ALWAYS







 湿った音が、まだ明るいままの部屋の中に満ちていく。
 ソファの背に押しつけられて、かみつくような口づけを与えられ、頭の中が空っぽになっていく。
 ただ一つの名を残して…。
「む、ろいさ…っ」
 相手は、呼び声に深い口づけで返してくる。
 一つ、また一つとシャツのボタンがはずされて、あらわになった胸にキスが降ってくる。
「ん…ッ、室井さ…っ」
「…なんだ」
 髪を引っ張られて、ようやく室井が不機嫌そうな顔を上げた。
「携帯、鳴ってる…」
 無粋な音にか、それに気を取られていた恋人にか、室井は不機嫌を深くして愛撫を続ける。
 敏感な胸の突起を含まれて、青島の躯が跳ねた。
「室井、さん…っ!」
 力のこもらない腕で室井の頭を引き剥がし、潤みかけた瞳で見上げる。
「早く、でなきゃ…」
 その顔を見て、室井はふう、と息をつくと、不満を思い切り顔に出してテーブルに放り出してあった携帯を手に取った。
 その隙に、時計を見て時間を確かめる。
 …10時。まだ電車はある。
「室井です。…ああ、そうか」
 ちらりと青島を見てから、寝室に向かう。
 …青島に、聞かせたくない話題なのだろう。
 小さく笑って、室井によってはずされたシャツのボタンを留め始めた。
 身支度を整えた頃、ようやく室井がリビングに戻ってきた。
「…帰るのか」
「ここにいたってしょうがないっしょ。…今から、仕事でしょ?俺、帰ります」
 室井は何も言わずに、小さく息をついた。
「じゃ、少し待ってろ。…一緒に出よう」
 青島は、答える替わりに微笑んでみせた。





 春とはいえ、夜になればまだ肌寒い。
 もうじき桜も咲くと言うが、コートはまだ手放せなかった。
 街灯が照らす道に影を落として、大通りまで二人で歩いた。
 室井はマンション下までタクシーを回せばいいのだが、少しでも青島とともに過ごす時間を伸ばしたかったようだ。
 室井はなにも言わないが、青島も同じ気持ちだった。
「…じゃあ、ここで」
 車のライトが二人を照らすようになったところで、青島は立ち止まった。
「ああ」
 室井は柔らかい表情で青島を見た。
「また、連絡する」
「はい」
 短い約束をして、青島は背を向けて歩き出した。
 青島が振り返らないことを知っている室井もまた、背を向けて歩き出す。
 駅への道を歩きながら、青島はタバコを取り出した。
 手元に小さな光をともして、深く息を吸う。
 …こんなふうに、別れた夜は。
 いつもは深くしまい込んだ思いを揺り起こす。
 煙をゆっくりと吐き出し、星のない夜空を見上げる。
 …前は、よかった。
 室井のことだけ、考えていればよかった。
 あのひとを恋しいと思う気持ちだけを、信じることができた。
 常識とか、良識とか、そういうものを超越する気持ちがあるのだと、これまでの自分からは考えられない熱い思いがあった。
 でも…
 3ヶ月経って、室井との甘い時間を、短くても持つようになって…室井を「好き」だけではだめなのだ、と思うようになった。
 気持ちが冷めたのではなく、室井の愛を信じないのでもなく。
 ただ、漠然とした不安が青島を占めるようになった。
 室井と過ごす時間が、あんまり幸せだから。
 室井に抱きしめられ、身を漂わせることが、あんまり心地いいから…。
 こんなふうに別れた夜は、考えたくないことまで、考え始めてしまうのだ。
 この時間は、いつまで続くのだろうと…室井と、いつまで一緒にいられるだろうか、と…。
 いつかは、離れなければならない。
 あの人は、上へ行くのだ。
 二人にとってなにより大切なのは、「約束」だ。
 いつか、この自分こそが「約束」の妨げになる日が来る。
 その日が来たら…。
 ぞくり、として立ち止まった。
 その瞬間、ポケットに入れた携帯が着信を告げる。
 あわててタバコを携帯灰皿につっこんでから携帯を取り出し、耳に当てる。
「青島です」
『…今、くしゃみしなかったか?』
「室井さん!?」
 なにを考えているのだろう、さっき別れたばかりだというのに。
「今、どこなんですか?早く行かなきゃいけないんじゃなかったんですか?」
『タクシーの中だ、安心しろ』
「安心ってね…」
『それより、くしゃみしなかったか?』
「はぁ?」
『…ずっと、お前のことを考えてた』
 …呆れてしまう。本当にこの人は、なにを考えているのだろう。
「くしゃみなんかしませんよ」
『冷たいな』
 どこか拗ねたように言う室井に、自分でも驚くほど甘い声が出た。
「…だからね、もっと考えて下さい。俺がくしゃみがとまらなくなるくらい、ずっと、いつも」
 この不安も、消し去るくらいに…。
 室井は、青島のこの不安に、気づいてはいないだろうけれど。
 しかし室井は、力強い声で答えてくれた。
『わかった。いつも考える』
 短い別れの言葉を残して、通話は切れた。
 青島は携帯をしまって、再び夜空を見上げた。
 相変わらず、星は見えないけれど…でも。
 同じ空の下、いつも青島を思ってくれる人がいる。
「おし」
 青島は、小さく言って歩き出した。
 室井の思いに、温かく包まれていることをかんじながら…。

くしゃみとはまた、情緒の かけらもない…
所詮オヤジたちの会話ですな…

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