も
しも青島くんが室井さんを好きじゃなかったら?の続編です。
登場人物はふたりだけ。時間軸はセカンドデートからまた一カ月後。小悪魔青島くんと、口説きたい室井さんのお話、延長戦!
どろっぷ行進曲 Tambar Elysée!前編
1.
貞淑な音楽が流れる店内の中央、丸いテーブル席には白いクロスがワインと料理を引き立てる。
「すまない、呼び出しがかかった。二人はもう少し楽しむといい」
「あら、ザンネン。まるで敵前逃亡ってかんじね」
室井が腰を上げ、胸ポケットから黒い革財布を取り出すと、万札を数枚抜いて長い指先でテーブルに滑らせた。
「是非また誘ってくれ」
「いいの?お財布薄くなっちゃうわよ」
次も奢りでということを隠しもしないすみれに、青島がテーブルの下ですみれの手を握り、口止めする。
悪びれもしないすみれの悪意の無さに不快感を持つわけでもなく、室井はしっとりとした目をすみれに向けた。
「今夜は楽しかった」
「室井さんには飽きた味だったかしら?」
「人と食べるのが久しぶりなので、いい時間を貰えたと思っている」
「光栄だわ」
室井の目が青島へ向く。
青島もグラスに口を付けながら、前髪の奥から探るように室井を見ていた。
言葉はかわさない。
一瞬だけ交差した視線は、意味を持たせず離れていく。
「失礼する」
背筋のピンとした黒い後ろ姿が店員に見送られ店を後にするのを、青島とすみれは無言のまま見送った。
すみれは小首をかしげて指先をくるんと回す。
「あれは相当参っちゃってるわねぇ」
「分かるの?」
「色々あるんでしょー?キャリア様って。聞いてないの?そういうの」
今夜はすみれと約束したディナーに、室井も同席してもらった。
三人でどうかという誘いに、室井は特に否定的な反応は返さなかった。
室井が店を指定してくれて、二人で先に丸いテーブル席に付いていると、約束より30分遅れて室井が合流し
コース料理を楽しんだ。
青島の目には普通に見えた。
ただ、言葉の節々から四面楚歌な立場が入り混じっているのを感じ取らせた。
「あのひとは俺には言わないよ。俺だって言わない。今日は事件の話を聞きだしたかったんだけどね」
「綺麗事だけじゃ理想は叶えられない。清濁併せ呑んでなんぼの官僚様なんでしょ」
「いっつもそれに怒るの、すみれさんじゃない」
「奢ってくれた日はポイントが上がるのよ」
当然でしょ?と赤いルージュを引くすみれは、いつもより化粧が濃い目だ。
やはり直接会うと言葉以外の何かが感じ取れてしまうのは、必然であって
すみれの言葉からは、まるで、これまでも奢って貰えた日があった、と暗に告白しているように聞こえた。
ワイングラスを置き、今夜の口利きの言葉を選んでいると、ボーイが一礼して、空いたグラスにワインを注いでくれる。
「青島くんはいっつもこんなとこ連れてきてもらってるの?」
「いっつもって!今日が初めてだよ」
「あら意外」
店はデートで使うには安い方の、カジュアル・フレンチだった。
だが、ノンキャリの給料で、ここを仕事上がりの夕飯にするには、高めである。
本店に近い、洒落たセンスのある店は、恐らくすみれを意識してのチョイスだったのだろう。
「聞いてほしいことがある」
神妙な顔で切り出した青島の斜め左に座るすみれは、お品書きを無言で指差した。
話の腰を折られて、それでもすみれの意思を優先するのが青島である。
青島が片手を上げてボーイを呼び、メニュー表を依頼する。
「ねぇ、すみれさん」
「青島くんも食べるよね」
「食べるよ」
もう一度テーブルに乗り出すようにしてすみれに向かう。
青島が口を開いたそのタイミングで、すみれはメニューを持ってきたボーイに笑みを向けた。
「三日前、雪乃さんに探り入れたことかしら?」
「バレてんの・・」
勢いを三度挫かれ、青島はがっくりと首を垂れた。
これだから女の結束力ってコワイよ。
「軽く聞いただけじゃん」
「うん、あたしの心配してくれてることだけは伝わった」
“だけ”を揃えて返され、すみれ攻略の手強さを知る。
根回しまで知られていたなら、これは単刀直入に本題に入っていいという思し召しかもしれない。
元営業マンのスキルはこの程度では挫けない。
青島はじっとすみれの横顔を見つめた。
メニューに夢中なすみれの睫毛が瞬いて、華奢な首筋の肌にライトが艶美な色香を仄めかす。
この手のレストランは女性の肌を美しく見せるための照明の水準が高い。
女の子なんだよなぁって、こういう時ドキッとさせられる。
「すみれさん、室井さんのこと、すき?」
だよね?と小首を傾げれば、目の前の黒髪は透きとおるような目で誘惑した。
今、目の前にいるのは同僚ではなく、一人の女だ。俺の大事な。
駆け引きも探りも効かない真摯な彼女に呑まれぬよう、青島も気合いを入れ直して、言葉を選ぶ。
「室井さん、キャリアだし、札付きって言ったって俺が付いている以上、優良物件で、ゼッタイ警視総監になっからね?」
「青島くんが相棒っていう添え書きで事故物件って気はするけど」
「ばっか、隠れ銘柄ってやつだよ」
「隠れていることは認めちゃうのね」
「捕まえるなら今だけど、どうする?」
すみれが青島をじっと見た。
緑の黒髪と、同じ色の瞳はどこか、あの男を重ねさせる。
黙ったすみれに焦れたのはやはり青島の方で、青島は身体を向き合わせてもう一度問いかけた。
ここで逃げちゃ駄目だと思って今夜、この席を設けたのだから。
「すみれさん、あのね、引き下がられちゃ、困るんだよ」
すみれがどういう気持ちでいるのか、はっきりしないまま勝負に出るのは、フェアじゃない。
恋愛なんて醜い争奪戦ものだけど、彼女とはフェアに生きたい。
彼女を諦めさせるための遊びじゃないんだ。
「室井さんがすみれさんをどう見ているか、気付いてないわけ、ないよね?」
「やだ、まさか仲立ちしようとか考えてんじゃないでしょうね?」
「そうじゃないよ」
「だから今夜、あたしたちを引き合わせたの?」
その質問はYESじゃないけど、NOでもない。
合わせた二人を、俺が見たかったってのが一番だ。
だけど、じれったいのはお互い様だろう。
「仕事抜きで会って、こうして話して、普段見えないこと見えたってとこ、あるんじゃない?」
「思ったより若作りだったわ」
「あ、・・う・うん、そうだね・・」
思わず可笑しくなって青島は口許を押さえる。
プライベートになると私服もヤバイんだぜぇ、とまで出そうになって、両手で口元をばってんにして押さえた。
「で?どうして青島くんが困るの?」
「ぁ、や、それは――」
途端、口籠る青島に、もう興味は失せたとでもいう風に、すみれがワインを口にし、店内を見渡した。
掴めそうで掴めない彼女は、出会った頃から変わらない。
貞淑な雰囲気を損なわない四方のおしゃべりが、辛うじてBGMとなる。
どうして?なんて、決まっている。
少し前までならば、いつか二人が上手くいってくれたらと健気に見守るくらいの覚悟は出来ていた。
平均的な同僚の幸せを願って
平均的な上司の出世を期待して
平均的な相棒のポジション満喫して。
その平均を片っ端からブッた切ってきやがった男に、呑気に普通の未来を思い描いていた俺の切ない初心なハートを盗まれて
いたいけな俺の純情、どうしてくれる。
仕返しの一つや二つ、罰は当たるまい。波風一つ立てたって、天罰だ。一泡吹かせてやるだけの意地は見せ付けたい。
加えて、知らなくていいこと知らされちゃって、イイコぶってるこっちがマヌケみたいじゃんか。
腹を括るか、腹を切るか。
大博打仕掛ける前に、身辺整えたくなるのは、太古からの動物の性なんだろうか。
「あ。今、やーらしいこと考えてた顔だ」
「こーんな明るい店内で考えるわけないでしょ!」
「署の仮眠室で盛るひと?」
「すみれさんっ、あのね、俺が困るって言ったのはね!すみれさんがガマンしてると俺もつらいの!こう、腹の奥がもぞもぞするっていうか!」
「青島くん、今年の健診受けた?」
「まだだけど・・じゃなくて!」
誤魔化しきれない女の瞳に晒されるのは、放置プレイされてる羞恥と同じで、結構ハードな拷問だ。
賭けに出た後も、こうして俺は彼女の目を真っ直ぐに見られるんだろうか?
独り占めしたい気持ちに罪悪感を持ちながら、息をする場所を探している。
独り占めしてくる男の狂おしいほどの執着に窒息する前に。
「すみれさん、分かってて言ってるでしょ」
「青島くんが室井さんのことになるといっつも必死だから、妬けるなぁって思っちゃうの」
「今俺が必死なの、すみれさんに対してなんだけど」
「そうね」
「室井さんのこと、色々知って、知る度キライになるとこ、あった?」
「青島くんもしかめっ面のプライベート踏み込んで、なんか、見えたの?」
「そりゃ――」
言いかけ、それはすみれに乗せられたことに気付く。
案の定、興味を得たワイルドキャットは零れるような光彩で青島を覗き込んでいた。
「あのね、俺らが仲良しこよししてても、仕方ないでしょ」
「青島くん、びっくりするくらい懐いたもんねぇ」
「懐いたって・・!そんなんじゃないって!」
つい大きな声になってしまい、慌てて声を潜めた。
切羽詰まった青島を他所に中断を選ぶすみれが片手を上げてボーイを呼ぶ。
ご注文をお伺いしますとお辞儀するボーイに、すみれはメニュー表を指し示して見上げた。
「クリームブリュレのアイスクリーム添え、タンバルエリーゼ。お願いします。青島くんは?」
「おんなじの!」
「じゃ、それ二つ」
ボーイが畏まった一礼をしてメニューを下げていく。
「すみれさんの本音が聞きたい」
「知りたいのはあたしじゃなくて、向こうの方でしょ?青島くんは、あたしより勝てているか見たかったんじゃない?」
「そんなイジワル考えてないって!俺はただ」
「“俺はただ、室井さんに向き合ってほしかっただけ”」
「!」
「それって、あたしを巻き込むことなく出来るんじゃない?」
「そうだけど・・ちがうって」
曖昧な日本語を残して、青島はしゅんと俯いた。
すみれに指摘されるまでもなく、お節介なことしていることは自覚済みだ。
それでも、すみれに気兼ねしたくない。
それは気兼ねするようなヤマシイ関係になりたいと公言しているのと同じで、青島の中で自分が何をしたかったのかを戸惑わせた。
「もぉ~その顔反則。捨てられた子犬みたいな顔しないの」
「・・ごめん」
「謝らないで。あたしがイジメてるみたい」
「悪かったよ」
口唇を軽く尖らせ、すみれが瞳をくるりとさせる。
その顔の方が反則ですけど、お嬢さん。
「じゃ、一つだけ」
「うん」
「青島くんってさぁ、実は室井さんみたいなタイプ、嫌いだと思ってた」
「・・・」
「室井さんはさ、ああいう堅物キャリアだから、青島くんみたいな“擦れてない熱血漢”って実は嫌いじゃないと思うのよ。いわゆるこじらせ男子ってやつ?」
室井が以前、「負けだ・・」と呟いた時の、あの横顔。
一緒に吸った一本の煙草が、彼の悔しさを煙に巻いていて、室井の本音が陰影に揺れていた。
「こじらせ男子をそのまま中年にすると、室井さんになるんじゃない?」
「・・すみれさん・・俺、吹きそう・・」
顔を背け、笑いを必死に堪える青島の肩は震えている。
そんな青島を見て、姿勢も行儀も良い彼女には珍しく、すみれも椅子に背を凭れかけた。
天井を仰げば、そこには装飾の凝った電灯が控えめな光で店内を照らしている。
「でも、青島くんは鉄仮面の裏側の顔に気付いた。それだけでこじらせ男子って落ちるわよ」
「すみれさんだって、知ってるじゃない」
「今まで何やってたのって問い詰めるくらいにはね」
「でも、カッコよかったでしょ?」
青島が歪んだ口端を無理に持ち上げれば、その少年のような瞳にすみれもふふっと同調する。
「ロマンの相手とは一緒に夢を見たいんでしょ?」
「でも・・俺にどうしろって・・」
すみれが青島と室井の関係にどこまで気付いているかは定かではない。
でも、室井を引き戻せるのも、室井を駆り立てるのも、青島にしか出来ないのだ。
すみれでは出来ない。
俺の独り勝ちゲームに、外野は最初から存在しない。男の勝負、神聖な決着を穢していいのか?
やっぱりその役は誰にも譲りたくない。
もう俺、なにやってんだろ。
「青島くんのは、ただ室井さんに見合う自分になりたいだけでしょー?」
「負けたくないとか、馬鹿にされたくないとか」
「それそれ。コドモよね~」
「怒ったの?」
「怒ってはいない。おかげでおいしいディナー食べれたし、お釣りが来た気分」
「すみれさんって強いよね」
「青島くんが煮え切らないだけでしょ」
恋は、相手を再起不能なまでに叩きのめすのみだ。
ライバルをドロップアウトさせれば、勝ち残れる。
本命をノックアウトさせなくたって、独り占めだ。
大きめのプレートに乗ったタンバルエリーゼが運ばれてきて、目の前に配膳された。
飴細工でデコレートされたそれは、繊細な籠に覆われ、ラズベリーソースが絵を描き、引き立てる。
じっと見つめる青島の向こう側で、すみれが食べないの?と目配せした。
「おいしー!食べないなら、あたしが貰っちゃうよ、青島くん」
その言葉に、青島がぼんやりとしていた焦点を定めた。
「俺を誰だと思ってんの、すみれさん?」
青島が椅子を鳴らして立ち上がる。
「どこ行くの?」
「といれ!!」
長い足で颯爽と向かう足取りが、少し照れている。
トイレに行くだけで大袈裟な男の背中を、すみれは本日二度目だと思いながら見つめた。
青島の中でどうやら何かが解決したようだ。
良くは分からないけど、青島は少し人の気持ちを考えすぎるきらいがある。
「復活したのはいいんだけど、またとんでもないカンチガイ男が出来上がったわね。アブナイ方向に行かなきゃいいけど」
すみれはこっそり青島のプレートからブルーベリーとラズベリーを銀のスプーンで盗んだ。
口に運び、レアチーズも少しだけ奪ってしまう。
きっと、帰ってきたらいつものように、俺の分がないって騒ぐんだわ。
その姿を思い描きながら、すみれはレアチーズをもう一口、貰った。
甘くて柔らかくて、優しくて上品な、その舌触りはまるで、煮え切らない自分を見守る青島の優しさそのものだ。
彼は大雑把な性格とは真逆に、繊細できめ細やかなひとだ。
まるでこのタンバルエリーゼのように。
それだけは壊さぬように、すみれの銀のスプーンはレアチーズをまた半分掬い取った。
「あたしが欲しいのは・・、ばぁか。最後まで気付かれなかったなぁ」
傍にいるだけで、どれだけこちらが救われたか、彼はまだ知らない。
2.
『近いうちに会いたいんですけど』
『どうした』
『俺が会いたいって言ったら断るの?』
『・・・、直ぐがいいのか』
こちらが沈黙を作れば、電話の向こうでも、長い沈黙が続いた。
困らせていることが分かって、青島は応接室の窓を開け、ここが署であることを室井に示す。
ついでに新鮮な空気を吸って、海の匂いに紛れて、気持ちを整えた。
『ごめん、少しイジワル言った。すぐじゃなくていいんです。ただ時間を作って欲しいんです』
『今会議中だ。後でかけ直す。が、今夜は身体が開く。どこに行けばいい』
『え?え?こここ、今夜?』
ちょっと急すぎて、一瞬迷う。急展開に心が騒めく。
しかし青島の頭はすぐに覚悟を選んだ。
『今夜、でいいです。出来れば、俺んちか、その――あんたの部屋に招待してもらえますか』
これで、用件が込み入った話であることは室井に伝わっただろう。
向こうも多少の擦り切れる気配を感じ取り、暫し押し黙った。
息詰まるほどの推し量る間に、青島は息を殺し、手に汗を握る。
でも、室井になら、きっと、伝わる。
『なにか、あったのか』
返答の前に柔らかく問われ、青島は胸が詰まった。
途切れた息を零し、目を閉じる。
『決着を、つけたいです』
『・・そうか』
穏やかなまま、室井も答えた。
その他の言葉は、何もなかった。
『今夜8時に。場所は分かるな?』
『大丈夫でっす!』
もう後には引けない。
3.
定時で上がれる今日は、どこにも寄らず、青島は猛ダッシュで自宅アパートへ戻った。
靴を投げるように放り、バッグを投げ出し、コートを脱ぐのもそこそこに、クローゼットを全開にして、その前で腕を組み、細く長い息を吐く。
服のラインナップを端から見定める視線は真剣だ。
「今日こそはぜぇーッッてぇ襲わせてやんだから」
今夜は短時間で一気に煽れるかで勝負が決まる。男を悦ばせるのが俺の任務だ。
決行は今夜8時。
「見てろよ~」
気合いを入れる言葉と同時にジャケットを脱ぎ捨てネクタイを引き抜き、腕をまくる。
青島の目的はずれていた。
「てろんとしたやつで行くか」
色香と妖艶さを演出するため、男が好む柔らかい素材を意識して、ダスキーモーブのとろみシャツを手に取った。
同性をたらしこむポイントなど考えるまでもない。男の好みなんて自分が一番良く知っている。
「引かない程度の大人っぽい色がいいな。黒ってやっぱ肌見せにベストなんだけど、黒好き男には効果薄いよなぁ」
真紅やワインレッドも色気を持つアイテムだが、前回使っちゃったし、室井と被ったしくじった思い出がある。
キスの主導権だけ奪っておいて、抱きもしない、なのに濃艶な熱だけを残された。
やりこめられた悔しい記憶しかなく、いっそケモノ系で逆襲したいくらいである。
「何を合わせましょうかね。ボトムは脱がせやすいタイプがいいけど、あんまユルイと野暮ったくなっちゃうからなぁ・・」
際どい台詞を吐きながら、青島はチノパンやらカーゴパンツを取り出しては後ろに放り投げる。
また山積みとなっていく背後を気にする余裕も時間もなく、青島は左手に持ったトップスに其々合わせて首を傾げた。
「脱がしやすい服・・、いっそ俺から脱ぐ方が早そうだな」
ぺろりと舌なめずりをして、青島は瞳を煌めかせる。その顔は悪戯を仕掛けた少年の面影と男を惑わす娼婦性を併せ持ち
魔性の毒性を持っていた。
天性のその素材をどう扱うのが効果的かを、青島は経験上、或いは本能的に熟知している。
しばらく鏡の前で合わせ、じぃぃと眺めるが、その眉がへの字に曲がった。
「そっか・・男が肉感とか柔らかさアピールするには意外とテクが必要なんだ・・、気を抜いてるように見えちゃうのね」
知らなかった~と鏡の自分に話しかける姿は正に初めて彼の部屋にお泊りする少女であることに青島は気付いていない。
ラインを絞るシャツは流石に気が引けて、デニムじゃ絶対、子供扱いだ。
血色感があって、艶めいたように見えるもの。
男をソノ気にさせる一手は簡単なようで、やはりあのキャリア相手では一筋縄ではない。
「あのスカしたムッツリ官僚を悩殺させるには――」
かなりの数を持っているつもりだったトップスも、デート服となると相場が違った。
女を落とすのとは訳が違う高難易度ゲームに、ここで発揮しなくちゃ宝の持ち腐れだ、くらいに斜め上に決心を固めた青島は必死に選別する。
前回見抜かれたリベンジも果たしたく、これまでの経験値をフル回転させていく。
「シャツは定番中の定番アイテムだけに、コーデがマンネリ気味になっちゃうんだよなぁ」
皺の無いシャツは清潔感もあり、ウケはいい。でも今日は奇抜さと意外性を狙う。
室井の中に、一瞬の心の怯みを作るのだから。
「いっそ、パッと目を引くピーチテラコッタとか。甘すぎるとあっちのペース崩せないか・・」
二つのシャツを見比べて、羽織ってみる。
前ボタンで胸元を大きく開けられるタイプを選択、肩の出し方、あらゆる仕草をしてポーズをとる青島に余念はない。
「あれぇ?意外と襲われる側って難しいぞ?」
あの堅物官僚を骨抜きにするのだ。
屈強な身体の引き締まった肉感が、青島の脳裏にこびりついている。咬み付く様に欲しがられて、あの勢いで抱かれたら、壊されちゃうかと思った。
その熱量に、今、真正面から立ち向かう。
言ってみれば、青島にとってこれ以上の手強い好敵手はいなかった。
うなりながら全体のバランスを見つつ、身体をくるくる回していると
足元に転がる『大人男子のデート服の最適解特集』の雑誌が踵に当たり、つい目に付いた。
「ルーズに見えない大人のデート服?モテのヒント5選?なになに・・?」
ぱふんと、しゃがみこんで雑誌をパラパラと捲る。
「シャツを洒脱に着こなすアレンジ法・・ああ、軽い腕まくりってこなれ感出るよねぇ、ワイルドってモテにはアリなんだけど。や、でも、あのひとには・・」
室井の場合、多少ワイルドに攻める方がいいかもしれない。だらしなくならない程度の微調整のセンスは絶対勝てないと思ってるはずだ。
ああいう男って品の良さを売りにしてるからこそ、コンプレックスを抱く。
それに、恐らくだけど、室井が青島を気に入った一番の理由って――
「さりげなく色味をリンクさせた統一感・・フロントタックイン・・ん~、このあたりか。そんな目線でこの雑誌みたこともなかったけど」
雑誌に話しかけては、胡坐を掻いて、ページを捲る。
オンナノコへのモテを意識して、趣味のガンマニア雑誌と一緒に購入した。
服のセンスは最新をチェックしておけと、営業時代に叩き込まれた。
「デニム+白シャツってやっぱてっぱんだよな~、でも白って、いかにも清潔感を売りにしてて俺はヤなんだよ」
頷きながら、青島の手が手持ち無沙汰に煙草を探した。
とんとんとあちこち叩いて、くしゃくしゃのシガレットを見つけ出し、ジッポに火を点けたところで、一瞬止まる。
――煙草のキスは、嫌がられるかもしれない。
青島は煙草をじっと見て、仕舞い直した。
「上をシャツにするから迷うのか・・?でも男にしてみると、肩だしとか脱がせやすさってムラムラするけど・・、ぴったりシャツを馬乗りで脱ぐって燃えない?燃えない?」
そもそも室井を勃たせられるのか?男を誘うのは初めてだ。
勃起させられたとして、ブツをどう悦ばせるのかを想像し、青島の目が泳ぐ。
そもそも俺自身、室井に昂奮してるのか?
思考が飛び、真剣に読み始めてしまっていたことに、ハッと現実に戻った。
「やべっ、時間ないんだった!」
中腰になり、クローゼットを見上げ、海色の無地のシャツを取る。
「海か・・。この上にテーラード。や、襟なしのMA-1。・・ヨシ」
子供扱いされず、大人っぽく対等な感じを。
シャープで洗練された感じで。
匂い立つような色香に素肌に直接羽織る抜け感。
室井に与えるのは、最高の悦楽だ。
「ボトムはストレッチのスキニー。で、ダークグレイ。いや、黒!」
官舎に行くんだから、グラサンも持って行かなきゃ。
これが最後になるのかもしれない。最初のデートの時も同じことを思ったっけ。
小物を選別し、一番お気に入りのデートの時にだけ使っていた時計を用意した。
今回はセックスの邪魔になるからアクセは細いチェーンのみにする。
「あっ、ぱんつ!いっちゃん必須アイテムじゃん!」
慌てて青島はチャックをずらし、自分のアンダーを覗き見た。
流石によれよれじゃ萎えるよな、あのひとの息子だってお膳立てしてやんないとね。
「ここは紫の際どいヤツ、履いてってやろーじゃないの」
初めて惹かれた男だった。ほんとうはずっと憧れていた。
それでも、すぐさま行動に移せるほど、お互い無謀でも勇敢でもなかった。
焦れて溺れそうになって俺を求めた室井を、羨ましくて妬ましいと、相反する感情の狭間で藻掻く中で、深く知ってしまって絡み合った感情が解けない。
すごく、すごく、大切なひと。
だから俺が引き戻す。引き戻せないなら、共倒れでいい。それを、俺自身が一番望んでいた。
脳の奥までぐずぐずに蕩けされて、形を失ってしまう前に。
「先にシャワーも浴びなきゃ!」
これで室井との関係は確実に変わってしまう。
シャツを脱ぎ捨て、スラックスを片足で放り、風呂場へ向かう。
熱いシャワーを頭から浴びて、気持ちを鎮め、入れ替えた。
もう戻れない。戻らない。
これは青島と室井の一騎打ちだ。
俺が選んだ相手なんだから外野は黙ってろ、と。そういうことだ。
誰にも、渡さない。
軽く洗い終えると、コックを閉め、青島は目を開けた。
滴る雫の奥から、艶めいた瞳が鏡の向こうから見つめている。
熟れたような肌に水が流れ、顎から窪んだ鎖骨へ、肩を伝い、輪郭を辿り落ちていく。
貼りついた前髪を、指先で絞った。
相棒の底意地見せてやる。これで別れたら、室井を疎ましく思ってる奴らの思うつぼじゃんか。
