Merry Christmas For You
きらびやかなクリスマスイルミネーション。
遠くに大きなクリスマスツリー。
幸せそうに肩を寄せ合う恋人たち。
色とりどりに飾られたツリーを指さして、笑い合う。
「…いいなあ…」
つい出た言葉に、慌てて口を押さえたが、隣にいる人にはばっちり聞かれてしまったようだ。
苦笑しながら夏美を見下ろし、困ったように言った。
「…ゴメンね、隣にいるのが俺で」
「そ、そんな!ごめんなさい!」
ぴょこんと頭を下げると、青島は頭を掻きながら言ってくれた。
「仕方ないよね、こんな仕事だもん。ま、あきらめて俺につきあってよ」
吐く息が白い。
こんなに寒い…しかもクリスマスイブに、青島となにをしているかと言えば、オシゴトである。
夏美と青島の職場である湾岸署の管轄には、東京の観光地・お台場が控えているのだ。ミレニアムだったりクリスマスだったりする今日この頃、お台場では様々なイベントが行われる。
そして、当然のように雑踏警戒が湾岸署の署員たちに命じられた。
もうじき、巨大クリスマスツリーが点灯する。
その瞬間を待ち望む人の波の中で犯罪が起こらないように、それから起こったりしたときの溜めに、こうして制服で歩き回るのだ。
夏美は、もちろん文句たらたらだったけれど、この人混みをみては文句も言えなくなってしまっていた。
これだけ人がいたのでは、小さな諍いやスリ置き引きかっぱらいなんか、いくらでも起こりそうだ。
市民の皆様の安全を守るのが、警察官のお仕事なんだから!
そう思い直して、ほっぺたをぱちぱちと叩く。
「あ、夏美ちゃん、寒い?」
青島が夏美を見下ろす。
そう言う青島も、鼻を赤くしている。
「そんなことないです」
青島に微笑みを返すと、青島がコートのポケットをごそごそと探った。
「あ、あった。あげる」
青島の手のひらには、ホッカイロ。
「わあ、ありがとうございます!」
夏美は青島の気遣いをありがたく受け取って、ホッカイロを頬に当てた。
「いーえ。夏美ちゃんに風邪引かせちゃったら、新城さんになにされるかわかんないからね」
…新城の名をだしたとたん、夏美の顔から笑みが消えた。
「あ。あらら。…俺、もしかして、言っちゃいけないこと言っちゃった?」
「そんなこと…ないですけど…」
と言いながらも、夏美の唇はとんがり気味だ。
「あ~…もしかして喧嘩しちゃったの?」
「喧嘩なんて…」
ホッカイロをいじりながら、夏美の瞳は青島を見ようとしない。
こりゃビンゴ、だ。
青島は苦笑しながら、なだめるように言った。
「イブの夜が仕事だからって、怒っちゃった?」
「……………」
夏美は黙り込んでしまった。
「…俺もそうだよ。なんか向こうはさあ、珍しく休みがとれたみたいで。俺が仕事だって言ったらすんげえ怒るの。普段平気でキャンセルしてくるくせに、勝手だよねえ?」
顔色を伺いながら言うと、夏美が顔を上げる。
「…いいなあ」
「へ?」
意外な言葉に、目を丸くする。
「ちゃんと喧嘩できて、いいなあ…」
夏美は小さくため息をつく。
「…賢ちゃんなんか。なんにも言ってくれません」
「え?」
「お仕事があるから、イブはだめになっちゃった、って言ったら、じゃあ仕方ないな、って、それだけ…」
夏美は立ち止まって、足下を見つめた。
「実際仕方ないんですけど。わかってるんですけど…」
これはわがままだと、わかっているのだけど…。
言って欲しかった。怒って欲しかった。
怒られちゃってもどうしようもないってわかってるけど、でも。
青島と室井のように、なんでも言い合えるほどには、夏美と新城は繋がりが深くないのだと、そんな気がして…。
これはわがままだ。そう、ちゃんとわかってる。
でも…でも…。
「ゴメンナサイ、青島さん。へんなこと言っちゃった」
振り返って、笑って見せた。
笑って…じわりと浮かびそうになった涙を誤魔化してみた。
青島は、ぽん、と夏美の肩を叩いて、仕方ないよね、と笑い返してくれた。
…遠くで歓声が聞こえた。
見上げると、クリスマスツリーが足下から点灯を始めていた。
メインイベントが、始まったのだ。
隣に立つ青島の横顔が、明かりに照らされていく。
たくさんの人が、たったひとつを見つめて歓声を上げる。
みんなが輝き始めたツリーを見つめる中、夏美は周囲の人々の歓喜の表情を見ていた。
だれもが胸に幸福の灯火を掲げる瞬間。
その光は、どこか寂しさを抱えていた夏美の心を満たしていく…。
と、肩に暖かな手が乗った。
青島か、と思って振り返ると…
「賢ちゃん…!?」
しかめっ面が夏美を見ていた。
「どうして…」
「…視察だ」
しかめっ面のまま、夏美を見ないで周囲の人々を見ている。…フリをしている。
夏美にはわかる。
これは、照れているのだ。
「嬉しい」
素直に言って、夏美は新城に背を預けた。
「…視察だと言ってるだろう」
「それでも嬉しいの」
会いに来てくれた。
視察だなんて言ってるくせに、捜一の刑事たちは周りにはひとりもいない。
きっと「仕方ないな」なんて短い一言ですませてしまったことをとても悔やんで…でも照れくささが先に立って「会いに来た」なんて言えなくて。
ああ、そんな不器用さも好きだったんじゃない。
なにを不満に思っていたのだろう。
このひとを好きな気持ちに…かなうものなんてなにもないのに。
「賢ちゃん…」
「なんだ」
硬い表情のまま、新城は答えた。
「あのね、あと2時間くらいで、お仕事終わるの」
「ああ」
「それまで、視察、しててくれる?」
「…そのつもりだ」
「ありがと」
「だから視察だって言ってるだろう」
「…んもう」
意地っ張りのほっぺたに、甘いキスをひとつ。
「…こら」
頬を押さえながら、目元を赤くした新城が軽く睨む。
「大丈夫。みんなツリーに夢中だもん」
ね?と微笑みかける夏美に、新城の表情も緩み始めた。
「夏美」
「なあに?」
「メリークリスマス」
「…メリークリスマス」
そっと、手を握りあう。
手のひらから伝わる暖かさが…きっと神さまからの贈り物。
ツリーの頂点まで、光が灯った。
歓声を上げる人々のなかで、誰よりも今幸せの近くにいる。
ぎゅっと握った手に力を込めると…同じ強さで、答えてくれるひとがいるから。
固く手を握りあう恋人たちから少し離れたところで、青島は携帯電話に向かってぼそぼそと話していた。
「…あ、室井さん?仕事終わったらすぐ行くから。…当てられちゃって。いや、こっちの話。…まだ怒ってる?」
