浮
気しました。BORDER
/SP。安吾くんめっちゃかわいかった。本編では平温だった二人の距離が近づいてた・・!ちょっと立花くんに頑張ってほしくてこんなん出来ました。
時間軸は贖罪直後で、馴れ初め話です。(すきだねー)
初めて踊る以外で描いた作品ですが殊の外楽しかったです。室青では出来ない距離感だし、室青では出せない台詞とかあるので、すごく新鮮で良い息抜
きになりました。
またいつかこんな風に踊る以外の作品を書いていくのはアリかもしれん・・・。そしたらいつか卒業できるんですかね?どうなのそこんとこ?
俺様的ダンディズム
1.
陸橋の真ん中で、ぼんやりしながら夜空に浮かぶ観覧車を見上げている彼を見つけたのは偶然だった。
捨てられた子猫のように帰る家を忘れ、ぽつんと佇む後ろ姿がやけに危うく見える。
立花は手前にある自販機で缶コーヒーを二つ買うと、両手でそれを弄びながら近づいた。
一メートルの所まで来て、声をかけることはせず距離を保って同じように肘を付く。
不意に近寄った気配に少しだけ驚いたような視線を送られたが、それにもめげず片手を差し出すと、立花を認識した虹彩がさわりと夜を映した。
ん!と手土産を押し付ければ、物珍しそうに智慮な瞼が落ちていく。
「さみぃだろ」
「・・・冬だからな」
「ばーか、そんなこと聞いてねぇよ」
肉厚の口唇からはそれ以上発せられるものは何もなく、石川の手がぎこちなく缶コーヒーを受け取る。
少しだけ掠めた指先は驚くほど冷たい。
「何?オンナ待ち?」
「・・・」
「これからデートとかいう?」
「・・・お前は逃げられたクチか」
「ちっげぇよ!普通に同期で飲んだ帰り!」
クソ真面目に応えてしまい、少し気恥しく思いながら立花は口許を覆った。
こんなところで何をしているのか、それを問い質したつもりだったが、多分やんわりと避けられたのだろう。
石川は誰にも多くを語らない。
こうして何でも独りで結論付け、伴う影響まで委ねてしまう性質だ。
普段何をしているのかほとんど知らないし、どんな交友関係を持っているのか、どんな娯楽が好みなのか、気安く悟らせるようなミスはしなかった。
その心奥に何を抱え、何を思っているのかさえも、立花の与り知らぬところで皆綺麗に完結している。
立花は陸橋に背を預け、缶コーヒーのプルトップを引いた。
ひと気のない道路には等間隔にオレンジ色のライトが照らされており、やけにその音は高らかに響く。
東京でも珍しく冷え込む夜だからだろうか、辺りに人影はない。
ホットの湯気が温かく頬を擽る感触を確かめながら立花は熱で喉を潤した。
「暇ってこと」
「お前もな」
陸橋に佇む二つの影は背中合わせの対照的な輪郭を描くまま、口数も弾まず森閑な沈黙に埋もれた。
でもそれは立花にとっては嫌な間ではない。
逃げられずに隣でプルトップを開ける音がする。
それで充分だ。
石川が安藤を殺したか見殺しにしたかは、立花にとってどちらでも良いことだった。
どちらに転んでも立花にとって石川は石川で、彼の真理は真理だった。
バディを組んで、彼の本質にまで触れられはしなくとも、少しは感じ取れていたと思っている。
この先その態度が変わることも、この見る目を変えるつもりもない。
どんなに信頼していても、誰よりも愛しい相手だとしても、言えないことなんて山程ある。刑事とは元々そういう職業だ。
ビターな珈琲を口に運びつつ、立花はさりげなさを装い、ちらっと隣の彼を盗み見た。
スタイリングをしているようでしてなさそうなストレートの短髪は、その奥に真に煌めく瞳を覆い隠している。
端正で誂えたように整った造形美とそこはかとなく漂う神秘的で廉潔な気配感はどこか高潔ささえ持ち、自分には鼻に付く。
反りが合わない、ずっとそう思っていた。
その割と小さな横顔は、少しやつれてはいたが落ち着いているように見えた。その瞳にはやはり、実際何が映っているのか悟らせない。
物憂げに光に揺れる水面が反射する。
石川が多くを語らない、そんなことより、立花にしてみれば不安定で今にも脆く崩れ落ちそうな目をする石川の状態の方が気になっていた。
触れたら砕けて消えてしまいそうな、誰にでも脆さを見せてしまいそうな、或いは見せられずに潰れ変色してしまっている、そんな儚さが
ずっと彼を緊密度の高い状況に波立たせていたように思う。
こんな夜に独りでこんなところにいることもだ。
それでも、それが今は少し鎮静化しているようにさえ見受けられた。
あの事件以降、いや、立花にしてみれば、もっと前から石川は夜すら吸い取ってしまうような目をしていた。
自分の知らない間に何かあったのか。
それを解消するようなものを得たのか。
或いはそれを解いた奴がいるのか。
何か与り知らぬところでとんでもないことが起こっているような焦燥感と恐怖を発し、もしかして事件は終わっていないのではないかと立花の胸奥をざわつか
せてくる。
直球に聞いたところで、先程のようにはぐらかされるのがオチなのだろう。
手元の缶に視線を落とし、急速に冷めていく茶色の液体を目に映す。
持て余した期待は混沌と渦を巻き、ずっと立花奥深くで答えを探しあぐねていた。
もう一度、ちらっと視線を向ける。
「なに、アレに乗りたいの?」
アレ、と言って缶コーヒーを持っている人指し指を立て、立花は夜空に映える観覧車を指差した。
子供みたいな発想に、ようやく石川がその前髪の奥から黒々とした瞳に息吹を乗せる。
やった、笑った。
「お前、女口説けそうにないな」
釣られ、へらっと締まりのない笑みを滲ませた立花に返ってきたのは無下にも可愛げのない台詞で、立花は張り付いた笑顔を強張らせた。
甘いマスクで、どちらかというとイケメンの部類に入る端麗な顔でそんなことを言われたら、立つ瀬もない。
くしゃっと癖の強い髪を掻き混ぜ、立花の声も不貞腐れたものになる。
「口説き方なんて、知らないもんでね」
「やっぱ逃げられたんだな」
「の前に!迂闊に声なんか掛けられないだろ!このご時世で!」
「だっさ」
「刑事ですから~。落とし方しか教わってません~」
「犯人限定だろ、それ」
くすりと吐息交じりに石川が笑みらしきものを零し、その目尻を細めた。
今までの二人の関係に於いて、こういうプライベートっぽい話をしたことも少ない。
石川がこんな柔らかい物腰で応対してくれたことも少ない。
しょうもない無駄口は少しだけ二人の間の警戒を緩めている。
今は、昔より、さっきより、少しは砕けてくれているのかもしれない。
それがなんだか立花を嬉しくさせる。
「言ったな、言いましたね?俺は行くときゃ行く男よ」
「空振りにならねー程度に頑張れよ」
石川の細く短い黒髪が北風に踊ってふわりと靡く。
寛いだ空気に促され、北風に背を押されるように、立花は口走った。
「あ~・・、えっと、あのさ、その、お前、何かあった?」
「何か?」
「だから~その・・さ」
口火を切ったくせに言葉を告げなくなった立花に石川が狙いを敏く察し、視線を観覧車へと戻した。
弄ぶように彼の手の中に納まる空き缶が冷たい風に晒される。
「無罪放免となっただけだ。知ってるだろ」
「あ~、いや、その話じゃなくて・・・その話でもあんだけど、そうじゃなくて、えっと」
「何言ってんのか分っかんね」
「上手く言えねぇんだよ!察しろ!」
「刑事なのに?」
さっき落とし方は習ったと言ってしまった手前、立花の頬が闇に紛れる程度に熱を持つ。
「き、気を遣ってやってんだろ!」
「気遣う?お前が?」
「やかましい!」
「へたくそ」
「うぅぅ!おまえな!もっと他に言い様があるだろぉ!」
駄々を捏ねる子供のように地団太を踏む立花の吐く息が白く大気に浮かぶ。
そんな立花に観念したわけでもないだろうが、一つ嘆息にも似た吐息を落とし、石川は陸橋に頬杖を付き真下の水面へと視線を落とした。
少し屈んだせいで長い脚が邪魔くさそうに欄干で遊ぶ。
「お前が気にするようなことは何もないから。仕事にも支障は出さないよ」
「・・・そうじゃなくてさ」
「刑事は続ける。迷惑だって言うなら課長にバディ解消を申し出ればいい」
「えぇ・・ッ!?」
「それを言いたかったんだろ?」
「あのな、俺は・・!」
不思議そうに石川が陸橋に頬杖を突いたまま首をこくんと傾げてくる。
本当に伝わってない。
「あのな!俺、一応、お前のこと俺の相棒だと思ってんですけど?」
「そうだったのか」
「え」
思わず固まってしまった立花を認めてから、石川が眦を少しだけ眇めた。
「うーそ。お前、意外と単純な」
揶揄われたのだと分かったが、今は冗談で吹き飛ばす余裕が立花にはなかった。
嘘だ、と思った。
やっぱり何かはまだ終わっていないのだ。そして、石川はそこに立花を持ち込む気はない。
悔しかった。
情けなかった。
それよりも、そんな風に諦めざるを得ない石川の運命がなんだか切なく思えた。
口を一文字に引き結んだまま届かない男に、立花はただ双瞼を強めるに留める。
石川が身体を起こし、立花に一歩近づいた。
「分かってるよ、・・・ありがとな」
石川の背後で、水面に逆さまとなって映る観覧車がキラキラと揺れる。
立花の空き缶を受け取り、石川は空き缶を二つ片手に抱えた。
これで終いにする気だと分かった。
話も、この戯れも。
陸橋の向こうの遊歩道にあるゴミ箱に向かう石川の背中が闇に紛れていく。
キラキラと揺れる水面がやけに綺麗で、礼儀正しく収めていくやり方も、溶け込む石川の輪郭も、みんな綺麗すぎて
立花を置き去りに遠ざかる。
いつだってそうだ。
こうやって頼ってもくれない。関わらせてもくれない。
全部、独りで終わらせようとする。
「なあ・・!」
ゆっくりと間を取って、石川が肩越しに振り返った。
赤っぽいライトに照らされた古く錆び付いた陸橋が、更けるにつれこの季節らしい温度に凍えつき、ほんのりと二人の間の距離を橙に染めあげていた。
「ほんとに、アレ、乗らね?」
「――あ?」
疑惑は猜疑心を連れてくる。
澱のように腹の底にたまる。
隙間を、埋めたい。
2.
「男二人で乗る日が来るとは思わなかったよ」
「俺もだよ」
「楽しいか?」
「楽しめよ」
「お前・・・結構俺様だったんだな」
「言ってろ」
まさか本当にOKされるとは立花だって思っていなかった。
でも駄目元で口走った台詞を消すことは出来ず、引くに引けなく強請る目が言葉以上の衝迫を乗せているうちに
石川は苦笑したように、いいよと言ってくれた。
その笑顔がまたひとつ、立花の胸をざわつかせる。
「カップルばっかりだ」
「すっげ浮いてるな」
「野郎がスーツだからな」
「デートを装う刑事ってことにしたらどうだろう」
「やっぱお前、馬鹿だろ」
「・・・止める?」
「・・・行く」
ぼやいてばかりの石川に、敢えて半眼で追及すれば、拗ねたように肯定の返事を寄越してきた。
割と勝ち気だ。
立花にしたって、あの凍える陸橋でいつまでも立たせておくつもりもなかった。
だからこれでいい。
「でもちょっと、かなり、居心地悪ぃ」
「ばっか、お前、ここは盗聴器もない、部外者も入れない、密談に最適な閉鎖空間なんだぞ」
少し低い位置にある石川の耳元に短く囁き、立花は係員に案内された搭乗口に我先にと向かう。
直ぐに後ろから微妙な顔をした石川も乗り込んで来た。
開き直った立花が腕を組んで真向かいに座る。
「監視カメラの存在を入れてないだろ」
「声までは盗らねぇって」
しょうもない愚痴を押収している二人を閉じ込めた扉が係員によってロックされ、ゆらりとワゴンが浮き始めた。
閉ざされた二人きりの空間が妙に息苦しい。
無意識に立花は少しネクタイの結び目を緩める。
「おい、揺らすな」
「仕方ねぇだろ、そこはっ」
「そっち寄せろ」
「無駄に長ぇ足だな・・!」
お互いの足が所狭しと場所を奪い合い、膝頭が狭さにもたつき、置き場も定まらない。
立花は座り心地の悪い座席から尻を動かしポジションを探した。
弾みで踏んでしまった石川の爪先が、行儀悪く立花の足を軽く小突いてくる。
「お前な、もうちっと俺を敬えよ」
「・・・ちっ」
「あ!今舌打ちしなかったか?したろ!」
「・・・気のせいだろ」
閉め切った二人きりの空間に立花の身体が畏まった緊張を意識する。
そんな立花の心境を知ってか知らずか、挑発するように石川が腕を組んで長い足を組み、横柄な瞳を瞬かせた。
「で?密談って?お前、ここで俺を自白させたいのか」
「世間話でもいい」
「世間話かよ」
「実は猫を飼っているだとか、昔は帰宅部だったとか、そんなんでいい」
「何の情報収集だ?」
「コンビ愛を高める情報収集だ」
「おっまえ、変なやつだな」
石川が呆れたように眉尻を下げ、背凭れに体重を預けて立花から目を離す。
立花にしたって、この状況は冗談にしてしまいたい。でももう後には引けない。
それきり石川は黙ってしまって、脱力したように背を預け、ぼんやりと登っていく夜景を目に映した。
掴むものもない掌がスーツの袖口からちょこんと覗き上向きのまま座席に置き去りにされている。
割と鍛えてはあるのだろうが、コートも羽織らない身なりは寒々しく、思っていた以上に華奢に見えた。
夜の大気に溶け込んでいく。
何処かで見た顔だ。
ああ、さっき、陸橋で一人黄昏ていた時と同じ顔だ。
「なんか・・・しゃべれよ」
「・・・、お前が喋れ」
「それが出来てりゃ苦労してねぇの」
「・・・・」
黙ったままの石川に付け入る隙さえ失い、立花も降伏したように浅い息を落として膝に両肘を乗せた。
俯き加減で乾いた口唇を舐め、足を組み替えれば重みでワゴンがミシリと軋む。
このまま数十分。閉じ込められた箱の中で石川と二人、意味ない時間を共にするだけか。
無駄に過ごして石川に何が残せるのか。
折角のチャンスなのに、与えられたって何もアイディアが出やしない。そんな自分が酷くもどかしい。
救えるだなんて思いあがったことまで言わずとも、お荷物になるのはそれこそ避けたい。
観覧車はゆっくりと藍紺の空へと上昇していく。
何か意図も展望もあったわけでもなかったが、何の手立てを持たぬ自分が酷く無価値でくだらない存在のように思えた。
それをそのまま口にしたら、石川は呆れるだろうか。それとも怒るんだろうか。
自分は一体何を恐れているのだろう。何を聞きだしたくて、何を聞きたくないのだろう。
迷う気持ちのまま覚束なく立花は思いついたままを口にした。
「よく、分かんねぇんだ。お前に何を言えばいいのか、何を言うべきなのか」
「・・・・」
「何を言ったらちょっと解放させてやれんのか、とか。楽にさせてやれんのか・・とか」
「・・・・」
「だっせぇな。ちょっとでいいのに、それさえも分からん。俺には分からない。出来ない、のかもしれないけど」
言葉尻は情けなくも宵闇に淡く吸い取られた。
石川が相槌一つくれないせいで、肌を縫うような沈黙が室内に充満し、冷たい上空の大気が一層身の裡にまで侵入してくる。
ワゴンの通気口から吹き込む隙間風が一層寂寞の心を煽った。
内心舌打ちをしながら、手持ちカードも失い、立花も口を噤む。
石川との沈黙は嫌いじゃなかったが、今は嫌いだと思った。
そのまま立花も漫然と都会のイルミネーションを目に映す。
半分くらいまで上がったことで、首都の大動脈がビルの間から明々と見え始めていた。
オフィスビルはまだ幾つも灯りが残っていて、まだ働いき躍動している人の影を想わせた。
「聞かないのか」
ふと、石川が沈黙を破らぬ温度で小さく呟いた。
同じ低さで立花も返答する。
「・・・言いたくなったら言えばいい」
微かに闇に溶け込むように、石川の気配が緩んだようだった。
なぜかその闇に消えそうなリアクションに立花の心臓は鷲掴みになった。
思わず凝視して魅入ってしまっていると、立花の視線に促されたように石川の理知な瞼が持ち上がった。
「別に・・いらねぇよ」
ああ、さっきの返事なのかと分かったのは少しのタイムラグを経てからで、立花は自嘲するように口端を持ち上げるにとどめる。
石川が物憂げに天空に視線を投げれば、目元に落とされる影が奇妙に複雑な色を湛えた瞳を彩った。
「知って、傷ついたり苦しんだりするくらいなら、何も知らない方が良い。そうすればお前の日常がお前を癒してくれる」
「それは俺を信用してないってことだろ」
「そんなことはないけどな」
「じゃあ・・・なんか言えよ」
口に出してみてから、漸く立花の中でずっと感じていた違和感の正体が朧に掴み取れた。
自分はもっと、彼を知ってみたいのだ。
互いの胸の中に同じくらいの濃さで互いを刻み付けておきたいのだ。
逸れないように。消えないように。二度と迷わないように。
どうしてあの時俺は間に合わなかったんだろう。
石川がその視線を天空へと向け、軽く顎を反らし、視線で促してくる。
「観覧車っておなじとこくるくる回ってんだろ?」
「動いたら事故だな」
「俺みたいだ」
「え?」
「だから見てた。さっき。・・・抜け出せない地面に鎖で繋がれて。同じ場所で同じ景色だけ授けられ、与えられた任務を遂行する」
比喩なのか洞察なのか、良く分からない石川の言葉を立花は黙って聞く。
「てっぺんまで昇ったら、まるで支配者の如くこの都会を見下ろせる。それってどんな気分なんだろうな」
「・・・・」
「世界が真下にある。日常では見られない光景だ」
石川の少しコクのある艶声が、立花の荒んだ心に耳から沁みわたるように染み込んでくる。
聞き心地の良い音とは裏腹に、言っていることは酷く荒んでいて、目の前の見知った男が石川であって石川でない気さえさせられた。
きっと、これが知りたかった一部なんだろうけど、それは立花の肌をざわりと栗だたせ、体温を奪い、怖じ気づかせる。
酷く遠い存在だったのは、今に限ったことじゃないのかもしれない。
「そりゃ・・・行ってみりゃ分かるんじゃね?」
「そうなのかな」
「観覧車、乗ってる人間のための遊具だなんて決めつけるなよ?傍から見てる人間の目も楽しませてくれるだろ。それにほら、こんなに綺麗だ」
半ばヤケクソで立花は反論を返してみる。
親指を立てて立花が窓の外を指差せば、そこには無数に煌めく東京夜光が散らばっていた。
遮られるものもなくなり、赤々と大動脈が地の果てまで遠く伸びる。
「な?」
「お前の世界は簡単に出来てそうでいいな」
「褒めたか?」
「おちょくったんだ」
弾丸が引き金を引くまで、石川は死の恐怖から逃れられない。
なのに石川は弾丸を手放そうとはしない。
この夜景だって、見られなくなるし、俺とだって逢えなくなるのに。
石川にとって、現世は価値がないものなんだろうか。
弾丸に何の意味があるのだろう。
多分、そこにすべての答えが埋もれているのだろうけど、それは立花には理解も範疇も越えていた。
手術のリスクも聞いている。
それこそ専門外で手の出しようがない。
「お前な、観覧車にそんな理由持ち込むな。観覧車だってびっくりだ」
「ロマンチストだったんだな」
「いいじゃねぇか。これはデートだって言ったろ」
「真面目」
「不真面目よりマシだろーが」
「・・・、お前らしいな」
しゃあしゃあと言い退けてやれば、高慢な口ぶりとは真逆に溜息交じりの柔らかい声色でそう返される。
ああ、石川だ、と思った。いつもの石川だ。
さっき感じた恐怖は今は成りを潜め、機械的な観覧車の昇降音が二人の間を漂っている。
闇に溶け込み黒々と光る石川の瞳からは真意は何も推し量れず、それが先程とのギャップでまるで幻惑を見せられたような違和感を残し
立花の焦燥と寂寥感を風音と共に悪戯に煽った。
立花の視線に気付いているだろうに、石川は窓の外に顔を傾けたまま、その赤い口唇を動かした。
「お望みの場所が見えてきたぜ」
窓に額を擦り付けるようにして外を見下ろせば、丁度観覧車はてっぺんまで到達しようとしている所だった。
先程石川が言った、世界が真下になる場所だ。
「すっげーな、街がジオラマだ。今夜はかなり風があっから空気が澄んでんだな~」
「・・・」
「地平線まで今夜は良く見える。あそこが地上と天空の境目かぁ」
「境界線・・」
「ん?」
「境界・・・・って、どこにあるんだろうな?」
「境界?」
「男と女。未成年と大人。色々あるだろ」
「法律が決めてくれてんだろ」
「分かりやすいものはクリアだけど、あの地平線だってあってないようなものだ。俺らは幻を見せられている」
「存在ごと否定すんなよ」
「大体答え難いものは多分に存在する。クリームとホイップとか。サイダーとソーダとか」
「は?」
「パンケーキとホットケーキ。和牛と国産牛。いいことと・・・・わるいこと」
「・・・ああ」
「境界線は、見えない方が幸せなんだろうな・・・」
延々と説明のつかないものが羅列されそうな気配が止み、立花は訝し気なままにふと過った予感を口にする。
「それは俺に予防線を張っているということか?安心しろ取って食ったりはしねぇぞ?」
「・・・ばっかじゃね?」
「てめぇ」
「刑事やってると、知らなくていいことも知っていくだろ。見たくもないものも見ていくし」
「ああ・・・」
そういう話か。
そういう意味ならば立花にも覚えがあった。
エリート家庭で育ったために父親にはコンプレックスがあるし、腐ったプライドだけが凝り固まっている連中には吐き気がする。
なのに目指すのはそんな奴らの上の存在だ。
それを認めたくない本性が、立花を奮い立たせるのだ。
「一般社会で普通のサラリーマンやってたら、きっと見ることも知ることもなかったものに、時々息苦しくなる」
「あるな」
「でも俺は見えてしまったからこそ、もう見過ごしてやれなくなった」
「・・・いんじゃね?」
「そう、思うか?」
「ああ」
「見過ごせない・・・それだけの能力があったら?そんなの、こっちの傲慢だ。俺はただ俺を可愛がりたいだけだ」
「刑事は神じゃないって分かってるよな?」
「そんな自分が暴走しそうで怖くて、正義と名付ければ何でも許してしまいそうな自分が怖くて、明確なルールは他者のためじゃない、己の自戒用だ」
石川の話は例え話なのか要素を並べただけで真意が掴めなかった。
でも何となく今、立花には石川が初めて本音を零している気がした。
「どうしてそれを、乗り切れた?」
「・・ぇ?」
「迷いを言いながら、お前、もう答え出せてるって顔だ」
立花の鋭い追及に、初めて石川が暗い前髪の奥から虹彩に感情を浮かばせる。
「当たってんだな?言ってみろよ。引いたりしねぇから」
「・・・・」
「俺だって中身はぐちゃぐちゃだ。恨みだって妬みだって腐るほどある」
「――・・」
「全部を分かち合いたいだなんて言わない。でも、ちっとは俺のことも信用しろ」
どうしようもなく理不尽で不明瞭な立花の追及にも動じない、温度を持たない澄んだ瞳がただ立花に注がれた。
傲慢だと嘆く石川より、自分の方が余程傲慢だと思えた。
まして、嘆きも持たぬ自分の方がよっぽど性質が悪いと立花は思う。
「言えよ」
「今回のことで。最後の綱を切った」
「!」
「・・・・と言ったら?」
「・・・・」
地を這うように囁いたら、石川の小さな口からあっけないほど似たような声色の答えが返ってきた。
二人の視線が宵闇の中で重なる。
黒曜石みたいな瞳はイルミネーションを吸い取って濡れたように光っていた。
夜に溶け込む石川はまるで闇と同化しているかのように潜み、その輪郭だけが夜光に縁どられる。
ぞくりと立花の背筋が栗立つ。
「その先は法律も理屈もない世界だ。境界は自分だけのルールだ。それって、犯罪者とはどう区別されるんだろうな?」
「助けた人が礼を言う」
「悪業を求める人間に罪を享受したら礼は言うだろ」
「だれか一人でも救われたなら、それでいいってことにしろ」
拗ねたような子供みたいな口ぶりで石川が返してくる言葉に、立花は憮然と言い返した。
「人が救われるって、やっぱりすごいことで、一番の基本だと俺も思っている」
心の全てを伝えることは出来ないが、せめて、石川を気にかけている人間がここに居るってことが伝われば良いと願った。
誰も頼れなくなった時、誰も手を差し出してくれなくなった時、この夜のことを思いだしてくれたらいいと祈った。
盲目的に石川を擁護したいわけじゃない。
それでも、立花が石川を想う思いと、それはどう違うというのか。
ややして、闇の中で石川の瞳が妖艶に揺らぐ。
「・・なぁ、お前今の話聞いて萎えたりしないのか?」
「?・・まぁ少し嫉妬はしてる、かな?」
「何で今の話で嫉妬なんだ?」
「その根拠がどうであれ、今のお前が少し救われた顔をしているから、それでいい。いいことにする!でもその救った奴が妬ましい・・・そりゃ俺の役目だって
の」
「なんで?」
「何でってそこ聞く?」
きょとんとした無垢な目で見られ、立花はガシガシと頭を掻きまわした。
「俺たち、相棒だよな!?結構長い付き合いで・・!」
「・・・」
「ち、違うのか・・・」
怖じ気、後退った立花に、石川が初めて年相応のやんちゃな瞳を覗かせた。
普段は堅い顔しかしないくせに、不意に無邪気に笑うから酷く心臓に悪い。
んだよ、こんな風に笑える奴なんじゃん。
妙に早くなる脈拍を意識しながら、立花が夜景に照れた視線を逃がすと、石川の声が追う。
「相棒なら、相手が落ちないように見張っとけよ」
「逆だね。そんなのは他の仲間にやらせとくことにした。俺は相棒だから、一緒に付き合う」
そう言いながら視線をチラリと投げればまた目を伏せ屈託なく笑うからまた目を逸らした。
胸が苦しい。
何となく、無自覚のまま石川の心は助けを求めている気がした。
正確には、救済を必要としている筈なのに、本人が理性でそれを見殺しにしている。
石川本人が救済されたくないのかもしれない。
でも、そうだというのなら、地獄の果てまで付き合うのが、相棒だ。
その道連れを、石川はその仲間とやらに望んでいないと思えた。だったら。
それは立花の意思であって、石川の応えはいらない。
観覧車は誰よりも高く、何処よりも遠く、夜空へと昇る。
「ああ、なんか、今、分かったわ。・・・俺の役目。お前に必要なもの」
「・・ぇ・・・?」
くしゃっとタイミングを計るように立花は自分の頭を掻き回し、迂闊な己を心の中で叱咤した。
今さっき、自分で何気なく口にしたことが、そのまま答えだった。
今更こんな簡単な答えに気付いたことも、気付かされたことも。
そのままその腕を延ばし、立花は石川の二の腕を片手で引き寄せる。
「ッ」
ふたつの影がワゴンの中で融合する。
触れるだけの接触で、立花は石川の口唇を掠め取った。
方法は違ったかもしれない。
でも俺は虚けだから、いつだってやり方間違える。
目の前で黒々とした大きな瞳が瞠目していた。
石川の滅多に見せない笑みのせいか、或いはこの上空特有の高貴な大気のせいなのか。
透けるようなその透明の瞳に吸い寄せられるように立花は強い視線で逃げようとする石川の視線を奪い返す。
「ぉ、・・っまえッ、今ッ、何・・ッ」
息を途切れさせ、衝撃に現実が追い付いた石川が口許に甲を充て狼狽える。
突然男にされた行為に付いていけずに戸惑う不安気な瞳の奥に自分が映り込む快感に、立花の全身が栗だっていた。
「帰りたくないんだろ・・・?」
「・・ッ、けどッ」
「だったらお前の時間、俺にくれよ」
「い、意味わかんね・・っ、ってか、この手、放・・っ」
「ならじゃんけんだ。勝ったら俺の言うことを聞け」
「なんでそうなるんだ・・っ」
「コイントスでもいいぜ」
一切引く気のない高慢な物言いで畳みかけてやれば、至近距離で石川が鋭く息を呑んだのが分かった。
石川みたいな冷静で理知的な男には、考える隙を与えない方が良い。
その視線を絡め取ったまま、立花は空いた片手でポケットに無造作に突っ込んでいた小銭を一枚取り出す。
キラリと銀色の夜光を反射するそれを石川の目の前に掲げて見せた。
元来勝ち気な男だ。
絶対乗ってくる。――今夜なら。
「裏」
「・・・オモテ」
ニヤリと口端を持ち上げ、立花はコインを投げた。
くるくると回転したコインがやがて重力に囚われる。
パシッと手の甲で受け止めると、石川の瞳を見つめたまま、立花は手を持ち上げた。
その掌をゆっくりと開く。
「俺の勝ち、だな?」
「・・っ」
何も言わず、石川が強気に睨み上げてきた。
警戒しているのか、威嚇しているのか、どちらにしろ、それはもう今の立花を煽ることにしかならない。
観覧車はゆっくりと下降を始めていた。
「そんな顔でそんな寂しいこと言う奴を、放っておく気ないね」
「それで?」
「・・・俺について来いよ。俺にも役目を与えてくれ。そしたら・・・今晩だけでも、忘れさせてやる」
「・・・お前が?」
出来んの?と不敵に微笑まれ、それに呑まれたのは立花だったが、栗だつ肌を押さえつつ、立花は顎を引いて悪びれずに笑って見せた。
男には強がりが必要な時もある。
特に、絶対負けられない勝負には。
3.
ホテルの絢爛なドアが閉まった瞬間に、立花は言葉もなく強引にその腰を抱き寄せた。
乱暴なくらいの勢いで鉄の扉に押しつけ、身体で抵抗を奪い、上から押し付けるように遠慮なくその口唇を押し付けると
そのまま貪るように吸い付いていく。
――別に、お互いの住処に連れ込んでも良かった。
それこそ欲を吐き出すだけの安価な色宿でも。
でもこれが今夜だけ許された贖罪ならば、誰も知らない、お互い行ったこともない、この場限りの未知なる別世界が良かった。
堅牢の人間に行けるとこなど、どこにもない。
誰にも束縛されない、何にも糾弾されない、解放された空間が相応しい。
隣町までタクシーを飛ばし、駅前のホテル名を告げた。
その間ずっと掴んでいた手首を、石川は振り払おうとはしなかったが視線が合うことはなく
タクシーに押し込んでも反対側の窓から流れる夜景を虚ろに見つめるだけだった。
「・・っ、ふ・・っ」
眼前で石川の細髪が流れる。
息継ぎさえ与えない交接に、やがて石川は上向かされたまま眉を寄せて覚束なく首を振った。
「なに、すんだよ・・・」
「・・・こんなところで、やることはひとつじゃないのか」
突然の行動でも嫌がられていないことは安堵する。
口唇をすり合わせたままの隙間から熱に掠れた声で告げれば、乱れた前髪に隠された瞼から透明の瞳が夜を取った。
「お前がオトコにこんなことする奴だなんて反則だ・・・」
「みたいだな」
「ん・・っ、なに、その他人事っ」
「男に欲情したのは初めてなもんでね」
「っ」
堂々と言い放ってやれば絶句する口唇に、軽く歯を立て、その肉の弾力を幾度も堪能する。
キスをしてきた相手に付いていけばどうなるか分からないとは言わせない。
思った以上にすっぽりと腕に収まる身体を愛しく思いながら、掻き抱く立花の腕に、はしたない力が籠もる。
立花は心地好い感触に陶然となる顔を必死に隠し、片手で目の前で揺れる淡そうな髪に五指を差し入れた。
思った通り、柔らかい。
擽るようなマシュマロみたいな、何とも言えない触感に、思わず力を込め強く握り潰すと
そのまま立花は髪ごと石川の頭部を引き下げた。
「・・ッ」
反動で上向かされ、慄き、軽く呻く口唇を噛みつくように塞ぐ。
「・・んぅ・・ッ、・・っ、」
苦し気な声に雄としての情欲が漲り、立花はそのまま舌を滑らせると、迷いなく割れ目をこじ開けた。
顔を傾け、隙間なく口唇を密着させ、深く最奥まで舌を捻じ込ませる。
柔らかく敏感な口腔は、灼けるように熱い。
乱暴な所作に二人は重心を失い、重なった影が扉にぶつかった。
石川の指先が扉を掻く様に白く力んでいるのが伏目がちに瞼を落とす立花の視界に入り、
そんな仕草さえ、立花の劣情を容易く加速させる。
男に欲情するだなんて性癖は持ち合わせていなかった。石川をそういう目で見たこともなかったから
立花にしてみても、この状況は不本意という他ない。
彼を癒す方法も他にはあったかもしれないが
本能がただ、今は猥らに爛れた欲望を急かしてくる。
立花は腰を抱いていた手を外し、膝頭でその脚を割ると石川の顔横に肘を付いて覆い被さり、更に喉奥まで舌を突き刺し、思うままに内壁を弄った。
奥に逃げ込んでいた舌を怯んだ隙に絡め取り、自分の口腔へと勢いよく引き摺り込む。
初めて知る石川の舌の輪郭を確かめ、覚えるように何度も遊玩し、憶えさせるようにすり合わせ、微かに喉奥を震わせる苦情さえも呑み込んで
抵抗さえ封じて思いの丈を注ぎ込んだ。
寒々とした狭い空間に濡れた音と徐々に上がってくる荒い吐息だけが響く。
淫らな水音が耳から脳髄に入り込み、大気に熱を孕ませた。
言葉じゃない、何かが伝われば良いと思った。
戯弄されるままに震える躰を押し付け、その首元に指先を這わせる。
ようやくビクリと石川の躰が反応した。
「・・はっ、・・・ぁ、・・ゃ、め・・・」
「・・怖いか。俺もだけど」
劣情を隠さず地を這うような声で囁けば、怒りにも似た閃光を宿す瞳が眼前で濡れ、唾液で光る口唇から漏らす乱された吐息が立花の口唇にかかる。
立花の尋ねる声も、みっともなく掠れていた。
石川の視線が何も告げぬまま僅か伏せられる。
何も告げてこない素っ気なさに焦れ、そのままネクタイに人差し指を掛けるとするりと解く。
きちんと止められた第一ボタンに指先をかけ、もう一度その口唇を奪おうと立花は顔を寄せた。
「・・っ、・・ゃめ、ろ・・」
「ここまできて・・・?」
「・・・お前さ、酔ってるの・・?」
力なく胸板を押され、顔を背けられる。
荒げた息を隠す様に、石川が拳を口許に充て気まずそうな視線を伏せた。
「さっき、呑んだ帰りって言わなかったか」
こんなキスをさせておいて、今更なかったことになんかさせない。
キスをしても石川は拒まなかった。
それがどんな意味を持つかなんて、今は知りたくない。
少し乱れた黒髪が覆う額を掻き揚げ、立花はそこにリップキスを落とした。
少し驚いたような石川の瞳が闇と同じ色に溶け込んでいく。
そのまま、こめかみから目尻へと立花は口唇を滑らせた。
予想以上に長く影を作る睫毛にドキリとし、目線を落とせば、立花によって少し寛げられたネクタイの隙間がだらしなく乱れ
そこから暴かれる艶肌にまた立花の目の置き場を彷徨わせる。
電気も付けない暗闇に微かに漏れる廊下の明かりで石川の輪郭が金色に浮かび上がり
妙に妖艶なラインを立花に見せつけてくる。
引き締まった肩、絞られていく腰のライン。
悔しくなってそのまま石川の顎を捕らえ、再び唾液に滑る膨らみを奪った。
「・・ふ・・ッ、・・んぅ」
石川の淡く細い黒髪が狂おしく乱れ、その下で寄せられる眉毛を隠し、物理的な圧迫感に微かに染まる目尻がきつく閉ざされる。
凶暴な甘さに石川の躰がピクリと戦慄き、それを隠そうと、石川が少し身を反らした。
尚も覚束なくも抵抗を乗せる細い手首を掴み、立花は扉に押し付ける。
己の身体で自由を奪い、ボタンを寛げたシャツの裾から手を潜らせ、舌で顎から首筋へと愛撫していった。
奥底に飼っていた焦燥や哀願が、爛れた欲望にすり替えられていく。
少し汗の匂いに混じって知っている石川の匂いがして、何だかもう堪らなくなった。
「・・っ、ちょっと、性急じゃね・・?」
「口説き方も知らないって、言っただろ」
いきなり男に襲われ、その事態を戸惑いながらもこうやって受け入れてしまう石川に少しだけ不安になる。
やっぱり誰にでもさせているのか?
誰にでも誘われたら縋るのか?
もしかしてそうやってこの安寧を手に入れたのか?
自分に躯を開いたくらいでは心まで許さない。
暗にそう言われているかのようだった。
悔しさ紛れに、その首筋を一度強く吸い上げる。
マーキングなんて、まるで性を覚えたての高校生のようだ。
血液の色に恍惚とした目を眇めながら
闇に紅く浮かび上がる情痕に、奇妙な満足感と兇悪な狂気を同時に覚え、ねっとりと舌を這わせてみた。
「・・ん・・ッ」
断続的に上がる甘い声に爛れていく思考に逆らうことさえ放棄し、軽く歯を立て皮膚を噛んでみる。
「・・くっ、・・っ、お、怒ってんの・・?」
「いや・・、・・ん、でも怒ってんのかも」
「俺、お前のこと、邪険にしたつもりない・・」
「・・・分かってる」
だからこそ、行儀の良い間柄を貫こうとする石川が哀しいのだ。
石川にしてみれば本気で立花についていけば救われるとも思っていなかっただろう。
必死の立花に絆されただけなのだとは分かっている。
でもどこかずれてしまった今夜を、立花こそもう知らないことには出来そうもない。
疑惑は猜疑心を連れてくる。
澱のように腹の底に、たまる。
隙間を埋めたい。
何もかも溶け堕ちて、交じり合って、隙間がなくなるくらいに。
「・・来いよ」
誘う立花の言葉に、その先自分が何をされるか察した石川の瞳が恐怖と困却を乗せ、上目遣いで伺ってきた。
こんなことで今更戸惑う姿も、立花に雄を意識し狼狽える様も、今となっては愛らしく愛おしい。
立花からしたら誘ってるようにしか見えない。
「ヤるときゃヤる男だとも言ったよな?」
そう言って、扉から足が縫い付けられたように動けずにいる石川を、立花はひょいと抱きかかえた。
****
崩れるようにベッドに縺れ込めば、折り重なった影はそのまま深く沈み、深く口付け合う。
小さく呻きを上げた石川の吐息が耳から立花を色情させ、煽られるまま、頬から顎へ、そしてうなじ、鎖骨、肩、胸元へと、思い付く限りに自分のものだという
印を付けていく。
至近距離で筋立つ長いうなじが反り返り、石川自身の匂いを纏って立花の貪欲な情欲を煽った。
肉感豊かに滴る濃密さに負け、瞼を落とし無意識に肌に舌を這わせると、滑らかで張りのある艶肌の舌触りに陶然となっていく。
「・・ぁ・・っ、待てって・・・っ」
「ちょっと・・・黙ってろよ」
残りのボタンを寛げると、立花は石川のシャツを肩からずらした。
露わとなった素肌の石川を目に焼き付け、ボディラインを辿りながら、自分のネクタイの結び目にも人さし指を差し込み、忙しなく引き抜く。
引き千切る勢いで自分のシャツのボタンを寛げると、石川のスラックスに手を伸ばした。
身の置き場なく石川が身体を捩るせいで、しんと鎮まる大気の中で、絡まる衣擦れの音がやけに大きく響く。
肌蹴た肩口に口付けながら、素肌の味を堪能する。
組み敷いた肉体を弄っていくと途端上がる殺した声にくらりとし、はっきりとした獣欲が立花の中に湧き上がった。
「俺に任せていればいい」
「やったこと、・・ねぇんだろ・・っ」
投げ出された足が絡み合い、石川の体温を立花に教えてくる。
もっと直に感じたくて、立花はキスを仕掛けたまま自身のコートもジャケットも、シャツまで適当に殴り捨てた。
「お前もだろ」
「・・んで、分かる・・っ」
「これから抱こうとしている相手が分からないほど、青少年じゃねぇ」
小さく冗談めかして笑ってやれば、下で石川が少し緊張を解いたようだった。
降参したように、気怠い吐息を落とすと、その顔を傾ける。
迷うつもりはない。
ここまで来たら、最後まで一気に連れていくつもりだった。
縮まなかった距離を、その境界線を今、超えてやる。
「後悔してるか?」
「・・・、忘れさせて、くれるんだろ・・・」
「ああ」
背けたせいで長く艶美な首筋が立花の前に現れ、そこに舌を這わせると嫌がるように石川が首を竦めた。
口唇がこちらに向けられ、今度はそこを塞ぐ。
口付けながら石川のベルトを寛げ、強引にトランクスごとスラックスを引き下ろす。
シャツを捲り上げれば、剥きたての瑞々しい肌が夜に銀色に映えた。
灯りも点けずに拙速に縺れ込んだせいで暗闇が支配する部屋は、窓明かりだけの視界で緑色に縁どられる。
ニキビ一つない肌と端正な肉体が雄を夢中にさせるだけの芳香を放ち、少し汗ばみ始めたせいで弄る掌もフィットし、隅々までを強請らせた。
初めて女を抱いた時だって、立花のおちゃらけた性格から、明るい、楽しいセックスだった。
なのに、今はどうしようもなく虐め、弄び、追い詰めて啼かせたい。
凶暴な獣欲が身体と思考を支配し、立花の熱を加速する。
執拗な立花の指先に石川が一旦退けようと立花の下で身動いだ。
その力無く彷徨う両手首を押さえ付けると、立花は上から見下ろした。
下半身を覆うものを脱がせてしまうと、着乱れたワイシャツにネクタイだけという、途方もなく扇情的な景色になる。
普段、寡黙でどちらかというと頑ななまでに乱れも隙も見せない石川だからこそ、その嬌態は立花の想像を超えていた。
既に舌淫だけで情欲に濡れた眼差しが何かを言いたげに訴える。
艶めいて光る蠱誘さに、立花は口端を気怠げに滲ませた。
「しまったな・・・灯りの元で見たかった」
「・・電気点けたい人か?」
「・・ルール違反か」
早鐘を打つ心境を悟られたくなくて、余裕ぶって立花は呟くと、緩く首を振りその裸体に覆い被さった。
密着した素肌が、それだけで淫蕩の世界を容易く想像させる。
はらりと、くしゃくしゃになったシャツを落とせば、無垢な躯が立花に絡み付いた。
艶めかしい口唇を塞ぎながら、胸の尖りに指を這わせていく。
平たい胸を揉むように掌を這わせ、尖りを弾き、捏ね、潰してみれば、予想以上に敏感だった石川の躰が次第に電気が走るかの如く跳ね
脚がシーツを乱した。
軽く慄いた背中に空かさず手を入れ、背筋をなぞるように辿る。
塞いだ口唇は逃がさない。
歯列から丁寧に舐め、敏感な柔肉を執拗に蹂躙し追い込んでいく。
キスに夢中になっているうちに膝頭で脚を開かせ、その間に自ら潜り込むと、完全に支配下に持ち込んだ。
溢れる唾液が端から光るのも厭わず、強く弱く、甘い舌を弄ぶ。
繰り返し吸い上げ粘性の愛液を掻き回していくと、交じり合った唾液が密なる味に変わり、肉の弾力は心地好ささえもたらした。
離れがたく、吸い付いたまま立花は石川の媚肉に惜しみなく埋没させる。
舌を柔らかく吸い上げる度に、刺激に呻きが漏れる。
それを隠そうと必死に息を殺し力む様が、立花を昂奮させていく。
とうとう息苦しさに耐えかねた石川が、自分をきつく拘束したまま刺激だけを与えてくる男を引きはがそうと、腕の中でもがいた。
「んぅ・・っ、ふ・・ッ、ぅ・・、」
執拗に追ってくる舌を弱弱しく頭を振って避け、立花の腕や後ろ髪を掴んでくる。
本人は渾身の力を込めているつもりだろうが、酸素が決定的に不足している状態であり、この不利な態勢では、その抵抗はあまりに拙い。
足元で更にシーツがクシャクシャになっていく。
「・・た、・・・ち、ばな・・・ッ」
なんとか口付けから逃れ、酸素を欲しようと大きく口を開けると、石川は喘ぐように呼吸した。
必然的に仰け反り、立花に無防備に胸を突き出すことになる。
迷わず、強請るように口許に寄せられた尖りに立花は口唇を這わせた。
吸い上げ、コロコロと弄び、舌と歯と指で遊玩しながら、仰け反る石川を虐めていく。
しつこいほど吸い付いた口唇は赤く腫れ、お互いの唾液に濡れぞぼって夜に光り、喉仏が激しく上下していた。
柳眉が切なげに潜められ、きつく瞼は閉ざされる。
それは、何とも言えないほど兇悪的に蠱惑的で艶めいた姿だった。
乱れた息と苦情が熱を孕んで溶け出していく。
余裕がないのは自分の方だと自嘲し、立花は一旦愛撫を解いた。
途端、荒げた息の奥から苦情が届く。
「・・はっ、ぁ、ヤ・・っ、なんで、こんな、俺ばっか・・・ッ」
一方的にされるのが嫌なのか、石川は首を振る。
その様子に薄い嬌笑を浮かべ、立花は自分を掴む石川の手を取り上げ、その指先にキスを落とした。
途端真っ赤になる初心な反応が凶暴な情欲を煽る。
「欲しいか?」
「・・ぁ、・・っ」
「そんなに俺を挑発するな。優しくできなくなる」
立花の身体によって開かされている石川の内股にも手を這わせ弄ぶように、ねっとりと柔肌を戯弄した。
ボタンを開けたワイシャツとベストを細い肩にまつわりつかせた石川のしなやかな肢体は、立花に容易く乱されてびくびくと震える。
もっと乱れさせたくて、欲しがってもらいたくて、立花は愛撫の舌を下半身に持って行きながら、石川の内股に両手を添えた。
次の瞬間、身体をずらすと同時に石川の太ももを裂けるほど左右に割り裂き、力でそれを抑えつける。
そのまま少しだけ頭を持ち上げている花芯を、立花は迷わず口に含んだ。
途端、驚愕に慄いた石川の躰がビクリと戦慄く。
「ぁ、・・ッ、嘘だろ・・っ、おま・・っ」
ここまでされるとは思っていなかったのだろう。
頑是なく頭を左右に振って、石川が口淫を解こうと腰を揺らす。
それさえも妖艶で猥らな様に見え、立花は舌を這わせて逸物をキャンディのように吸い上げた。
「・・・・・・ァ・・・ッ」
石川の口から、溜まらず声が漏れ、大きく後ろに仰け反った。
「・・ゃ、だ・・っ、くそっ、・・・・っ」
しなる石川の躰を立花は執拗に責める。
身じろぎでベッドが軋む音と、粘膜を掻き回す淫らな水音が、耳からもお互いの欲望を煽り立てた。
無自覚に石川が淫乱に腰を揺すりたて、昂り始める躰に溺れて、断続的に息を殺す。
「それッ、ゃめ・・ッ、・・ぁ、ん・・っ」
黙殺し、立花は視線を奪ったまま、ねっとりと花芯を舐め上げる。
羞恥で石川の顔が真っ赤になったのが闇の中でも分かった。
口の中で円を描く様に玩弄すると、石川はその薄い背を反り返しながら細腰を痙攣させる。
どうしても出てしまう声を隠したい石川が、汗で湿ってうねる前髪の奥から、猥らな格好のまま哀願するように潤んだ瞳で立花を見た。
ゾクリと立花の全身が栗だった。
初めてにしてはやりすぎかもしれない。
でもきっと、石川はこのくらいしないと凝り固まった自我を解放しようとはしないだろうし、石川の本音にまで触れられはしない。
暖房が付いている以上に、胸が心が熱い。
同じ体温となっていく肉の感触に溺れていく。
石川もそうであったらいい。
二人きりだ。独りじゃない。独りになんかさせない。
みんな忘れて快楽の中に捨て去り、立花に全てを委ねてくれればいい。
せめてこの夜が終わるまで。
時折石川の指で胸の尖りを摘み、咥えた肉茎を角度を変えて吸い上げる。
敏感に震える媚肉を執拗に弄んでいけば、ワイシャツを細い肩にまつわりつかせたままの石川のしなやかな肢体は、立花に容易く乱され
そのたびにシーツを掴む石川の瀟洒な指先が力んでいる。
もっと乱れさせたくて、啼かせたくて、しなる躰を立花は口を上下に動かし、舌を回し、容赦なく執拗に責める。
「・・ッ、はな・・せ・・っ」
先端を押しつぶす様に舌先で玩弄を繰り返すと、熱を持った石川は仰け反るように顎を反らし、内股を痙攣させた。
石川の花芯が立花の口の中で感じていることを告げてくる。
「声、出せよ」
「ふざけ・・っ」
「強情だと、達かせてやんねーぞ」
ぞろりと舐め上げ再び濡れそぼった口腔に誘い込む。
熱く絡みつく躰を思うままに貪り、蹂躙すれば、頭上で石川の覚束ない手が、自分の股間で上下する立花の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「・・っ・・は、・・ぅ・・っ」
荒げ、断続的に殺した息。
大きく開かせた足。
少し色付き熟した果実のような豊潤な肌。
自分より細いが均整の取れた引き締まったラインがうねり、立花を誘惑する。
自分のせいで乱れる石川が可愛すぎて。
自分を刻み知っていく石川が愛おしすぎて。
でも、身体は熱いのに心が切ない。
俺たちはお互い偶像を見ているだけなのかもしれない。
だとしても、俺にとって真実はここにあると思っていた。
石川。俺のこと、忘れるな・・・俺を憶えていろ・・。いつか最期ってとき、必ず俺を思い出せ。
「た・・っ、・・ち、ばなッ・・ぁ・・っ」
哀願するように、媚態を震わせ、石川の口からたどたどしく立花の名が上がる。
奇妙で傲慢な満足感が、雄の欲望を満たし、立花は薄い笑みを浮かべた。
もう戸惑いなく緩やかに這う猥らな舌戯が、石川の陰部に靱やかに淫靡な刺激を与えていく。
石川の片足を肩に担ぎあげ、妄りに開いた茂みに顔を埋め、口内深くに石川を含んで遊玩した。
小刻みな奮えを帯びながら、敏感な個所を撫でまわされ、石川の細長い首が打ち振られる。
「もぉ・・っ、は、・・く・・・っ」
「その貌、そそる」
「く・・っ、あんま、みんな・・よ・・ッ」
「じょーだん。もっと俺を呼べ」
快楽に翻弄されつつ気丈な憎まれ口と視界の凶悪さに、立花の思考も熱く爛れ、石川をただ官能の淵へと追い立てていく。
焦れるような決定打は与えない愛淫に、甘い疼きを持て余し悸く石川の内股は、尚立花の頑強な手によって捕縛され
淫乱な格好で固定されたままだ。
「も・・、ゃだ、そこ・・っ、だめ、だ・・・っ、ぁ、ぁあ・・っ」
ついに嬌声らしきものを上げ、石川の目尻がきつく閉ざされ、睫毛を黒々と濡らした。
薄っすらと口唇を開け、端正な顔を歪める眺めは、今まで見た中で極上のものだ。
妄りに大きく開かれた内股が薄っすらと灯りを取る部屋で仄かな色付きを乗せ、不自然に下半身が強張る様が
既に限界を迎えつつあることを伝えてくる。
そのまま絶頂へ導こうと、立花は追及の手を止めず、喉奥までそれを飲み込んだ。
「・・ゃあ・・ッ」
尻切れの女宛らの声を掠れさせ、石川の身体が不規則に戦慄く。
しっとりと汗ばんだ内股が小刻みに痙攣するように震え、淫猥な体位のまま、立花の舌戯に背中を仰け反らせた。
浮き上がる肋骨や腰骨の造形美が、男を妄りに色情に誘う。
立花に押さえ付けられた足先が、堪え切れずに、もどかしそうに何度も空を掻いた。
男の逸物を口にしたことなんかないが、同じ男だからこそ終焉間際でしてほしいことは察せられる。
脚を妄りに開かせた格好のまま、立花は勢いを上げて愛撫を施した。
なんども頭を上下させ往復しながら時折吸い上げると、石川の腰がびくびくと痙攣し、淫乱に持ち上がる。
「ぁ、ぁあ・・っ、ひ、・・・んぁ・・っ」
堪え切れずに啜り啼く石川の声が、断続的に闇に溶け、嬌声を放った。
耽溺し、汗ばむ前髪を張り付け、悶絶する。
そこから数度、濡れた音を立て、転がす様に弄び、最後に強く吸い上げると、遂に立花の口腔に生暖かいものが広がった。
「――ッッ」
声も出せずに達した石川の目尻から、性急すぎて強すぎた悦楽に浸る滴が浮かび、その睫毛をしとどに濡らし、一筋の奇跡を描く。
月明かりだけを残す暗闇の世界にあって、石川のシャツだけを羽織った肉体は汗を琥珀に光らせ荒く息を継ぐ。
この世ならざる、神秘的で清艶なものだと立花は思った。
自らの下で喘ぐ石川にそっと覆い被さると、両脇に肘を付き、立花は濡れた石川の前髪にそっとキスを落とす。
「よく、頑張った」
「ばかに、してる」
「・・・綺麗だ」
「こんな、こと・・、」
「ああ」
「ひでぇ・・・」
「ああ」
憎まれ口を舌足らずな声で漏らす石川に愛おしさが溢れ、立花はその甘い口唇を柔らかく塞いだ。
この愛しくて壊れそうな霞みたいな男が、この口唇で最期に呼ぶのが自分であってほしい。
その口から呼ばせる名を、他の人間には譲りたくない。
でもきっと、朝が来たら石川は立花の腕の中から煙のように消えてしまうのだ。
「俺な、こんな俺でもな、ようやく、わかった。おまえを救う方法が」
「な、ん・・?」
二度とは戻らないこの時間が恋しい。
夜が明けなければとさえ思う。
「きっと、連れてけって言っても俺を道連れにすることはしないんだろ、お前は」
「・・っ」
「だったら、俺が愛してやる。いっぱいいっぱい、愛してやるから、黙って愛されてろ。んで、最後にその記憶、持ってけ」
今夜がなくても、今夜が嘘でも、俺はいつか君に光を感じて、好きになる意味を知る。
あんな綺麗な夜景を見て、あんなことしか言えない奴を笑わせたい。
夜空は宝石箱だったじゃないか。
一つ一つが命を灯す、息吹なんだ。
石川の瞳に残る奇跡を、俺は信じたい。
掬い取りたい。
「いいぜ、逃げたいなら逃げても」
「・・・・」
「呆れられても、馬鹿にされても、ずーっと追いかける。変わらねぇものの中にも幸せはあるってこと、俺がお前にも教えてやる」
「いつか、痛い目みるぞ」
「上等。俺、打たれ強いんで」
立花は石川の頬を両手で掴み、額を押し付けて笑って見せた。
男には強がりが必要だ。
「今夜は終わりじゃない。これからもっと抱いて、嫌がっても抱いて、わけわからなくなるまで抱くから。こんなもんじゃ終わらせない」
「ほんっとにバカなんだなお前」
惚れた奴の孤独に背中合わせでそっと寄り添う。
それが、男ってもんだろ。
スッと立花が顔を引き締める。
「俺、お前が好きだ」
驚いた石川の瞳に夜光が映り込んで妖しく立花を翻弄する。
それを逃がさずしっかりと見据えた。
「かんちがい、だろ」
「これが恋じゃなくて何なんだよ」
「ただの人情だろ」
「人情って」
震えて振り絞るような石川の声が、闇に浮かんだ。
出会いを悔んだ。刑事でなかったら。もっと別な場所で出会っていたら。
自分ばかりが安全なところにいて、護れもしないくせに欲しがるだけ欲しがる傲慢な欲望は
まるで善悪の区別も付かぬ童子が笑みを浮かべ虫を殺す残酷さのようで
こんなものを身の裡に飼っていたことを初めて知る。
臨界値を越え渦巻く焦燥には最早手が付けられず、何度繰り返しても消えない悪夢に朝は来ない。
「俺にしとけよ」
重い溜息を浮かばせ、立花の視線から逃れる石川の両手に指を絡ませシーツに縫い付けた。
困ったように揺らぐ瞳を見せるが、石川は無理に抵抗をしてくる様子はなかった。
「お前、いつから・・・?」
「さっき?」
「恋なんて、風邪みたいな気紛れだろ」
「ちがう。俺がさっき気づいただけで、きっと、ずっと、前から」
「・・・」
「お前が恋を知らなくてもいい。ただ傍にいるって言いたいだけだ」
「・・ちがう、か」
「ん・・?」
「俺が、お前を引き込んじまったのかなぁ・・・」
やりきれなさそうに呟く石川の言葉に立花の胸がどうしようもなく締め付けられる。
石川も恋しく想ってくれた時があったのだろうか。
望むことを諦めたことがあったのだろうか。
何も言えなくなって泣きそうに顔を崩した立花に、石川が逆にくしゃりと眉尻を落とす。
「何でそんな顔してんの」
「だってな、・・っと、その」
「オトコに・・、こんなことして、お前、どーすんだよ?バレたら出世だって・・・」
「お前を失いたくなくて必死だったんだよ・・ッ」
「・・・お前さ、運命を信じるか?」
立花は瞳の力を強め、自分の手をしっかり重ね、絡めている指に力を入れた。
それが答えだ。
出会ってしまった運命に、後悔はしていない。そして、助けてやりたい想いも嘘じゃない。
石川が背負った運命に、付き合う覚悟なんてとうに出来ている。
石川が嫌がっても追いかける。独りにさせない。さっきそう誓ったのだ。
すると覗き込んできた口唇に石川が自分からキスを仕掛けてきた。
「ぇ、ちょ、今のどういう意味???」
「てめぇで考えろ」
立花の思考が一瞬にして真っ白になる。
え?好きでもない男にキスをする?思わせぶりな態度でキープしとくってこと?一応利用価値あるって思われたのか?
俺いてもいいの?だとしてもキスすることなくね?
「ちょい待て。いいか待て。今から質問すっから、ちゃんと答えろ」
「やだね」
「俺が、好きか」
「どうでもいい」
「俺を、少しでも意識してんだっていうなら、本気で奪いに行くが。いいのか」
「お前、自分が何言ってるのか分かってるか?」
「わかってるよ。分かってないのはお前だ」
今夜初めての石川からの他愛ないキスに、驚くほど動揺している自分にまた動揺し、深呼吸する。
この期に及んで曖昧な関係は避けたい。
誤魔化すことはさせない傲慢な雄の力でしっかりと掴んだまま、だが声はまるで哀願するように頼りなく震える。
そんな立花に石川が身体の力を抜いて、マヌケヅラと囁いた。
「お前はそのままでいいよ。そんなお前に俺は救われるんだ」
「・・ッかやろ・・・ッ」
男の力で思いっきり抱き締めれば、腕の中で苦しいと素っ気ない答えが返ってきて、それもまた立花の涙腺を緩ませた。
堕ちるのは独りでいいけど救われるならお前がいい。
それならば、夜が明けるときはきっと二人一緒だ。
「好きって言えよ」
「さぁね」
「言わないとこのまま最後までするぞ」
「脅すのか」
「なあ、好きって聞きたい」
「しつこい」
それでも離さずぎゅっと抱き締めたままの立花に、観念したのか石川が呆れたようにぽてっとその頬を立花の肩に乗せた。
これは、何でもない真冬の夜の、俺たちの小さな始まりの物語。
happy end

とにかくこのドラマはガチホラーってことと、一切笑わない小栗旬というダブルパンチでノックアウトしました。
20180125
お題(タイトル)はこちらからお借りしました。ありがとうございました!
Discolo/鮭さま