登場人物はふたりだけ。冒頭にモブ。恋人設定。バレンタインの誘惑と駆け引きに勝つのはどっち。青島くん視点。
時間軸は未定ですが青島くんは係長。







St.Valentine's Day





木漏れ日の向こうから飛んできたミネラルウォーターを片手で受け止めると、持ち上げて青島は礼を示した。

「悪かったねぇ、急だったのに」
「困った時はお互い様ですって」
「そう言ってくれると助かるよ」

目の前でこの所轄の刑事課で係長をしている男―ヤマダタロウくんが日焼けした顔を綻ばせる。
基本、所轄は他の所轄にライバル意識バチバチだけど、此処とは割とマシって袴田課長も言っていた。

「んで?今日は誰が来てたの?やけに光る黒塗りの車が何台も通ってったの見えたけど」
「それも知らないで警備してたの?噂に聞くより大胆だなぁ」
「いやぁ・・まあ、」

へへへと愛想笑いする青島の顔もこんがりと焼けている。
先週末、所轄対抗バトミントン大会が行われたからだ。勿論勝った。
その決勝戦の相手、ここの所轄の係長さんに、慌てた声で連絡を貰ったのは昨日の帰り際のことだ。

人手が足りないからと要人警備を頼まれて、泣き言言われちゃ~行かない訳にはいかなくて、一肌脱いだ。
彼も上から増員を無茶ぶりされて、もう他に当たる人がいないってことで、いわゆる所轄あるある話である。
係長にもなって、まだこんな仕事させられちゃうのかよ?
自分も同じ立場になったからこそ、現実と理想のギャップって、えぐい。
でも係長になったからこそ、人手不足で苦しむ係長さんには同情してしまう。

「来れたのギリギリだったの。着替え終わったらそのままあの列に放り込まれちゃって」
「時間押してたからね~」

また湾岸署かよ、なんて本店でヤジ飛ばされることが多いウチだけに、こうして頼られることは、嫌いじゃない。

「警護のメンツみたけど、結構色んな所轄から搔き集めたね」
「そう、必死で当たったよ。実は今日はさぁ、この近くの――・・あ」

目の前でヤマダくんの驚愕に見開かれた目と、警戒を要して腰を上げた体勢に疑問を投げかける間もなく
突然青島は背後から何者かに口を塞がれた。
同時に羽交い締めのように身体を拘束され、片腕を後ろに捻り上げられる。

「うぅ・・ッ!」

しまった!気配に全く気付かなかった。
口元に押し当てられた白い布に薬物などが仕込まれていなかったのは幸いだった。
目の前のヤマダくんに目配せで助太刀と状況把握を乞うが、目を驚愕に見開くまま固まった彼は間合いを取りつつ、動かない。
訝しむ隙も無く、背後の男は引き摺るようにして、青島を拉致していく。

「ンッ、んんーッッ!!」

まだ仕事残ってるし、事情も分からないし、それに、警備服で拉致なんて冗談じゃないよー!後でどんな大目玉喰らうか。

大声を出そうにも、丁度二人きりになった休憩のタイミングを狙われたため、辺りに人はいなかった。
皆、警備の波に夢中だ。男の足取りは迷いなく裏手に回っていく。
足をバタバタさせて抵抗するから相手の腕もガッツリと回される。
警備服の正装は窮屈で、引き千切られるように捕まれた勢いで胸のボタンが一つ、飛んだ。
腕の太さからも、ガタイが良く、背も高く、抱き込まれるように背後を取られていて、抗う隙も奪われる。
素人じゃない。
誰だ?!目的はなんだ?

焦る頭を必死に動かして、青島は息苦しさから眉を歪ませた。
藻掻こうと身を捩るが、効果はない。
何で俺?ここ警察だぞ?!
こんな白昼堂々の誘拐なんて、大事には至らないけど。・・・・・・え、待って・・・至らない、よねぇ?

「ぅ・・ッ、・・ン・・ッ」

ガガ、と青島のワークブーツの踵がコンクリートを削る。
抵抗のため歩くことを放棄すれば、腕を捩じ上げられたまま簀巻きの如く小脇に抱えられた。
宙で足をばたつかせて、唸る青島の視界に、恐らく調査済みであろう誰もいない道をスイスイ抜けていく道路に二つの影が逆さまに描かれる。

なんか、これ、結構、まずい!

このまま特定できない場所まで連れ去られたら、発見までに時間がかかる。
追跡に迷惑がかかるのも勿論だけど、監禁場所まで連れ去られたら仲間がいる可能性だってある。
視界を塞がれなかったということは、見られても構わないということで。
やっぱり目的は近辺じゃない。

やっべぇ、刑事長くやってっけど、今、完全に油断してた。
暑かったのと疲労感と解放感と、寝不足と。ああもう全部言い訳!
情けない、ってか恥ずかしい。ついでにむかつく。こいつ、ぜってー許さねーからな!

「うーうーんー!(はーなーせー!)」

口を塞がれているため息苦しくなってきて、青島の身体は溺れる者のように力なく揺れた。
案の定、車が止めてある裏手まで来ると、男は青島を担いだままバックドアを片手で開ける。
まずい、やだ!室内に閉じ込められたら本当に拉致られる・・!
白昼堂々、刑事が失踪なんて、シャレになってないよー!

「ぅわッ!ッてぇ~ッ!」

抵抗も虚しく、後部座席に放り投げられ、青島が呻く。
無理矢理転がされた頭が何かに当たり、無様に引っくり返った隙に両足ごと押し込まれ、扉は無残に閉ざされた。
やっべー!
慌てて起き上がろうとして、だが、その額を片手でぐいっと押さえ付けられる。
もう一人、車内にいた!やっぱり複数犯!
何すんだ!こうなったら咬み付いてやる!
息巻いて見上げた青島の視界に、しかし、信じがたいものが飛び込んだ。

「久しぶりだな」
「な、な、な、なにしてんですかあんた!!」

意味深に室井が口端を持ち上げる顔は実に満足気に満ち足りた顔で、優雅に座る姿勢がギシリとバックシートに沈む。
青島は口を開けたまま呆然とその姿を仰ぎ見た。
状況への疑問符が飛ぶ中、数秒経って、青島は自分の視界の不自然さに眉を顰める。
さっき頭が何かに当たったと思ったのは、室井の太腿だった。
俺、今、室井さんに膝枕されてる・・!

カッと頬を強張らせ、青島は室井の手を乱暴に払って起き上がると、逆に室井の襟首を両手で手繰る。
怒鳴りつけようと口を開けた、その時、運転席にさきほどの青島を強引に拉致した男が乗り込んできた。

「あーッ!あんた!!あんたもねぇ・・!ってか、あんた誰!!」
「私の部下だ」
「はいい???」

運転手より先に室井が答え、青島の指先が行き場を失い意味なく揺れる。
室井より寡黙な、室井よりゴツイ彼は、青島を完全に無視してシートベルトを嵌め、ファイルを投げ出し、ボールペンで何やら手帳にチェックし、着々と仕事に没頭した。
怒りの矛先を失った青島が室井の襟首を掴んだまま、後部座席で固まった。
なんなのこの状況。

室井を横目で見て、宙で置き去りとなっていた指先を返し、親指で男を指した。

「初顔ですけど」
「先日SATから引き抜いた」
「・・・」

だからあの荒業なのかよ。

「出してくれ」

返事はなく、車は指示のままに動き出したがスピードは出さず、路地裏に回る。
予め指示してあったに違いない行動に、青島の頭もようやく追いついてきた。
車が死角に停められる。

「少し席を外せ」

室井が微動だにせず低い声で短く指示を出し、運転手は、室井には従順に一礼を残して下りて行った。
横柄に足を組み直した青島と、優雅に前を向いて座る室井だけが残される。

「・・随分と手荒な真似をするんですね」
「どのくらい会えていないと思っている」
「それはあんたが・・、え?これ、仕事じゃないの?!」
「たかが仕事の話にこんな手の込んだ手段を使うか」

たかが恋人に会う手段に、この手段を選ぶあんたもどうなの?

「さっき、たまたま、沿道から君が見えた。少しでいい、時間をくれ」
「俺が見えたくらいで」
「こっちも限界なんだ」
「普通に手続き済ませれば良かったじゃない」
「そんな暇があるか。私の時間は分刻みだ。警護の君を手順を踏んで呼び出す時間などない」

室井は事もなげに言い放った。
必死に警備してた一連の黒塗り集団は、どうやら室井ら警察幹部の列だったらしい。
ああ、だからヤマダくんもヘンに騒ぎ立てたり出来なかったんだ。
オカシイと思いつつ、上の人間だと気付き、逆らうわけにもいかず、きっと彼の頭の中は今も疑問符だらけだ。
ワルイコトしちゃったぁ。
多分、今日は中野さんがなんらかの用事か別件でいないんだ。
中野さんならもっとスマートなやり方選べたのに。
この暴走官僚を止めるには、もっとしっかりした部下を付けといてもらわないと。

頬杖を付き、横目でじぃっと室井を睨む。室井も開き直った顔で青島の視線を受けた。
札付きながらも、望み通り偉くなっていった室井は、相当強かな筈なのに、時々どこかのネジが飛ぶ。

「会いたかったの?」
「当たり前だろう」
「お元気そうでなによりです」
「なんだそれは・・」

くしゃりと、空気が咲くように綻んだ。
その、甘く柔らかな吐息に、なんだかこっちの胸が詰まってしまった。
確かに久しぶりなのだ。
無意識に擦っていた青島の手首を室井が取り上げる。

「痛かったか?」
「ああ、へーき。でもさっすが、すっごい力で」
「手段は選べと言ったんだがな。手加減はしなくていいとは言ったが」
「普通に声かけらんないの?」
「私の名前を出して誰かに聞かれるのもまずい。説明する手間を省いたんだろう」

一理ありそうな、なさそうな、良く解からない説明で、室井が言い訳を濁す。
切羽詰まっていたんだとしても、端折りすぎ。
しょおがないなぁもぉ。
情けなく青島が降参したように眉毛を下げると、室井が繊細な指先でそっと、その痣を辿った。
柔らかな触れ方と、温かい体温に、いたたまれなくて、つい視線を反らしてしまう。

「血が滲んでしまったな」

独り言のように言いながら、朱く痕になってしまった青島の手首を引き寄せ、室井はそこにそっとキスを落とした。
公用車でなんてことすんだよ。

「い、い、いいって!室井さん、ほっときゃ治るから・・」
「君に付く傷は全部俺のものだ」
「!!!」

だからこんなとこでなんてこと言うの。

青島は拳で口元を覆い、ジト目を向ける。

「室井さん?俺、今雑踏警備やってきて、アドレナリン出まくってて飢えた野性状態なの。ついでにいえば、恋人とずいぶん会えなくて禁欲生活もさせられてんの」
「こっちもだ」

敢えて挑発するように言ったのに、そんなのも流され、室井は青島の手首の赤らんだ肌をなぞるように、ゆっくりと舌を這わせた。
ざらりとした触感に、思わず青島が眉を顰める。
その反応を認め、室井は殊更見せ付けるように、視線を捕えながら、ゆっくりと赤い舌で舐め始めた。

「・・っ・・」
「君は、ココ・・、くるぶしの下、小指のラインが弱い」
「そんなマニアックな性感帯、言わなくていいですからっ」
「車内に盗聴器は仕込んでいない」

俺のセックスポイント盗聴したところで誰得だよ?

「・・も、ちょっと、あの、」
「じっとしていろ」

あんたはそれでイイかもしんないけど、おれ、その。
室井が瞼を伏せ、うなじを晒し、紅い舌を覗かせる。唾液が外気に晒され冷える感触に舌のざらつきが重なり、青島の肌がふるりと震えた。
今、正に社会規範にストイックな時代の真っただ中にいて、このシチュは、えーと、正直、このギャップに頭がついてかない。

「・・っ、室井さん・・ッ、現場監督の指示は尊重したいですけども!」
「いつからここが事件現場になったんだ」
「俺にとっては充分事件現場なんですよっ」

口走る言葉の意味は青島自身さえもうよく分かっていない。
額を抑え、上向き、横向き、指の隙間から見える室井に、だが恨めしい視線は釘付けされる。
室井の端正な顔には焦りや動揺などは浮かばず、熱心に味わう青島の指先を、時折歯を見せて雄の匂いを醸し出した。
絶対、見せ付けてる。
伏せた睫毛と目尻が陰影に潜み、その成熟した色香にこっちの内股が震えた。

「んぁ、ンッ、ごめ、かんべん・・」

何度もしゃぶられ、指まで咥えられ、室井の狙ったとおりに青島の口から殺した声が漏れる。
情けない目で哀願すれば、室井はそれまで伏せていた視線をクッとあげた。
少し滲んだ視界で、その深い漆黒に射抜かれ、それが狙ったタイミングだったことを知る。
吸い込まれるような闇に魅入って、言葉され吸い込まれ、ただ見つめ合う。
ゆっくりと室井が顔を近づけた。
抵抗なんて、出来ない。
室井が首を傾けたのを合図に、青島は顎を軽く持ち上げ瞼を伏せる。
確かめるように重ねられた鋭い熱に、息が止まった。

「・・っ・・」

ばっかやろー、どんだけガマンしてっと思ってんの。
止まれるわけ、ないっしょ。

受け止めるままに口唇を奪われ、緩く吸われる甘ったるい肉にくらりとなった。
久しぶりの弾力と繰り返し重ねられる心地好さに、陶然となるまま、誘いの仕草に素直に口唇を薄く開く。
室井さんってキス、巧いんだよなぁ。この顔でこの恰好でこのキスは反則。
どこで覚えたんだろ。

「・・ま・・っ、ふ、ぅ・・」

朧気な意識のまま、辛うじて残る理性が制止を求めたが、室井に身を乗り出して追いかけられ、塞がれた。
違うって!ヤなんじゃなくて場所が・・。
警備のため制服着てる分、余計、こっちだけ強い背徳感に乗っ取られる。
室井だってそんな高級スーツ着て、この卑猥さは、エロすぎだろう。
だがそんな葛藤が通じる筈もなく、むしろ通じていてこれなのかとも思いつつ、しっかりと封じられたまま、青島の手からも力が抜けた。

キッチリと止めた白の襟元から伸びる男の首筋、撫でつけられた頭髪と、皺のないジャケットの整合性が品と色香を持ち
ぎこちないんだけど、その経験のなさが、丹念で、たまんない。
薄らと盗み見る自分を支配する男の、欲に堕ちた姿の前で、堪えていた気持ちなんか、吹き飛んでいた。
スーツに隠されたブロンズの肉体がどんな味をしているのか、思い出さないようにしてたのに、思い出させられて
久しぶりの匂いに煽られる。

品格あるスーツとのギャップがくらくらさせんだよな~。やっぱこのひとのこーゆー恰好、美味そうだわ~。
剥いだら怒られんだろうなー。

「・・ん・・」

瀟洒な動きで舌をゆるりと吸われてつい喉が鳴った。ってか、このキス、ぜってーワザとだ。
悔しくて、顔を傾け、口唇を合わせ、もっとと強請ると、更にしつこく奪われる。
ぴちゃ・・と粘性の音をワザと立て、室井がゆっくりとキスを変えてくる淫逸な動きに、逸る気持ちが噛み合わなくて、もどかしい。
もどかしいけど、夢中な室井が可笑しくて、つい、ふふと吐息を乱せば、叱られるように追いかけられた。
甘ったるい接触に、咬み付くようにズラせば、それもまた、交わされる。
主導権を取れそうで取れなくて、大人の余裕で窘められて、堕ちていく。

っ、くっそー、こんな場所でこんなことしてくる辺り、このひとの方がぜってぇヨユーない筈なんだけど。

そこはやはりキャリアなのか手練れなのか。
捕まれていた手首を解放され、その指に縋るように絡ませれば、室井にしっかりと握られた。
五指をしっかりと絡めて手の平を合わせ、何度も何度も口付けを交わす。

室井の指が青島の髪を掻き混ぜ、上向かされ、半ば倒れ込むような不完全な態勢に持ち込まれ、必然的に青島の残りの腕は室井の首に回る。
後頭部から引き寄せられると、キスは更に深くなった。

ちょ・・っ、これ以上はまずいかもしんない。
公用車で、制服着て、淫行なんて、ああ、もお、これ、勃っちゃったらどうしてくれんの。

室井の指先が青島の警備服の隙間から差しこまれ、肌を嬲られると、多淫な動きに青島の身体が火照る。
甘ったるい痛みと刺激に惑溺した頭は白濁し、追いかけられ、追い詰められる。

「んぁ・っ・・」

キスだけで朦朧となった身体を組み敷かれ、バックシートで二つの身体は重なった。
勝ち気で向こう見ずな俺の気勢が削がれ、従順になるまで成熟した技巧は躊躇わない。
重なる重さと匂いと、噎せ返るような圧倒的な熱に、すきって気持ちが爆発して、それでも解放は許されない。
雄としての位の高さを見せつけ、どちらが支配しているのかを刻み付けるまで。
馴染んだ熱を思い出し、見知った匂いに蕩けるまで。

「今日・・何の日か、知っているか・・?」

青島が大人しくなった頃を見計らい、室井がキスの角度を変えた。
頬を両手で固定され、艶を乗せる漆黒に見下ろされ、ぼんやりと青島が息を上げる。

きょう?きょうって・・にがつ・・?ああ・・、でもだからなに・・?
朦朧としている頭では思考が良くまとまらない。
慈しむ指に髪を掻き混ぜられ、クイッと後ろ髪を引かれると、青島の顎が必然的に持ち上がる。
そこに室井が囁いた。

「愛を奪いに」
「・・よーい・・してない・・」
「ここにある」

言うなり、室井は突如キスを深くしてきた。
顎を更に反らし、濃密な気配を纏う男の舌にくらりとなって、息苦しさに呻く口唇を奥深くまで奪われ、視界が滲む。
焦爛した身体はもう熱くて、しっとりとした肌を愉しむように、室井の指先が首筋を撫ぜた。
ゾクリと震える躰が、青島の口から濡れた息を吐かせて熱を孕ませる。

えっと、俺がチョコってこと?なにそのキザな発言。誰の入れ知恵だよ。

良く解からないまま室井のキスを深くまで受け入れ、その後頭部を同じように自分に引き寄せる。
既に大分警備服が乱されていることは、もうどうでもいい。
悔しいくらい、従順な反応を示す自分が恨めしい。けど、ここで負けとかありえないから。

「――」

すっかり蕩けきった頃、ようやくキスから解放されて、潤んだ瞳に室井が雄の目に変えているのを認める。
それを感じ取った青島が、対抗意識を含めて睨み返した。

「そこで睨んでくるところが、君だな。生意気で、強気で、折れない。極上の甘味料になる。たまらない」
「・・・」

蕩けさせられた躰は確かに完全に負けだけど、仕掛けたあんたを道連れに出来れば、俺はいい。

「俺を揶揄いに来たの?」
「君の、警備服に欲情したと言ったら?」
「あんたの負けってことで」
「なんのガマン大会だ」

言いつつ、室井の指先がつ、と青島の首筋を撫ぜ、微かに震えたのを認めると目尻を細め、警備服のボタンを一つだけ、歯で外す。
白い歯と湿った吐息に、扇情させられる。

「・・んなこと言ってっと、今晩夜這いかけちゃいますよ。ってかもう、かけさせてもらいます」
「初めからそうしてくれれば手間を取らせることもなかった」

あ、つまり、忙しいけど家には帰れてるってことか。ふーん、だったら行かせてもらいましょ。

「俺を誘惑しにきたんだ?」
「君が足りなくなった」
「俺といると幸せなんだ?」
「当然」

つまりこのひと、夜のお誘いに来たわけだ。
満足気に艶めいた目を細める青島に、室井の目が眇められた。

「チョコ持参します」
「くれるのか?君が?」
「ドライオレンジチョココーティングで」
「楽しみだ――」

室井の好みを熟知した提案に、青島はぺろりと下唇を舐めて流し目を送る。

「ホイップクリーム上乗せ。胸焼けさせちゃる」
「クリーム・プレイも、やぶさかではない」
「・・発想が変態だわ」
「トッピングも用意しておこう」
「その執念と時間はどこから出てくるの」

薄らと笑みを湛え、室井が身を起こした。
同時に青島の腕を引き、引き起こしてくれる。

「そろそろ時間切れだ。イイコにしてろ」
「出来るかッ」
「必ず来い。抱いてやる」
「当然フルコースでしょうねぇ?」

慈しむように触れてくる手に心は無防備になる。
忙しいことを理由にして、遠ざかっていた。考えないようにして平気なふりをして、引き金を引くのは、どちらかなんて
大概がリスクの高いラブゲームだ。
喧嘩腰なのか、挑発行為なのか、この剥き出しの感情でぶつかり合う感触が、いつだって極上にたまんなくて
こんなとき、なんかいいなって思う。俺たちの関係。

「すきですよ」

途端、喉に餅が詰まったように室井が目を見開き絶句した。

ここで、「俺もだ」とか返してこないのが室井さんだよなー。
青島が可笑しくなって笑いを堪えた顔を拳で隠す。
ここまでしておきながらヘンなとこが純情な恋人に、俺には言わせるつもりであったことと、いざ言われて衝撃受けていることを見て取れた。
もう、今は負けでいいや。今晩勝たせてもらいましょ。

俺は可笑しくなって、もう一度言う。

「すきだよ」

室井がますます大きな目を見開き、眉間を寄せる。
照れ屋だなぁ。
アイシテマスとか言ったらどうなっちゃうんでしょうね、このひと。

「イイコにしてろと今・・」
「すきって言ってるだけじゃん」
「もういいから」

すきとか、感じてるとか、どこをどうしてとか、いっつも言わされているのはこっちなんですけど。
ズルくない?と上目遣いで探れば、意図は伝わったようで、室井が大きく息を吸った。

「誰もが君みたいに気軽に言えるわけじゃない」

この男が口にする、好きとか愛とか、甘い単語の重みを知っているからこそ、言わせたくなる。伝えてほしくなる。
高貴な男が跪いて白状する瞬間にゾクゾクする。
口に出すことで少しくらいの、同じ罪を抱えさせてもくれない。ベッドの中だけのおままごとだ。
あ~こりゃ煽られたのは完全にこっちだな。

「普段なーんにも言ってくれなくても、ときどきこうやって態度で示してくれる室井さんが、すきですよ」
「分かったから。もう行け」

室井が顰め面で顎をしゃくる。照れ隠しだってことは俺にはばればれ。
迷惑にならないように、俺にも何か出来ることないかな~なんて大人しくしてる隙に、こっちがぶっ飛ぶことしてくんだから。
カワイイねぇ。

バックドアに人影が見えて、青島も時間切れを悟った。
素早く室井に身を寄せ、頬に口付けする。

「リベンジ、します」

ドアが開いて、さっきの男が戻ってきた。

「お時間です」

室井が頷く前、空かさず青島が営業スマイルで身を乗り出した。

「さっきはどうも~。あんたにもいつかお礼参りさせてもらいますからね~。それとこれ」

上着のポケットから取り出した名刺を両手で差し出す。

「湾岸署、刑事課係長をしております、青島です。青島俊作。いつでもご指名ください~」
「もういいから。君もそんなもの受け取るな」

室井の節張った手が青島の髪をぐしゃりと掴んで、頭を押しやる。
それにもめげず、青島が室井を押し返し、満面の笑みで連絡しろと名刺を手渡した。

「捨ててしまえ、そんなもの」
「そんなものってなんすか」
「そんなものはそんなものだ」
「あ、このひと、扱い辛いと思いますけど、ただのツンデレなんで。ヨロシクお願いしますね~君」
「こら」
「君さ、若そうだけど、きっと手古摺ると思うよ」
「青島ッ」

締まりのない顔で笑う青島の横で、厳めしい顔で室井が睨むが、青島はへこたれない。
そんな室井の迫力をものともしないノンキャリに、初顔の運転手は呆気に取られた様子で、じゃれ合う二人を交互に見つめていた。
名刺を片手に。

「いいからもうさっさと行け」
「はいはい、退散しますよ。今晩のフルコース、期待してます」
「分かったから」

外に出ようとして、自分の警備服がかなりぐちゃぐちゃに乱れていることに気が付いた。
まーったくケモノかよ。
こんな荒業だったとしても、こんなへったくそな愛の印だったとしても、このひとの不器用な愛が盲目なことを示している。
決して外には出せない想いに身を焦がして。危険な香りは極上の媚薬だ。
それが、室井の残す、最後の支線だと言うのなら、それを護ってやる。

「さあて。充電完了。ちゃっちゃと仕事片付けちゃいますか」

今晩は忙しくなりそうだ。


***


「今夜は外食なんですね。ご予約の方は?」
「いや、自宅でだ」
「え、手作りですか!」

目を剥く運転手に顎を上げ、室井は車内の微かな残り香を名残惜しむように吸った。










Happy end

pagetop

未発表作品。
ドライオレンジチョココーティングはギバさんのインスタから。好物なんだそうで。

室井さんは一人で悶々と拗らせるタイプ。そしてプッツンきちゃうひと。
青島くんが室井さんにとってのチョコなので、こんがりと美味しそうに日焼けしている裏設定。
このふたりは実際こんな風にお互いに挑み合っていると思っている。かわいいじゃん。

20230301