タノシイ休日


 




 小うるさい電子音を手探りで止めて、室井はむっくりと起きあがった。
 あたりを見回して、柔らかい朝の日差しがカーテンから漏れているのを確認する。
 はぁ、と小さく息をつく。
 どうも、休日の朝はダメだ。頭がはっきりしない。
 仕事があれば、すぐにしゃきんとするのだが、緊張感がないからだろうか、休日の朝はしばらく頭が働いてくれない。
 …耳も働かないようだ。目覚まし時計を見て愕然とする。
 セットした時間から30分は経っている。
 それほど防音効果が期待できる造りの部屋ではないから、さぞかし隣近所は迷惑したことだろう。
 …ま、いっか。
 すぐに衝撃から立ち直って、室井はリビングへ向かった。
 冷蔵庫の中を見て、またも愕然とする。
 そういえば、ここ一週間買い物をした覚えも、冷蔵庫を開けた覚えもなかった。
 新鮮味のかけらもない野菜たちが、腐る順番を待っている。
 …見なかったことにして、コーヒーを入れた。
 コーヒーだけは、常にきれることがない。
 コーヒー好きの恋人が、室井がいないときでも合い鍵を使ってコーヒーを足していくのだ。どうも、室井がコーヒーを好きだと思っているようだが、じつはそうではない。恋人が飲むから、ついでに飲んでるだけなのだ。…でも、今はありがたい。
 コーヒーメーカーをセットして、しばらくして香ってくる香りが、恋人を思い出させてくれて、なんだかほっとした。
 そのままぼんやりとコーヒーが入るのを間ってカップに入れ、温かい日差しが差し込むソファに座る。
 …今日はたしか、恋人が来る。
 室井は今日が休み。
 恋人は昨日当直で、10時にはやってくると言っていた。
 昼食はどうしようか。
 少しだけ考えて、外に食べに行こう、と決めた。
 冷蔵庫の中身を見られたら、何を言われるかわかったものではない。
 それに、恋人は、意外と料理が得意なのだが、待っている間がいただけない。食材と格闘している間、役に立たない自分は放っておかれるのがつまらないのだ。…自分でもいかれていると思うが、ま、いいではないか。
 ぼんやりと時計を見上げて日差しにあたっていたら、なんだか眠たくなってしまった。
 …もう少し、寝るか。
 カップをおいて、ソファに横になる。
 程なく規則正しい寝息が聞こえだした…。





 がちゃん、と音を立てて鍵がまわり、明るい声が部屋に響いた。
「おまたせ、室井さーん。腹減ったよう」
 遠慮のかけらもなく、室井の恋人、青島が部屋に入ってくる。
 そして、リビングに足を踏み入れたとたん、固まってしまった。
 …なんだ、この部屋は。
 泥棒が入ったのだろうか。いやまさか、警察官の、それもキャリア用の官舎に入る度胸のある泥棒がいるとは考えられない。
 しかし今は、そんな泥棒がいてくれたら、と青島は考えずにいられなかった。
 もしいてくれるなら、この、ゴミ箱はひっくり返り、あちこちの引き出しがあけっぱなしになって、そこから出したらしいさまざまな生活雑貨が床に散らば り、飲みかけのコーヒーカップが4つほどテーブルにのっかって、脱ぎ捨てたワイシャツが何枚も引っかけてあるソファでのうのうと眠っているこの部屋の住人 に文句を言わなくてもすむではないか。
 そりゃ、自分だってそう家事にまめな方だとは言えない。部屋だって、綺麗に片づいているとは言い切れない。…が、ここまでではない!
 青島は、猛然と動き出した。
 床に散らばっているものを集め、引き出しを閉めながら片づけて、ゴミ袋を取り出してゴミを集める。
 本当はこの部屋の住人をたたき起こして自分でやらせたかったが、きっとつかれているのだろうと仏心を出して、起こさないように気を付けながらクイックルワイパーをざっとかける。
 音を立てないように気を付けてカップをキッチンに運んで、またも固まってしまう。
 …どこから手をつけようか。
 とりあえずバランスを崩さないように注意しながら洗い物の山の上にカップを乗せて、ワイシャツの袖をまくり上げて洗い出す。
 …何日前から、こうなっていたのだろうか…。
 ちょっとさわりたくないどころか、このまま捨ててしまいたい皿をがしがしこすりながらしばらく考えて、想像するのをやめにした。恐すぎる。
 食器を洗い終えて、ガスコンロの汚れが気になり始める。
 ええい、ついでだ!
 恐ろしく脂っぽいガスコンロを分解して水をためたシンクにつっこみ、上から洗剤をぶちまける。こうなったらとことんやってやる、とばかりに換気扇も分解して追加。
 今のうちに食器を片づけるか、とふきんを探して、あああ、と思う。
 …いつから、ここにぶら下がっているのだろう…。
 きっともとは白いのだろうな、と推察されるふきんを指先で持って、脱衣所に向かって、
あまりのことに膝をつく。
 …この人、明日は何を着るつもりだったんだ!
 なんとか立ち上がって、二つできている洗濯物の山を、分類しながら洗濯機につっこんで洗剤を入れる。漂白剤も、柔軟剤もきれそうだったが、なんとかもう2回分くらいはありそうだ。
 ちょっと考えて寝室に入り、布団をベランダに干して、シーツを脱衣所に運んでおく。
 ほっとして脱衣所をでたところで、はっとする。
 このぶんでは…!
 あわててキッチンに戻り、冷蔵庫を開けて中を確認して、青島はすぐに閉めた。
 こわい。
 もう見たくない。
 しかし、ここで青島が見なかったことにしたら、この部屋はくさる!
 勇気を出して冷蔵庫を開けて、ビニール袋に腐りかけのいろいろをつっこんで硬く袋を縛り、ベランダのポリタンクにつっこむ。
 ふう、とため息をついて部屋に戻ろうとして、カーテンを見た。
 …洗いたい。
 うずうずと手が動き出し、カーテンをはずし始める。
 カーテンを脱衣所に運んで、ちょうど洗い上がった第一陣をベランダに運び、干し始める。
 隣でも、洗濯物を干しているようだ。
 うんうん、休日は、こうじゃなくっちゃな。
 そう思いながら部屋に戻ると、寝返りを打った室井がちょうどソファから転がり落ちたところだった。
「………イタイ。まぶしい……」
 目を眇めて文句を言う室井を見て、青島ははっと我に返った。
 今、自分は何をしていた?っていうか、俺、なにしにここんちきたんだ…?
 すう、と息を吸って、青島は腹の底から声を出した。
「むぅろいさんッ!」




 その日は珍しく形勢逆転して、室井は青島に叱りとばされることとあいなった。
 そして青島は確信した。
 この先、室井が結婚するかもしれない、とかいう不安からは自分は解放された、と。
 だって、だれがこんな男の嫁にくるというのだ。
 仕事をしていれば清廉な印象のこの男が、ほっておけばゴミの山に埋もれて死んでも気づきそうにない、ずぼら男だと言うことを知れば、どんなに心の広い女性だって愛想をつかすに違いない。
 また、室井も確信していた。
 この先、青島に女性が言い寄りはしないか、とかいう不安から自分は解放された、と。
 だって、だれがこんな男に心惹かれるものか。
 仕事をしていれば、理想に燃えた熱い男として評判がよくても、部屋を片づけろとか洗濯をしろとかゴミはきちんとだせとか、近所の主婦のように口うるさくては、どんなに心の広い女性もうんざりするに違いない。
 たがいに大きな誤解と正しい認識を抱えながら、恋人たちの休日は過ぎていくのだった。 


の話のポイントは、室井さん主観のシーンで、部屋の描写がないところでございます。
外見ほどにはあんまり(…?)几帳面じゃない(…!?)性格、という…。
これって実はやっぱり、藤井家における日常的…ここまでじゃないけどね!いつもありがとうよ、花明!
あああ、しかし、室井さんファンをばっちり敵にまわしてますな…。
ゴメン!ウチの室井さんオヤジだから!許して!

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