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周年お祝いシリーズ
お祝い作品・室青二作目。登場人物はふたりだけ。時間軸は室井さん美幌時代。クリスマス
ス
トーリーです。
04.冷たい手でもいいよ~後編

5.
翌朝も曇天だった。
雪は止んでいたが、積もりに積もった雪は一晩で1mを越した。
その偉観に口を開けて仰天していた青島は、今はだんまりを決め込む。
空港へ向かうバス停へと送る途中の早朝の雪道は身体が凍てつく冷たさで
さく、さく、きゅ、と、雪の鳴く音だけが澄んだ音色を聞かせていた。
「東京に着いたら一度連絡しろ」
「――なんで?」
「向こうに迎えも寄越していないんだろ」
「そうだけど・・・」
まだ湿り気の残るコートの袖口で汗を拭い、青島が一息吐いた。
表通りまで出てしまえば地面から湯が沸き出て道路もアスファルトになるのだが
まだここは豪雪だった。
足場の悪い雪道に時折杖先を取られながら、青島がまだ慣れていない仕草で懸命に松葉杖を駆使して雪道を制覇する。
たどたどしく、また一歩を踏み出した。
辛いだろうと幾度か室井が手を貸そうとしたのだが、青島は頑なに拒んだ。
朝起きてからの青島は無口だ。
昨夜の濡れた服や下着は室井が洗濯し乾燥機に入れておいた。
それらを着用することに問題はなかったが、厚手のコートは半乾きで、それでも青島の方が申し訳なさそうに頭を下げていた。
簡単な朝食を済ませる間も伏目がちな瞼は上げられず、でもおいしいと呟いてくれた。
室井は午後から出勤することを署に告げ、ふたりで雪道を歩く。
あちこちで雪かきをするスコップの音が朝の雪国と室井の寂寥を無情に囃し立てる。
「俺、あんたの連絡先知らないし・・・、知らなくてもいいんじゃない。また現場で会えれば」
「しかし――」
「うっわ、すっげ!いきなり開けた・・!」
連なっていた民家の角で、目の前が一気に何もなくなった。
室井の言葉を遮った青島がそちらに目を向け、その瞳を子供みたいに輝かせる。
ここの広場を抜ければ、その先が大通りである。
「昨日は気付かなかったなぁ・・・」
「暗いと何も見えなくなる」
「木がいっぽんだけ立ってる・・・。どっかのカレンダーみたい」
松葉杖を向け、その野原に踏み入っていこうとする姿に、室井は後ろから忠告した。
「おい、大丈夫か」
「ちょっとだけ。ね」
「雪は深い。転ぶなよ」
「室井さん、過保護だなぁ」
「君といれば誰でもそうなる」
うんざりとした口調で零してやったが、聞いているのかいないのか、青島の視界はもう一面の雪野原に釘付けだった。
確かに都会ではここまでの広さはないし、あったとしてもこの積雪量はない。
山々が遠くに白く霞み、低く霧がかっていた。
12月の北海道は氷点下になる日も増え本格的な冬が始まり、降雪を繰り返しながらやがてこれも根雪となっていく。
軽装ではないにしろ不完全な青島の服装に、室井は昨夜の厚手のシャツを渡し、ウールのマフラーと帽子も貸してやった。
室井が雪かき用に購入したものだが、てっぺんの丸いぼんぼんは青島が動く度、大きく跳ねた。
もこもこした格好の青島が不器用に松葉杖を雪に埋め、縺れ、戯れる。
「つらら!つららになってる・・!」
何が面白いのか室井には分からないことが青島の中には、多々見られると、室井は思う。
それを異次元の世界だとも排するべき悪行だとも感じず、ただ、室井には眩しい。
危なっかしく足場を崩す青島を、頬を強張らせたまま、目を眇め、室井がその様子を沿線から見守った。
冬木立が寂しさを誘う。
青島のテンションは高く、吐く息が即座に白く浮かぶ下で、鼻や頬を赤らめた。
一本だけ立つ大樹の下までたどり着き、室井のことなどお構いなしに、青島は楽しそうに独り言を言っては、はしゃいでいる声が雪に遠く吸い込まれる。
きっと、足さえ丈夫ならば、この雪原を野生動物の如く駆け回りたかったのだろう。
「都会育ちが無茶するな」
「室井さん、スキーやんの、スキー」
「人工的な遊戯場と一緒にするな」
「すっげぇなぁ・・・、こんなとこに住んでんだね、あんた」
「・・・・」
モスグリーンのコートが風に踊って、その背中が不意に遠く見えた。
「ま。来て良かったですよ。こんなん見れた」
「・・・・」
「きっとあんたの育った街もまっしろなんだろうね」
「・・・青島」
「俺には想像もつかない世界だ」
「青島」
青島は振り向かない。
振り向いてくれない。
今朝からあまり合わせてくれない瞳は遂に記憶からも消し去るかのように白い世界に隠された。
振り向いてくれないつれなさに焦がれ、打ちのめされ、絶望に似た焦燥に支配された室井の声が切羽詰まった重さを孕む。
「青島、そろそろ戻って来い」
「遠い、場所です。・・・・なんか、あんたみたいに」
「・・・・」
背を向けたまま応える彼の声は変わらないが、松葉杖を持つ手が冷たそうに赤く悴み、小刻みに震えていた。
それを室井の目が捕らえ、険しくなる。
言っている意味は分からなかったが、今朝からずっと感じていた違和感が室井の中で一つになった。
「戻って、来い」
「東京は今日、晴れてんのかな・・・」
一体どうしたと言うんだろう。
戻ってこない態度と、噛み合わない会話。
名付けることのできない激しい焦燥が室井の胸の中を急き立て、ここにいるのが青島じゃない錯覚さえ呼び起こした。
サンタクロースはクリスマスにしか現れない。
たった一日だけの夢の国は、朝日に消滅するのだ。
このまま青島が雪の世界へと奪われるような、そんな愚にもつかない胡乱な妄想が室井を過った。
意を決し、風の中で白く霞むモスグリーンの背中に向け、室井もゆっくりと踏み入った。
青島も雪音に気付いているだろうに、背を向けたまま微動だにしなかった。
否、出来なかったのかもしれない。
室井はその真後ろに立った。
「昨夜、私が君にしたこと、知ってるんだな?」
「――」
青島の返事がないときは、それが肯定であると昨日も証明していた。
やはり気付かれていたのかと、室井は静かに嘆息を吐く。
昨日はあれだけ人懐こく愛想が良かったのに、今朝からほとんど視線が合わなかった。
朝食を向かい合わせで食べる間も、着替えを渡している間も。部屋を出る時も。
今も、こちらを身ようとしない伏せた眼差しと凍える頬に、どこか漂う哀愁は、暫しの惜別の感傷などといった幼いものではないのだろう。
魔法も雪も、溶かせないためには更に強い氷で閉ざすのが北国のセオリーだ。
昨夜、眠っている青島の口付けたとき、青島の身体が少し強張ったことを室井は気付いていた。
気のせいかと思った。
でもきっと、そうじゃない。
起きていたなら何故拒まなかったのか。
たった5cm、されど5cmが今はひどく遠い。
「怒っているのか」
それは当然だろうと思えた質問だったが室井の口からはそれしか出てこなかった。
「――いや、まあ、聞くも愚かか」
「・・・・」
「理由も聞かないで消える気か」
「・・・昨日あんたから酒の匂いがしてた。・・・酔った勢いってことで、いいですよ」
「・・・出来るか」
息を殺し、室井は口の中で声を籠もらせた。
弾みとはいえ、はっきりとした意思を持ってした行為に、そんな無下な理由は付けたくなかった。
男の部屋に泊まり、される類の行為ではないし、上司にされて嬉しい行為でもない。
気持ち悪いだけだと思う方が自然なのは分かっている。
青島の反応は当然だ。なのに、室井の中では違和感も偽りもない衝動だった。
その身勝手な衝動を押し付けたことは申し訳なく思う。
でも、言い逃れも弁解もしたくない。
誠意がないと青島に思われるのが室井は一番堪える。
「言い訳もさせない気か」
「いらないよ」
「・・帰るんだろう?」
「ええ」
「私の顔も見ずにか」
「・・・・」
「青島」
冷徹な官僚の口ぶりで、室井が静かに命令をする。
だが青島は俯き、力なく首を振った。
「いらない、です」
無情に拒む青島の腕に縋ろうとしたのか、意味を持たぬ室井の長い指先が伸び、直前で留まる。
空を彷徨い、宛先もなく下ろされた。
「そんなに――顔も見たくないほど、嫌われたか」
それきり会話は途絶え、白々とした空白が押し寄せた。
腹が立つとか、泣き出すとか、何らかの感情表現をしてくれた方が余程マシだと室井は知る。
何を考えているのか悟らせない大人しい態度は、室井を酷く不安にさせた。
昨夜の幻想的な空気の中ではごく自然な行動だったのに
陽が昇ればあの衝動は今も室井をじたばたとさせる。
嬉しいような沸き立つ衝動を持ちながら、哀しく寂しく、そして、慚愧に耐えない。
二人の間に空気を震わせるような瑞々しく張り詰めたものがあったのは確かだが
それに答えを付けるとして、それが恋などというような、青臭くも未熟な、在り来たりのものでいいんだろうか。
こんなにも乱し溺れさせる苛烈な情動が、そんなにも稚拙で単純なものだったのか。
それを、たった一夜でそうしてしまったのは他ならぬ室井自身だった。
自分のしでかした失態の運命を拒みながら、無駄な抵抗をしてせめぎ合う混沌としたものに、室井は自嘲するように深く瞼を伏せる。
理不尽な痛みに傷つく自分自身が情けなく、潔くない。
なのにこうまで拒まれて、逆に室井の中でその慎みなく咽ぶ感情は、より一層高まったのを感じてしまう。
室井は眩しそうに眼を眇め、青島の心細そうな背中をじっと見た。
「身体を冷やさない方が良い・・・行こう」
「もう、いいよ、ここで。もう、独りで行ける」
「せめて最後まで送らせてくれ」
意固地となっている年下の男をこんな場所に置き去りに出来るわけがない。
そんな小さな望みさえ断られる関係が寂しかった。
時はまだ浅いのだろうか。
腕時計で確かめることも億劫で、室井は空を見上げた。
低い雲の向こうには太陽があるのだろうが、今はそれも見当たらない。
辺りは一層凍え、また空から白いものがチラつき始めた。
青島は動かない。
倣って室井もまたその場に立ち尽くした。
こんな見知らぬ場所に青島を置き去りになって、出来るわけがなかった。
ややして、不意に堅く目を瞑り、何かを堪えるような、殺したような青島の息遣いが耳に届く。
「何でそんな優しいふりすんだよ?」
「?」
「たかが所轄のノンキャリだよ。あんたこそ、ほんとは俺が迷惑なんでしょ?」
「え?」
それは君の方だろう?と問い質す室井の口より早く、青島が矢継ぎ早に悲痛な声を弾ませる。
「ほんとは室井さん、こんな不始末させた俺に怒ってんじゃないの」
「昨日違うと言った」
「あんた、俺見なくなった。昨日からちっとも俺を見てこない。すぐ目を反らしちゃって・・・ぜんぜん、見なくなった」
「え?」
それは君の方だろう、と、室井が口を開く前に、青島は矢継ぎ早に限界を帯びた声が聞こえた。
「怒ってんだなって、俺にだってわかります。それも当然だよ」
「意味が、」
「自分のしでかしたことくらい分かってる。あんたはいっつもしかめっ面で」
「根に持つような、そんな男に見えたか」
「だって俺、あんたに嫌われることしかしてこなかったし、いつもあんたのやり方に文句付けることしかしないし」
「そんなことは――」
「気付いてなかった?前はもっと俺を見てくれたよ。もっとちゃんと俺を知ろうとしてくれてた・・!・・・もっと、俺を・・!」
「・・青島、」
「そんなの、知りたくなかったよ。俺の中であんたは最高のライバルで理想のキャリアだった・・!それで、終わりにしとけば良かったよ・・・っ」
泣いているわけではないだろうが、背を向けたまま息を殺し、目頭を片手で塞ぐ仕草に、室井の目が瞠目する。
「俺が気付かないとでも思いました?」
「――」
「避けられてんな~とは思ってたけどさ、あんたが優しいことも俺知ってるから。それに付け込んで。もう少し、もう少しって・・」
真冬の大気は上がることなく冷え切っていた。
ほんの少しの、しかし確実に拒絶を訴える青島の切迫する息遣いと湧き上がる熱の白さが、間を置かず周囲を白く染めていく。
はぁ・・、と、酸素を使い果たした肩がひとつ、上下した。
「あんたが何も言わず去ってった時点で納得しとくべきでした。あんたのタイミングはいつだって正しいよ」
答えを出せなかった男に青島が理解を示す寄り添いの言葉は、今は室井の耳を鋭く刻む。
そうではないのに。
自分の気持ちに手一杯で、自分が相手にどう映るかなど、室井は考えたこともない。
キャリアは人に見られる職業だ。
だから身なりから気を遣うし、身体を隙なく鍛えるし、発言による影響は必要以上に思惟する。
でもそれは、自身のための振舞である。
青島が何を願い何を求めているのかなんて、想像したこともなかった。
室井の知る青島は穏やかで人当たりが良く、そして時に爛々と煌めく瞳をくれる、魅惑的な男だった。
ただそれしか知らない男だった。
願うことはいつも膨大すぎて、溢れるほどの飢えを自覚するだけで、自分を騙し安寧を得るだけで精いっぱいの一年だった。
「そりゃ、行かない方がいいって思いましたよ。もう別の時間が始まってるあんたに過去の俺が逢いに行ってもって」
「・・・」
「迷惑なのは分かっててもさ、でも、まだ信じてたくて。繋がってたくて」
まるで白い雪が全て吸い取ってくれると思うかのように、青島が白く輝く大気に吐露する。
青島の紡ぎだす言葉はどれも、室井にとって想定外で予想外なものばかりだった。
青島が何を苦しんでいたのかさえ、良く分からない。
圧倒的な静けさの前で、室井が確かに理解できるのは、自分のはしたない渇望だけだ。
「ばっかだなぁ・・俺・・」
避ける筈もないが、久しぶりすぎてまともに顔も見られず、クリスマスなどという少女染みた奇跡に浮き立つ面映ゆい姿は
いつも寡黙で表情も硬い室井にとっては誤解を招くのも当然と言える態度であった。
人に気を遣い、能弁である青島にしてみれば、それはより強く感じたのかもしれない。
今更ながらに、ふたりの時間は膨張する思惑とは裏腹に、こんな些細なことですれ違う、実に短く束の間であったかを室井は思い知る。
「俺、いつもへらへらしてるけど、俺だって、そんなに笑えないよ・・・」
当たり前に、与えることなどしてはいけない気さえ齎すその真意もまた見え透いた言い訳でしかなく
弁解の言葉さえ室井の脳裏に浮かばなかった。
奥歯を固く咬み、ぎゅっと瞼を閉じる。
いつだってそうだ。特に青島に関しては。
余裕がまるでなくなる。
こんなにも答えは目の前に転がっているのに。
「これで終わりにしてやるよ。せめて男の意地くらい、俺にも張らせてくださいね」
「・・・待ってくれ」
「これで終わりだからって言い聞かせて。笑顔で別れようって。けど、あんたにそんな態度取られて平気なほど、強くない。こわい、だけだ」
「待ってくれないか」
大切にしたいさ。本当の恋人であったなら。いくらでも。
室井の口が何かを告げようと薄く開き、息を吸う。
が。
「そしたら最後にあんなことされて・・・、良かっただなんて・・あんな、優しい声・・・」
先手を打たれ、またも室井は発言の機会を失った。
青島の、自嘲をするように漏らした重い溜息が、室井に津々と圧し掛かり目元を暗くさせる。
そんな言葉を言わせてしまう自分が不甲斐なかった。
震え、ままならぬ室井の指先がまるで、狂おしいほど愛しい者を探しているかのように些か余裕を欠き
求める先を堪え黒鞄を強く握るが、言葉より先に無力さに打ちのめされ、しなだれる。
「あの事件で、俺たち、何かが変わっちゃいましたね」
「・・・聞いてくれないか」
「クビにさせられなくて、ほっとしました?」
「違う、青島、私だって」
ずっと大切だった。特別で大事な存在だった。
「そんなの知るために、おれ、こんなとこまで来たのかなぁ・・・」
悲痛な胸の内を堪えるように口許に甲を充て、青島はちっくしょ、と小さく吐き捨てた。
拗れ、拙い誤解の糸を解くまでもなく、ふと、その言葉が室井を正気に返らせた。
――そうだ、青島は室井が東京を去ったことで、わざわざこんな北の外れまで不都合な身体でやってきたのだ。
電話で済む話だった。人伝に尋ねれば済む話だった。
顔を見なければ通じぬ話ではなかった。
「おまえ、何故ここまで来た?」
「・・・」
「私に逢いに来たのは何故だ?」
同じ問を矢継ぎ早に投げかけ、室井は双眼を生硬なものに変えた。
昨日も似た問をした。
だが明らかに問い質したい意図が異なることを、室井の少し低く訝し気な声色が伝える。
「どうして私に逢おうと思った・・・?」
ふるふると頭に積もった雪をふるい落とし、青島が松葉杖を持ち直した。
もう話すことは済んだといわんばかりに背を向けたまま、答えもなく木の下から覚束ない足取りで歩み始めていく。
先程より不安定なのは足先まで悴んでしまったせいだ。
「逃げないでくれ青島」
「意味なんかないです・・・もう」
ザクッと平らな雪を踏み鳴らし、室井も後を追った。
深い雪に足と杖を取られながら、目先で青島がずぶずぶと深みに埋もれていく。
今度は迷わずその二の腕を奪い取った。
バランスを崩し、雪に足を取られ雪崩れ込み沈んでいく青島を、無理矢理振り向かせ室井は片膝を付く。
「ごめん・・、別に昔話に花咲かせたくて来たわけじゃない。・・忘れてください。今、言ったことも」
「――」
最早反応も無視し、室井は反らす顎に指を添え、くいっとこちらを向かせると、青島は嫌がるように少しだけ身体を力ませた。
反動で、ウールの帽子が背後に落ちる。
しかと顔を向けさせ、はっきりと室井の漆黒の瞳に取り入れる。
すると目に入る、ようやく目にした青島の姿に、こんな状況で不謹慎ながら、室井は思わず息を呑んだ。
雪のように透明な瞳が本当に濡れていて、紅く林檎のような口唇が微かに震え、痛そうに噛み締められている。
大気に冷え、透き通る玉肌は水滴を弾き、蕩けるように馴染んでいた。
濡れてうねった前髪が鼻筋まで沿って流れ、その裏側から澄んだ瞳が室井を映す。
何かを堪え、脆く崩れ去りそうな、今にも壊れてしまいそうな、危うい煌めきに、室井の思考は完全に途切れた。
ピュアで透明感溢れる存在に目を奪われる。
「誤解だ」
それだけ告げるのが精いっぱいだった。
室井は震える喉を叱咤し、なんとか出した情けない声に、自分で舌打ちしたくなる衝動のまま、眉間を深めた。
拙く首を振り、青島は顎を捕えて固定する室井の手首を取る。
冷え切ったその指先にさえ、室井を切なくさせる。
「まず話を聞いてくれ」
「あんなやり方、卑怯じゃんか・・!行かせてくれなかったのはあんたのほうだ」
「違うんだ」
「こんな閉ざされたところに閉じ込められて。・・も、帰るから。俺、帰りますから。二度とあんたの前に現れないから・・!」
「違う・・・!」
「もう絶対、あんたを巻き込むこと、しないですから・・っ」
雪の結晶のような光の粒が眦から溢れ、宝石のように彩りを放つ青島に、室井は男の意思を含ませた指先で室井を拒む手首を取り
片手でもう一度青島を上向かせた。
男の手加減のない力に、びくりとして青島が不安げに室井を映す。
昨夜と違って隙だらけだ。
あれだけ社交性に長け、気の優しい男が、こんなにも明け透けになっている。
そしてそれは、恐らく昨夜の室井が引き金となったのだ。
ゾクリと室井の背筋が栗だった。
今の青島はその姿さえも室井を煽っていることを知りもしないだろう。
そして、これはきっと誰も知らない素の青島で、今なら届く気がした。
室井の中の雄の本能が、今だと鋭く告げている。
「理由くらい、言っていけ」
「・・・ないよ」
「文句くらい、出るだろう」
「・・・」
「君が望むなら、あんな夜だってなかったことにしてやるから」
両手を取られたまま、青島が雪にぺたんと埋まり、顔をくしゃくしゃにした。
心にもないことを口にして甘い誘惑の策謀を巡らしながら、室井が折れかけている青島を雁字搦めにする。
濡れた前髪が表情を半分隠し、掠れた彼の声さえ、膨大な雪の前では無力で、吸い込まれる。
室井の挙動に迷わされ乱される、この華奢で脆い年下の存在が途轍もなく、愛おしい。
「じゃ、そうしてくださいよ。なかったことに出来んなら最初からすんなよ。も、限界。これで最後なら、こんな最後、いらない・・!来なきゃよかったよ」
「・・・」
「一言いえば済む話だ。俺だって去り際くらい、わかる。あんなやり方卑怯じゃんか・・!」
「どうして」
「どうして?これ以上ないってくらい惚れ込んだ男、降格させて憤慨させて、怪我の心配までされたら、顔向けするもんもないですよ・・!」
「心配されておけ。それの何が不満だ」
「なんで俺なんか心配すんの?!あんな目に合わせた男に・・今更?家まで泊めちゃってさ、そのくせ、あんな優しいこえで・・・あんなことまで・・・して」
「・・・」
「放っっときゃいいじゃん、なんなのさ・・・!」
「忘れたらいい」
「っ」
それには答えず青島は俯いて口唇を噛む。
「おまえこそ、あんなことされて何故怒らない」
「・・っ、怒ってるに決まってるでしょ」
「何故、軽蔑しない。何故逃げなかった。何故――上司のパワハラだと思わない」
「思ってるよ!俺を切りたかったんだろ・・!あんたにしちゃ気の利いた餞別だったよ・・!」
「何故俺自身を貶さない」
「・・・だったらなんでしたんだよ・・・」
「何故、逢いに来た」
問いに問いが重なり合い、ゆったりとした落ち着いた口調で室井が畳みかける。追い詰められるままに青島は答え、そして悔しそうに眉を寄せた。
何度も首を振り、そして室井に取られた両手を力なく揺さぶってくる。
その抵抗ともいえない拒絶を男の力で抑え込むと、室井は漆黒の眼に焔を宿した。
「応えないなら、実力行使に出るぞ」
室井の玲瓏とした気配の変化に青島が気圧され、目を見開く。
潤み赤みがかった瞳で恨めしそうに室井を見上げてきた。
この純潔でありながら淫靡な煌めきに、室井の魂ごと引き摺られる。
視線を奪い、自由を奪い、体温さえも失くしていく困窮の中で、青島が最後の綱を室井に手繰るように
その林檎のような口唇を震わせた。
「・・っ、ずっと、怒ってるんだと思ってた・・・、そんなでも、心配するくらい優しいひとなんだなって、知ってます。でも、あんなの、不意打ちだ・・・」
「・・・そうだな」
「ごめんなさい・・・、でも、お願いですから、もうこれ以上、俺を揺らさないで、ください・・・」
どうしていいか分からなくなるんだと、青島はか細い声で訴え、尚返事を拒み、雪の中へ沈み込んだ。
これは何かの夢の続きなんだろうか。
そんなのどうだっていいと、そう言い切れない男と、どこか綺麗なものを見ていて弱さを捨てきれない男が
狡さの中に狡さを隠していく。
雪が視界を遮り、限りない白い世界はどこまでも濁りがなく厳粛だった。
「青島、それは」
都合の良い夢ならこのままこの雪の中で閉ざされてしまっても構わない。
「それは、俺の勘違いじゃないということで、いいんだな・・?」
「・・っ、・・?」
「どうなんだ?」
片手だけを解放し、室井はその前髪にそっと触れた。
ビーズのように光を散りばめる雪をそっと払う。
青島が嫌がるように首を振った。
「青島」
再度追い詰めると、濡れた瞳で口唇をきゅっと結んで、青島が探るような顔をした後、困り果てた視線を向けてきた。
お互い明確な言葉は口にしなかった。
口にしたらこの魔法が全て溶けてしまう気がした。
それは、青島もだったのかもしれない。
「ど、どういうこと・・ですか・・」
「君こそ、どういうことだ?」
「よ、よく、わかんない・・・本当に。ただあんたに見限られたと思って、それでもあんたを追いかけていたくて。それだけ、許してほしくて・・」
「それで来たのか」
「だっていきなり消えちゃうから・・!独り置いてきぼりにされたんだって思って!足、動かないし、追いかけられないし!でも俺っ」
珍しく脈略が煩雑としている内容を、室井は高貴な眼差しで静かに聞いた。
一言も漏らさないつもりで、何か取り零すこともしないように、ただ聞き入った。
「行く理由も気持ちもはっきりしてないのに行ったってって思ったよ。でもここんとこ、苦しくて・・・置き去りにされんの怖くて・・!」
青島が放された片手で胸元をぎゅっと掻き毟るようにくしゃりと握り潰した。
苦しそうに眉を潜めたまま、それでも気丈を装う表情が、何とも狂おしく艶冶に映え、室井の劣情を静かに刺激する。
「ずっともやもやして・・・んん、きっと、違う、あんたに出会ったときからもやもやしたものは、あった、気がする・・・」
「・・・」
「考えても考えても分からない、こんなの初めてだ・・・」
「分からないまま・・・飛び出したのか」
青島らしい行動理念に思わず口にした室井の拙劣な声は、より切羽詰まったものに変わり、年上の成熟した雄の色香を生じさせた。
「あんたに・・・助けてほしかったのかな・・縋りにきたのかな・・・それとも、トドメさしてほしかったのかも」
はは、と、力なく笑おうとして失敗した青島は、身体を小さく震わせた。
「追いかけたかった・・・置いていかれたくなかった・・・それだけで・・」
「・・・・」
「狡い、のは俺も同じですね・・・」
「青島」
「俺、終わりに出来なかった・・!あんたの将来思っても俺・・!こんなのダメだよね・・!でも俺、逢いたかったんだ・・・!」
「!」
「どうしても、もう一度だけ・・っ、逢いたかった・・・っ」
「そんな顔でそんなこと言われたらもう止まれないぞ・・!」
ガシッと手荒く室井の指先が青島の手首を掴み上げる。
「ううぅぅぅ・・・っ、どうしようっ室井さん・・っ、おれ、どうしたら・・・っ」
その両手首を被せるように掴み取り、室井は顔を傾け手前に引き寄せた。
大気に冷え切った口唇を、そのまま奪う。
目を見開いた青島が、そのまま硬直した。
柔らかな淡い色の髪が鮮やかに雪に散る。
その瞳を恍惚とした想いで見つめながら、室井は一度その口唇をちゅうっと吸い上げた。
口唇を離さぬ距離で、室井は小さく囁く。
「俺がそのもやもやに答えを付けてやる」
「・・あんた、それでいいのか・・」
「おまえこそ、いいんだな・・?答えは俺の都合の良いように決めるぞ」
「・・っ」
小さく、ぁ、と声がして、青島の視線が横に逸らされた。
困ったような迷う可愛い動作に、もう室井は待つ気はなかった。
久しぶりに北で過ごす夜は寒くて、ふたりきりの夜は温かかった。
でも今は二人、こんなにも凍えている。
その顎に細長い指先を絡ませると、室井は青島を上向かせる。
動転したまま尻込みする恥じらいの瞳を美しいと思いながら、室井は瞼を伏せ、顔を傾けた。
成熟した男の口付けで奪う林檎のふくらみは、極上の蜜を持ってしっとりと室井の視線を釘付けにし、情炎と淫欲に言いなりにさせる。
時折、ブリザードのように室井を襲うどうしようもなく溢れるあの激情が、今も室井の中に吹き荒れる。
猥らな情痴と淫欲を備えた腕先で冷えた身体を取り囲めば、室井の厚い胸板にすんなりと青島は収まった。
そのまま青島の首筋に顔を埋め、優雅なラインに強くひとつ、吸い付いた。
んっという小さな声が室井の耳に届き、冷え切った肌に朱く華が咲く。
印の付いた肌は白一色の世界で仄かに香り、室井はそれを満足げに目に収めると、ゆっくりと口唇を重ね合わせた。
「・・・んぅ・・、・・ふ・・・」
甘く漏れる吐息がくらくらとさせる妖艶さに微睡み、何度も何度も擦り合わせる。
処女のように応え方も知らぬ口唇が、小刻みに痙攣し、呻く姿に純潔を見て、泣きたいような心境にすらさせられた。
息が、苦しい。
執着という愛の鎖は室井を縛り、それはそのまま強欲なままに奪う腕の強さへと変えられた。
ともすれば、自我すら手放してしまいそうな強襲が、痛いほどの甘い疼きと恐怖を道連れにしようと渦巻いてくる。
むしろ追い込まれたのは室井の方で、少しだけ口唇を解放する。
男に口付けられ、熱っぽくなって震える青島がそこにいた。
熟した無遠慮な瞳で射抜けば、その真っすぐな視線に晒される羞恥に青島が瞳を反らす。
「あ、あんまり見んなよ・・・」
「あまりに・・・綺麗だ」
「・・ば・・ッッ」
かっと、それこそ全身が林檎の様になってしまった青島を大切に慈しむような眼差しを室井が送る。
青島の見せる世界はいつだって室井には極彩色だった。
そっと指先で頬に触れると、ひゃっと小さな悲鳴が上げ、青島が肩を竦めた。
室井の指先もまた、氷のように冷え切っていた。
「・・、すまない」
「・・・・いいよ、冷たい手でも」
「君の手も冷え切っている」
「いいんだ、あんたなら・・・」
哀願するようにも見せる多変な瞳が澄明に室井を見上げてくる。
室井はその手で、先程から何度も躊躇ってきた、そして諦めてきた指先を、今度こそ青島の頬にそっと触れさせる。
壊れ物を触るかのようなぎこちない室井の仕草に、青島は潤ませた視線を少しだけ眇めた。
その眼差しは意図を悟らせない。
引き込まれるまま、室井は青島を腕の中に閉じ込めた。
ゆるりと力を込めていき、やがてしっかりとした男の力で取り囲む。
「こんなところまで・・・こんな男を追ってきて・・・、何の得にもならないだろうに・・・」
昨夜も同じことを言った。
今度は愛しさと切なさが混在し、ただただ嬉しさが室井に募る。
馬鹿だなと思う。そんな馬鹿げた愛情を持て余す青島が、どうしようもないくらい愛おしい。
「私は君を――」
今なら信じられた。自分たちはきっと途切れずまた巡り合う。何度でも。何度でも。
「君を大切にする。だから君を、好きでいていいか」
噛み締めるようにその言葉を告げると、室井は昨日知ったばかりの匂いに包まれながら、その髪に鼻を埋めた。
「君が、好きだった。ずっと前から、好きだった」
「・・っ、ほん気・・・?」
「君も同じ気持ちだなんて思いもしなかったから。だから黙って去ることを選んだ。遠くで成果を上げることの方が君に認めてもらえると思ったからだ」
「・・・・」
「こんな・・・降格してしまった男には今更何の価値も与えてやれないのに」
「っ、んん、いらないですよ・・っ」
「よく、来てくれた。こんなところまで。ありがとう。感謝する。だから君が思い悩むことは何もない」
黙ったままの青島が、躊躇いがちに室井のコートの裾を掴んでくるのが分かった。
許されている。それが切なくて、想いが募って、その耳元に口唇を押し当てる。
ぴくりと震える躰を力で防ぎ、熱い息で室井は懇願した。
「君の気持ちを聞かせてくれ」
「・・っ、・・でも」
「君の気持ちを俺にくれないか」
耳が弱いらしいと、この場で室井に悟らせるままに、青島は膝頭を崩し、体重を支えるのも辛そうに踠く。
室井は何度もキスを落とし、舌で耳の縁を小さく舐めた。
「んん・・っ、・・し、知ってるくせに・・・ッ」
「言わせたい。これが夢ではないと俺に教えてくれ」
「室井さん・・、が、俺っていうの、なんか、あんま、ないよね・・・」
「青島」
「・・む、むろいさん・・っ」
肩から抱き込んだまま未だ答えを乗せてくれない口唇に、破裂するような焦燥を抱いたのはやはり室井の方だった。
顎を捕らえ、上向かせると同時に上から熱く塞ぐ。
腰から引き寄せ密着させると、甘く吸い付いた。
「んぅ・・、ん・・・ふ」
苦情のような、嘆息のような声が青島から洩れ、ぎゅっと固く目を瞑っている仕草に室井の口端が上がる。
室井のコートを指先で遠慮がちに掴み、それでも口唇を重ねてくれる。
男に凌辱され、乱れる吐息を必死に抑えようとする姿がより雄の劣情を生んだ。
「・・ん、っ、・・ろぃ、さ・・・・」
「言ってくれ」
「んぁ・・・んぅ・・っ」
信じられない。この宝物のような存在が腕の中にいて、熱を孕むままに口付けを受けてくれている。
掠れた声で名を呼ばれ、室井の全身が栗だった。
愛しくて、可愛くて、溺れるような渦が室井を襲う。
自分のために冒そうとしてくれる罪まで、愛することを赦されたい。
角度を変え、舌先でその弾力のある輪郭を幾度も辿る。
割れ目をツンと突けば、大人の男なら何を求めているか、察せるだろう。
酸素を欲するタイミングで思わず、室井はぶ厚い舌を奥まで埋め込んだ。
「・・んぅっ、・・くふ・・っ」
咽ぶような息が乱れ、青島の指先が抵抗を示すように室井のコートを引き乱す。
奥底まで男の舌に侵略され、思わず仰け反った背中を宥め、室井は膝を青島の股に差し入れる。
不安定となった身体を預けるように下半身を押し宛がう形になり、腰を室井が傲慢さのままに支えた。
その手を掴んで指を絡ませると、青島は大人しく握り返してきた。
丸い指先がきゅっと室井の手に縋る。
たまらない。
舌を引きずり出し、重ね合わせると、唾液が卑猥な水音を立てた。
指先は冷たくなっていたのに、舌だけは熱く、室井を惑乱させる。
ぴったりと隙間がないくらいに口唇を密着させ、敏感な内壁を始めて奥深くまで探った。
目の隅に青島の淡い髪が雪に踊っていた。
どこまでも限りなく白い世界は哀しいほど清純で、哀しいほど濁りがない。
執着も妬みも恨みも後悔も、雪はみな吸い込んで果てしなく遠くする。
余りに切なく余りに豊潤で際限のない世界は、くだらない理性や背徳さえも、かしづかせた。
あさましい姿を晒している気はしたが、今は止められそうにもなかった。
「君が手に入る日が来るなんて、思わなかった・・・これは本当なのか・・・」
溢れる唾液を啜り、啄んで、舌を甘咬みする。
「好きで悪かったな・・っ」
憎まれ口のような可愛らしい返事が返ってきて、室井を骨抜きにする。
後頭部と腰に手を充て、力任せに腕に引き寄せた。
「後悔しないな?」
青島の腕が室井の首に回り、室井の両手も青島の背中へ回る。
あんなに戸惑っていたくせに、げんきんな年下男の陽気さに、やっぱり室井は救われる。
少し荒げた息を隠す様に、青島は室井の首筋に顔を埋めた。
「あんたこそ、後悔しても俺、なんもできません」
「するか・・・」
「その背中にでっかいもん、背負ってんだろ・・・」
室井の片手が幾度か青島の後頭部を愛撫するように掻き混ぜ、そっと顔を上げさせ、覗き込んだ。
淡い栗色の瞳に誘われるままに一度口唇を合わせると、室井はその後ろ髪を五指できつく掴む。
脚を薄く開き室井の膝を挟み、束縛された状態で青島は服従を誓うように傅いた。
「青島」
「・・・・はい」
「きっと俺たちはこれからも擦れ違う。相克に生きるからこそ道を違える日は必ず来るし、それが修復不可能な軋轢を生む可能性もある。でもな、青島」
「はい」
「それでもずっと、君を好きでいていいか」
「・・っ」
「俺の生涯を君に賭けると、君に誓って良いか」
「よよよよよくそんな歯の浮くような台詞が出てきますね・・っ」
飄々とした瞳で室井は小さく肩を竦める。
この男と共に生きる未来を望めるのなら、こんな誓いくらい、室井には政治より容易い。
「返事を」
一瞬の刹那を置いて。
「~~っっ、」
「!」
林檎のような顔をした青島が視線を彷徨わせた後、ぎゅっと目を瞑って、室井の口唇にキスをした。
瞠目した室井が青島を凝視する。
「ち、ち、誓いのキスっっ、これで満足だろっ」
くっそと思いつつ、室井の腕が強か乱暴に青島を掻き抱いた。
「道ずれにするぞ、終いまで」
「うん・・・、構わない。最初に覚悟あるって言ったろ」
益々室井の煩悩を煽るからこの暴れ馬には困ったものだ。
何だか負けた気がして、朴訥な室井はやっぱり言葉を挟めなかった。
東京から遥か遠く離れた地で、ようやく繋がった相手をただ抱き締め合う。
雪はただ音もなく振り続ける。
「離したくないな・・・」
「ここは・・・遠いね・・」
「そうだな・・・」
こんなに傍にいるのに、しばらくは東京と北海道の遠距離に阻まれる。
寂しさと温もりを分け与えるかのように、ただ雪の舞う街でふたりは抱き締め合った。
何度離れても、何度喧嘩しても、それでも巡り合う度にこの気持ちは高まり深まっていく。
降り積もるこの雪のように、真っ白に、穢れなく。
きっとこれからも。ずっとずっと。
クリスマスの夜にサンタクロースがやってきた。
そして彼はそのままクリスマスプレゼントになった。
じゃれあう恋人たちの真上で粉雪がまるで光のヴェールのように一面に舞い続けていた。
*:*:*:*:*:*
「おまえ、もう一晩泊まっていけ」
「俺だってそうしたいですけど」
「スケジュール調整してくれるんだろ」
「でも俺、何も言わないで来ちゃってるし・・・」
「ずっと、こうしていたい」
「・・・っ、でも、その、それはさすがに――」
「どうせ今日は金曜日だ。・・・東京になんか、返したくない」
室井の肩に額をぐりぐりと押し付け、青島がくぐもった声を立てた。
その後ろ髪をぐしゃぐしゃと室井が掻き回す。
ふと。
「ん?泊まるって・・・・なに、すんですかね?」
恋人同士となったばかりの初々しいカップルが一つ屋根の下ですることの意味が加わったことに、今更ながら気付いた声が室井の首筋を擽った。
貪りつくしたい獣性は持ち合わせている。
でも今はそんな男の欲望を晒し合うだけでなく、この聖夜に相応しくもっと大切に慈しみたいものもあった。
あえて青島の緊張に気付かぬふりを装い、室井は雪の止まない天を見上げる。
「折角のクリスマスなんだ。便乗しないか。チキンでも買って、君が好むならケーキも付けて、蝋燭も灯して、ふたりで祝おう」
「・・・・いいね」
「気が合ったな。俺たちはまだ知り合って日が浅いって気付いてたか」
「そう言えば」
随分と濃密な時間を費やしてきた気はするが、出会ったのはほんの数か月前。
息も付けぬ激しく目まぐるしい時代を共に生きてきた同志が、この先も隣で生き抜いていく。
その奇跡は世界を色彩に散りばめ、他愛ない日々を長く長く重ねる始まりの合図だ。
愛情も弱さも醜さも、みんな重ねて生きていきたい。
この世界に祝福を望んだっていい。
「クリスマスプレゼントも用意してやる」
「野郎の好みなんか考えたこともないですよ・・・」
「逆だ。心変わりしないように周りから攻めておく」
「すげえ自信家だな!俺のことなんか、なんも知らないくせに」
「だから、教えてくれないか」
「うん?」
「おまえのことをもっと教えて欲しい・・・・いや」
室井は青島の耳に身を寄せて囁いた。
「おまえが欲しい」
happy end

皆様にも素敵な夜が訪れますように。
Merry Christmas!
20171225