登場人物はふたりだけ。お盆休み。青島くん視点。
A面とストーリーに繋がりはありません。







盂蘭盆会(うらぼんえ)~B面






官舎の扉を開けた時、そこはお線香の匂いがした。

「この時期、警察は繁忙期に入る。毎年は帰れないからな。随分と親不孝をしている。せめて、お供えでもと思った」
「精霊馬も、室井さんの手作り?」

キュウリとナスの横には蝋燭が立てられ、精霊棚らしきものとなっていて、青島が物珍しそうに覗き込む。
リビングの横、黒い棚の上に小さな提灯と白い花が添えてある。
室井が線香を供え、隣に酒を置いた。

「きちんと躾けられたっていうか、育ちが違うっていうか」
「田舎者なだけだ。古い街など、どこもこんなもんだろう」

室井に合わせ、青島も目線で、いい?と問う。
室井が差し出した線香を受け取り、火を灯した。

「歴史が古くて、由緒あるお家柄ばかりで、古いしきたりなんかがあって~とか?」
「どこのミステリー小説だ。子供にとってヒーローといったら、お巡りさんか消防士さんか。・・・そんな地味な処だ」

スーツではない室井を見るのはあまりない。
多少ラフな部屋着なのだろうが、シャツにチノパンといった風情で、来客が来ても近場の外出にも困らないチョイスである。
鳩羽色のシャツを第一ボタンだけ残し、後はキッチリと閉め、隙の無い黒髪は洗い晒しで男臭さを見せ、近寄り難い威圧感を殺さない。
鎧を脱いでもまだ、どこか遠い存在で、決して追いつけないひとなのだと、まるで見せ付けられているようだった。

こうしてプライベートまで踏み込ませてもらえても、ある種の緊張感が室井との間には存在し、融解することはなかった。
それは憧れを抱いた男の傍にいられる幸せをより格別な味にするのと隣り合わせに、じわりと青島の裡を蝕んでくる。

「君は?」
「うん?」

唐突に話を振られ、意図が掴めなくて青島が口籠った。
雲行きの怪しかった窓に小さな雨粒が打ち付け始め、それは見る間に大粒の嵐となる。

「刑事は命と背中合わせの仕事だ。おまえもこんなところで油を売っている暇があったら、一度は帰っておいた方がいい」
「・・・でも、折角の同じ休み取れたのに」
「おまえはまだ刑事になって日が浅いから、そう言う。そう言って後悔してきた人間を、何人も知っている」
「・・・」
「遺される方も、逝ってしまった方も、残るのは後悔だけだぞ」
「・・・室井さんは?」

まるで想定外の質問をされたかのように、室井が虚を突かれ、青島を見た。
その顔にちょっと傷ついて、青島は小さく笑おうとした。でも失敗した。
まあ、分かってたことだけど。
でもちょっとの蟠りをぶつける勇気もなく、青島はもう一度笑顔を作り直した。

「わかりました。じゃ、実家に連絡してみます。有給なんて滅多に取れないから今からでも・・・」
「青島」

呼び止められ、ちょっと期待しちゃうのは仕方ないと思う。でもどうせ。

「天気が崩れる。台風が近づいていたろ」
「・・・ハイ、わかってます。ちゃんと署とは連絡取れるようにしておきます」

なんだか胸の中がぐちゃぐちゃしてる。今の空みたいに。
電話をかけるからと退席する口実に、片手を上げてリビングを横切る。
今は室井の顔を真っすぐには見れない。
早足で擦り抜け様、その瞬間、室井が青島の腕を掴んだ。

「何故そんな顔をする」

パッと顔を反らして、べつに、と呟いたが、その声も少し、喉に引っかかった。

「青島」

何が何でも白状しようとさせるのは、刑事の口調だ。
冷静かつ客観的、でもそれが今は疎ましい。

「でんわ、するんで」
「質問に答えてからだ」
「質問って・・取り調べかよ」
「そういうつもりに聞こえたならば」
「なんでって、そっちこそなんでわかんないんだよ・・っ」
「青島?」
「刑事だろ、推理してみたら」

すると思いの外強い力で振り向かされ、腕を抑え込まれた。
加減のない力に、少し青島が眉を寄せる。

「都合の良い解釈しか出てこないから、聞いている」

グッと堪えて睨み合った。
薄暗くなった窓に打ち付ける夏の雨音が、心の悲鳴も反響しているように錯覚させた。

「・・・たぶん、それで、合ってますよ・・・」

重たい溜息と共に顔を反らした。室井の顔など見れなかった。
すっかりと光も遮られた部屋で、やけに黒々とした室井の目が心の奥から青島を絡め取り、突き刺さるような視線が痛い。
責められている気がするのは、きっと最初から住む世界が違うからだ。

「俺の気持ちを疑うか?」

口唇を噛んで、青島は顔を歪める。
言葉はそれだけで幾らでも甘い蜜を持っている。
都合の良い解釈をしているのは自分の方で、室井みたいに真正面から確認する勇気がない。
このまま甘んじて、逃げ続けられたらいいとさえ思っている。
それはつまり、やっぱり信じていないってことになるのかもしれない。
でもそれを堂々と問い詰められるほと、やっぱり覚悟なんか、決まらない。

目の前では室井が青島の返事を待っている。
この男はどうしてこういう状況でも逃げずに懼れずに受け止められるのだろう。

「それは――」

言いかけたが、その続きはやっぱり出せなかった。
信じてますよ――いつもみたいに笑ってそう言うだけでいいのに。
言えたら良かったのに。
結局、それだけ自分は室井でいっぱいにされちゃってて、室井はそこまで自分のことを、青島が想うくらいには想ってないってことじゃんか。

戸惑ったような室井の顔に、逆に傷ついた。
いっそ結果が分かっちゃう方が楽になれるのかもしれない。

「すみません・・・出直します」
「待て」
「いいですってばっ」
「今更逃がすと思うのか!?」

腕を強く掴まれ、ここにきて少し荒げた声で室井に怒鳴られ、青島は思わず振り返った。
眉間に深く皺を寄せ、険しい顔でこちらを睨んでいる。怒ってんの?なんで?

「・・相手にされてないと、思ってたんですけど」

青島は視線を落としたまま呟いた。

「可笑しなことを言う。俺はおまえの恋人だと考えていたが」
「俺んこと、ガキにしか見てないでしょ」

気持ちを伝えあっても、同じっぽい気持ちだと確認し合っても、どこか遠い。
室井は青島のことでこんなにザワつかないし、こんなに焦らない。

「なんでそうなる」
「俺に会えなくても寂しくないわけだし、会っても嬉しくないわけだし」

段々青島のトーンが下がる。

「き・・、キスすら、してくれないじゃないですか」
「男相手に気軽にできるか」
「俺はしたいと思ってましたよ」
「だったらそろそろ解禁するか」
「・・ぇ」

言うより早く、室井に口唇を塞がれた。
驚いて後退る身体を両手でしっかりと縫い留められ、室井が顔を傾ける。
う、わぁ。

何をされているのか、ようやく思考回路が繋がり、青島は身じろいだ。
一瞬口唇を解放してくれたが、未だ至近距離に室井の顔がある。
明度の落ちた大気の中で、眉間に皺寄せたままのコワイ顔に足が竦み、奪われる大きさに今更ながらに震えたが、視線は外せなかった。

次の瞬間、どちらからともなく口唇がぶつかりあった。
室井が青島の腰を引き寄せ、青島が室井の首に手を回す。
しがみつく様にシャツを乱せば、室井が角度を変えてキスを深くしてくる。
上向かされ、強く押し当てられ、眩暈がした。

「・・ッ・・、ん・・っ」

少し勢いの増した舌戯に、油断した隙を突かれ、舌を絡め取られる。口腔深くまで埋め込まれた熱に、噎せ返る。
いきなりの展開に、良く解からない。
でも灼けるような熱と室井の体温が、火傷しそうに胸を焦がして、キスが全身を痺れさせる。
切なげに眉を寄せ、応えることも忘れた口唇に、室井が何度も擦り合わせ、青島はその刺激に小さく唸った。

「・・・」

熱っぽく交わした口唇がじんじんとしている。
酸素が欠乏した頃を見計らうように、室井はキスを少しだけ緩めてきた。
その室井の息は少しも乱れてなどいない。
唾液に濡れ、わなわなと震える青島の口唇に室井の視線を釘付けられているのを、ぼんやりと見上げる。
触れられたそこから、自分が本当は何をされたかったのか、室井とどうしたかったのか、何より室井が自分に何をしたいのかをリアルに刻み込んだ。
くやしい。くやしい。とてつもなく。

「な・・・、なん、なんで、今、こんな・・・」

もう一度、今度は柔らかく塞がれて、締め付けられる心に青島は軽く身じろいだ。
それを縫い留められ、抵抗を阻まれる。
そんな風に今更雄の独占欲見せるくらいなら、最初から――

「す、すきとか、言えねーくせに、なんでこんな、こん・・・っ、くそ・・っ」

赤らんだ顔を背け、濡れた口唇を拳で拭った。
ふらっと身体の重心が崩れ、足元を失うと、室井が青島が身体を更に押す。
すぐに背中が壁に触れ、追い込まれたことを悟った。
その両脇に手を付き囲んだ室井は駄々を捏ねる子供を扱うように、ちがう、部下に作業を命令するときみたいに、淡々と口を開く。

「最初から、もう手放す気なんて、こちらにはない」
「それよりもっと・っ、先に!・・言うことあんでしょ・・っ」
「あんな言葉、おまえ以外の誰にも言った覚えはない。言うつもりもない」

この先も一緒に戦うぞ。それはつまり、一生を受け止める、それが室井からの愛の言葉だった。
だから一生を捧げろと、室井は言っているのだ。

涙も悲しみも引っ込んで、青島は呆然と室井を見た。
なにこのひと。天然なの?馬鹿なの?
でも、それが真実だと、室井の眼が告げている。

「・・わ、分かりづらいんですよ、室井さんはっ」

口説いているとは到底思えない。
だけどどうしても火照る顔が、朱をはたいて、これじゃバレバレだ俺の気持ちなんてきっと。

男同士だぜ?でも、おまえの人生を捧げてくれっていわれて、んなのとっくに捧げるつもりで俺。
室井の人生を左右してしまうから、それ相応の覚悟を持たなきゃって俺。

室井が指先を延ばし、折り曲げた人差し指で、ちょん、と青島の下唇を突く。
その目が、揶揄いの色を帯びて、ばかだなって言っている。

「それで、その先も。・・・俺が退官するときには隣にいてほしい」
「それって、あんたの理屈で行くと、結婚してくれってこと?」

室井が小さく首を捻る。
ふむ、と考えて、頷いた。

「まあ、そういうことになるのかな」
「・・やっぱ駄目」

そう言って青島は顔を背ける。が、その頬は熱くて、心臓なんか飛び出しそうだ。
だってなんか俺、めちゃめちゃ、かっこいわるいじゃん。仕切り直させてくんないかな。でもきっと、そんなことまで室井にはお見通しに違いない。
横目で盗めば、案の定凡そ室井には似つかわしくない、ニヤリとした室井が青島の頬をちょんと突いた。

「どうして?」

どうして、だって?
言葉足らずだし、意地っ張りだし、強情だし、あたまでっかちだし。

「キャリアってめんどくさいね。でも、そんなあんたが――カッコイイよ」

唐変木だし鈍感だし。なのに時たまどうしようもないほど、カッコよくなる。

「だが、そこまで行くのが大変だぞ」
「・・もちろん」
「勝つぞ、ふたりで」

青島は腕を伸ばして室井に抱き付いた。
室井もしっかりと抱き留めてくれる。
力強い腕に、強い意志を感じた。

「いいんだな?」
「えいやって瞬間がないと人生つまらないでしょ」

室井の首に両腕を回したまま、青島は顔を上げて額をくっつけた。
なんだ。室井さんもちゃんと俺んことゾッコンなんじゃん。遠いひとだけど触れちゃ駄目なひとじゃない。
手を延ばせば届くひとなのだ。
これからはもっと我慢しないでちゃんと触れ合えたら、もっと近くなれる。きっと。もっと。

ようやく笑った青島に、室井も目を細め、片手で青島の後頭部をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「ただな・・、その間、公安だのマスコミだのが煩いから、後ろ暗いことは作らないと君に誓う」

あれ、誓われちゃった。

「え?あれ?だめなの?」
「そういうことは、俺が退官するときに言ってくれ」

そういうこと・・って、えっちぃこと?なにそれ。何年待たすつもりなんだろう。

「手を出さないってこと?」

目を剥いた室井に、ほんと堅物だなぁと青島は苦笑いし、ちゅっとキスをした。

「このくらいは、い?」

途端、室井が乱暴に青島の身体を壁に縫い付け、ギラリとした目で両脇に手を付く。
壁ドンされてますけどー!?

「言っておくが、俺のキャリアに救われているのはおまえの方だからな」
「は、はい?」
「キャリアでなかったら・・・立場がなかったら、おまえなんかとっくに喰われているぞ」
「く、喰うって」
「日本の平均的な性生活は避妊しないで月5~6回程度、一晩で3~4回程度、平均時間は」
「ああああももも、もぉいいですってー!」

何このひと、真顔でデータ並べちゃってんのー?!
だからなんでさっきから事務的なんだよ、なんにしても!
ってか、そこまでシちゃうのー!?
俺が、室井さんのアソコ、受け、受け入れて・・・//////
だいすき、ぎゅ~v こら、暑い、・・・・・なーんていちゃいちゃ考えてた自分が恥ずかしいッ!
今さっきのキスだって、明らかに室井の独壇場だった。

「ほ、ほら、いわゆる、その、俺がいうのもなんだけど、処女ってやつだから、めんどっちーでしょ?オトコって準備とかもあるらしいし」
「確かに処女は面倒臭いな。そんな理由で逃げられると思っている辺りが」
「!!!/////」

室井が顔を寄せ、言葉もない青島の耳元に声音を低めて、囁いた。

「おまえの覚悟が出来たら、目を閉じろ」
「う、ううううう~~~//////」

雨が通り過ぎ、窓から光が射していた。
灰鼠色の空の片隅に虹がかかる。
じっと見つめ返し、蟠りを捨てて、焦りを捨てて、思考を捨てて、青島がゆっくりと目を閉じる。
室井が雄の顔に変わり、首を傾けた。

ふたり揃えば、どんなことにも立ち向かっていけるのだ。
そして、二人のあいだに、時間ならたっぷりあるらしい。














Happy end

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未発表作品。魂の弔いと浄化。

20210902