「…あのねえ、室井さん」
「ああ?」
青島は、静かに爆弾を落とした。
「…俺のこと、愛してる?」
「ぶっ」
室井は、ちょうど口に含んだコーヒーを吹き出した。
「わあっ、きったねえ室井さんっ」
青島が、キタナイなどと言いながらも慌ててテーブルにあった布巾を差し出す。
「おっ、お前が…っ」
「俺がなにっ!?」
早速責任転嫁に出た室井の、うろたえ気味の言葉など聞いてはいられない。ソファにしみでも付けられたら、どうしてくれる。
「ああもうっ、どいて室井さん!ソファが!!」
「あ、ああ…」
右手にはコーヒーカップ、左手には読んでいた雑誌を持ち、どけ、と言われるままにソファから立ち上がる。
「…なんなんだ、まったく」
「こっちのセリフ!」
青島は、ごしごしと室井が吹いたコーヒーのあとを拭ってまわっている。
「もー、俺だってそんなにきれい好きじゃないですけどねー、コーヒーの染みって取れないんすよ!?」
「す、すまない…」
きっ、と睨まれて思わず謝ってしまったが、はたと気づく。
俺がコーヒーを吹き出したのは、そもそも誰のせいだ、誰の。
突然青島が、訳の分からないことを言い出すからじゃないか。
「おし、だいじょぶかな」
ソファを点検し、床をもういちどざっと拭いて、青島は立ち上がった。
「…あ」
「なんだ」
「パンツにもコーヒーこぼしてるじゃないですかーっ」
「あ」
「あ、じゃないっ」
怒りが再燃した青島に、『お前が悪い』なんて言うほどの根性があるわけがない、室井なのだった。
室井に着替えさせ、パンツは速攻洗濯機行き。
もう一度コーヒーを入れて持っていくと、室井は憮然として再びソファに座っていた。
「はい、どーぞ」
「…ああ」
「今度は吹かないように」
悪戯っぽく言ってやると、恨みがましい目が見上げてくる。
青島は苦笑して、室井の足下に座り込んだ。
そりゃあ最近、二人でいっしょにいることが当たり前で、当たり前になりすぎてて。『愛してる』なんて言葉に出すことは、そりゃもう稀で。
…だからって、愛してるかって聞いたとたんにコーヒー吹き出すなんて、いくらなんでもひどかろう?ちょっとくらい意地の悪い言い方をしたって、許される はずだ。
青島は、室井の膝に肘を立てて言った。
「俺のこと、愛してないんだ?」
「…なんでそうなる」
「だってちゃんと答えてないじゃないですか」
「……………」
室井は難しい顔をして黙り込んだ。
難しい顔をしてたって、難しいことを考えているわけではないことくらいお見通しだ。せいぜい、どうやって青島のご機嫌をとろうかとか、その程度に決まっ てる。
「…あのね、室井さん。俺がどうして、ソファの染みであんなに怒ったと思います?」
「ん?」
膝に乗せた肘を、ぐりぐりと押しつけてやる。室井は眉をひそめたが、知るものか、こんな薄情者。
「俺、室井さんがソファに座ってるの見てるの、実はすごく好きなんです」
やめろ、と室井の手が腕を掴む。
「ソファに座ってる室井さんは、すごくリラックスしてる。だから好きなんですよ?」
腕を掴んだ手が、逆に青島の腕をからめ取って。
「あんたを癒してくれるものなら、俺は全部好きなんです」
繰り言が、甘い吐息に変わる。
「俺は、あんたを愛してるって、いつでも言えちゃうのにな」
「…言葉なら、いいのか」
からめ取られた手に、軽く口づけられた。
「言葉でいいなら、簡単なんだ。嘘だって簡単につける」
「…嘘なわけ?」
抱き寄せられるままに、身体を預ける。
「そんなわけないだろう。お前に嘘はつけない」
「だったら」
「そうじゃなくて…」
室井が、抱きしめる腕に力を込めた。
「…いろいろ考える。お前と一緒にいるときはとくに。ずっと抱きしめてたいとか…」
強く抱きしめられて、頬に口づけられて。
「キスして、何度もキスして…」
「む、ろいさ…」
「一日中、離したくない…」
ふと、キスの雨がやむ。
「だけど、こんなの言葉にしたら、急にうそ臭くなる。…お前が、俺のそばに居てくれるだけの俺じゃなきゃ、だめなんだ。お前が愛してくれる俺は…お前に甘 えてばかりの俺じゃない。…そうだろう?」
答える代わりに青島は、室井の背にそっと腕を廻した。
「重たいんだ、言葉は。軽々しくなんて言えない。お前がいてくれなければ、上に行こうとか組織を変えようとか、難しすぎて考えられない。お前がいるから踏 ん張れる。そんな気持ちを…簡単になんか、言えるもんか」
室井の理想と、青島の夢と。隔たっていたように思えた二つのものが、ふれあって寄り添って、重なって、一つになった。
『愛してる』が始まりでも、重たいものを背負ってる。…一緒に。『愛』はそれだけ、重くなる。
その重さが…愛を深めるのだ。きっと。
青島は、なにも言えなくなって、すがりつく腕の力を強めた。
その青島の頭を緩く撫でながら、室井がそっと言った。
「…機嫌、なおったか」
青島は、小さく頷いた。
【蛇足】
心の中でガッツポーズを決める室井。
『俺も上手くなったな…』