カレーとプライド 3









 夏美が落ち着かない様子できょろきょろと店のなかを見渡すのを見て、青島はくすりと笑った。
「…なに笑ってるんですか、青島さぁーん」
 それを見て、唇をとがらせる様子がかわいい。
「や、俺もさ、こういうとこあんまり来なかったから。落ち着かないの、わかるよ」
 金曜日、新城をさそっての食事会である。
 割と仕事が早くに上がった青島は、夏美を伴って室井の行きつけの寿司屋にやってきていた。
 なんで寿司屋、とこの店を予約した本人に文句は一応付けたのだが、ムードとか、ロマンチックとかそういったものにまったく接点のなさそうな恋人に店の選択を任せた自分が間違っていた、と深く反省したのだった。
 しかし、さすがキャリアの通う店ではある。
 青島も何度か来ていたが、個室に通されたのは初めてだ。
 そういったものの価値にはさっぱり疎い青島ではあるが、そこの床の間に飾られている掛け軸なんか、ちょっと近寄って触るなんてとてもできそうにない品格が漂ってくる。
 夏美が落ち着かないのも無理はない。自分もこんなとこ、恋人がおごってくれると言うのでなければこんな高そうな店、とても足を踏み入れる気になれない。…だから、初めてここに来たときは、きっと自分も目の前に夏美みたいだったのだろうか、と思ってしまったのだ。
 からりと音がして、障子が開いた。
 姿を見せたのは、室井である。
「すまん、遅れた」
「いーえ、いつものことですから」
 軽く受け流すと、室井は眉間に皺を寄せた。
「よくきたな、篠原くん」
 しかし夏美を見ると滅多に見せない笑顔を浮かべている。
 …あとで、とっちめてやらなければ。
 内心の決心を表に出さないよう、にこやかに青島は言った。
「新城さんは?」
 すると室井は、変な顔をした。
「いるには、いるんだが…」
「なに?」
 室井を押しのけて、行儀悪く四つん這いのまま通路を覗く。
「いるじゃん」
「…様子が、へんなんだ」
「へ?」
 青島に耳打ちして、室井は靴を脱いで座敷に上がった。
 訝しげに室井を見上げるが、室井はこれ以上なにも言う気はないらしい。
 しぶしぶ席に着くと、新城が硬い表情で顔を出した。
「いらっしゃい、新城さん」
 とりあえずにこやかに声をかけると、新城は、ああ、と小さく答えて座敷に上がった。
 隣に座る夏美の様子を見ると、新城の姿を認めてにっこりしている。
 こりゃ、脈ありじゃないか、新城さん?
 …と、新城を見ると。
 座敷のたたきから夏美の向かいの座布団までの、ほんの少しの距離をぎこちなく歩いている。…よく見れば、手と足が同時に出ている。
 おいおい。
 呆れて室井に視線を送ると、室井は、ほらな、と眉間に皺を寄せた。
 頼みますよ、新城さーん…
 笑みを顔に貼りつけながらも、なんとなく、前途多難なお食事会になりそうな予感がよぎる青島であった。





「ん、このトロさいこー!」
 ね、と隣の夏美を伺うと、夏美もにこにこして寿司を口に運んでいる。
「さすが高級店だよね~。ネタが新鮮、シャリもウマイし。」
「ほんと!私こんなおいしいお寿司食べたの初めて!」
「そう?どんどん食べるんだよ~、今日は俺たちのおごりだからね」
「ハーイ!」
 うむうむ、よしよし。
 こっちはいいんだよ。
 夏美ちゃんは楽しそうだ。
 しかし、問題は、青島と夏美の向かいに座る男どもだった。
 …さっきから、しゃべっているのは青島と夏美ばかり。
 もともと寡黙な室井がだまって二人の会話を聞いているのはいいとして、新城だ。
 新城はひたすら視線を下に向け、運ばれてきた酒を飲み続けている。
 なんでしゃべってくれないんだ~!
 せっかく夏美をここまで引き出したのに、肝心の新城がだんまりでは、会食の意味がないではないか。
 必死に目配せするが、いっこうに新城は気づかない。
 仕方ない、こっちからふってやるか。
「あ、あの、新城さんは、寿司好きっすか?」
 すると新城は、ちらりと青島を見た。
「…そうだな、好きなのは野球観戦だ」
「…は?」
 今、なんと言った…?
 聞き間違いかと思って室井を見ると、室井も眉間に皺を寄せて新城を見ている。
 まじで言ったのか?
 新城の様子を伺っていると、至ってまじめな顔をしている。
「新城さん、野球が好きなんですか?じゃ、小さい頃は野球少年だったんですか?」
 …夏美は動じてないようだ。
 そして新城は、夏美の質問にさらりと答えた。
「小さい頃は、これでもカワイイ少年だといわれたものだ」
 …カワイイ?カワイイ!?カワイイだって!?
 なんかの間違いじゃないのか!?
 それでも夏美は動じない。
「きゃあ、新城さんの小さい頃の写真、見たいな」
「写真を撮るなら、カメラはCANONだな」
「あ、新城さん、カメラがご趣味なんですか?」
「趣味より仕事が大切だ」
「えらいですねえ、新城さん」
「えらいのは、海部元首相だ。尊敬している」
「わあ…」
 …会話ってのはね、コミュニケーションでね、言葉と言葉のキャッチボールで、社会生活には欠かせないものでね…。
 夏美が新城との連想ゲームとしか思えない「会話」を楽しんでいる以上、青島の味方は室井しかいないはずだった。
 室井さん、助けてくれ…!
 すがるように室井を見ると、室井はなんでもない顔をして酒を呑んでいる。
「む、室井さん…?」
 小声で声をかけると、なんだ?と視線をあげる。
 そっと「会話」が弾んでいる二人を指で指し示すと、ちらりと二人を見てから、
「…楽しそうじゃないか」
 愕然としてしまう。
 …ずれてる。ずれてるぞ、こいつら、絶対!
 流れ出る脂汗を止めることができずに、青島はじっと耐え続けたのであった。





 「楽しい」会食も終わり、室井が会計をすませている間に、すっかり疲れ切ってしまった青島は、それでも新城を壁際に呼んだ。
「…新城さん、いいですか、この後ちゃんと夏美ちゃんを送ってくんですよ!」
「…わかった」
 新城は、神妙に頷く。
「それから!…さっきみたいな、変な話ばっかしてちゃだめです!ちゃんと彼女の話きいてあげて」
「…わかった」
 わかっているのだろうか、本当に。
 疑わしい目で見ていると、新城はさすがに顔を赤らめた。
「…さっきは、緊張していたんだ」
「きんちょお~?」
 裏返った声で言う青島を、じろりと睨む。
「…仕方ないだろうっ」
「ハイハイ、んじゃ、あと頼みますよ、ホント」
 ぽんぽん、と新城の肩を叩いて送り出す。
 店の外では、夏美が立っていた。
 室井ももう、新城と青島を待っている。
「きょうは、ごちそうさまでした!」
 にっこりと笑って礼を言う。
 室井は、夏美に笑みを返した。
「ちゃんと食べたか」
「ハイ!」
「そっか。…新城が、送ってくからな。気を付けて帰りなさい」
「え、新城さんが…」
 夏美はぽっと頬を赤らめている。
 青島は、新城の脇を肘でつついてやった。
 ここまでは作戦通りである。
 青島と室井は、共犯者の笑みをかわし合った。
 しかし、そこに爆弾が投下された。
 一歩前に押し出された新城が、二人を振り返りながら言ったのである。
「…室井さんと青島は、これからどうするんだ?」
 げ。
 なぜここで話をそっちにふる!?
 青島は一瞬固まってしまった。
 新城の緊張をいいことに、なんで青島と室井がセットになってこの会食をセッティングしたのか、をうやむやにしてきたのに、今更になって!
 そしてさらに青島を打ちのめすセリフを夏美がにこやかに言った。
「やっだあ、新城さんたら!」
 ばしっと肩まで叩いている。
「決まってるじゃないですか、もう!さ、私たちおじゃまですから!行きましょう!」
 そう言って新城の腕を取り、さっさと歩き出す。
 すこし離れたところで、「おやすみなさーい!」と手を振った夏美の隣で、釈然としない様子の新城がなにか夏美に尋ねていた。
 乾いた笑いを浮かべながら手を振り替えした青島に、室井が冷ややかに言った。
「…あの娘は、今日食事に呼んだ理由をちゃんとわかってるのか?」
「わかってなかったみたいすね…」
「どうするんだ、この分じゃ新城にばれるぞ」
「…どうしましょ?」
「お前が考えろ」
 じろりと睨み付ける室井に、青島は愛想笑いを返した。
「は、はは…」
 問題は二つだ。
 新城に、二人の関係を問われたときになんと答えるか。
 もう一つは、どうもわかってなさそうな夏美に、どうやってあの意外とあがり性の新城にアプローチさせるか。
「勘弁してよ…」
 どっと疲れが増してくる、青島なのであった。






 

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