ATTENTION!!
通常の二次創作とは異なる、テーマを拝借した設定小説(パロ)です。
室井さんの二度目の恋の奮闘記。
公文書Code3-2-8 001
1.
それは、リンドウが咲き始めた早秋のことだった。
「まだ見つからないのか!」
「手は尽くしていますがしかし情報が少なく・・!」
「もっとしらみつぶしに探させろ!都内には居る筈だ!」
苛つく感情を悟らせないよう努めて口を閉ざせば、それは極めて冷ややかな口調となった。
凍り付くような室井の迫力に押され、バタバタと若手本庁一課捜査員たちがまた扉を飛び出していく。
特別本部長を不運にも命じられた中央無名キャリアは齢六十、座するままに顔面蒼白となり、口出しをしてきた室井の視線に悚然としていた。
その様子を更に後方、似たような顔で見送っていた一倉が、償うように背後から室井に耳打ちした。
「荒れんなよ」
「・・進展がないんだ、チームは殺気立ちもする」
「お前だよ。少しは冷静になれ」
「落ち着いているようには、見えないか」
肩を竦め、一倉が気休めの缶コーヒーを白い事務テーブルに置いた。
それを一瞥し、室井の目がまた憐憫に濁る。
缶コーヒーだなんて、今は見たくない。
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「72時間の壁が近い」
人命救助のタイムリミットのことで、人は一般的に3日を過ぎると生存率が著しく低下する。
「3日あれば、飲まず食わずでも生命維持はできている」
「生かしていると思うか?」
「営利誘拐なら相手にだって欲望がある」
「営利目的かもはっきりしていない」
しかし、目的が別にあることを、我々特捜本部は知っていた。
ただ、その遂行のために国家を敵に回すリスクが、割に合わない。
「不気味だよなぁ」
一倉が首を傾げ、胸苦しさを紛らすように、ネクタイを少し緩めた。
焦れる動きは逆撫でするだけで、室井に背を向け、今にも荒れ出しそうな灰色の雲に苦情を向ける。
その脅迫状は室井を名指ししていた。
こんな紙切れ一枚、警視庁が品機で相手にする筈がない。
なのに一課、つまり殺人課を極秘に率いて捜査に当たらせているのは、こちら側にも後ろ暗い心当たりがあるからだ。
脅迫が本気であることを示すかのように、時を同じくして発生した捜査員の失踪を、重ねて隠している。
「室井管理官、また来ましたッ!」
紙を見せながら息巻いた益本が駆け寄ってきた。
室井はざっと目を走らせ、それを握り潰した。
「おい、それ証拠品・・」
「何も出るものか」
紙には、室井を指名し、半年前突如退官した前刑事部長の汚職文書をメディアに公表しろと書いてあった。
***
失踪の一報が室井に入ったのは、もう日付が変わろうかという深夜だった。
こんな時間にすみませんと短く前置きをした沖田からの連絡は、地方勤務で疲れ切った身体を横たえたい中年の疲れを
一瞬にして吹き飛ばす衝撃的なものだ。
―未確認情報ですが、青島刑事が失踪しているかもしれません
―どういう話だ?
―本日、彼と連絡はお取りになりましたか?
―いや、今日は・・
青島は恋愛に長けていて、室井が焦れる頃を見計らったように、連絡をくれた。
その度に、恥も外聞もなく懇願させられた。
ただこういう職業であることや室井が激務であることも重なり、一カ月くらい話さないことも、珍しくない。
そういう時の、卓越した青島の恋の味は、たまらなかった。
―すぐに掛けてみてくださいますか
―・・・・・繋がらない・・!
プライベート電話は、室井が青島に持たせていた。
出ないことはあるかもしれないが、圏外だと告げる機械音声に、室井は顔を険しくした。
そういうことだって、当然あるだろう。
だが、沖田のこの電話が室井に刑事の胸騒ぎを急き立てる。
―今朝、広報課の後輩が湾岸署に立ち寄った所、少し騒ぎになっていると零してまして、私が個人的に神田署長に確認を入れました
―いなかったんだな?
―二日ほど顔を出していない様子です。自宅にも帰った形跡は
―何か事件を担当していたり、特捜が立っていたり
―現在の所、そういった状況にはないようです
だがあの署は時々本庁を欺いてとんでもないことを仕組んでいたりする。
少しの後ろ暗さは、室井の口ぶりを濁らせるものにした。
―わかった。明朝、私からも連絡を取ってみる
しかし明け方、室井が掛けるより早く掛かってきた一本の電話が、事の急展開を恫喝する。
それは、室井に捜査一課管理官代理を告げるものだった。
―今からこっちに顔を出せ。頼みたいことが出来た
***
「お前、一旦家に帰れよ。ひでえ面だ」
捜査員が出払った室内は汗臭さが充満し、澱み撓んだ黄色の空気の中で、ホワイトボードに乱雑に書き込まれた文字と写真が
捜査の長さを訴えていた。
本部を置いている本庁第二会議室にはもう一倉と益本、室井の他には数名の人間しかいない。
「髭も凄いぜ?身だしなみには人一倍気を遣うお前がそんなんじゃ士気も下がる」
「高級スーツ着ていれば点数を付けてもらえる仕事だったら、どんなに楽だったか」
「そうやって深読みすんのも疲れている証拠だ」
ホワイトボードを睨み潰す強さを持っていた室井の瞳が、スッと精気を失うように無精なものに変わった。
確かにもう三夜、ここに缶詰だった。
駆け出しのキャリアの頃は一週間くらい雑魚寝とコンビニでやりすごしたものだ。
三日くらいなんだというのだ。
三日も不眠不休で働き続ければ、髭だって伸びるしシャツだって撚れる。
「なあ、一倉。私は自分の尻拭いをしているのか?売られた喧嘩を買っているのか?」
「彼氏の義理人情だろ?」
その言葉に、室井の眉が更に皺となる。
室井が空港に降り立った時、出迎えた中野の説明により、青島の失踪はいよいよ現実のものとなっていた。
そして、池神に面談が通った時、室井は再び驚かされることになる。
この時室井は何の根拠もなく確信したのだ。
警視庁に脅迫状が届き、その内容が室井を名指ししていた。
該当汚職に関する政治家と警視庁の繋がりに関しては、池神の一存で緘口令が出されており、庁内で噂になることはなかった。
その前刑事部長は半年前に退官している。
無論、室井はこの4年広島勤務を命じられているため、この件に関わっている筈はない。
青島は本当に何かに巻き込まれている。
益本が机に尻を付き、室井に資料をバサバサと振って不満をアピールしてくる。
「どうするつもりです?こんなに大がかりに本部使って、青島失踪が汚職とは無関係の、単なる貴方個人の痴情の縺れだとしたら?」
「今更青島に逃げ出す理由なんかないよなぁ、室井?・・・え、あんのか?」
一倉が察した言葉に、室井はただジロリと睨み返すだけに留めた。
益本がニヒルに息を巻き、机に資料を叩きつける。
その乱暴な仕草から、誰もが殺気立っていること、そして誰もが焦れていることを表していた。
「何か知ってるのか益本?」
「聞いたんで」
「誰に?」
「本人に」
一倉が、ほうと目を丸くする横で、その言葉に、室井の視線が初めて益本に向かった。
一丁前に所有権を臭わす男に、益本は人差し指を向けて鼻先を突きつける。
「喧嘩、してましたよね?」
「そうなのか?室井?」
混じるように一倉も顔を寄せて真似、三人のむさくるしいダークスーツの男たちが部屋の片隅の、汗の臭いすら嗅ぎ取れる距離で睨みを効かせ合う。
「あの脅迫状では、青島のことには一切触れていない」
「だがタイミングが合い過ぎている」
「時期が一致しているというだけの現状では、喧嘩別れの方がリアルだ」
「別れてない」
益本と室井が額を突合せる様子を交互に見ていた一倉が、興味深げに顎を撫ぜた。
「この件が片付いたら貴方が戻ってくるってウワサ、みんな気付いてますよ」
「何が言いたい」
「池神と何を取引したんだか」
片手を振り、やってられないという態度をありありと覗かせる益本の、剥き出しの感情はいっそ潔い。
恐らく本部の士気が上がらないのも、その噂とやらのせいなのだろう。
「大人しく地方で隠居でもしてればよかったものを」
「広島を馬鹿にするな」
「俺は出身のことを言ったつもりですが?」
「秋田も広島も、どっちもだ」
嫌味な背中を見せて、聞き込みに行ってきますと、益本が片手を上げて去っていく。
それを一倉と室井は忸怩たる思いで見送った。
「喧嘩してたんだ?倦怠期か?」
一倉の言葉に室井がジロリと睨みを利かせれば、一倉は肩を竦めてみせた。
痴情の縺れで失踪?そんなことがあってたまるか。
「上は青島を巻き込んだとみてないのか?」
「君はどう見てる一倉」
「汚職事件なんざ掘られたくないだろうに、何で無関係のお前を指名してるんだろう?そこでお前と青島。やっぱりウラで繋がってる気がするね」
「犯人はこの件に俺たちを関わらせたいのか?何のために?」
「面識、ないんだろ?」
そうなのだ。
室井とその前刑事部長のホンダとは所属も派閥も異なり、同期でもない。
だが脅迫状と同時に青島が消えた。
同じキャリアである以上、室井はどこかで恨みを買ったかもしれないが、青島とホンダに直接の関与があるとは考え難かった。
何かと目立つ室井個人への嫉視だとするならば、室井の弱点を探り、室井の交遊関係者を洗い、材料として青島を利用できると踏めるキャリアもそう多くはない。
これは偶然の一致か?
「とりあえず、一度頭も休めた方がいい。そのナリ、池神が一番嫌う底辺層だ」
「それでもきっとあいつは俺に仕事をしろと望む」
「室井、」
「ここを、離れたくないんだ・・」
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「お前、それ今日二度目だ」
視線を交わし合うと、二人の目が少しだけ同期のそれに滲んだ。
一倉だって心配していないわけじゃないのだ。
「わかった。一旦帰る。シャワーを浴びて着替えて戻る」
「食事もだ」
「・・ああ」
この脅迫状と青島の失踪が同一のものであるという証拠も事件性もまだどこにもなかった。
個人的に大変な所に、厄介なことを頼まれたと考えることもできた。
室井を名指ししていることで、室井の周りで起きた奇妙な符合は、別の顔も覗かせている。
「留守の間の本部をお願いします、鈴木特別本部長」
室井が奥の方で頻りに額の汗をハンカチで拭く中堅の男に一礼をする。ただコクコクと首を振る返事を、見もしなかった。
「一倉、君も此処に残ってくれないか」
「何かあったら連絡入れる」
「頼む」
室井の顔は疲れ切っていた。
血色悪い黄土色の額に手を翳し、数日洗わぬせいでべた付く髪に眉間を顰め、室井が重い足取りで荷物を取りに行く。
その背中に、一倉が声を潜めて、追いかけた。
「なあ、プライベートの時くらい、恋人の顔に戻ってもいいんじゃねぇか?」
「そんな器用に行ったり来たり出来るか」
「寂しがるくらい、いいだろ」
室井は黙ったまま、立ち止まった。
一倉の視線が背中に突き刺さっていることを感じつつ、振り返ることはしなかった。
今の室井の立場など、身内のそれとはまるで違う。
気持ちを確かめ合い、将来を誓い合った。
なのに、何故恋人の失踪を他の、職場の同僚から報告されなければならないのだ。
優先順位が違うと思った。それだけ、男同士の恋愛など懶惰で退屈なことなのだと見せつけられた気がした。
「・・そうだな」
室井は儀礼的に答えた。
2.
下り列車の改札口は誰もが早い足取りで帰路に就いていく。
ラッシュの人波に紛れることも出来ずに、室井は鈍痛がする眉間を揉んだ。
同じような街並み、変わり映えのしない人の流れ。ひっそりと息を呑むように潜む予感はひしひしと迫っていた。
これは一体何が起きているのだろうか。
名も馳せない定年間近のキャリアを中心に据え、捜査を行っているというパフォーマンスを繰り広げている。
警視庁はそもそもこの案件を掘り返すつもりはない。
さっさと揉み消せと煽っていることなど、下っ端キャリアだって見抜いている。
退庁する室井の背中を見送る視線はどれも、同情と憐みに満ちていた。
心を分けた片割れに、逃げ出されたのか捨てられたのか、見限られた男に掛けられる視線など、笑い種でしかない。
六本木の駅に着く頃には雨も降りだしてきた。
秋の長雨は、東京にも早い冬の訪れを告げてくる。
黒の蝙蝠傘を差して、街へと踏み出せば、たちまち傘もコートも雨粒に打たれた。
強めの雨脚に、芯から冷えるビル風は高架下で唸り声を上げている。
出世すれば送迎が付き、身分を護るため、自宅まで部下が付き添った。それも今はない。
室井の立場は弥縫策だった。
『室井です――分かりました』
静かに震動を告げるスマホに応答し、何の成果もなかった捜索の経過が室井を更に追い込ませた。
明日には何か言い訳を用意しなくてはならない。
何もかもが中途半端な仮初めだ。一体何が起きている。
人質に青島を捕られたということだ。
出来れば別件であってほしかった。
でもそうなると、幾ら今の命令に忠実になっても、青島を見捨てるだけになる。
整合しない現実は、室井には板挟みだ。
“室井さん、俺がいなくても下のこと考えて・・”
“分かっている。何度も言うな”
“だって言わないと忘れちゃいそうじゃない”
見捨てることになるのだろうか。
室井は片手で両瞼を覆い、呟いた。
「青島・・」
ゴトンゴトンと頭上を列車が通過する轟音が重なった。
探してやれなくて、すまない。助けてやれなくて、すまない。
雨は、か細い声も滲む視界も、こんな時ばかり優しく、すべて消し去っていく。
いきなり恋人と引き離されて、突如動き出した周りにも、心が付いていかない。
どれだけ彼の存在に支えられていたかを知る。
一人では何もできない――本庁内で囁かれる噂なんて、結局、どれも事実だ。
本部を出て、一人になれて、この地に戻り初めて名を呼んだ室井の心に、ようやく雨が降り込んでくる。
奪われた現実が、嘘のようで幻のようで、青島がいない、ただそれだけの事実がこんなにも苦しい。
認めたくないのにそれも出来ない。
身体が異常に重かった。
官舎正門前までトボトボと歩いてきて、室井は眉を顰めた。
官舎指定のゴミ集積所の看板が曲がっていた。
その下に、明日の回収を待つ粗大ごみが水溜まりの中に放り出されている。
誰だ、収集時間も護れない人間は。
立ち上るような雨の霧のせいもあり、酷く疲れている目に、それはやけに廃墟に見せる。
夜間電灯の下、濡れたコンクリートに光る緑がかった荷物に、何もかもが見覚えのあるコートに見えて、室井は大きく肩を落とした。
重症だ。
連絡が取れなくなってから酷くたくさんの時間が経っている錯覚が、瞼の裏の恋人を明瞭に見せる。
それが一層室井の疲労を倍増させた。
コツコツと、誰もいない官舎の外構を室井の靴音は雨音に吞み込まれ、足元さえ沈み込んでいくようだった。
鼓膜を叩く雨の中、粗大ごみの傍まで来て、室井の目が大きく見開かれた。
「――ァア・・!」
それは、ホンモノだった。
頬を打たれたように、室井の身体は咄嗟には動かなかった。痺れた指先は細かく震えている。
針のような雨が、電灯の光を受けて無数にモスグリーンのコートに突き刺さっていく。
傘を放り出し、スマホをを取り出し、室井は救急依頼コールした。
「人が倒れている・・!意識がない!でも――でもまだ息はある・・!!」
救急隊員に半ば怒鳴りながら、室井はスマホを耳と肩の間に挟み、青島の耳の下に手を当てれば、微かに脈は感じ取れた。
周囲をザッと見回すが、この雨で多くが流され、証拠品になるような痕跡は見当たらない。
この暗さだ、何かあっても見つけることは難しい。
そう思う傍から雨は無情に激しく打ち流し、大粒の雨脚に室井のコートもワアッと暗くする。
「青島ッ!青島・・!!」
呼びかける室井の声も雨に消された。
手首の脈を測ればかなり弱い。氷のように冷たく、息をしているかも分からない。
濡れてぬるりと滑る手首はくにゃりと曲がり、血液の臭いが生々しく鼻腔を突く。
泥だらけの青島の額から流れる出血がじわじわとコンクリートを黒くしていた。
その傍から、雨がまた全てを押し流していく。
「ぁ・・あ・・ぁ・・」
天井から叩きつける飛礫は室井の髪を崩し、コートを重くし、膝まづいた背中を急速に凍えさせた。
吐く息が白く雨に霞んだ。
命まで流されそうで、ただ必死にその手を掴んだ。
どうすることも出来ず、抑えることも叶わぬ震える室井の手も、泥に塗れ、雨に濡れ、それでも構わず青島の頬に恐々と触れる。
冷たかった。
泣きたいくらい、凍えていた。
「目を開けろ・・起きてくれ青島ッ、・・ぁあ、青島、頼む・・ッ!」
白く血色を失った手を握り、室井は拳を地面に叩きつけた。

BGMは当然「Diamonds」プリプリ!!
昭和から平成に変わった年に発売された永遠の名曲!ミリオンセラー!
室井編のエメラルドはもう室井さんのテーマソングこれしかない!と決まっていたのですが、それに合わせて、青島編もなにか宝石の歌ないかなと探しました。
そーだよー!この曲があったよー!!
すべての柵を失くしても身軽そうな青島くんにぴったりで、なので後付けでこれをBGMにして、こんなお話にしようと思いました。