月だけが見ていた






「じゃあ、あそこの電柱まで」
「ああ」
「月、明るいですねえ」
「今日、満月か?」
「さあ…でも丸いから」
「そうだな」
「ほら、月で影ができてますよ」
「ああ」
「珍しいですよね、こんな都会の真ん中で、月の明かりで影が出来ちゃうなんて」
「…都会か?」
「…東京ですよ」
「…そうか」
「あ、なんかやなかんじー」
「別に含むところはない」
「…ふーん…」
「……………」





「…次の電柱、あそこだからな」
「はいはい、がんばって」
「…いったい何をこんなに買いこんだんだ」
「今日のつまみとー、明日の朝メシと晩メシと歯磨き粉と洗剤と、えっとそれから…」
「歯磨き粉、まだあったじゃないか」
「でも新製品だったんですもん」
「…無駄遣いだ」
「でも新製品だったんですったら」
「まだあるのに」
「だってミント味とハーブ味じゃ違うんですもん」
「…なにが違うんだ」
「違うんです!…だったら寝る前に試してみたらいいじゃないですか」
「絶対なにも違わない」
「絶対違います」
「…強情だな」
「どっちが」





「…次、あそこだからな」
「じゃんけん弱いっすねえ」
「うるさい。次はグーを出せ」
「グーですね」
「ああ」
「あー、渋滞すごいですねえ。もう夜中なのに、どこに行くんだか」
「…さあなあ」
「俺たちもどっか行きたいですねえ、夜中のドライブ。楽しそうですよねえ」
「…楽しいのか?」
「楽しくないですか?」
「夜だろ?景色もなにも、見えないじゃないか」
「…ほんっと、ムードの欠片もありゃしない」
「なにか言ったか?」
「いーえ、別に。景色、見えますよ、夜中でも」
「そうか?」
「車のテールランプが続いてるの見るのって、俺、結構スキですけどねえ」
「…渋滞、好きなのか?」
「そうじゃなくってー。…なんていうのかな、なんか、血管みたい」
「血管?」
「そ。真ん中…都心が心臓。そこから出て、あちこち巡って、戻ってくる。血、みたいでしょ?」
「…趣味が悪いな」
「そうですか?」
「…想像しちゃったじゃないか」
「…そんなにスプラッタに弱くて、どうして刑事やってられるんだろう…」
「なにか言ったか?」
「いーえ、別に」





「グーを出せと言っただろう!」
「そう言われて素直にグー出す奴はいません」
「素直じゃないな!」
「なにを今更」
「…次、あそこまでだからな!」
「早足はルール違反ですよ」
「うるさい!」
「あー、もう…。あ、見て下さい、空」
「ああ?」
「…飛行機」
「珍しくもないだろ?」
「俺たち、見えるかな」
「見えるわけないだろ」
「手、振っちゃお」
「よせ、恥ずかしい」
「…俺たち、どういうふうに見えるかな」
「だから、見えるわけないだろ」
「見えたとして、ですよ」
「ああ?」
「夜中に、コンビニの袋下げて、男二人で夜道歩いて。…情けないですかね?」
「…そんなことないだろ」
「そうですか?」
「ああ」
「そうかなぁ…」
「これはデートだ」
「ええ?」
「夜中のデート。…行きたいって言ってたじゃないか、さっき」
「…これがデート?」
「そうだ」
「…えええ?」
「不満か?」
「数え上げたら、キリがありませんよ」
「二人きりだろ」
「そりゃあそうですけど」
「…手でも繋ぐか?」
「また、できないこと言って」
「できる」
「おっ、今日は積極的だ」
「キスもするか?」
「また、できないこと言っ……………」





「よし、今度は素直だったな」
「ウラのウラはオモテだったんですよ」
「…なに言ってるんだ?」
「も、いいです。…あー、雪降らないかなあ。春になる前に、もう一回くらい」
「やめてくれ、迷惑だ」
「なぁんで。いいじゃないですか、雪。積もらない程度に」
「…東京の人間は、すぐそうやって都合のいいことを考える」
「…雪、嫌いですか?」
「嫌いじゃないが、飽きたな、いい加減」
「でも東京長いでしょ?そろそろ見たくありませんか?一面の雪野原」
「そうだなぁ…」
「連れてってくれるって言ったじゃないですか、前に」
「言ったか?」
「言いましたよ!」
「…そうか。じゃあ、行くか」
「え?ホントに?」
「夏はいいぞ、涼しくて」
「そうじゃないでしょ!…あ、わかってて言ってる」
「そんなことは」
「も、いいです。あ、電柱」
「もうか!?」
「ハイ、じゃーんけーん」





「狡くないか」
「そんなことありません、たまたまです」
「…次の電柱までだいぶあるな」
「そうですねえ」
「お前、引っ越せ。もう少しコンビニが近いところに」
「えー?ここ、気に入ってるんですけどねえ」
「お前の部屋で飲むたびに荷物運びじゃたまらない」
「いいじゃないですか、たまには。月夜の散歩。ロマンチックでしょ?」
「ロマンチックか?」
「そ。要は想像力です」
「なにを想像しろって言うんだ」
「だってほら」
「ん?」
「夜空に満月。人通りのない道。隣には恋人。手を繋いで歩いちゃって。…ロマンチックでしょ?」
「そうか?」
「そうですよ。…あとは、あんたの甲斐性」
「…そこに期待されると困るんだがな…」
「大丈夫、そんなに期待してませんから」
「言ったな」
「言いましたよ?」
「覚えてろよ」
「ええ、よーく覚えておきましょう」
「部屋に帰ったら、とことんロマンチックとやらを骨の髄までたたき込んでやろう」
「部屋に帰ったらじゃなくって、今、ここで」
「…言ったな?」
「言いましたよ?」
「……………やっぱりお前、引っ越せ」
「あ、逃げた」
「駅から5分以内。コンビニと本屋が最低二件。薬局も必要だ。夜、急に熱が出たら困る」
「なんの話をしてるんですか」
「お前の引っ越し先。あと、10時までやってるスーパーマーケットがあると便利だな」
「んー、郵便局も駅までの道沿いにあるといいですよね」
「ああ、酒屋を忘れてた」
「そうっすねー、酒屋はいりますね。あんた、飲むから。あっ、クリーニング屋!」
「ああ、それもいる」
「できたら取りに来てくれるところがいいんですけどね」
「考慮しよう」
「それから…できたら交番は近くない方がいいですよねえ」
「そうだなあ、まあ二人で住んでることくらいはバレるだろうが、近いのはやっぱり気分的によくないな」
「そうですよねえ…ってアレ、二人で住むんですか?」
「違うのか?」
「…いや、いいですけど」
「二人で住むなら、2LDKはいるな」
「えーと、それぞれの部屋と、居間。うん、2LDKっすね」
「え?寝室と、俺の部屋で十分だろ」
「狡い!俺だって自分の部屋欲しいです!」
「だって、どうせ寝るのは一緒だし、寝室にいなけりゃ居間だろ?いいじゃないか」
「狡い狡い狡い!」
「狡くないって」
「もう!…わかりました、この件については、部屋でじっくり話し合いましょう」
「よしわかった。…着いちゃったじゃないか!」
「ああ、そうっすね。ハイお疲れさま。部屋までは俺が荷物持ってあげます」
「持ってあげますって…まて、よくよく考えたら、これほとんどお前の買い物じゃないか!」
「そうですよ?」
「狡いのはどっちだ!?」
「さあねえ」
「おい青島!」
「室井さん…もう遅いんだから」
「あ、ああ…」
「しーっ…」






ろまんちっくになるはずだったのにぃぃぃぃ…

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