登場人物はふたりだけ。朝チュン。昨夜の記憶はない設定。いつになくとことん最低な室井氏を目指しました。
時間軸は未定。
史上最悪 A面
異常に気怠い朝だった。
重たい身体は完全に疲労を拭い去ってはおらず、抜けきらなかった酒らしきものが鈍痛を頭に訴える。
室井はのそりと起き上がり、垂れた前髪を掻き上げた。
昨夜は風呂にも入らなかったらしい。束となってべたつく髪や髭に、またうんざり思った。
寝間着どころか下着もない。
とりあえずシャワーを浴びようとして、その時、室井はようやくベッドの中にもう一人誰かがいることに気が付いた。
「!!」
これ以上の驚きはないと断言できた。
そこに眠っている男の顔は鮮麗で眩く、窓から射しこむ朝陽に浮かぶ流麗な骨格と、嫌味なほど整ったその顔立ちは、よく知っている。
夢か?本人であってほしい。浮かれた次の瞬間、室井は切実に本人でないことを願った。
自分が連れ込んだのか?昨夜自分は彼に何をした?
慌てて部屋の中を見渡してみる。
紛れもなく、ここは官舎だ。
散乱する空き缶、食べ残した食器、椅子には脱ぎ捨てられたままの服、テーブルには幾つもの大瓶が並ぶ。
見たこともない惨状だ。
ここで吞んだのか。
だが、青島とはプライベートで酒を酌み交わすような交流はしていない。
もう一度室井は振り返る。
柔らかそうな髪が乱れる寝顔は安らかで、思わず指先が伸びた。
微かに残る煙草と海の匂いに、噎せ返るような熱が室井を縛り、眩暈がしそうな浮遊感の中
そして、彼もまた全裸だったことに気付いた。
「!!!!」
これ以上の驚きはないと思ったのに、もうそれを上回る驚きが室井の脊髄を駆け抜けた。
一気に体温が下がる感覚、冷や汗が垂れる。
激しく動揺しながら、もう一度自分の下半身を見る。
素早くベッド周辺に視線を走らせれば、ゴムを使用した形跡はなかったが
サイドボードに置いていた筈のティッシュ箱が転げ落ち、ゴミ箱には丸めたティッシュが山積みとなっている。
これはいつのものだ?
室井は口許に手を当てた。
心臓が早鐘を打っていた。
何も思い出せない。昨夜のことは本庁を出たあたりから記憶が曖昧だ。いつ青島に会ったのかも、どうやって連れ込んだかもわからない。
連れ込めるだけのスキルが自分にあったことも驚きだ。
俺は、彼に何かしたのか?何かしてしまったのか?
そういえば腰元の辺りが妙にスッキリとした感覚があるような気がする。
この状況でセックスを思い浮かべないほど愚鈍ではなく、セーフティをしないほど虚けでもない、と信じたかった。
まさか。
まさか!
ゆっくりともう一度振り返った。
こんどは栗色の瞳が薄っすらと開いていた。
「!」
ギャーと悲鳴を上げる心中とは裏腹に、室井は必死に鉄壁の無表情を装う。
ぼんやりとした視線はやがて、室井を見つめ、焦点があっていった。
「はよー、ございます・・」
「お、はよう」
喉が干乾びる。
青島に罵られることだけが、恐かった。
彼を抱いてしまったかもしれないということではない。彼と性的な関係になってしまったかもしれないということでもない。
今の室井には、青島に軽蔑されることだけが恐ろしかった。
「・・しごとですか?」
「あ・・、ああ、まだだ。その、シャワーでもと」
「・・そか・・」
不自然に会話が止まる。
何と切り出せばよいのか。
寝起きの頭は回らないし、そもそもここが捜査会議中だったとしても今の室井に的確な言葉など口にする勇気はなかった。
「な・・に?」
あまりにも硬直していたせいか、青島が片眉を曲げた。
うっとりとした、重い吐息で語る掠れた声に、妙な色香を走らせる男を、直視も出来ない。
室井の眉間が深く深く寄る。
「そ、その、・・君は、」
「ああ・・、何か言うことあるわけですか?」
暫く室井を観察していた青島の方がやはり敏く、視線を外しながら寝乱れた髪を気怠く掻き混ぜた。
その妖艶な姿態と言ったら。
「ッッッ」
室井の目が不自然に彷徨った。
言うこと。
言うことってなんだ。謝罪なのか告白なのか。
追い詰められた頭はその二択に委ねられたが、究極の選択に持ち込まれた自分を叱咤する。
だが、いつまでも誤魔化せる案件ではない。
「青島」
「・・はい」
「心して聞いてくれ」
「はい?」
「・・・・・・・何故君がここにいる」
もう単刀直入に言葉にした。これで今の室井の現状の全てが伝わると思った。
青島は然程表情を変えることはなく、埋もれた枕に長い腕で頭を支え、じっと室井を見上げていた。
審判を前にして、室井はいたたまれず、俯き堅く目を瞑る。
だが、幾ら待っても答えは返っては来ない。
衣擦れの音がして、恐る恐る目を開ければ、青島が身を起こししわくちゃのシャツの袖を通すところだった。
その柔肌に、幾つもの情痕を見る。
これも俺が付けたのかー!!?
「あ、青島」
「忘れたんなら、いいですよそれで」
「待ってくれ」
「シャワー借ります」
仮にもキャリアの部屋で礼儀も無視した横柄な青島の発言に、室井は唖然とした。
室井の知る青島は生意気で、口達者で、でも最低限の社会マナーは弁えた男だった。
いつもの青島じゃない。
やっぱり怒っているのだと分かった。
「青島、まだ話が」
「終わりでいいです」
「よくない、答えてくれ」
「はあ?きのーのこと全部すっ飛んでんでしょ!?サイテーだわ」
「俺は、君を、その」
「もういいわ」
室井を腕で押し退けベッドから降りる仕草は青島らしからぬいい加減さで、室井は胸が締め付けられた。
慌ててその二の腕を掴んだ。
「待ってくれ、謝りたいし、思い出したい」
「謝られるようなこと、したんだ?」
意地悪な質問に、室井は二の句が告げられない。
振り解こうと捩じる腕を、それでも阻み、室井は力づくで青島を引き戻した。
不意を突かれベッドに倒れ込む彼に、室井は矢継ぎ早に説得する。
「すまない、まだ状況が整理できない、だが」
「忘れたいってことでしょ」
「君のことで忘れたいことなんか一つもない!」
「実際すっ飛んでんじゃねーか!」
「きっと嬉しすぎて飛んだんだ!」
「どんな理屈だよ!」
青島を忘れたことなんかなかった。
心の奥底まで刻み込まれ、室井が戦う度、本当にそれでいいのかと、厳しく問いかけてくれる大事な大事な存在だった。
そんな相手を淫らな事情に縺れ込ませた失態は弁論のしようがないし、信じてももらえない大罪だ。
しかし、長年拗らせてきた情愛を否定されたことが酷く悲しく、思わず言い返した室井に青島も合いの手のように言い返すので、子供みたいな口論に発展する。
「久しぶりに会えたんだぞ!どれだけ俺が君に会いたかったか君は知らないじゃないか!当然の結果だ!」
「知らねーよ!あんただって昨日のことはもう“知らない”じゃんか!」
「だったら知らない状況は同率だ!」
「その理屈がわかんねーっての!」
「出会ってから君のことを思い出さなかった日はない!一周回ればきっとこういうことも起きる!」
「はぁ?!なんだその言い訳!」
青島を引き留めたい一心で、室井は自分が熱烈な告白をしていることも気付いていない。
開き直る室井に眉を吊り上げている青島も、強烈な告白をされていることに気付かない。
「どうしたって会う口実がなかったのに、俺は何で会えているんだ!」
「知るか!」
「夜な夜な誘い文句を並べて、それでも言い出せなかったんだぞ!」
「ヘタレだからでしょ!」
「だったらどうやって会えたんだ!?」
「何でそれを俺が教えてやらなきゃならないんすか!」
「俺が知りたい!」
「忘れた自分が悪いんでしょーが!」
「責任を取る!」
「なにここでキメ台詞言っちゃってんの!」
「俺は昨日何をしたんだ!?」
「あんた昨日俺を!」
言いかけ、流石に口走ろうとした台詞を青島が辛うじて押しとどめた。
腕を掴まれたまま、青島がじっと室井を睨んでくる。
その無垢で純然とした瞳に自分が映り込んでいる奇跡に、室井の身が震えた。
視線を反らしたくはなかった。
はっきりと自覚する。
ああ俺は彼に惹かれている。性も歳も階級も飛び越えてこんなにも彼に飢えていた。
どれだけ見映えの良い誘い文句を考えたところで、飛ばした理性の後に残った本能が、答えを物語っている。
「・・・もう、いいですよ。あんたがどれだけサイテーなのかと、言い分は分かったから、放して」
青島が腕を振り、放せと訴えてくる。
強く握り過ぎたせいで、青島の柔肌は室井の指痕が付いていた。
その瞳から怒りや激情は消えていて、とりあえず話ができるだけの冷静さをお互い持ったことを認め、渋々室井は手の力を抜いた。
だが滑らせた指先は青島のシャツを握り締めたまま、放せない。
「まああれだけ酒入れたらね。都合の悪いもんは飛ぶか」
「君とのことで都合が悪かったことなんか、ない」
「昨日のこと、なかったことにしてあげます」
青島が小さく笑って見せた言葉は、どこか悲し気で、室井の胸をきつく痛めつけた。
「これまで潰れたことなんかなかった」
「昨日もそう言ってましたけど。こっちが先に潰されましたよ」
覚えててほしかったのか?俺に。
そういう、大切にしたい夜だったのか?昨日は。
青島にとっても。
しょぼんと俯く彼の、置いてきぼりにされた子供のような横顔に、室井は激しく後悔した。
室井だって二人で過ごした貴重な時間を覚えていたかった。どれほど焦がれてきたか分からないのに。
なんと勿体ないことをしたんだろう。
じっと見つめ返していると、青島が視線を少し彷徨わせ、俯いてしまった。
その黒々とした長い睫毛にドキリとなる。
「その、まず、服着て・・クダサイ」
照れたその頬は薄っすらと染まり、どこか恥じらいを乗せた目尻の火照りは目を疑うほど愛らしく
刑事ではない青島の、年下の彼を見た。
なんて可愛い顔をするんだ。
こんな青島と、昨日は一体どんな話をして、どんな時間を過ごしたというんだ。
夢にまで見た最高の時間じゃないか。
それを最低の時間に変えたのは、俺だ。
嫉妬みたいな苛立ちはそのまま自分自身に投げつけられる。
とりあえず、陰部を晒した状態で会話続けるのは流石にないなと、室井も下着を探した。
ぐちゃぐちゃになっているそれは青島のものと思われる下着と絡み合っていて、ベッドのすぐ下に放り出されていた。
なんたることだ。下着はこんなにもつれ合っている。
うらやましい。
下着を引き離す虚しさたるや。
その下着を身に着け、室井も部屋着のシャツを羽織ると、青島を振り返る。
青島の胸元に幾つも散る朱い所有印に、目のやりどころを失った。
そっぽを向いて、座れとベッドを指す。
室井の顔とベッドを交互に見比べ、暫し迷った様子の青島も、ややしてから大人しくそこに座ってくれた。
室井も隣に座れば、重みで二人の腕が少し触れ合った。
沈黙が続く。
室井はその肩を掴み、顔を寄せた。
「なっ、なにすんだよ・・っ」
「昨日はシたんじゃないのか?」
「覚えてないんでしょ!放せ!」
キスを仕掛けた室井の胸板を青島が両手で押し返し、抵抗する。
昨日は多分させてくれたのに、今朝は触れさせてくれない。記憶に残すことを青島が許してくれない。
「少しは落ち着けよ!」
「俺だって落ち着きたい!」
こいつに見つめられると気持ちがとろとろに溶けていく。もう留め方がわからない。
それなのに、手からも頭からも青島は擦り抜けていく。
「覚えてないくせに性懲りもなく手ェ出してんじゃねーよ、ほんとサイテーだな!」
「覚えてないから悔しいんじゃないか!」
「クソみたいなその台詞、女相手でも言えます?」
「大体君は、一度きりのつもりだったのかッ」
「今は逃げたい気分ですね・・っ」
青島もまた、返答を間違えた。
そのことに、お互い瞳を探って勘付いて、同時にそっぽを向く。
不自然な沈黙は、勢いのまま言い合いをした台詞を反芻させ、ジタバタとさせた。
チラリと横目で盗めば、それは青島も同じようで、照れ臭い気配のまま視線を避けてしまう。
何とも居心地が悪い。
でも今、青島はなんと叫んだ?
「その痕も俺が付けたのか」
「開き直ってんじゃねーっつの」
「責任を取ってもいいか」
「だからその台詞使うなっての!」
「思い出すまで囲ってもいいか」
「なんか、それ・・も、ちょっと・・・・違う気がする」
「おまえにそこまで言われて黙って去るほど俺は不能じゃない」
青島が長い足を組み、砕けた仕草で頬杖を付く。
あきれ果てた溜息付きだ。
「安心しろよ。アナルセックスはしてないから」
室井の目が見開かれた。
「ホッとしたろ?あんたが責任取るようなことはなにもないんだ。だから、もう、」
「ああホッとした。これで君のバックヴァージンをシラフで頂ける」
「はぁ?な、なにいって」
思わず青島が振り仰ぐ。
その動きに、室井も顔を向けた。
「もうバレちゃったんだから隠す必要はないだろう」
「そこは隠せよ!」
「敏い君に?実際、俺の気持ちも知っててこの部屋へ入ったんじゃないのか?」
「知らなかったに決まってるだろ!」
「踏み込んだ時点でその言い訳が通るかどうか」
「・・・へぇ、今度は恐喝するつもり?」
明らかに馬鹿にしたように顎を持ち上げ、青島が勝ち気に瞳を光らせる。
青島らしいその顔に、喜びと共に煽られるのは本能で、今に始まったことじゃない。
「恐喝でも詐欺でもいい。今、君をかっさらえるのなら」
「あんた開き直ると性格変わるって言われない?」
「そんなことをいうのも、君くらいだ」
「そうですかね?」
「どういう意味だ?」
曲がりなりにも上級キャリアの挑発にもたじろがない。時に舌を巻く策略を仕掛けてくる。
そんな青島と実際向き合う時間が一番室井の本性を炙り出してくる。
性格が変わるのではない。青島だけが真の室井を引き出せるのだ。
「ここにはきっと、俺以外の、誰かを連れ込んでいたんだろ」
「何故そう思う」
「ベッドがデカすぎる」
が、思った以上に可愛い文句に思わず室井の眉間が寄せられた。
「ベッド?」
「想像以上に部屋が片付いている」
「失礼だな」
「俺んちより広いや」
「何が言いたい」
「片付ける女がいるってことでしょ」
室井は顔を繕うのに苦労した。
ようやく頭が回り始めた室井にしてみれば、青島の苦情はどれも深刻なものではなく、むごたらしいものでもない。
なんとか平静を装って、青島の言い分に耳を傾ける。
「俺ん中では室井さんって独り暮らし歴も長いし几帳面そうだし、健康管理も神経質そうだったのに、アマゾンだし」
昨日俺はそんなお手軽手料理を振舞ったのか。
最悪な持て成しだ。
胃袋掴む方法だってあっただろうに、そんな時間も取れないほど欲情してたのか?
「洗濯機は使わずクリーニングだとかエリート発言したかと思いきや、月に掛かる光熱費の無頓着さに庶民は付いてけないし」
俺は何を調子に乗ってバラしているんだ。
「思う一方で、ヘンなとこ、几帳面で女の影見えるし」
言わなくてもいいことを・・。俺は余程緊張していたらしい。
「もっと庶民よりなのかなって思ってたのにやっぱりエリートで、違う世界なんだなあって・・思った」
「・・・」
「貢いでんのかなとか。処理もきっと、手慣れているんだろうし、世話してもらってんだろうなって」
外食で充分だし、自宅は風呂さえあれば充分だし、酒さえあれば充分だし。
「酔うと絡んで意外と酒癖も悪いし、神経質そうに見えてガサツだし、ツッコミどころ多発して。俺んこと彼女と間違えてんだろうなと思って」
だらしない部分は知られないように隠していたのに、一夜で全部バレてるとか、俺は何をした。
「実際、遅かれ早かれ朝チュンなんて、ぢつは珍しくないんじゃないの?」
「女の影もない男はつまらないだろう?」
「何いきなり褒めていいぞオーラ出してんの?」
「誤解してくれたのは嬉しい誤算だ」
「知らねっつの。その上、いきなり俺を、」
言いかけ、青島がまた口を止めた。
息を吸って、天井を向いて、はあっと肩で息を吐き、後ろ手を付く。
「俺が描いてた室井さん像が、音を立てて崩れましたね。ガラガラと」
「幻滅したか」
「ええ、ええ。当然。理想を見事に打ち砕いてくれました」
「・・・」
「・・でも、すごく、室井さんが近く、感じて・・」
青島の声のトーンが少し落ちて、悩まし気に目元が滲んだ。
狂おしい横顔が微か歪む、その怠惰な気配に、思わず動く指先を室井は強く握り締めることで堪える。
シャツを羽織るだけの素肌に、長く伸びる首筋、背が高い分、長い足。
なんて絵になる男だ。
「雲の上のひとが、ちょっとだけ、身近にいるような気がした・・」
「!」
「女の代わりか~って思いながら、俺」
相手は室井からしたら4つも下で、子供とも言える幼さを持つ男で、けれど一度芽生えてしまった欲を無くすことは難しいもので
図らずも暴かれた兇悪な渦に、ただ落とされるだけの毒も悪くないとさえ思わせる。
なんて悪魔的で中毒性のある危険な香りを持つ男なのだろう。
室井は青島を見据える。
「もう同僚にも腐れ縁にも、上司にも部下にも戻れないぞ」
「それ、今言うことじゃないでしょ・・」
「必死だったので。多分、昨日も」
勿論青島はそんなことなど望んではいない。
誰かと間違えたと思われているくらいだし、性欲の対象ですらしてくれない。
なのに、自分は時々官僚としての性に飲まれ相手の知られたくない事情まで暴いてしまう。
今、目の前にいる気立てのいい男の、その優しさと純潔に付け込んで、搾取したくなる。
「断ることは出来た筈だ。此処へ来ることも、ベッドに入ることも」
「上司の命令には逆らえない」
「命令に背くのが君の信条だろう」
「そんなに強くないです」
「俺の交遊関係など、何故気になる」
「・・・」
「どう思っているのか、君の気持ちを聞かせて欲しい」
散々罵倒して、呆れて、それでも上司と、しかも男と全裸でベッドで眠った、その意味は。
「聞かせてくれないのなら、俺の気持ちを先に言ってしまうことになる」
青島が頭を抱え込んでしまった。
戸惑う指先で、彼の柔らかそうな髪に触れようとして、躊躇って、惑う。
「失敗したぁぁ~・・・」
「――」
「添い遂げたいと思ってたよ俺・・・昨日まではね。それをあんたが赦してくれるのならでしたけど」
脅迫のような室井の沈黙に、ぶっきらぼうにな返事が聞こえた。
思わぬ告白に、室井はようやく小さく笑みを零した。
そんな風に思ってくれていたのか。
室井は今度は青島の手を取る。振り解かれて、しかし、もう一度逃げる手を掴み取った。
顔は未だ向けてくれない。
その手を引き寄せる。
「な、なに言うつもりだよ!」
「恐らく想像しているものと同じだ」
「忘れたんだろ、それでいいじゃないの!」
「よくない」
「だめ!」
駄々をこねるのは拗ねているからだ。
恐がるのは俺の身を案じているからだ。
どんな甘い夢を見たとしても室井の記憶がなくなってしまったから。
昨夜の禁忌は自分だけで背負っていくつもりだ、こいつは。
室井は力任せに手を引き青島を腕の中に閉じ込める。
思ったより華奢だった背中に手を回し、身動ぎ暴れるその後頭部を抑えつけた。
「意地悪ばっか言うくせに!」
「おまえが言わせるんだ」
室井がスッと青島の耳に口唇を寄せ囁く。
こうなってしまうと性質の悪い度量を見せる室井に、青島は降参したように複雑な顔を覗かせた。
逃がさないように押さえ付けながら、恐がらせないようにそっと顔を持ち上げる。
強張っているのを感じる。だが、どこまで許されるのか、試してみたかった。
最低だと罵られようと、この甘く温かい身体に触れてみたくて、すべてを手に入れたいと、夜な夜な願った。
ラストチャンスだ。
室井が柔らかく手を握り、愛しい者を見るような目付きに変わった。
「っ」
雄の気配を隠しもしない室井に、青島がたじろいで視線を彷徨わせる。
その初心な様子が可愛くて、たまらなくて、ほしくて、胸が痛くて、室井はゆっくりと顔を傾けた。
触れる直前、吐息で囁く。
「そばに、いてくれ」
それだけでいい。それだけで、室井は幸せでいられる。
固まったのか、迷っているのか、逃げない青島の口唇に、そっと近づけた。
今度は触れさせてくれた口唇は甘く、誘うように膨らみを震わせる。
初めてなのか、何度目なのか、新鮮な肉の弾力に恍惚としながら、何度も触れ合わせた。
室井のキスは執拗だった。
腰を引き寄せ、髪を撫ぜ、顔を傾け、肉を味わい、室井の中に青島を刻み付ける。
甘ったるい動きに青島が薄らと濡れた口唇を開き、瞼を閉じていく。
その麗しく透明な仕草に、胸が詰まった。
「無自覚で襲うって、さいてー、だ」
「言えなかった。昨日はどんな奇跡が起きたのかと思う」
「もう、いいよ・・」
「君は優しすぎる。もっと俺を責めていい」
「あんたが優しかったのも、知れたから」
「信じてくれ。君が欲しかった」
「わかった、から・・っ」
「俺は昨日、君に何をした?」
性についてキャリアは自制を訓練されている。が、青島相手では自信もない。
しつこく味わった筈の肌も、重ねた口唇の熱さも、みんな記憶の外に飛ぶほど弾けている。
口唇を触れ合わせたまま囁く吐息と至近距離の瞳に、仕方ないなとばかりに青島も顎を上げ、室井に口付け返してくれた。
「昨夜のことを、教えてくれ。ひとつずつ、ひとつ残らずだ」
「・・知らない方が、幸せなのに」
「絶対全部思い出してやる」
「その前に、言うことないの」
キスをしながら囁く甘いおねだりに、室井はまた記憶が飛ぶほど逆上せあがった。
「君もだ」
Happy end

未発表作品。
メルフォ小話の方で同じ朝チュン設定を掲載しておりますが、あっちは記憶があるバージョンでした。
こっちは何も覚えていない更に最低な室井氏。
20230523