部が狂った。
「刑事を騙すには5年、でしたっけ」
「男を騙すには10年だ。君に勝てた試しがない」
上を見て、下を見て、青島が下唇を咬む。
笑おうとして失敗して、込み上げてくるものを抑えようとして失敗して、伝った滴を拳で乱暴に拭う。
一体幾つこの男に嘘を吐かれ、一体幾つこの男に騙されていくんだろう。
吐息を震わせる青島に、室井が足を向けた。
手を伸ばし、恐々と、まるで幻想でも確かめるかのように、一度躊躇った指先を、だが抗うことを許さぬ人差し指で、青島の涙を掬った。
「俺はまだ、間に合うか?」
青島が口唇を引き結び、まだ室井を睨み続ける。
すっと通った鼻筋も、薄く引き結ばれた口唇も硬質な造形を持ち、室井がまだ青島の顔をうかがっていて
僅か、顔を歪めた。
「これって、いわゆる、恋の話ですかね・・?」
今更な質問で返す青島の手首を掴み、室井の声が震えた。
「いい、のか・・?」
「もっと・・・ちゃんと、プロポーズしてください・・」
上向かされ、震える声で告げた青島の言葉に、室井は、く、と目を眇めた。
「今度は止まれないぞ」
痛いほど捕まれ、室井の抱える情火がどれだけ激しいものかを青島に伝える。
叶わなかった恋が、時間差で落ちてくる。
青島の悪戯気な瞳が上目遣いで室井に照準を合わせた。
戸惑いとも恥じらいとも取れる初心な姿に、室井は答えを知る。
泣き笑いとなって、青島は室井の耳に首を傾けながら近づけた。
長い睫毛を震わせ、袖を摘まみ、室井の耳朶を甘嚙みしながら、囁く。
――ちゃんと言ってよ。
声のトーン、影の角度、スピード、息かかる距離。室井が仕込んだ、ダンスのステップと共に青島の教え込んだテクニックだ。
その清楚ながら臈長ける仕草に、室井がグッと奥歯を噛み締めた。
「君に、もう一度、契約結婚を申し込む。今度は無期限で」
仕切り直して、初めから、何度でも。
「じゃあね、ちょっと。ちょこっとだけイチャイチャしましょう」
瞬間、腕を取られ、力任せに引き寄せられる。
簡単に態勢を崩し、室井の胸に飛び込んだ青島の耳に、室井が囁いた。
「もう、ちょっとだけとか無理だから」
そのまま室井が青島の後頭部を鷲掴み、口唇を重ねた。
「ん・・ッ・・」
荒々しく奪われた口唇は最初から容赦はなく、無理矢理青島の口を舌先で割ると、強引に侵入した。
巻き込むように舌を掬われ、仕置きとばかりに歯を立てられる。
思わず身じろいだ身体を左手で腰から引き寄せられ、仰け反る態勢となって、室井を見上げた。
あの雪夜の彼は、もう少し紳士的で、もう少し慈しみがあった。
ギラついた眼差しで見下ろされ、無言のまま、室井が再び顔を傾ける。
噛みつくように塞がれると、右手で後頭部を引き下ろされ、上向いた拍子に喉奥まで抉られた。
蕩けるように熱くて、痺れて。
吐息ごと喰らい付く口接に、眩暈がする。
「んっ・・なんか、別人みたいだ・・っ」
フッと、室井が喉で哂う。
その擦り切れ掠れた男の声に、青島の背筋がゾクリとする。
ぬるりと口唇を吸われ、視点が合わぬほどの距離で探り合った。
魔法が解けた室井は、容赦がない。
呼吸を乱した青島の口唇に、室井の雄染みた荒げた息がかかり、もう本気で逃がしてはもらえないことを悟る。
いつかの夜の室井の言葉を想起させた。
「また、逃げるか?」
室井の執拗な愛撫のせいで少し腫れあがった朱い口唇を震わせ、唾液を舐めとる青島の仕草が室井好みの絶妙な危うさに、濡れる。
「ねぇ・・、男をその気にさせる誘い文句、教えてください」
室井の指が青島の頤にかかり、痛いほど力が籠もった。
知らぬうちに近付き過ぎた距離が、相手を大切にしたい方法さえ見失わせた。
喪失の恐怖が僅かな隙となって、室井の指先が白く力む。
「して、と一言・・言ってくれれば――」
続く台詞は、吐息で掠れる。
「後は望みのものを全部やる」
青島の瞳が、濡れて、瞬き、熱に溶けた。
「じゃあ、早く」
――俺を、喰らって。
聖なる夜空に雪に舞って消えた筈の恋は、こごえる心を永遠に温め続けていく。
―雪積もる12月に結婚できるのなら真実の愛が持続する―
happy end

皆様にも素敵な奇跡が舞い降りますように。Happy Merry Christmas!
20211226