暗い夜道を、室井は早足で自宅に向かっていた。
恋人と会えない日々が続いて、もう3週間がたつ。
今日は、早く帰れたら会おうと約束していたのだが、約束の時間をもう3時間も過ぎていては、多分恋人はあきらめて帰ってしまっているだろう。
こんなことでいちいち腹を立てる男だとは思ってはいない。それぐらい、お互い約束を反故にすることが多いのだ。二人の職業を考えればそれは致し方ないこ とではあるが、それでもやはり気は重い。約束を違えることではなく・・・彼に、逢えないことが。
こうして、彼の「恋人」というポジションを確保した現在になって、やはり思うのは、自分にとって彼がかけがえのない存在だと言うことだ。
理想を胸に抱く身にとって、現在置かれている状況は、あまりに厳しい。時折、自分自身を見失うこともある。自信がなくなる日もある。何をやっているのだ と、腹が立って仕方のないときも、ある。それでも踏ん張れるのは、彼との「約束」と・・・彼の、屈託のない笑みがあるから。
彼の笑みを見たら、また明日戦う力がわいてくる。
彼を愛おしいと思う気持ちと同じくらいに、彼を必要としている理由がそこにあることを、室井は何回でも確認している。
自宅のマンションの前までやってきて、室井は部屋を見上げた。もう習慣となっているのだが、窓から漏れる明かりを認めて、室井はおや、と眉をひそめた。
・・・来ているのだろうか。待っていてくれたのだろうか。
つい立ち止まってしまっていた足を急いで動かして、室井はエレベーターに乗り込む。
約束は8時、今は11時半。
きっと、待ちくたびれている。急いで部屋に戻って、謝らなければ。
そして、力一杯抱きしめよう。
逢えなかった3週間を、埋めるくらいに。
点灯するランプをもどかしくおもいながら睨み付け、扉が開くのを待つ。
やがてゆっくりと扉が開いて、室井が隙間から身を出すと、そこには見慣れたモスグリーンのコートが立っていた。
「あれ、室井さん。おかえんなさい」
「青島!」
室井の恋人は、室井の心中など知らぬげに間の抜けた顔をしていた。
「ちょうどよかったっすねー。すれちがうとこだった。今日も遅かったんですね」
何時間も待たされたのに、そんなことはまるで息にしていないかのように笑う青島を見て、室井はいっそう愛しさが募ってくる。
「待ってて、くれたのか」
「はい。・・・でも、俺明日早いから、もう帰ろっかなって」
帰る。
その言葉を聞いて、心にさざ波が立つ。
・・・そうだ、青島は「帰る」のだ。
ずっと一緒にいたいと願うのに、それができない。
お互い抱えることが多すぎて、会うことだってままならないのに。
「・・・もうすこし、いいだろう?」
せっかく3週間ぶりに顔を見たんだし。もうすこし一緒にいても・・・
室井の気持ちは、そのまま青島と同じだったようだった。
ぽりぽり、と鼻の頭を掻いて、青島は、照れくさそうに笑った。
「そうすね。じゃ、30分くらい」
「そっか」
室井は満足そうに頷いて、青島の腕を取って部屋へと歩き出した。
コートを脱いでハンガーを探すと、青島が当然のように手を差し出してきた。
「・・・何か飲むか?」
「勝手にコーヒー飲んでました。も、腹一杯っす」
促されるまま、コートを手渡す。
「じゃ、酒でも」
「いや、ホントもうすぐ帰りますから」
なれた手つきでコートをハンガーに掛け、また手を差し出す。
これはスーツもよこせというサインなのだろう。
そしてまた室井はスーツを差し出した。
「・・・本当に、帰るのか?」
「はい?」
スーツをハンガーに掛けて、当然のようにタンスにしまった青島は、何を言い出すんだ、とでも言いたげに室井を振り返った。
「・・・帰りますよ?明日早いもん」
「じゃ、なんでこんな時間まで待ってた?」
そっと距離を縮めて青島の正面に立ち、室井は青島の腰に手を伸ばす。
「・・・言わせるんすか?」
「聞きたいな」
「性格悪いって、よく言われるでしょ」
「お前にな」
「もう・・・」
腰を抱き寄せて、顔を至近距離まで近づけてきた室井に、青島はそっと唇を重ねてからふわりと笑う。
「会いたかったから。一目だけでも」
満足か?と首を傾げる青島に、今度は室井から唇を重ね、深まる口づけの合間に、耳元にささやく。
「・・・帰したくないんだ」
「ダメ。・・・かえり、ます・・・」
うっとりと瞳を潤ませながらも、青島は強情に言う。
「頑固だな」
「どっちが」
にこりと笑う青島に、室井の理性が切れた。
「ちょ・・・ちょっと、室井さん、どこさわってんの」
「言っていいのか?」
「そうじゃなくて、ちょっと、あ、室井さん!痕付けちゃダメ!」
「・・・なんでだ」
「俺帰るんだってば・・・あ!」
「帰るのヤメロ。な?そうしろ」
「あ・・・っ、ダメってば!か、える・・・!」
「少し黙ってろ・・・」
「む、室井さんのバカ~~~!!」
朝の光が、一瞬目の中に入って、まぶしさに室井はむくりと身体を起こした。
・・・夕べは、カーテンを閉め忘れたようだった。傍らには、くったりと眠る恋人がいる。室井にとっては、なかなかに目覚めのいい朝だった。
そっと青島の髪をすくと、恋人はうるさげに寝返りを打つ。
30男とは思えないかわいらしさに室井は口の端をゆがめて、頬に口づける。
「あおしま・・・?」
「ん・・・」
「今日は早いんだろ?・・・そろそろ起きるか?」
「ん・・・むろいさん・・・?おはよ・・・」
目をこすりながら、室井の顔を認めると、青島は眠たげに室井の胸に顔を埋めてくる。
その仕草にまたも顔をにやけさせながら、青島の肩を揺さぶる。
「だめだろ?・・・今日は早いって、お前が言ってたんだぞ・・・?」
「そう、今日は・・・えっ!?」
がばり、と突然青島が身を起こし、室井は名残おしげな顔をしながら青島と同じく身を起こした。
「大丈夫、まだ6時だ。十分間に合う」
「そっか、まだ6時・・・じゃなくて、あ~っ!」
青島は自分の身体を見下ろして、大声を出す。
「なんだ、どうした?」
「これ・・・っ!」
「ああ・・・」
青島の指さすものを認めて、室井も少々顔を赤らめる。
青島の身体中に残された、夕べの痕。
強情に帰ると言い張る青島を黙らせるのに、夕べは少々サービス過多だったことを室井も認めている。
「どうしてくれるんですか、室井さん!!」
「どうするって・・・」
青島は怒り狂っている。
「こんなにいっぱい、キスマーク付けちゃって!・・・こうなるから俺、昨日は帰るって言ったのに!」
青島のあまりの剣幕と言い様に、室井も少々むっとする。
「・・・いいじゃないか、別に。だれに見せて歩くわけでもないんだし」
・・・俺だけが独占してる証だし。
そう言いたかったのだが、青島の表情を見て、うっと室井が詰まる。
青島は、唇をかみしめながら、涙を瞳に浮かべて室井を上目遣いで睨み付けていた。
「・・・今日、月次あるから、柔道着着なきゃいけないのに・・・今日こそ黒帯とれると思ったのに・・・っ!」
月次。
2ヶ月に一度の昇段試験の間の月の行われる、やはり柔道の昇段試験である。
ここでポイントを稼いでおけば、普通1年以内に初段、つまり黒帯はとれるのだ。しかも初段などは、ほとんどがやっと14歳になって昇段試験を受ける資格 を取った中学生ばかりだから、青島などが受ければ体格差にものを言わせて、ほいほい、黒帯を手にすることが可能なのだ。
ぎっ、と室井を睨み付け、青島は叫んだ。
「室井さんなんか、大ッキライだ!」
このエロジジイ、とまで叫ぼうとして、しかし青島は叫べなかった。
室井が力一杯青島を抱きしめ、さらにベッドに再び押し倒したからだ。
「む、むろいさ・・・むがっ!」
そして強引な口づけ。
「ふ・・・っ」
「そんな顔して、俺を誘ってるだろ、青島・・・?」
「なに言って・・・あっ!む、室井さんの、ばかぁ~~~~!!」
結局。
青島はそのまま室井宅に連泊となり、黒帯を手にする野望は、翌月に持ち越された。
そしてその後1ヶ月間、室井は「反省!」として、お預けをくらったのだった。
これはですね、青室派のトモダチに室青を布教するためにいろいろと資料提供してたらです
ね、
「強引ぐな室井さんを読まねばナットクいかん」と言うのでですね、・・・トライしてみました。
当時、ひどい夏風邪をひいてまして、38度の熱に浮かされ、構想3分、打ち込み20分という
すばらしいスピードで仕上げたものです。・・・だから、これは、熱が見せたマボロシなのです。
・・・けど、ふつう警察学校行ってれば、もう黒帯持ってるよねぇ・・・?