HAPPY MEMORIAL DAY









「ごめん、今年はだれからももらわないことにしてるんだ。ほんと、ごめんね」
 刑事課の前で、青島さんが申し訳なさそうな顔をして頭をかいていた。
 …やっぱり、みんなの噂はホントだったんだ。
 青島さんの前には、警務課の女の子が今にも泣きそうな顔をして立っている。
 今日はバレンタインデー。いつもの青島さんだったら、にこにこ笑って女の子たちからのチョコレートを受け取ってるはず。義理も本気も、同じように、嬉し そうに。
 だけど、今年は違うと、みんな言っていた。
 私の所属する交通課にも、青島さんねらいの女の子はたくさんいて、チョコレートを用意してきた子も多かったのだけど、全員が受け取ってもらえなかったの だという。
「あれはきっと、彼女ができたのよ!それも、すんごいやきもち焼きの!」
 今日のみんなは、そのことばっかり噂している。
 …困っちゃったなあ。
 警務課の女の子とすれ違って、それを見送っていた青島さんと目が合ってしまった。
「夏美ちゃん。ええっと…刑事課に用事?」
「はい、その…」
 言いにくそうにしてたら、青島さんが困った顔をする。
「もしかして…」
「あ、ちがうんです」
 あわてて言うと、青島さんは明らかにほっとして、それから照れくさそうに笑う。…もう、こういうとこが署内人気1位の地位をキープしてるってことに、気 づいてるのかな。
「用事はですね、やっぱりチョコレートなんですけど、青島さんにじゃなくて」
「あ、真下に?やめときなよ、もったいない」
「あはは、真下さんにでもなくって」
「え?じゃ、だれだろ。…でも、自分で渡した方がいいんじゃない?こういうのはさ」
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんですけど。今日はお会いできそうにないから、青島さんにお願いしようと思って」
「…って、もしかして」
「はい、もしかしたりして」
 そう、このチョコレートは、青島さんの恋人、室井さんになのだ。
「青島さんにお願いするの、ちょっと無神経かなって思ったんですけど。こないだ、すてきなネックレスもらったでしょ、その…口止め料で」
 この間、偶然目撃してしまったのだ、二人のキスシーンを。
 友達の家に遊びに行った帰り道、高級そうなマンションから私服姿の二人が出てきて。不思議に思って見てたら、別れ際に…。で、うわ~とじっと見てたら、 室井さんに気づかれちゃったわけ。
 もちろん二人とも、ものすごく一生懸命何でもありませんって説明してくれたけど、現場を目撃しちゃった私としては、ごまかされるわけがなくって、かくし てエリート官僚と下っ端刑事の障害の多いこの恋を理解する、二人目の応援者となった(一人目はすみれさんなんだそうな)。そして後日、青島さん経由で、室 井さんからすてきな贈り物を受け取ったというわけ。
 お礼をちゃんとしなくっちゃ、と思ってたんだけど、へたなものにしたら青島さんに失礼かな、とか、義理チョコなら青島さんも許してくれるかな、とかいろ いろ考えたのだ、これでも。
 やっぱり複雑そうな顔をしている青島さんに、
「あ、心配しないでください、もちろん義理チョコです」
と言っておく。
 …なのに青島さんたら、やっぱり困った顔をしている。
「あの…やっぱり気分、わるいですか?」
「いや、そうじゃなくて、その…」
 青島さんは、がしがし、と頭をかいてから、私の腕をとって壁際に引っ張っていく。
「…内緒にしといてね」
 声を潜めた青島さんにつられて、私も小声でハイと答える。
「恥ずかしい話なんだけどさ、今年はお互い、チョコレートはもらわないことにしようって約束してるんだ。義理も本命も。だから、申し訳ないんだけど」
「…そうだったんですか。じゃあ…」
「うん。それも渡すわけにはいかないんだよね、ほら、あの人意地っ張りだからさ」
「へえ、そうなんだ」
「そうなんだよ~。去年俺があの人よりチョコたくさんもらったの根に持っててさー。今年はだれからももらうなって、大いばり。了見狭いよねー」
「青島くん、それ、のろけ」
 すみれさんが、冷静に指摘しながら後ろを通り過ぎていった。
「……………」
「……………」
 横目で青島さんを見ると、なんとも言い様のない、情けない顔をしてため息をついていた。
「と、とりあえずさ、それは受け取れないんだけど…もったいないよね」
「あ、ああ、そうですね、でも…」
 そういうことなら仕方ないし、自分で食べようかなと思ってたんだけど、青島さんはとっても気になるらしい。ずいぶんたくさんの女の子のチョコレート断っ てるから、罪悪感感じてるのかな。
「あのさ、もし夏美ちゃんがいやじゃないならさ、それ、他の人にあげちゃわない?」
「他の人?…真下さんはちょっと」
「あ、もちろん真下じゃなく。ほら、今特捜たってるじゃない。捜査一課のエリートさんにあげといて、玉の輿ねらうってどう?」
「玉の輿ですかぁ?あんまり興味ないなぁ」
「いいじゃない、義理だもん、ね?」
 う~ん、どうもこのにっこり青島スマイルには弱いんだよねぇ。きっと室井さんもこれにやられちゃったんだろうなぁ。
「まあ、いいですけど…でも、捜査一課の、だれに?」
「そりゃあ決まってるでしょ。一番エライ人だよ」
 一番エライ人…。
「あ、ダメです。私その人に、凄く失礼なこと言っちゃったんです。はずかしくって…」
「そういうことなら、よけいあげとかなくっちゃ。ね!」
「え~」
「そうと決まれば、すぐ行こう!俺が呼び出してあげるからさ!」
「いつ決まったんですか~」
 なんだかとっても嬉しそうな青島さんにずるずると腕を引っ張られて、なぜか室井さん用のチョコレートは、名前もよくわからない本庁の捜査一課のエライ人 にあげることにされてしまったのだった…。



 青島さんは、大会議室の前で私に待つように言って、中に入っていった。
 …なんだか、居心地悪いな。自分の署内なのに、ここは雰囲気が堅くって、ちょっとなじめない。おっかない顔した本庁の捜査員のみなさんがばたばた出たり 入ったりしてるし、ここには叱られたときしか入ったことないし、どうも落ち着かない。
 早く青島さんこないかな、と中を伺おうとしたら、突然扉が開いて、前につんのめってしまった。
「きゃ…」
 ころぶ! そう思ったけど、顔に柔らかい衝撃が当たっただけですんだ。誰かが抱き留めてくれたみたい。…恥ずかしい!
 あわてて顔を上げると、そこにはすんごく困った顔をした、捜査一課のエライ人が私の腕を掴んで立っていた。
「ご、ごめんなさい!」
「…きみはもう少し、落ち着いて行動できないのか」
 明らかに不機嫌な顔。
 うわ~ん、どうしよう!この人と私って、どうも巡り合わせが悪いんだよね。
 いたたまれなくなっていたら、後ろから青島さんが助け船を出してくれた。
「ちょっとちょっと新城さん、そういう言いかたないでしょー。ビックリしちゃってますよ、彼女」
 エライ人は、むっとした顔をして青島さんを見上げる。
「…用があるというのは、彼女か。なんなんだ、早くしろ。私は忙しいんだ」
「ハイハイ、判りましたから、新城さん、それ」
 ちょいちょい、と青島さんが指さす。
 指し示す先には、しっかり握られたままの私の腕。
「いつまで掴んでんですか、若いオンナノコの腕」
 あわててエライ人が私を押しやる。
「…でっ!用というのは何なんだ!?」
 すたすたと廊下の方まで出てきて、青島さんを振り返りにらみあげる。
 あ~ん、やっぱり恐いよう、この人!
 でも、青島さんは不機嫌なこの人の様子なんてまったく気にしてないかのようににっこり笑う。う~ん、大物。
「あのですね、新城さん。今日何の日か知ってます?」
「今日?」
「その様子じゃ、毎年縁遠いんでしょ。本日2月14日は、バレンタインデー」
「…ああ、チョコレートの日か。で、それがなんだ」
「もお、この状況見てわかんないかなあ。彼女、新城さんにチョコレート渡したいんだってさ」
「わたしに…?」
 エライ人が、視線を私に向ける。
 あああああ、青島さんてば、なんて言い方!
 室井さんへ渡すはずのものを横流しするだけなのに、これじゃ最初っから本命みたいじゃないですか~!!
「君はたしか、篠原巡査だな」
「は、はい」
 え~ん、名前覚えられちゃってる~。
「その、チョコレートを、私に?」
 ああもう!これは覚悟を決めてさっさと渡して、逃げるしかない!
「はいっ!どうぞ、食べてください!」
 袋ごとチョコレートを胸に押しつけるように渡して、ぱっと離れる。
「じ、じゃ私、仕事がありますので、失礼します!」
 急いで敬礼、階段に向かって走り出す。だってエレベーターは非常時以外使っちゃいけないんだもん!
「あ、君、待ちたまえ!」
 エライ人の声が聞こえたけど、無視して廊下を曲がる。はずかしくって、待てるわけがない。
 ところが、階段に向かう扉をくぐったところで、腕を捕まれた。
「待ってくれ、篠原くん!」
 振り返ると、少し髪を乱したエライ人が肩で息をしていた。
「あ、あの」
 ふう、と息をついて乱れた髪を押さえながら、エライ人は言った。
「まだ、礼を言ってない。…ありがとう」
「え、その、あの」
「引き留めて悪かった。仕事に戻ってくれ」
 それだけ言うと、私の腕をぱっと放して、なんだかぎくしゃくしながら廊下を戻っていった。
 なんだか、あの人…。
 あまりのことにビックリして立ちつくしていると、青島さんがやってきた。
「あ、夏美ちゃーん。ビックリしたでしょ。やること唐突なんだよねえ、あの人。…大丈夫?」
 呆然としている私が心配になったのか、青島さんが私の顔をのぞき込んでくる。
「あの、青島さん」
「ん?なに?」
「あの人の、名前…なんていうんでしたっけ」
 青島さんは、ちょっとずるっとしてから、苦笑しながら答えてくれた。
「新城賢太郎さん。本庁捜査一課の管理官だよ。32歳独身、玉の輿ねらうなら、お買い得だよ~?」
「もう、青島さんたら!そんなんじゃないですってば!…でも、あのひと…」
「ん?」
「とっても、紳士的ですね…」
 どこが、と青島さんはつぶやいたようだったけど、私には全然気にならなかった。
 あの、顔が少しおっかない、エライ人。
 私が以前、凄く失礼なこと言ったのに、私の名前、ちゃんと覚えててくれた。
 とっても失礼なチョコレートの渡し方したのに、追いかけて、ちゃんとお礼を言ってくれた。
 名前、新城さんっていうんだ…。
 顔はちょっとおっかないけど、でも優しい人なんだ。
「ふふ」
 知らず笑みがこぼれていて、青島さんがけげんな顔をした。
「私、ちょっと新城さんのこと、気に入っちゃいました」

 それは、忘れもしないバレンタインデーのできごと。
 私が新城さんの名前を知った日。新城さんが、私のことをちゃんと見てくれた日。
 二人の愛があふれる日々が始まった、大切な日…
 


どひ~。すんごい少女小説ちっくですけど。
どうにも始まりそうにない、二人の物語ですが、とりあえず、ここからスタート。
まずは、夏美ちゃんが新城さんを個別認識するのはいつか、がポイントですよね。
ほっといたら、いつまでたっても
「新城さん、ああ、あのエライ人。管理官は管理官でも、備品の管理官ではないらしい」
で終わってしまいそうなので・・・。
よかったね、新城くん!名前覚えてもらったよ!

       
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